鈴木康太郎

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鈴木 康太郎(すずき やすたろう、1889年明治22年)1月18日[1] - 1964年昭和39年)5月8日[1][2])は、日本の実業家政治家衆議院議員

経歴[編集]

埼玉県北足立郡大間木村(のち北足立郡尾間木村大間木、現:さいたま市緑区大間木[1][3]で、鈴木順太郎の長男として生まれる[3]1908年[注 1]埼玉県立浦和中学校を卒業[1][4]。農業を営む[3][4]

卒業後、浦和商業銀行に入行[1]。以後、同行取締役、第八十五銀行取締役、埼玉農工銀行取締役、尾間木村信用販売購買組合長などを務めた[1][2]

政界では、尾間木村会議員、埼玉県会議員、同参事会員、足立同志会会長、憲政会立憲民政党埼玉県支部総務などを務めた[1][2]1936年2月、第19回衆議院議員総選挙で埼玉県第一区から出馬して当選し、衆議院議員を一期務めた[1][2]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』337頁では明治42年(1909年)。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 『埼玉人物事典』445頁。
  2. ^ a b c d 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』337頁。
  3. ^ a b c 『人事興信録』第11版 上、ス128-129頁。
  4. ^ a b 『粛正選挙代議士名鑑』23頁。

参考文献[編集]

  • 埼玉県教育委員会編『埼玉人物事典』埼玉県、1998年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『粛正選挙代議士名鑑』選挙粛正中央会編纂部、1936年。
  • 人事興信所編『人事興信録』第11版 上、1937年。