鈴木九郎

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鈴木 九郎(すずき くろう、建徳2年(1371年)頃 - 永享12年(1440年))は、室町時代商人僧侶紀伊国の生まれ。現在の東京都中野区から新宿区西部(中野坂上から西新宿付近)の開拓や商売で成功し、中野長者(なかのちょうじゃ)と呼ばれた人物として知られる。

略歴[編集]

代々紀州で熊野神社の祭祀を務めた鈴木氏の末裔で、応永年間に武蔵国多摩郡中野邑(現在の東京都中野区)に来たとされている。

武士の出自であるが、武士として生計を立てることはできず、の売買や当時荒地だった中野付近の開拓で生計を立てようとした。商売は成功し、財を築き上げて、近郷の誰よりも財を成し人々から中野長者と呼ばれるようになった。

これらを糧に、信仰心の厚かった鈴木は自身の故郷・紀州の熊野十二所権現を祀った神社を、自身の開拓地に建立した。現在西新宿にある熊野神社。付近一帯は十二社(じゅうにそう)とも呼ばれている。

現在の成願寺

鈴木には小笹という一人娘がいたが、18歳で死去した。これは鈴木に大きな悲しみを与え、残りの人生を仏門に生きることを決意させた。永享10年(1438年)のことであった。名を「正蓮」と改め、得度し自身の邸宅を寺院とした(現在の成願寺)。その後永享12年(1440年)に65歳で死去した。墓所は自身が建てた成願寺にある。

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