鈴木万平

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鈴木万平
すずき まんぺい
生年月日 1903年7月20日
出生地 日本の旗 日本 静岡県静岡市
没年月日 (1975-12-03) 1975年12月3日(72歳没)
出身校 東京帝国大学法学部法律学科(英法)卒業
(現東京大学法学部)
前職 東京商工会議所常議員
所属政党 自由民主党

選挙区 静岡県選挙区
当選回数 2回
在任期間 1956年7月8日 - 1968年7月7日
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鈴木 万平(すずき まんぺい、1903年明治36年)7月20日[1][2][3] - 1975年昭和50年)12月3日[1][2][3][4])は、昭和期の実業家政治家参議院議員

経歴[編集]

静岡県[3][4]静岡市で生まれる[1][2]静岡県立静岡中学校を経て第四高等学校を卒業[5]。1925年(大正14年)11月、高等試験行政科試験に合格し[1][5]、1926年(大正15年)東京帝国大学法学部法律学科(英法)を卒業した[1][2][3][4]

日本セメント(現太平洋セメント)に入社[5]。1928年(昭和3年)東洋紡績(現東洋紡)に転じ、常務を経て1945年(昭和20年)社長に就任[1][2][3][4]。1946年(昭和21年)社長を辞して東洋冷蔵を経営した[1][2][3]

1949年(昭和24年)望まれて三共第4代社長に就任し、人員整理と品種制限により経営を再建した[1][2]。1950年(昭和25年)同会長に就任[2][3]。その他、和光堂社長、佐野製紙社長、富士製粉社長、日本エームス社長、安倍川工業会長、経済団体連合会(現日本経済団体連合会)常任理事、日本化学協会理事、日本製薬団体連合会会長、東京商工会議所常議員、日本卓球協会会長などを務めた[1][2][3][4]

1956年(昭和31年)7月の第4回参議院議員通常選挙静岡県地方区から自由民主党公認で出馬して初当選[1][2][3][4][6]。1962年(昭和37年)7月の第6回通常選挙でも再選され[6]、参議院議員に連続2期在任した[1][2][3][4]。この間、自民党総務、同静岡県支部連合会長、参議院懲罰委員長などを務めた[4]

伝記[編集]

  • 『鈴木万平:追想録』三共株式会社鈴木万平追想録編纂委員会、1976年。

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 『日本人名大事典 現代』421頁。
  2. ^ a b c d e f g h i j k 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』328頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j 『現代人名情報事典』534頁。
  4. ^ a b c d e f g h 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』335頁。
  5. ^ a b c 『日本官僚制総合事典1868-2000』第2版、253頁。
  6. ^ a b 『国政選挙総覧 1947-2016』469頁。

参考文献[編集]

  • 『日本人名大事典 現代』平凡社、1979年。
  • 『現代人名情報事典』平凡社、1987年。
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
  • 秦郁彦編『日本官僚制総合事典1868-2000』第2版、東京大学出版会、2007年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。
議会
先代
大谷贇雄
日本の旗 参議院懲罰委員長 次代
苫米地英俊