鈴木がんま

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

鈴木 がんま(すずき がんま、1963年8月15日[1] - 2013年9月15日)は、日本漫画家。デビュー時の筆名は鈴木雅洋(すずき まさひろ)。また、ゲームの原画家としては今中光太郎の名義を使用した。

生涯[編集]

デビューから学年誌での活動まで[編集]

宮城県仙台市生まれ[2]血液型AB型[1]東京都立大学工学部土木工学科中退[2]。出版社に漫画の持ち込みに行った際、編集者から声を掛けられ、大学に在籍しながら漫画家・古沢優のアシスタントを務めた[2]。その後、1989年に『週刊少年サンデー』(小学館)にて、レーシングカートを題材にした連載漫画『タックイン』でデビュー(鈴木雅洋名義)[1]。連載終了後は、みやすのんきが『週刊少年サンデー』に『HEAVY METAL甲子園』(1990年46号~1991年34号)を連載していたころにアシスタントを務めるなどした[2]

1992年から1993年にかけては、高畠かづを(あるいは高畑和夫 等)の名義でバイク雑誌にバイク漫画を描いていた。『ライダーコミック』(辰巳出版)に連載した『デリ☆ハン Delivery Hunter』は同誌の路線変更のため、1993年7月号掲載分をもって急遽連載終了となった[2]

その後、1993年から1997年にかけて鈴木雅洋名義で、小学館の学年誌に剣道漫画『ごメン!で一本』、推理漫画『まかせてダーリン』、ミニ四駆漫画『ウイニング嵐』を連載した。

以上の作品で、単行本化されているのは『まかせてダーリン』のみである。

成年向け漫画家としての活動[編集]

『デリ☆ハン』が打ち切りになったころ、デビュー以前からの友人だった漫画家・緋村えいじから、司書房が成年向け漫画の作家を募集していると聞き、それまで描いたことのなかった成年向け漫画を描くことを決める[2]。『コミックラッツ』(司書房)1993年9月号に掲載された読切漫画「PASS the CRISIS」(鈴木銃馬名義)から、成年向け漫画家としての活動をスタート。同誌翌月号に載った「Private Lesson」は当初は単発の読切作品だったが、編集部からの要望で連作化された[2]

鈴木銃馬(すずき がんま)としての活動を開始したのは学年誌での仕事を始める直前であり、以後、学年誌にて鈴木雅洋名義で児童向け作品を連載しつつ、成年向け雑誌では鈴木銃馬(のちに鈴木がんま[注 1])名義で作品の発表を続けた。主な掲載誌は『コミックラッツ』、『コミックドルフィン』、『コミックドルフィンJr.』(以上、司書房)、『COMIC天魔』(茜新社)など。また『コミックドルフィンJr.』では、独立創刊号である1994年8月号(Vol.4)から最終号[注 2]と銘打たれた1997年8月号まで毎月、表紙イラストを担当した[注 3]

1995年には司書房より成年向けコミック『プライベート・レッスン』(鈴木がんま名義)が刊行された。これは同社の同年の単行本で最大の売り上げを記録した[2]が、鈴木の成年向け漫画の単行本はこれが唯一である(2003年にはコアマガジンより再刊)。また1996年には司書房よりイラスト集『GAMMA WORLD 鈴木銃馬作品集』が刊行された。

ラブコメ漫画家から美少女ゲームの原画家へ[編集]

1997年、『コミック電撃大王』(当時は隔月刊)で鈴木がんま名義のSFラブコメディ『どきどきタイムトラブラー』(原作:松倉慎)を連載開始。1999年7月号までの全16回の連載で完結し、単行本全2巻が刊行された。この作品の連載中に、『小学五年生』・『小学六年生』ではミニ四駆漫画『ウイニング嵐』を2つの異なるストーリーで同時連載したが、そちらは鈴木雅洋名義が使用された。

2005年以降、『黒の歌姫』(CLOCKUP)を皮切りに、今中光太郎のペンネームで美少女ゲームの原画家としても活躍。

2013年9月15日、脳内出血のため50歳で急死。原画家としては、2012年4月発売の『グランリブラアカデミー』(FOUNDATION)が最後の作品となった。死後、作品の管理は友人だった漫画家の水原賢治に一任されている。

人物[編集]

趣味はバイクに乗ることとテレビゲーム。1996年時点のインタビューでは、最もはまったゲームは『ときめきメモリアル』だと答えている。好きな映画はフランク・キャプラ監督、黒澤明監督の映画。好きな漫画はしげの秀一頭文字D』、高港基資の黒月史郎シリーズ、臼井儀人クレヨンしんちゃん』。また、『古畑任三郎』など、三谷幸喜の一連の作品が好きだと述べている。[2]

オタク的な人間になったきっかけは何かと尋ねられた際には、園田健一がキャラターデザインを担当したOVAバブルガムクライシス』をたまたま見たのがきっかけだったと答えている。この作品にはまり、自分でもこのような作品を描いてみたいと思ったという。[2]

主な漫画作品[編集]

鈴木雅洋名義[編集]

連載作品

  • タックイン(原作:谷川朋彦
  • ごメン!で一本(原作:中村生詩
    • 小学五年生』1993年10月号〜1994年3月号(全6回)
    • 『小学五年生』1994年4月号~1994年10月号(全7回)
  • まかせてダーリン
    • 『小学五年生』1994年11月号〜1995年2月号(全4回)
    • 『小学四年生』1995年3月号、『小学五年生』1995年4月号〜1996年1月号(全11回)
  • 世紀末ミニ四駆伝説 ウイニング嵐
    • 『小学五年生』1997年4月号〜1998年1月号(全8回、未完 / 6月号、12月号は休載)
    • 『小学六年生』1997年4月号〜12月号(全8回 / 11月号は休載)

読切作品

  • 俺が事件だ!! - 『週刊少年サンデー』1991年4月増刊号
  • 大介暁にたつ! -野望編- - 『ビッグコミックスピリッツ』(小学館)1992年11月増刊号

高畠かづを名義[編集]

高畑和夫、「K. TAKATAHA」名義の作品を含む。

  • 超初心者ライダーの★中免日記♥[3] - ライダーコミック1992年2月増刊号『BIKING』(辰巳出版)(高畑和夫名義)
  • 俺は改造魔 - 『ライダーコミック』(辰巳出版)1992年4月号〜7月号(「K. TAKAHATA」名義)[注 4]
  • デリ☆ハン Delivery Hunter[4] - 『ライダーコミック』1992年9月号〜1993年7月号(高畠かづを名義)(全11回 / 1992年8月号には「予告編」が掲載された)

鈴木がんま名義[編集]

漫画単行本[編集]

鈴木雅洋名義

鈴木がんま名義

  • 『どきどきタイムトラブラー』[5] 全2巻(原作:松倉慎) - メディアワークス/1998年、1999年刊

成年向けの仕事[編集]

書籍[編集]

鈴木がんま名義

  • 『プライベート・レッスン』 - 司書房/1995年刊、コアマガジン/2003年刊
    • Private Lesson(全5話)(『コミックラッツ』1993年10月号、12月号、1994年2月号、『コミックドルフィンJr.』1994年10月号、12月号)
    • がんま0/2シリーズ[6](「がんま1/2」「がんま2/2」「がんま3/2」)(『コミックドルフィン』1994年3月号、5月号、7月号)
    • PASS the CRISIS (『コミックラッツ』1993年9月号)

鈴木銃馬名義

  • 『CD-ROM COMIC GAMMA WORLD 鈴木銃馬作品集』 - 司書房/1996年刊
    • 本体50ページ。『プライベート・レッスン』を収めたCD-ROMつき。作品集本体には、『コミックドルフィンJr.』の表紙を飾ったカラーイラストや、漫画「Private Lesson 番外編」(オールカラー、全4ページ)などを収録。

主な漫画作品[編集]

鈴木がんま名義

  • がんま0/2シリーズ[6](全4話掲載、未完) - 第3話までは単行本『プライベート・レッスン』に収録。第4話「がんま4/2」(『コミックドルフィン』1994年9月号)は未収録。
  • OUTSIDE LESSON(全5話掲載、未完) - 『コミックドルフィンJr.』1996年1月号、2月号、4月号、5月号、7月号
  • ナースコール(前後編) - 『COMIC天魔』(茜新社)1998年7月号、8月号

今中光太郎名義

挿絵を担当した小説[編集]

鈴木がんま名義

原画を担当した主なゲーム作品[編集]

今中光太郎名義

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「銃馬」を平仮名にした鈴木がんまの名義は『コミックドルフィン』1994年7月号で初めて使用された(この号では、表紙および作品ページでは「鈴木がんま」という表記が使用されているが、目次のみ「鈴木銃馬」となっている)。その後は基本的に「鈴木銃馬」の名義が使われることはなかったが、例外的に1996年刊行のイラスト集は『GAMMA WORLD 鈴木銃馬作品集』と題されており、「銃馬」の表記が使用されている。このイラスト集の本文では、「がんま」「銃馬」の表記が不規則に混用されている。
  2. ^ 『コミックドルフィンJr.』は1997年8月号の目次・奥付ページに「最終号」と記され、雑誌タイトルの変更とリニューアルが予告されており、鈴木がんまが表紙イラストを担当したのはこの号までである。しかし実際にはリニューアルが遅れ、「真・最終号」と銘打たれた1997年9月号と「ホントの最終号」と記された1997年10月号が刊行されている。1997年11月号からタイトルが『コミック旋風』に変更となった。1997年9月号以降の表紙イラストは『コミック旋風』も含め、すべていのうえたくやが担当した。
  3. ^ コミックドルフィン1994年6月増刊号として刊行された『コミックドルフィンJr.』Vol.3の表紙イラストも担当しており、合計で38冊分の表紙を担当したことになる。このうち1996年6月号までの24冊分のイラストは『GAMMA WORLD 鈴木銃馬作品集』に収録されている。
  4. ^ 『ライダーコミック』の既存のコーナー「俺は改造魔」の漫画を4回分担当した。翌月号からは西村広光が「俺は改造魔!」のタイトルで担当を引き継いだ。

出典・リンク[編集]

  1. ^ a b c 『まかせてダーリン』(小学館、1995年12月)奥付ページの著者プロフィールより
  2. ^ a b c d e f g h i j 『CD-ROM COMIC GAMMA WORLD 鈴木銃馬作品集』(司書房、1996年6月)所収、「鈴木がんまスペシャルインタビュー」(46-49頁)
  3. ^ 超初心者ライダーの★中免日記♥ 権利者の許諾下で公開されているもの
  4. ^ デリ☆ハン 権利者の許諾下で公開されているもの
  5. ^ a b どきどきタイムトラブラー 1 - 鈴木がんま,松倉慎 | マンガ図書館Z
  6. ^ a b シリーズ名「がんま0/2」は単行本『プライベート・レッスン』(司書房、1995年)の著者コメントより