鈴岡城

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鈴岡城
長野県
城郭構造 平山城
築城主 小笠原氏
廃城年 1590年
遺構 曲輪、土塁
指定文化財 県指定史跡[1]
位置
地図
鈴岡城の位置(長野県内)
鈴岡城
鈴岡城

鈴岡城(すずおかじょう)は、長野県飯田市にあった日本の城

概要[編集]

鈴岡小笠原氏の居城である。小笠原氏は政康の死去後、府中(深志)小笠原氏、松尾小笠原氏、鈴岡小笠原氏に別れて対立したが、鈴岡城は鈴岡小笠原氏の居城であった。

天文23年(1554年)、武田信玄伊那侵攻に際して松尾小笠原氏の小笠原信貴小笠原信嶺父子は信濃先方衆として活躍し、松尾城を回復したが、鈴岡小笠原氏[2]小笠原信定は敗れ、落城した。

毛賀沢川の谷を挟んだ北側には松尾小笠原氏の松尾城があり、その後は松尾城の支城として使用された。現在は鈴岡公園として整備されている。

脚注[編集]

  1. ^ 県史跡 (PDF)”. 長野県 (2013年1月1日). 2012年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年4月5日閲覧。
  2. ^ 小笠原政秀の代で一旦滅亡していたが、松尾小笠原氏への対抗上、府中小笠原氏から信定が入り再興させた。

関連項目[編集]