鈴尾城

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鈴尾城
広島県
安芸国鈴尾城遠景
安芸国鈴尾城遠景
別名 福原城
城郭構造 連郭式山城
天守構造 なし
築城主 福原広世
築城年 南朝:天授7年/弘和元年/北朝:康暦3年/永徳元年(1381年
主な城主 福原氏
廃城年 慶長5年(1600年)頃
遺構 曲輪、空堀、石垣、土塁、井戸
指定文化財 県史跡

鈴尾城(すずおじょう)は、広島県安芸高田市福原にある日本の城跡(山城)。別名「福原城」。

沿革[編集]

毛利元春の五男長井広世備後国信敷荘長井氏の養子となっていたが、後に安芸吉田へと戻った。そして南朝:天授7年/弘和元年/北朝:康暦3年/永徳元年(1381年)、広世は父よりこの内部庄福原の地を知行され、この地に鈴尾城を構え、福原を名字とした。その後代々福原氏の居城として使用された。明応6年(1497年)に毛利元就が生まれたのも、この鈴尾城であったと言われている。

福原氏は毛利氏の重臣として活躍したが、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの敗北の結果、毛利氏の防長移封に従って廃城となった。

概要[編集]

鈴尾城に隣接する宮の城(現・埃ノ宮神社)

鈴尾城は正面となる西側を江の川が流れ、それを天然の堀とし、比高110mの福原山の頂上より12段の曲輪を配した山城である。城の東部に居館があったとされる平坦地があり、現在はそこに「毛利元就誕生碑」が建てられている。

城地の近くに福原氏歴代の墓所があり、福原貞俊福原広俊らが眠っている。

脚注[編集]

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外部リンク[編集]