金顕哲

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金顕哲
Kim Hyun-chul, 1961-may-16.jpg
各種表記
ハングル 김현철
漢字 金顯哲
発音: キム・ヒョンチョル
日本語読み: きん・けんてつ
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金 顕哲(キム・ヒョンチョル、1901年11月13日 - 1989年1月27日[1])は、大韓民国政治家独立運動家官僚

生涯[編集]

漢城にて誕生。1917年京城高等工業学校の鉱山学科を卒業。1929年バージニア州リンチバーグリンチバーグ大学英語版を卒業。1932年にコロンビア大学大学院で修士号を取得。

1933年大韓民国臨時政府欧米外交委員に就任。1953年に企画部次長、1955年に農林部次官および財務部長官、1956年に復興部長官、1957年に財務部長官を務めた。5・16軍事クーデターも引き続き要職に起用され、1962年に経済企画院長官を務めた。1962年7月10日から1年5ヶ月間は内閣首班を務めた。

1964年に大統領顧問および行政改革委員会委員長を務めた。1964年12月から1967年10月まで駐米韓国大使、1969年5・16奨学会理事長、1973年から1979年まで憲法委員会委員を務め、1980年に国政諮問委員会委員に委嘱された。1981年に全斗煥政権で再び国政諮問委員会委員に委嘱され、1989年に公職を退いた。

叙勲[編集]

  • 修交勲章 光化章
  • 国民勲章 無窮花章

注釈[編集]

  1. ^ 《한국일보》 (1989.1.28) 前 내각수반 金顯哲씨 他界


公職
先代:
朴正煕
大韓民国の旗 内閣首班
1962 - 1963
次代:
崔斗善
国務総理
先代:
宋堯讚
大韓民国の旗 大韓民国経済企画院長官
1962
次代:
金裕澤
先代:
兪莞昌
大韓民国の旗 大韓民国復興部長官
第2代:1956 - 1957
次代:
宋仁相
先代:
李重宰
印泰植
大韓民国の旗 大韓民国財務部長官
第6代:1955 - 1956
第8代:1957 - 1959
次代:
印泰植
宋仁相
外交職
先代:
金貞烈
大韓民国の旗 在アメリカ合衆国大韓民国大使
第7代:1964 - 1967
次代:
金東祚