金子篤司

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金子 篤司(かねこ あつし、1922年- 2002年)は、日本彫刻家

経歴[編集]

1922年(大正11年)、山口県下関市に生まれる。神奈川一中(現県立希望ヶ丘高校)卒業後、日本刀鍛錬伝習所に入門。修業途中で兵役に召集されたが、兄弟子の人間国宝宮入行平とは、終生の交流を持ち続けた。

1949年東京芸術大学美術学部木彫科入学。平櫛田中に師事。1953年同卒業。主に日展、日彫展などで活躍した。日展初入選以後、15回入選。日展会友。日彫展会員。1965年女子美術大学講師(以後18年間)。

1982年横浜美術協会会長。横浜美術協会理事・相談役。2002年神奈川県相模原市にて心不全のため死去。(「ART MIND 2006秋季号」P.1」

主要作品[編集]

  • 「小鍛冶」 1988年パレ・デ・コングレ賞(パリ・日本の美術展)、第5回日本芸術選奨大賞(アートジャーナル社)、関市立関鍛冶伝承館(所蔵)(「ART MIND」 2007春 P.61)
  • 「好日(平櫛田中像)」 1962年第7回日展。東京芸術大学大学美術館(所蔵)(「ART MIND」2004・5 P.48)
  • 「真間の手児奈」 千葉県市川市立市川文学館(所蔵)(「ART MIND」2005・7 P.119)
  • 「宮入行平像」 長野県坂城町立鉄の展示館(所蔵)(「ART MIND」2007春 P.59)
  • 「土用干し」 第12回(1980年)日展。神奈川県立かながわ女性センター(所蔵)(BM(美術の森杜)2006・8 P.133)
  • 「シャムネコ」 第3回(1970年)ミレー友好協会展。アートグラフ最優秀アート大賞(「芸術公論」1986・5 P.258)
  • 「鵤(いかるが)に祈る(聖徳太子像・立像)」 第16回日彫展(1986年)。芸術文化恩賜賞。聖徳大学(所蔵)(BM(美術の森杜)2004・02 P.223)
  • 「歓迎」 1994年アートグラフ優秀作家大賞(「芸術公論」1995・9 P.60)
  • 「捨て児」 第12回日彫展(1982年)
  • 「鵤の夢」 第15回日彫展(1985年)。第33回ミレー友好協会展(1991年)シャイヨンビエール市長賞(「ART MIND」2005・7 P.120)
  • 「不動明王」 横浜美術協会ハマ展(1985年)(「ART MIND」2005・7 P.121)
  • 「茨木童子」 第18回日彫展(1988年)(「ART MIND」2005・7 P.118)

出典[編集]

  • アートジャーナル
  • 芸術公論
  • ART MIND
  • BM(美術の杜)
  • 鉄の展示館
  • 関鍛冶伝承館