金原博

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金原 博
かなはら ひろし
生年月日 (1930-02-16) 1930年2月16日(89歳)
出生地 日本の旗 日本 石川県石川郡大野村字松
(現:金沢市松村)
前職 農業
所属政党自由民主党→)
新生党→)
新進党→)
無所属新進石川[1])→)
民主党(新進石川)→)
(民主党→)
無所属
称号 江蘇省栄誉公民

在任期間 1987年4月30日 - 1988年6月13日

選挙区 金沢市選挙区
当選回数 12回
在任期間 1971年4月30日 - 2019年4月29日

当選回数 1回
在任期間 1967年5月2日 - 1971年3月30日
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金原 博(かなはら ひろし、1930年2月16日 - )は、日本の元政治家石川県議会議員(12期)。

新進石川会長(初代)、民主党石川県連代表代行、江蘇省栄誉公民[2]

概要[編集]

石川県出身。石川県議会における反自民の中心勢力である新進石川を長らく率いた。

民主党石川県連代表代行、金沢市鞍月土地区画整理組合理事長、新進石川議員協議会顧問、JA金沢中央会長理事、石川県野菜園芸協会会長、社会福祉法人ニコニコ保育園理事長、石川県日中友好協会名誉会長、石川県測量設計業協会顧問、石川県鉄骨工業協同組合顧問、石川県武術太極拳連盟会長等を務める。

北陸放送アナウンサーで、2019年石川県議会議員選挙で当選した長田哲也は娘婿[3]

略歴[編集]

石川県立金沢桜丘高等学校卒業。金沢市議会議員を経て1971年、41歳で石川県議会議員に自民党公認で初当選[3]。以後当選を続け県議会議長や自民党県連幹事長などを歴任。1993年奥田敬和の自民党離党に同調し、新生党結成に参加。その後、新進党結成にも参加。

1994年石川県知事選挙では谷本正憲を支援。当時、自由民主党幹事長を務めていた森喜朗が推す元農水事務次官の石川弘を破り以後当選を続けると、谷本県政の生みの親として谷本を支えた。

1997年の新進党解党に際し、当時の県議宇野邦夫とともに新進石川を結成して初代会長に就任[3]2009年、新進石川の民主党県連参加に伴い民主党に入党。

2011年石川県議会議員選挙では道府県議選当選者でも最高齢となる81歳での当選を果たした。また、石川県議選では最多タイとなる11回目の当選であった。

2012年12月、長らく所属していた新進石川を離脱。県政石川議員会を結成。

2014年4月26日、県政石川所属の3議員と共に民主党を離党。

2015年4月、前回に続き道府県議選で最高齢当選し、石川県議会では史上最多となる12回目の当選を果たした[4]

2018年10月14日、金沢市内の自身の後援会会合で、高齢などを理由に、2019年春の県議会選挙に出馬しないと発表。後継に娘婿の長田哲也を後継に指名した[3]

文献[編集]

著書[編集]

関連文献[編集]

  • 『能登の大地を愛して - 回想県議生活28年』(宮下正一著、正和政策研究会・北國新聞社、1998年10月、ISBN 4833010410

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 確認団体。県議会会派としては存続。
  2. ^ 石川県と江蘇省の交流年譜”. 石川県観光戦略推進部国際交流課 (2018年7月2日). 2019年8月25日閲覧。
  3. ^ a b c d “88歳の全国最高齢県議、引退へ…後継に娘婿”. 読売新聞オンライン. (2018年10月22日). https://www.pref.ishikawa.lg.jp/kokusai/kouryu/chin2.html 2019年8月25日閲覧。 
  4. ^ 最高齢県議は「生涯現役」の85歳 石川の金原氏、12期連続当選 産経ニュース、2015年7月29日閲覧。

外部リンク[編集]

議会
先代:
宮下正一
石川県の旗 石川県議会議長
第65代:1987年 - 1988年
次代:
小林紀三