野間惟道
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のま これみち 野間 惟道 | |
|---|---|
| 生誕 |
阿南惟道 1937年11月26日 |
| 死没 | 1987年6月10日(49歳没) |
| 死因 | 急性硬膜下血腫 |
| 出身校 | 東京大学法学部 |
| 職業 | 実業家 |
| 配偶者 | 野間佐和子 |
| 子供 | 野間省伸(長男) |
| 親 | 阿南惟幾・綾子 |
野間 惟道(のま これみち、1937年(昭和12年)11月26日 - 1987年(昭和62年)6月10日)は、日本の出版人、実業家。講談社5代目代表取締役社長、日刊現代代表取締役社長を務めた。東京府(現・東京都)出身。旧姓は阿南(あなみ)。
略歴
[編集]陸軍大将・阿南惟幾の五男として生まれる[1]。東京大学法学部卒業[1]後、三菱電機に勤務していたが、野間省一の長女・佐和子と結婚。野間家に入り、1965年講談社取締役に就任[1]。常務、専務と昇進し、1975年からは4年半にわたり、日刊現代に出向し社長を務め、新分野の開発にあたった[2][3]。その後同社に復帰。副社長を経て[3]、1981年第5代社長に就任。雑誌部門を大きく伸長させるが[3]、1987年6月10日、急性硬膜下血腫のため急死。49歳没。この日は、前年に講談社で起きた『フライデー襲撃事件』の主犯・ビートたけしに有罪判決が下された日でもあった[3]。
家族
[編集]- 父:阿南惟幾(陸軍大将)
- 母:阿南綾子
- 長兄:名前不明(早世)
- 次兄:阿南惟敬(防衛大学校教授)
- 三兄:阿南惟晟(陸軍中尉)
- 四兄:阿南惟正(新日本製鐵副社長)
- 弟:阿南惟茂(駐中国大使)
- 妻:野間佐和子(講談社6代目代表取締役社長)
- 長男:野間省伸(講談社7代目代表取締役社長)
脚注
[編集]- ^ a b c 現代財界家系譜 第3巻 1970, p. 372.
- ^ 赤坂英一 (2025年1月4日). “【「夕刊フジ」休刊で岐路に立つ夕刊紙】 「日刊ゲンダイ」寺田俊治社長インタビュー「 “大新聞が書かない本当のこと”を書く。これが原点です」”. デイリー新潮. 2026年1月16日閲覧。
- ^ a b c d “野間 惟道 ノマ コレミチ”. コトバンク. 2026年1月16日閲覧。
参考文献
[編集]- 『現代財界家系譜 第3巻』現代名士家系譜刊行会、1970年。
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