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野間惟道

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
のま これみち
野間 惟道
生誕 阿南惟道
(1937-11-26) 1937年11月26日
日本の旗 日本東京府
死没 (1987-06-10) 1987年6月10日(49歳没)
死因 急性硬膜下血腫
出身校 東京大学法学部
職業 実業家
配偶者 野間佐和子
子供 野間省伸(長男)
阿南惟幾・綾子
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野間 惟道(のま これみち、1937年昭和12年)11月26日 - 1987年(昭和62年)6月10日)は、日本の出版人、実業家講談社5代目代表取締役社長日刊現代代表取締役社長を務めた。東京府(現・東京都)出身。旧姓は阿南(あなみ)。

略歴

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陸軍大将阿南惟幾の五男として生まれる[1]東京大学法学部卒業[1]後、三菱電機に勤務していたが、野間省一の長女・佐和子と結婚。野間家に入り、1965年講談社取締役に就任[1]。常務、専務と昇進し、1975年からは4年半にわたり、日刊現代に出向し社長を務め、新分野の開発にあたった[2][3]。その後同社に復帰。副社長を経て[3]1981年第5代社長に就任。雑誌部門を大きく伸長させるが[3]、1987年6月10日、急性硬膜下血腫のため急死。49歳没。この日は、前年に講談社で起きた『フライデー襲撃事件』の主犯・ビートたけしに有罪判決が下された日でもあった[3]

家族

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脚注

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参考文献

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  • 『現代財界家系譜 第3巻』現代名士家系譜刊行会、1970年。 
先代
野間省一
講談社社長
第5代(1981年 - 1987年
次代
野間佐和子