野火 (小説)
野火 | |
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小説:野火 | |
著者 | 大岡昇平 |
出版社 | 創元社 |
掲載誌 | 展望 |
映画:野火 | |
監督 | 市川崑 |
制作 | 大映 |
封切日 | 1959年11月 |
上映時間 | 105分 |
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『野火』(のび、Fires on the Plain )は、大岡昇平の小説。1951年に『展望』に発表、翌年に創元社から刊行された。作者のフィリピンでの戦争体験を基にする。死の直前における人間の極地を描いた、戦争文学の代表作の一つ[1]。第3回(昭和26年度)読売文学賞・小説賞を受賞している[2]。
概要[編集]
大岡は1948年より従軍記『俘虜記』を発表しており[3]、その初稿の執筆直後より、『俘虜記』を補足するための作品として、『野火』が着想された[4]。日常の視点をもとに戦争を描写することが特徴であった『俘虜記』に対し、その手法では表現できなかった描写として、熱帯の自然をさまよう孤独な兵士と感情の混乱を表現するため、本作はファンタスティックな物語として構想された[4]。大岡自身の体験をもとにした『俘虜記』に対し、本作は純前たるフィクションである[5]。
戦中の場面の描写のための手段として、主人公は「狂人」に設定されており[4]、戦地における殺戮、孤独、人肉食などが取り上げられている[1]。大岡は自身の作品について多くを語っていたが、中でもこの『野火』に対する拘りは強く、原稿に手を入れる数も多く、生涯にわたってこの作品のことを気にかけていた[5]。
題名の「野火」とは、春の初めに野原の枯れ草を焼く火のことである。この作品にはカニバリズムが出てくるが、大岡はエドガー・アラン・ポーの『ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語』が、この作品が全体のワクになっていると書いている[6]。
丸谷才一は『文章読本』(中央公論社、1977年)において、修辞技法の個々の技法を説明する際、例文を全て本作品とシェイクスピアの諸作品に拠った。
大岡昇平の代表作の一つであり、大岡の最高傑作の一つとの声や[7]、今世紀最大の文学の一つとの評価もある[5]。日本国外での評価も高く、翻訳版の出版も多い[4]。
1959年に市川崑、2015年に塚本晋也がそれぞれ映画化している。
あらすじ[編集]
太平洋戦争末期、日本の劣勢が固まりつつある中での、フィリピン戦線でのレイテ島が舞台である。 主人公の田村は肺病のために部隊を追われ、野戦病院からは食糧不足のために入院を拒否される。現地のフィリピン人は既に日本軍を抗戦相手と見なしていた。この状況下、米軍の砲撃によって陣地は崩壊し、全ての他者から排せられた田村は、熱帯の山野へと飢えの迷走を始める。 律しがたい生への執着と絶対的な孤独の中で、田村にはかつて棄てた神への関心が再び芽生える。しかし彼が目の当たりにする、自己の孤独、殺人、人肉食への欲求、そして同胞を狩って生き延びようとするかつての戦友達という現実は、ことごとく彼の望みを絶ち切る。 ついに、「この世は神の怒りの跡にすぎない」と断じることに追い込まれた田村は、狂人と化していく。
映画[編集]
1959年版[編集]
野火 | |
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Fires on the Plain | |
監督 | 市川崑 |
脚本 | 和田夏十 |
原作 | 大岡昇平 |
製作 | 永田雅一 |
出演者 |
船越英二 ミッキー・カーチス 滝沢修 |
音楽 | 芥川也寸志 |
撮影 | 小林節雄 |
編集 | 中静達治 |
製作会社 | 大映 |
配給 | 大映 |
公開 |
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上映時間 | 105分 |
製作国 |
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言語 | 日本語 |
1959年には大映で映画化された。角川エンタテインメントからDVDが発売されている。1959年度キネマ旬報ベスト・テン第2位[8]、脚本賞、主演男優賞(船越英二)[8]、ロカルノ国際映画祭グランプリ受賞[9]。
人肉を食う場面は、映画では「栄養失調で歯が抜け、食べられなかった」という処理が行われた。これは、映画の持つ表現の直接性を考慮し、観客に「食べなくてよかった」と感じさせるための変更である。
キャスト[編集]
- 船越英二: 田村
- ミッキー・カーチス: 永松
- 滝沢修: 安田
- 浜口喜博: 下士官
- 石黒達也: 無精髯の軍医
- 稲葉義男: 兵隊A(班長)
- 星ひかる: 兵隊1
- 月田昌也: 兵隊2
- 杉田康: 兵隊3
- 佐野浅夫: 兵隊4
- 中條静夫: 兵隊5
- 伊達信: 分隊長
- 伊藤光一: 軍医
- 浜村純: 狂人の将校
- 潮万太郎: 曹長
- 飛田喜佐夫: 兵隊
- 大川修: 兵隊
- 此木透: 兵隊
- 夏木章: 兵隊
- 竹内哲郎: 兵隊
- 早川雄三: 兵隊
- 志保京助: 兵隊
- 守田学: 衛兵
- 津田駿二: 衛兵
スタッフ[編集]
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2015年版[編集]
野火 | |
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Fires on the Plain | |
監督 | 塚本晋也 |
脚本 | 塚本晋也 |
原作 | 大岡昇平 |
製作 | 塚本晋也 |
出演者 |
塚本晋也 森優作 中村達也 中村優子 リリー・フランキー |
音楽 | 石川忠 |
撮影 |
塚本晋也 林啓史 |
編集 | 塚本晋也 |
配給 | 海獣シアター |
公開 |
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上映時間 | 87分 |
製作国 |
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言語 | 日本語 |
2015年7月25日に公開された日本映画。1959年版のリメイクではなく、あくまで監督の塚本晋也が原作から感じたものを映画化した作品である[10]。監督・脚本・製作などに加え主演する塚本晋也は、構想に20年を費やした。製作には出資者が集まらず、自主製作映画としての公開ながら、2014年7月開催の第71回ヴェネツィア国際映画祭メインコンペティション部門に正式出品[11]。第15回東京フィルメックスのオープニング作品として上演[12]。第23回レインダンス映画祭出品作品[13]。
キャスト(2015年版)[編集]
スタッフ(2015年版)[編集]
受賞[編集]
- 第7回TAMA映画賞 [14]
- 特別賞(塚本晋也監督・キャスト・スタッフ一同に対し)
- 第89回キネマ旬報ベスト・テン [15]
- 日本映画ベスト・テン 第2位
- 第70回毎日映画コンクール[16]
- 男優主演賞(塚本晋也)
- 監督賞(塚本晋也)
- 第37回ヨコハマ映画祭[17]
- 日本映画ベストテン・第5位
- 第25回日本映画プロフェッショナル大賞(2016年)[18]
- 監督賞(塚本晋也)
- ベストテン・2位
- 第30回高崎映画祭[19]
- 最優秀作品賞
- 最優秀新人男優賞(森優作)
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脚注[編集]
- ^ a b 丸谷才一「(袖のボタン)『野火』を読み返す」『朝日新聞』朝日新聞社、2005年4月5日、朝刊文化、23面。
- ^ 「読売文学賞 第1回(昭和24年度)〜第10回(昭和33年度)」『読売新聞』読売新聞社、2010年10月。2014年7月26日閲覧。オリジナルの2014年7月28日時点におけるアーカイブ。
- ^ 『大岡昇平の世界展』神奈川近代文学館、2020年3月20日、22頁。全国書誌番号:23370807。
- ^ a b c d 大岡昇平の世界展 2020, pp. 24-25
- ^ a b c 樋口覚「大岡昇平「野火」現行発見」『神奈川近代文学館』第58号、神奈川文学振興会、1997年10月15日、 6頁、 全国書誌番号:00039034。
- ^ 渡辺利雄『アメリカ文学に触発された日本の小説』(研究社2014年)pp.1-26。
- ^ 宮坂覺「大岡昇平「野火」を〈読む〉- 反復と恩寵 -」『フェリス女学院大学文学部紀要』第46号、フェリス女学院大学、2011年3月9日、 451頁、 NAID 120005738751、2020年10月25日閲覧。
- ^ a b “キネマ旬報 ベスト・テン”. キネマ旬報映画データベース. キネマ旬報社. 2020年10月25日閲覧。
- ^ 「小林政広監督「愛の予感」グランプリ」『日刊スポーツ』日刊スポーツ新聞社、2007年8月13日。2020年10月25日閲覧。
- ^ “イントロダクション”. 映画「野火 Fires on the Plain」オフィシャルサイト 塚本晋也監督作品. 2020年10月25日閲覧。
- ^ 塚本晋也が大岡昇平の戦争文学『野火』を自ら主演し映画化、共演にリリー、中村達也ら(2014年7月24日)、cinra.net、2014年7月25日閲覧。
- ^ “塚本晋也『野火』が日本初上映!濃密な内容に観客から熱心な意見!”. シネマトゥデイ. (2014年11月22日) 2014年11月25日閲覧。
- ^ “大崎章監督「お盆の弟」ロンドンの国際映画祭に出品”. 日刊スポーツ (2015年8月25日). 2015年8月25日閲覧。
- ^ “第7回TAMA映画賞”. 第25回映画祭TAMA CINEMA FORUM. TAMA CINEMA FORUM (2015年). 2015年11月22日閲覧。
- ^ “キネマ旬報ベスト・テン発表、「恋人たち」「マッドマックス」が1位に輝く”. 映画ナタリー (2016年1月8日). 2016年1月8日閲覧。
- ^ “毎日映画コンクール 大賞に橋口監督の「恋人たち」”. 毎日新聞 (2016年1月21日). 2016年1月21日閲覧。
- ^ “綾瀬はるかや広瀬すずも爆笑!樹木希林の爆笑スピーチ”. Movie Walker (2016年2月7日). 2016年2月8日閲覧。
- ^ “「バクマン。」が日本映画プロフェッショナル大賞でベストワン&作品賞”. 映画ナタリー. (2016年3月25日) 2016年3月25日閲覧。
- ^ “塚本晋也監督「野火」戦後73年アンコール上映決定 メイキング&ライブ映像もお披露目”. 映画.com (2018年7月5日). 2019年2月11日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 野火(1959年版) - allcinema
- 野火(1959年版) - KINENOTE
- 映画「野火」公式サイト - 2015年版
- 野火(2015年版) - allcinema
- 野火(2015年版) - KINENOTE