野口修

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野口 修(のぐち おさむ、男性1934年1月24日 -2016年3月 )は、日本プロモーター。野口プロモーション社長。キックボクシングの生みの親である。

人物[編集]

東京都文京区出身。父親は元プロボクシング日本王者で野口ボクシングジム創始者のライオン野口野口恭は実弟。明治高校及び明治大学卒業。野口ジム所属フライ級プロボクサーたる三迫仁志金平正紀は同い年の親友だった。

帝拳プロモーション会長本田明彦の実父で全日本ボクシング協会初代会長本田明にも可愛がられ、プロボクシング界で日本ボクシングコミッションレフェリーおよびプロモーター・ジム会長・東日本協会理事として活躍した後、1966年、「キックボクシング」の名称を考案し、日本キックボクシング協会を設立。つまりキックボクシング生みの親である。

ちなみに第一号選手白羽秀樹には、1964年空手代表としてタイ王国ルンピニー・スタジアムムエタイの強豪を倒した中村忠にあやかり、沢村忠と命名。

アニメ「キックの鬼」のオープニングテーマの作詞も担当している。

親交のあった作詞家の山口洋子の説得により、野口プロモーションは1970年にレコード歌手として歌手の三谷謙と契約をした。三谷は翌年に「五木ひろし」へ改名、この年の3月に山口洋子作詞、平尾昌晃作曲のシングルレコード『よこはま・たそがれ』が発売され、五木は再デビューを果たした。

1976年世界キックボクシング協会(WKBA)を設立。

1998年には元日本キック2階級王者伊原信一新日本キックボクシング協会にお墨付きを与えた。

2016年5月9日、元ゴング格闘技編集長舟木昭太郎のブログで、同年3月に逝去していた事が公表された[1]。舟木自身は7日に元木浩二より伝え聞いたとの事である。享年83歳。

脚注[編集]