酸と塩基

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塩基(さんとえんき)は化学反応における性質である。化学の初期には水溶液における化学反応を水素イオン水酸化物イオンから説明するものとして酸と塩基を定義付けていたが(アレニウスの定義)、化学の発展とともにその定義は拡張され、今日では水溶液に限定しない一般の化学反応における電子対の授受により酸と塩基は定義付けられている(ルイスの定義)。

概要[編集]

酸と塩基の定義は化学の進展により何度か拡張されているが、今日の義務教育で習う初歩的な定義は水溶液に関するものであるので、まずは水溶液をベースに酸と塩基を解説する。

リトマス試験紙

に物質(溶質)を溶かした上で、リトマス試験紙を水溶液につけてみると、溶かした溶質によってリトマス試験紙の色が赤になるものと青になるものがある事が知られている。前者のものを酸性の水溶液、後者のものを塩基性(もしくはアルカリ性)の水溶液といい、酸性、塩基性の水溶液を作り出した溶質をそれぞれ塩基という。

リトマス以外の化学物質に対しても、水溶液が酸性であるか塩基性であるかに応じて、その化学物質を水溶液に入れた時に起こる化学反応が大きく異なる事が知られており、例えば酸性の水溶液は鉄を溶かして水素を生じるが、塩基性の水溶液ではそのような反応は起こらない。したがって溶質が酸であるか塩基であるかを知ることは実用上非常に重要である。

酸の例としては塩酸硫酸硝酸酢酸などが挙げられ、塩基の例としては酸化ナトリウム水酸化カリウムアンモニアなどが挙げられる。

酸性と塩基性は逆の性質であり、酸性の水溶液と塩基性の水溶液を混ぜると、酸塩基反応という化学反応が生じて、より中間的な状態へと近づき、同時に何らかの物質(塩(えん)という)ができる。特に、酸性の水溶液と塩基性の水溶液を適切な量だけ混ぜると、水溶液は酸性の性質も塩基性の性質も持たない状態(中性)になる。この過程を中和と呼ぶ。

水溶液がどの程度酸性ないし塩基性であるかは、水素イオン指数pHという尺度で測る事ができる。pHは0から14までの値を取り、pHが7であるときは中性、7より小さい時水溶液は酸性、7よりも大きい時には塩基性である。なお、厳密な定義は省くが、酸性の度合いが非常に強い場合を強酸、酸性の度合いが少ない水溶液を弱酸という。強塩基弱塩基も同様に定義する。

なお、酸・塩基の強さを測る指標はpH以外にも、規定度酸解離定数 (pKa) ・酸度関数 (H0) などがある。また、酸と塩基には、「硬い」「軟らかい」という表現をされる定性的な性質がある。詳しくはHSAB則を参照。

「酸」という名称は、酸には必ず酸素が含まれるのではないかというラヴォアジエの説によるMF1(p144)。しかし後にデービーが、塩酸という水素と塩素しか含んでいない物質も酸になる事を示した為、この説は修正が必要になったMF1(p144)。そしてデービーの成果は、酸素よりむしろ水素が酸の定義に重要である事を示唆していたMF1(p144)

アレニウスの定義[編集]

こうした成果を踏まえ、アレニウスは、酸と塩基を以下のように定義したMF1(p144)

アレニウスの定義は、水分子が水素イオンと水酸化物イオンとに分解できる事を考えると理解しやすい。この事実を鑑みると、なんら物質を溶かしていない純粋な水の場合、そこに含まれるとは同じ量である。それに対し、酸性の水溶液では、酸がを生じるのでの方がよりも多く、逆に塩基性の水溶液では塩基がを生じるので、の方がよりも多い。

酸性の水溶液と塩基性の水溶液を混ぜ合わせた時に起こる中和は、酸性の水溶液にあると塩基性の水溶液にあるが反応して水分子に変わる過程であると解釈できる。

欠点[編集]

しかしアレニウスの定義は以下のような欠点を持つことが知られている:

ブレンステッド・ローリーの定義[編集]

定義[編集]

アレニウスの定義における欠点を補うため、ブレンステッドローリーは、アレニウスの定義において中心的な役割を果たしている、すなわちプロトン(陽子)をベースとして、酸と塩基の概念を以下のように再定義した:

よってブレンステッド・ローリーの定義における酸と塩基をそれぞれプロトン供与体プロトン受容体ともいうMF2(p320)。なおブレンステッド・ローリーの定義では通常の分子である場合はもちろん、イオン化した分子に対しても酸や塩基が定義できる。

アレニウスの定義との関係[編集]

アレニウスによる酸の定義は、ブレンステッド・ローリーによる酸の定義における「他の物質」が水分子であり、しかもを水分子に渡す原因が解離である場合に相当するので、ブレンステッド・ローリーによる酸の定義はアレニウスによる酸の定義を含意する。

一方ブレンステッド・ローリーによる塩基の定義はアレニウスによる塩基の定義と見かけ上大幅に異なるが、アレニウスによる塩基の中に存在するが「他の物質」である反応相手の酸からを奪って水分子を生成すると考えれば、ブレンステッド・ローリーによる塩基の定義がアレニウスによる塩基の定義を含意する事が分かる。

欠点の解消[編集]

アレニウスの定義と違い、定義の範囲を水溶液に限定していないので、アレニウスの定義にあった「水溶液にしか定義できない」という欠点は解消されている。

また、ブレンステッド・ローリーの定義は、アレニウスの定義と違い、アンモニアが水に対して塩基になる事を説明できる。実際、アンモニアが水分子と反応して加水分解する過程

において、アンモニアは水分子からを奪っているので、ブレンステッド・ローリーの定義における塩基であるMF2(p321)

定義の相対性[編集]

アレニウスの定義と違い、ブレンステッド・ローリーによる酸と塩基の定義は、反応相手となる「他の物質」の存在があって初めて意味を持つものである。したがってある物質Aが「他の物質」Xに対しては酸であるにも関わらず、Xとは異なる「他の物質」Yに対しては塩基であるという事も起こりうる。例えば水は塩酸に対して塩基であるがMF2(p321)、アンモニアに対しては酸として働くMF2(p321)

共役酸-塩基対[編集]

酸(acid)を HA、塩基(base)を B とすると、ブレンステッド・ローリーによる酸塩基反応は一般に次の化学反応式で表されるMF2(p321)

なお、この式は左辺から右辺への反応が生じるのと同時に右辺から左辺への反応も生じる事を意味する[1]

そこで逆に、右辺から左辺への反応過程を見てみると、(ブレンステッド・ローリーの定義における)塩基と酸が反応して、HAとBとを生成していると解釈できる。

こうした理由により、を酸 HAの共役塩基(conjugate base)と呼び、を塩基Bの共役酸というMF2(p321)

ルイスの定義[編集]

ルイスによる以下の酸と塩基の定義は、ブレンステッド・ローリーの定義より更に広範な範囲をカバーする:

  • 酸:電子対の受容体MF2(p346)
  • 塩基:電子対の供与体MF2(p346)

ブレンステッド・ローリーの塩基Bは、プロトンを受け取る際、B内にある電子対をに供与する事により、を作るので、ブレンステッド・ローリーの塩基はルイスの塩基でもあるMF2(p346)。同様の理由により、ブレンステッド・ローリーの酸はルイスの酸でもあるMF2(p346)

しかしルイスの定義は、プロトンの授受を伴わない反応に対しても酸や塩基を定義できる事に利点がある。例えば反応

ではプロトンの授受は行われないが、の電子対をに供与するため、はルイスの定義における酸と塩基であるMF2(p346)

参考:ウサノビッチの定義[編集]

1939年ソビエト連邦のウサノビッチ (М. Усанович) が提出した定義では、酸は水素イオンおよびその他の陽イオンを放出するもの、あるいは陰イオンおよび電子と結合する能力のあるものはすべて含まれる田中71[要ページ番号]

この定義では陰イオンおよび電子(および電子を放出するもの)まで塩基となり、電子の授受といった酸化還元反応までを酸塩基反応と解釈し、究極にはすべての化学反応を包括することになり拡張解釈が過ぎるため、今日ではこの定義が用いられることはほとんどない。

強度[編集]

ある溶液の酸性(塩基性)の強弱は、それに溶けている酸(塩基)固有の「強度」と、溶液中のその物質の「濃度」に依存する。例えば、硫酸は物質としては強い酸であるが、もし濃度が低ければ、溶液全体の酸性は弱い。

それぞれの物質固有の(濃度に依存しない)強度の指標としては、酸解離定数 (pKa) がある。また、濃度を加味した溶液としての性質の指標として水素イオン指数(pH) 、酸度関数 (H0) および規定度がある。これらは場合によって使い分けがされる。酸性度をあらわすために希薄水溶液中では pH を用いるのが一般的であるが、濃厚溶液および非水溶媒中においては酸度関数を用いる。 また有機溶媒中での反応を議論することの多い有機化学では、反応物の水素イオンの解離の程度を pKa によって議論することが多い。

物質固有の強度[編集]

水中で電離する化合物の酸性(塩基性)の強弱は、その物質の電離度によっておおまかに分類される。電離度は電解質が溶液中で解離(電離)しているモル比をあらわす値で、電離度がほぼ 1 である酸(塩基)を強酸強塩基)、電離度が小さいものを弱酸弱塩基)と呼ぶ。また、純硫酸よりも強い酸性媒体を超酸ということがある。

より定量的に酸(塩基)の強さを示す場合は、解離平衡を考え、その平衡定数 Ka対数に負号をつけた酸解離定数 pKa で表すことが多い。塩基に対しては、共役酸pKa か、特に水中の場合では塩基解離定数 pKb = 14 − pKa が用いられる。

例えば、酢酸pKa は 4.76 、ギ酸pKa は 3.77 である[2]pKa は定義から数値が小さいほど水素イオンを解離しやすい、すなわち強い酸であることを示す。したがって、同じ弱酸でもギ酸のほうが酢酸より 10 倍強いことが分かる。

また、この表記法を用いると、有機物など通常電離するとは考えない化合物に対しても酸・塩基の強度すなわちプロトン解離の指標として用いることができる。例えば、水中でのメタンpKa は 48、ベンゼンは 43 であり、ベンゼンの水素の方がはるかに酸性が強い(すなわち、プロトンとして引き抜かれやすい)ことが分かる。[3]

塩基の強さは共役酸の pKa から判断することができる。例えば、プロトン化されたアンモニア(アンモニウム)のpKa は 9.2、トリエチルアミンは 10.75 である。すなわち、トリエチルアミンに配位したプロトンはアンモニアの場合に比べて 1 桁ほど解離しにくい。このことは、トリエチルアミンがアンモニアに比べて 10 倍強い塩基であることを示している。

酸解離定数を指標として用いることで、クライゼン縮合など、水素引き抜きが関与する反応に必要な塩基を推量することができる。

濃度を含めた強度[編集]

ある物質の溶液の酸・塩基を議論する際には、その物質の濃度も重要な要素となる。濃度を含めた酸・塩基の指標としては、規定度水素イオン濃度がある。

規定度は酸・塩基の価数とモル濃度の積で表される値で、単位 N で示される。ただし、IUPAC [4]ならびに日本の計量法[5]等では使用が推奨されていない。

水素イオン濃度は、通常は水溶液中において、水素イオンの濃度を対数で示したものである。水素イオン濃度は現実的な酸・塩基の強度にあった指標であるが、単純に酸・塩基の濃度に比例するものではないため、値を知りたい場合には酸塩基指示薬などによって調べる必要がある。また、水溶液以外に適用する場合には、自己解離水平化効果を考える必要がある。

代表的な酸・塩基[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ただしこの2つの反応の速度は等しいとは限らないので最終的に右辺だけ、もしくは左辺だけが残る場合もあり得るし、両者の反応速度が等しければ平衡状態になって右辺と左辺の両方の物質が残る。
  2. ^ http://daecr1.harvard.edu/pdf/evans_pKa_table.pdf
  3. ^ http://www.chem.wisc.edu/areas/reich/pkatable/index.htm
  4. ^ Compendium on Analytical Nomenclature (The Orange Book) #6.3 The use of the equivalence concept
  5. ^ 計量法 附則第三条第2項 附則別表第二により、平成九年九月三十日までは法定計量単位とみなされていた。

文献[編集]

引用文献[編集]

  • [田中71] 田中元治 (1971). 酸と塩基. 基礎化学選書8. 裳華房. 
  • [F67]H・Freiser、Q・Fernando 藤永太一郎、関戸栄一訳 (1967/8). イオン平衡―分析化学における. 化学同人. 
  • [MF1] J. McMurry、R. C. Fay 「7章「水溶液内の反応」」『マクマリー 一般化学(上)』 荻野博、 山本学、大野公一訳、東京化学同人2010年11月24日ISBN 9784807907427
  • [MF2] J. McMurry、R. C. Fay 「13章「水溶液内平衡 酸と塩基」」『マクマリー 一般化学(下)』 荻野博、 山本学、大野公一訳、東京化学同人2011年2月23日ISBN 9784807907434

その他[編集]

関連項目[編集]