酒井龍一 (考古学者)

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酒井 龍一(さかい りゅういち、1947年4月17日 - )は、日本考古学者[1][2]奈良大学名誉教授[3]

経歴[編集]

兵庫県多紀郡篠山町(現在の丹波篠山市)に生まれ、1966年兵庫県立篠山産業高等学校を卒業して関西外国語大学外国語学部英米語学科に学び、1970年に卒業した[2]。学生時代に弥生時代中期の環濠集落遺跡である池上・曽根遺跡の発掘調査のアルバイトをしたことを契機に、考古学に関心をもち、大学卒業後も発掘調査に参加し続け、その後、新設された大阪文化財センター(現:大阪府文化財センター)の職員となり、研究論文を出すなどして研究者として認知されるようになった[2]

1981年に休職して渡米し、アリゾナ大学で語学研修を受けつつ、考古学関係の授業も受講した[2]。アリゾナ大学在籍中に奈良大学水野正好の招きを受け[2]1982年に同大学文学部文化財学科専任講師となった[1]

奈良大学に移って以降、アラスカシリアでの発掘に参加し、パルミラの出土碑文の解読などにも取り組むなど研究の幅を広げ、授業では考古学、 国際文化財史科学などを担当した[2]

1985年より助教授、1992年より教授となり、2011年から奈良大学博物館館長を務めた。2013年に、奈良大学を定年退職し[4]、名誉教授となった[3]

酒井の父、酒井利光は、「酒井ひか平」の筆名で「篠山の川柳界の草分け」と評されたが[2]、酒井自身も川柳を作っており[5]、川柳集『発掘川柳』(ジャパン通信情報センター、1997年)を出している[6]

おもな業績[編集]

単著[編集]

  • セトルメントアーケオロジー、ニュー・サイエンス社、1990年
  • 考古学者の考古学、財団法人大阪文化財センター、1990年

共著[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 教授 酒井龍一”. 奈良大学. 2016年6月21日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 臼井学 (2006年7月23日). “丹波人NOW 奈良大学教授 酒井 龍一 (さかい りゅういち) さん 考古学に新しい発想”. 丹波新聞. http://tanba.jp/modules/about/index.php?page=article&storyid=18 2016年6月21日閲覧。 
  3. ^ a b 飛鳥と斑鳩”. ナカニシヤ出版. 2016年6月21日閲覧。
  4. ^ 2013年に、奈良大学文学部文化財学科が刊行する『文化財学報 』が、「酒井龍一先生退職記念論集」を刊行している。:酒井龍一「変身転身また変身」『文化財学報』第31号、奈良大学文学部文化財学科、2013年、 1-3頁。 NAID 40019806932
  5. ^ 川瀬辰男 (2001年2月27日). “夕刊編集室から”. 毎日新聞・大阪夕刊: p. 2. "奈良大学の酒井龍一教授は考古学が専門ですが、「考古学川柳」の詠み手としても有名です。"  - 毎索にて閲覧
  6. ^ 発掘川柳 酒井龍一”. 国立国会図書館. 2016年6月21日閲覧。

外部リンク[編集]