酒井直恭

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酒井 直恭(さかい なおゆき、享保10年1月16日1725年2月28日) - 安永6年7月10日1777年8月12日))は、江戸時代出羽庄内藩家老酒井重一の長子。通称は奥之助。

略歴[編集]

  • 1725年2月28日、酒井重一の嫡男として生れる。
  • 1732年、叔父酒井直隆の子酒井忠休が松山藩主の養子となったため、家禄1000石で直隆の家督を継ぐ。
  • 1748年、庄内藩亀ヶ崎城代となる。
  • 1751年、庄内藩の中老となる。
  • 1758年、庄内藩の家老となる。
  • 1764年、亀ヶ崎城代を再任し家禄が1200石となる。
  • 1777年、死去する。享年53。墓所は山形県鶴岡市

関連項目[編集]

出典・参考文献[編集]

  • 「庄内人名辞典」