都之城

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都之城
宮崎県
都城歴史資料館
都城歴史資料館
別名 都城、鶴丸城
城郭構造 山城
築城主 北郷義久
築城年 1375年天授元年/永和元年)
主な城主 北郷氏伊集院氏
廃城年 1615年元和元年)
遺構 曲輪
指定文化財 市指定史跡
再建造物 なし
都城歴史資料館
位置 北緯31度42分58.27秒
東経131度3分0.95秒
地図
都之城の位置(宮崎県内)
都之城
都之城

都之城(みやこのじょう)は、宮崎県都城市都島町にあった日本の城である。都城市指定史跡[1]都城とも表記する。別名を鶴丸城。形式は山城

概要[編集]

天授元年/永和元年(1375年)、島津氏の支族である北郷氏(都城島津氏)第2代当主北郷義久が築城し、以後北郷氏の本城となった。

都島に築城されたために都之城と名付けられ、後に一帯の地名の由来となった。庄内十二外城[2]と呼ばれる支城群を備え、都城盆地全体を守る構えとなっていた。

築城後の天授5年/永和5年(1379年)、宗家で従兄の島津氏久室町幕府九州探題今川了俊と争い、北朝から南朝方についたため、了俊の5男満範が率いる南九州の国人衆の大軍を迎え撃つこととなるが、辛くもこれを撃退している(蓑原の合戦)。

伊集院氏が支配していた慶長4年(1599年)には庄内の乱の本拠地となった。庄内の乱後、再び北郷氏支配となるが、元和元年(1615年)、一国一城令により廃城となり、北郷氏は現在の都城市役所敷地内にあった領主館に移る。

現在の城址は城山公園として整備され、本丸跡には城郭風建築の都城歴史資料館が建てられている。また、本丸から掘割を渡った西城跡地には、神武天皇を祭る狭野神社西諸県郡高原町狭野神社を分祠したものか)が建立されている。なお、南側は日豊本線により分断されており、さらに南まで城域を有していたが、現在では住宅地となっている。

脚注[編集]

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  1. ^ 「都城跡」都城市公式HP
  2. ^ 月山日和城(高城)、志和池城財部城(龍虎城)、安永城山田城梅北城野々美谷城山之口城末吉城恒吉城(日輪城)、梶山城勝岡城

関連項目[編集]