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郡守

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

郡守(ぐんしゅ)は、古代の中国、現代の韓国におけるの長官である。

秦漢

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中国では、代に郡の民政を担当する長官を郡守といった。郡守と、軍事を担当する郡尉、監察を担当する郡監の3人が郡の統治の頂点にあった。も郡守を踏襲したが、景帝2年(紀元前155年)に太守と改称した[1]

秦漢の郡守は、以下六項目の極めて重大な権力を有した。

「第一、本府官吏に対する絶対的統制権。第二、属県行政に対する絶対的統制権。第三、郡境の官吏人民を中央に推挙する特権。第四、刑獄に対するほぼ絶対的決断権。第五、地方財政に対するほぼ絶対的支配権。第六、地方軍隊に対する相当の支配権」

『睡虎地秦簡』語書に見える南郡の郡守の職掌は、「第一、属県の官吏人民の犯法行為を弾劾すること。第二、状況に応じて国家法律を補修訂正すること」とある。

朝鮮・韓国

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かつての李氏朝鮮(朝鮮王朝)の時代、現在の大韓民国で、郡の長官を郡守という。

脚注

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  1. 班固漢書』百官公卿表第7上。小竹武夫訳『漢書』2(表・志上)、筑摩書房(ちくま学芸文庫)、1998年、126-127頁

参考文献

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厳耕望『中国地方行政制度史 甲部:秦漢地方行政制度』中央研究院歴史語言研究所、1961年。 

関連項目

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