郡守
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郡守(ぐんしゅ)は、古代の中国、現代の韓国における郡の長官である。
秦漢
[編集]中国では、秦代に郡の民政を担当する長官を郡守といった。郡守と、軍事を担当する郡尉、監察を担当する郡監の3人が郡の統治の頂点にあった。漢も郡守を踏襲したが、景帝2年(紀元前155年)に太守と改称した[1]。
秦漢の郡守は、以下六項目の極めて重大な権力を有した。
「第一、本府官吏に対する絶対的統制権。第二、属県行政に対する絶対的統制権。第三、郡境の官吏人民を中央に推挙する特権。第四、刑獄に対するほぼ絶対的決断権。第五、地方財政に対するほぼ絶対的支配権。第六、地方軍隊に対する相当の支配権」
『睡虎地秦簡』語書に見える南郡の郡守の職掌は、「第一、属県の官吏人民の犯法行為を弾劾すること。第二、状況に応じて国家法律を補修訂正すること」とある。
朝鮮・韓国
[編集]かつての李氏朝鮮(朝鮮王朝)の時代、現在の大韓民国で、郡の長官を郡守という。
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脚注
[編集]参考文献
[編集]厳耕望『中国地方行政制度史 甲部:秦漢地方行政制度』中央研究院歴史語言研究所、1961年。