道蔦岳史

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道蔦 岳史(みちつた たけし、1962年3月10日 - )は、日本クイズ作家、放送作家日本放送作家協会日本脚本家連盟に所属。

経歴[編集]

神奈川県横浜市出身。神奈川県立光陵高等学校東京学芸大学教育学部卒。 本人は「アップダウンクイズ」を見て育ち、生年月日が松田聖子と同じことに「強い星のもとに生まれたのか」と感じていた[1]

クイズ番組での戦歴[編集]

初期[編集]

1979年フジテレビクイズグランプリ』高校生大会に出場して優勝[2]。大学進学後から数多くのクイズ番組に出場。

第5回アメリカ横断ウルトラクイズ[編集]

「学生クイズ王」とテレビで称されたのは1981年の「史上最大!第5回アメリカ横断ウルトラクイズ」が最初。この大会では機内400問ペーパークイズで機内一位を獲得。第3CPハワイでは「クレーン宙吊り○×ドボンクイズ」にて第3代クイズ王宗田利八郎と対戦。苦手とする文学/歴史の問題を選択しないという宗田のフェアプレー精神に助けられた一面もあったものの宗田に勝利、アメリカ本土上陸を果たす。第5CPラスベガスでのラスト抜けなど苦戦した戦いもあったが、準々決勝のメンフィスまで勝ち残る。メンフィスではその若さ・世代の違いが弱点となり、エルビス・プレスリーの事跡を辿るという「メンフィス・ダウンタウンツアー・ハートブレイク・クイズ」に苦戦し、問題をあと1問残して敗北。同年の落合義和とともに失格が決定し9月17日帰国した。

第8回アメリカ横断ウルトラクイズ[編集]

3年後1984年の第8回大会にも出場し、じゃんけんで一度は敗れるも「逆さ言葉早押しクイズ」に正解し敗者復活、予選を突破(挑戦者番号No.28)。機内400問ペーパークイズで機内一位を獲得。第2CPグァムでの泥んこクイズ「時差ボケ調整敗者たらい回しクイズ」を突破し第3CPハワイまで進出したが、ハワイでのクイズ形式が朝食を早く食べた順に並んでの綱引き+クイズというクイズ形態の「朝めし早食い綱引きクイズ」であったため列の後方に並ぶこととなり、回答権を得られず敗退した。第9回以降の大会では成田予選以降に姿が見られず、以後の参加は不明である。

1980年代[編集]

1983年に行われた『アップダウンクイズ』における「20周年記念全国大会」では、関東地区大会で熾烈な勝負を制し、9月11日の「全国決勝大会」で前半から圧倒的な強さを見せ、10問正解で優勝した。1982年の「桂三枝の連続クイズ」でも若きクイズ王として紹介された。クイズ番組での優勝回数はこの他に『パネルクイズ アタック25』等14回。

クイズ作家として[編集]

1980年代末期になると、クイズ番組の「出題者」としての仕事も手がけるようになり、豊富なクイズ番組出演経験を持つクイズ作家の先駆者となった。1989年に『ギミア・ぶれいく - 史上最強のクイズ王決定戦』でクイズ作家として本格的にデビュー。以降、クイズ番組のスタッフに名を連ねる他、クイズゲームソフト等の制作にも関わっている。

関連番組[編集]

出題・監修

その他

著書[編集]

  • 『TVクイズで10倍儲ける本 - オレだけの秘密の戦略』 ワニブックス 1985年(絶版) ISBN 484703015X
  • 『クイズの響宴 FQUIZが贈るクイズフルコース』NIFTY-Serve クイズ&パズルフォーラム・編 亨有堂 1993年(自費出版) - 共著

関連商品[編集]

ゲームソフト

外部リンク[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 道蔦岳史『TVクイズで10倍儲ける本』(ワニブックス)1985年 ISBN 4-8470-3015-X C0276 P.136
  2. ^ この模様は、神奈川県横浜市の放送ライブラリーで視聴可能。