道東観光開発

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道東観光開発 株式会社
Dōtō Kankō Kaihatsu
AuroraII02.JPG
流氷帯に入る網走流氷観光船「おーろらII」
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
093-0016
網走市南6条西2丁目2番地
設立 1962年(昭和37年)3月14日
業種 サービス業
法人番号 8460301003193
事業内容 船舶事業
代表者 小澤 友基隆
資本金 8000万円
主要株主 タカハシ
外部リンク #外部リンク参照
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2013年までの本社・網走観光ホテル

道東観光開発株式会社(どうとうかんこうかいはつ)とは、北海道網走市に本社を置き、船舶事業を行う企業である。

事業[編集]

網走から知床への観光船就航を目的に1961年(昭和36年)に設立され、翌1962年(昭和37年)より就航した。同年には名古屋鉄道が資本参加し名鉄グループ入り。同時期に名鉄傘下となった網走温泉センター(網走観光ホテルの前身)の営業も行うこととなった。

名古屋鉄道保有の株式は2012年(平成24年)4月2日付で北海道網走市に本社を置くタカハシへ譲渡され、約半世紀ぶりに地元資本による運営となった[1][2][3]

事業所は本社、網走営業所、ウトロ営業所があり、本社以外は各観光船営業期間のみ営業を行う。

船舶事業[編集]

4月下旬 - 10月は斜里郡斜里町知床観光船、1月中旬 - 3月は網走市で網走流氷観光砕氷船を運航する。両方とも同じ船舶を使用、「おーろら」と「おーろらII」が就航する。

営業開始当初から運航する知床観光船は、かつて網走から出航する定期航路であり羅臼町まで運航した時期もあったが、知床峠開通など道路状況が改善されて以降はウトロ港発着の観光周遊航路で運航される。硫黄山航路(所要時間約1時間30分)と知床岬航路(所要時間約3時間45分)の2航路があるが、状況により短縮される場合がある。

網走流氷観光砕氷船は、1989年(平成元年)に就航計画が発表され、1991年(平成3年)より運航される。所要時間は約60分で流氷の状況により航路を変更するが、1995年(平成7年)に発生した立ち往生事故[4]により運航規定が見直され、状況により短縮される場合がある。

運航船舶
  • おーろら[5][6]
    • 1990年竣工、1991年就航。491総トン、全長45.0m、全幅10.0m、出力3,000馬力、最大速力14ノット、氷海速力3ノット。
    • 旅客定員420名、乗組員10名。楢崎造船建造。
  • おーろら2
    • 1995年竣工・就航。489総トン、全長45.0m、全幅10.0m、出力3,000馬力、最大速力14ノット、氷海速力3ノット。
    • 旅客定員420名、乗組員10名。楢崎造船建造。

ホテル事業[編集]

2013年まで、網走市呼人の網走湖畔温泉にて網走観光ホテルを運営しており、ホテル内に道東観光開発の本社があったが、2013年に横浜市ブリーズベイホテルに売却し運営から撤退している[7]

年表[編集]

知床観光船 ライラック(1990年)
網走港の旧乗り場に停泊中の網走流氷観光砕氷船(2007年)
ウトロ港に停泊中の知床観光船(2011年)
  • 1961年(昭和36年)
  • 1962年(昭和37年)
  • 1963年(昭和38年)6月1日 網走 - 知床定期観光船「オホーツク」就航。
  • 1964年(昭和39年)6月1日 網走 - ウトロ - 羅臼定期観光船「はまなす」就航。
  • 1989年(平成元年)11月13日 網走流氷観光砕氷船就航計画を発表。
  • 1990年(平成2年)
    • 7月30日 建造中の砕氷船名称を「おーろら」と発表。
    • 10月 知床観光船「メープル」退役。
    • 12月19日 「おーろら」入港式挙行。
  • 1991年(平成3年)
    • 1月15日 網走市の新成人を乗せて「おーろら」初就航。
  • 1994年(平成6年)
    • 1月17日 「第二おーろら(おーろらII)」建造計画を発表。
    • 6月1日 網走名鉄グループ札幌案内所開設。
    • 10月 知床観光船「ライラック」退役。
  • 1995年(平成7年)
    • 1月9日 「おーろらII」が網走港に到着。試乗会を経て就航。
    • 2月20日 厚い流氷に航路を阻まれ8時間立ち往生する事故が発生。
  • 1998年(平成10年)10月14日 網走観光ホテル直下の源泉掘り当てに成功。
  • 2000年(平成12年)2月29日 網走名鉄グループ札幌案内所閉鎖。
  • 2009年(平成21年)1月 網走流氷観光砕氷船の発着場所を網走港から網走川に変更。網走営業所を道の駅流氷街道網走内に移転。
  • 2012年(平成24年)4月2日 名古屋鉄道が保有する株式をタカハシへ譲渡[1][2][3]
  • 2013年 網走観光ホテルをブリーズベイホテルに売却[7]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 子会社の株式譲渡に関するお知らせ (PDF)”. 名古屋鉄道. 2012年4月3日閲覧。
  2. ^ a b “道東観光開発を買収 カラオケのタカハシ 名鉄から網走バスも”. 北海道新聞. 2012年3月28日朝刊 p. 11経済面。
  3. ^ a b “タカハシ 名鉄傘下3社子会社化”. 北海道新聞. 2012年3月28日朝刊 オホーツク版 p. 25オホーツク面。
  4. ^ 流氷観光船 深夜の脱出*乗客、一様に“ホッ”*炊き出しでおにぎりも - フォト北海道(北海道新聞社 1995年2月21日)
  5. ^ 平成2年 WHEEL HOUSE, CONTROL ROOM (PDF)”. 日本船舶海洋工学会関西支部 造船資料保存委員会 (2016年2月11日). 2018年5月13日閲覧。
  6. ^ 船のご案内 - 網走流氷観光砕氷船おーろら
  7. ^ a b 網走観光ホテル、横浜・BBHが取得”. 北海道新聞. 2015年4月26日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

  • 網走バス - 名鉄グループ時は網走ハイヤーとともに「網走名鉄グループ」と呼ばれた。代表取締役は三社兼務であった。
  • 土川元夫 - 名鉄グループ入り当時の名古屋鉄道社長。

外部リンク[編集]