過去に存在したニチイの店舗

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イオングループ > マイカル > 過去に存在したマイカルの店舗 > 過去に存在したニチイの店舗

過去に存在したニチイの店舗(かつてそんざいしたニチイのてんぽ)では、かつてニチイ(1996年(平成8年)7月1日にマイカルに社名変更し[1]、2011年(平成23年)3月1日にイオンリテールへ吸収合併[2]。)などによって運営されていたニチイの店舗のうち、ニチイブランドのまま閉店した店舗について記述する。

サティなどに転換せずに閉店した店舗[編集]

北海道[編集]

北海道で店舗ブランドがニチイのときに閉店した店舗としては、ニチイ恵庭店(恵庭市)、ニチイ栗山店(夕張郡栗山町)が挙げられる。

東北[編集]

青森県[編集]

  • 佃店 (青森市松森[3]、?開店 - ?閉店)
    売場面積582m2[3]
  • 松原店(青森市松原[3]、?開店 - ?閉店)
    売場面積471m2[3]
  • 旭町店(青森市金沢町[3]、?開店 - ?閉店)
    売場面積402m2[3]
  • 黒石店(黒石市[3]、?開店 - ?閉店)
    売場面積4,610m2[3]
  • 八戸店(八戸市六日町[4]、1971年(昭和46年)10月7日開店[5] - ?閉店)
    青森ニチイが運営する八戸ショッピングプラザとして八戸市中心部に出店していた[5]
    売場面積5,663m2[3]。現在は、コンサートホール八戸店。

岩手県[編集]

  • 盛岡店(岩手県盛岡市[3]、?開店 - ?閉店)
    売場面積2,396m2[3]
    1979年(昭和54年)[6]に盛岡市三本柳にあった店舗で[7]、当初は盛岡近郊における店舗面積13,000m2を誇る郊外型大型店の先駆けとして開店した[6]ニチイ都南店(後の盛岡南サティ)があったが、2006年(平成18年)3月31日に閉店した[8]
  • ハロービビ(1998年(平成10年)[9]2月閉店)
    マイカル東北が経営していた服飾専門店[9]
  • 釜石店(岩手県釜石市大町1-1-9[4]、1964年(昭和39年)12月20日開店[10] - 2002年(平成14年)5月31日閉店[11]
    丸光釜石店として開業し[10]、東北ニチイが営業を継承した[12]。また、最後まで残ったニチイ業態の店舗でもあった。
    店舗面積約3,673m2(うち直営店舗面積約3,493m2[13]、延べ床面積約6,055m2[13]
    店舗跡は取り壊されて空地となっていたが2017年に釜石市民ホールが完成。[12]
  • 一関ショッピングデパート千葉久(岩手県一関市[14]、1975年(昭和50年)に資本提携して店名変更 - 1997年(平成9年)8月閉店[14]
    駅前通りと大町商店街の交差点角に出店していた地場資本の百貨店千葉久がニチイと資本提携したもの[14]

秋田県[編集]

  • 鷹巣店(1976年(昭和51年)9月開店[13] - 2001年(平成13年)8月末閉店[15]
    店舗面積約1,185m2[13]、延べ床面積約2,038m2[13]
    マイカル東北が運営していた[15]

宮城県[編集]

  • 仙台店(仙台市[3]
    売場面積4,620m2[3]
  • 角田店(1998年(平成10年)1月8日閉店[9]角田市
    ファミリーデパートゆやす→サンホーユーの業態で出店。
    1986年(昭和61年)9月1日には、ファミリーデパートノムラ[16]福島県原町市(現在の南相馬市原町区))と対等合併し、有限会社ホーユーの店舗となった[17]

山形県[編集]

  • 米沢店(米沢市[3]1972年(昭和47年)11月開店[18] - 1994年(平成6年)1月閉店[18]
    米沢ファミリーデパート→サンホーユーの屋号で出店。地下1階の食品売場はヨークベニマル[19](福島県外1号店)。米沢市の最大の商店街であった平和通りにあった旧米沢市役所本庁舎跡地の敷地面積2,805m2に建設した地上5階建ての店舗で延べ床面積は約11,748m2であった[18]
    地場資本の衣料品店「クサカリ」と提携して開業したもので、開業時には5階にボウリング場が入居していたが1974年(昭和49年)に撤退した[18]
    1994年(平成6年)3月の米沢サティの開店に伴い閉店した[18]
  • 山形店→山形ビブレ1973年(昭和48年)3月3日開店[20] - 2000年(平成12年)1月10日閉店[21]山形市香澄町)
    1973年(昭和48年)3月に山形駅前にニチイ山形店として出店。地下の食品売り場は、ヤマザワが担当した。
    1994年(平成6年)3月1日に、ニチイからダックシティへ営業権が譲渡され、店名も山形ビブレとなったが、2000年(平成12年)1月閉店[21]
    店舗跡のビルは2001年(平成13年)までに解体され、幾度もホテル等の建設計画[22]が行われるも、実現することなく空き地の状態が長らく続いている。
  • 新庄店
    ファミリーデパート→サンホーユーの業態で出店。食料品売り場はAコープ。
  • 村山店
    ファミリーデパートマルシメ→サンホーユーの業態で出店。

福島県[編集]

関東[編集]

神奈川県[編集]

東京都[編集]

  • 中板橋店(板橋区中板橋[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積457m2[3]
  • 仲宿店(板橋区仲宿[32]
    売場面積371m2[3]
  • 駒込店(北区西ケ原1-55-12[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積570m2[3]

埼玉県[編集]

  • 浦和店(浦和市(現・さいたま市浦和区)仲町1-10-7[32][33]、?開店 - 1982年(昭和57年)閉店[34]
    旧中山道に面した旧尾張屋の店舗で、尾張屋時代から通算では約70年間営業した[34]
    売場面積1,143m2[3]
  • 蕨店(蕨市中央3-20-13[32]、?開店 - ?閉店)
  • 所沢店(所沢市日吉町8-3[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積1,716m2[3]
  • 川越店(川越市新富町1-1[32]、1962年(昭和37年)11月開店[35] - ?閉店)
    店舗面積4,332m2[35]、駐車場50台[35]
    旧尾張屋の店舗[36]
    営業当時の建物は現存せず、現在は健康ランドとシティホテルの「川越温泉湯遊ランド・ホテル三光」になっている。
  • 熊谷店(熊谷市筑波町2-66[32]、1971年(昭和46年)10月29日開店[4] - 1992年(平成4年)閉店[37]
    駅前西側に出店していた[38]閉店後も「熊谷ショッピングセンター」として建物が残り、カラオケ歌広場などが入居していたが、2008年に取り壊され、現在はマンションになっている[要出典]
    売場面積3,405m2[3]
    同じ熊谷市内に2000年(平成12年)11月16日に熊谷サティ(現イオン熊谷店)が開業した[39]
  • 行田店(行田市中央12-1[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積3,741m2[3]

群馬県[編集]

  • 前橋店(前橋市千代田町4-11[32]、1972年(昭和47年)開店[40] - ?閉店)
    売場面積8,956m2で、郡部出身者が好んで利用する店舗であった[40]
    店舗跡の建物は2000年(平成12年)に解体されて駐車場になった[41]
    1993年(平成5年)10月20日に同じ前橋市内に前橋サティが開業したが[42]、2010年(平成22年)10月17日に閉店した[43]
  • 伊勢崎店(伊勢崎市大手町11[32]、1970年(昭和45年)開店[44] - 1984年(昭和59年)閉店[45]
    同じ群馬県内の館林市に本拠を置くとりせんと提携して出店していた[44]

中部[編集]

静岡県[編集]

  • 沼津店(沼津市三枚橋上ノ段664-3[32]、1970年(昭和46年)12月開店[46] - 1995年(平成7年)2月閉店[46][47]
    沼津駅南口前の[47]中心街の一角に出店していた[48]。現在は沼津商連会館ビルとなっている。
    売場面積3,473m2[3]
  • 富士店(富士市平垣270-10[32]、?開店 - ?閉店)
  • 浜松店 (浜松市千歳町91[32]、1969年(昭和44年)9月30日開店[49] - ?閉店)
    浜松駅近くのモール街と呼ばれる商店街の一角に出店していた[50]
    売場面積5,903m2[3]
  • 宮竹店(浜松市[51]、1979年(昭和54年)開店[51] - 1997年(平成9年)3月31日閉店[51]
    近隣に宮竹サティを開業したが、2001年(平成13年)8月31日に閉店した[52]

三重県[編集]

  • 鈴鹿店(鈴鹿市、?開店 - 1996年(平成8年)春閉店[14]、?開店 - ?閉店)
    ショッビングセンター生活遊楽館アイリスの核店舗として出店していた[14]
    1998年(平成10年)10月23日に鈴鹿サティが開店したが[53]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[54]
  • ニューフジヤ店(上野市(現・伊賀市)、1971年(昭和46年)3月20日新装開店[4] - ?閉店)
    1971年(昭和46年)に地場資本のスーパーを系列化して出店した[55]
  • 上野店(上野市(現・伊賀市)[56]、1977年(昭和51年)5月開店[56] - 1996年(平成8年)2月閉店[57]
    上野市の中心である中町商店街にあった[56]鉄骨造り地上5階建てで店舗面積4,356m2の店舗で隣にあった1971年(昭和46年)開店のジャスコ上野店と共に商店街の核となっていた[58]

近畿[編集]

大阪府[編集]

大阪市[編集]
  • 天神橋筋店(北区天神橋筋4-32[32]、?開店 - ?閉店)
    旧「セルフハトヤ」創業の地
  • 千日前店(南区(現・中央区)、1967年(昭和42年)開店[59] - 1972年(昭和47年)5月13日閉店[60]
    千日デパートビル3〜4階に出店していたが、改装工事中の売り場での火の不始末から燃え広がった火災により閉店となった[60]
  • 王子店(阿倍野区王子3-5[32]、1967年(昭和42年)開店[59] - ?閉店)
    売場面積965m2[3]
  • 生野店(生野区林寺1-5-8[32]、1967年(昭和42年)開店[59] - 2001年(平成13年)閉店)
    売場面積1,658m2[3]
  • 九条店(西区九条2-7-15[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積646m2[3]
  • 港店(港区八幡屋1-13-16[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積384m2[3]
  • 安立店(住之江区安立町3-6-26[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積1,110m2[3]
  • 粉浜店(住之江区粉浜2-13-8[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積277m2[3]
  • 長居店(住吉区長居町中3-4-3[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積130m2[3]
  • 今里店(東成区大今里1-32-18[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積507m2[3]
大阪府南部[編集]
  • 堺店(堺市(現・堺市堺区)北瓦町1-3[4]、1968年(昭和43年)11月23日開店[4] - 1988年(昭和63年)12月閉店)
    ニチイ初のショッビングセンターの店舗で[59]、敷地面積1,423m2[4]、延べ床面積6,229m2[4]、店舗面積4,678m2[4]
  • 綾之町店(堺市(現・堺市堺区)桜之町東1-1-2[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積158m2[3]
  • 鳳店(堺市(現・堺市西区 (堺市)|西区)鳳東町3-265[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積1,062m2[3]
  • 岸和田店 (岸和田市宮本町1949[4]、1971年(昭和46年)5月22日開店[4] - ?閉店)
    1979年(昭和54年)11月29日に同じ岸和田市内に開業した東岸和田サティがあり[42]、現在はイオン東岸和田店となっている。
    売場面積5,350m2[3]
  • 泉大津店 (泉大津市、1969年(昭和44年)5月13日開店[28]
    地元資本によって開発されたショッピングセンターへ出店していた[28]
  • 泉佐野店 (泉佐野市、?開店 - ?閉店)
    南海本線泉佐野駅前にあった店舗で、1974年(昭和49年)2月17日に泉州銀行の店舗外への現金自動預け払い機第1号機が設置された[61]
    売場面積3,661m2[3]
  • 天美店(松原市天美南5-19[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積788m2[3]
大阪府北中部[編集]
  • 柏原店(柏原市今町1-2-26[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積1,532m2[3]
  • 枚方店 (枚方市、1968年(昭和43年)3月開店[59][62] - ?閉店)
    枚方デパートに出店していた[62]
    売場面積1,839m2[3]
    1990年(平成2年)4月に京阪電鉄枚方市駅前の再開発事業で建設されたショッピングセンター「ビオルネ[63]の核店舗として開業した枚方ビブレで[64]、2008年(平成20年)2月27日にサティへ業態転換した[64]現在のイオン枚方店とは別店舗。
  • 関大前店(吹田市千里山東1-7-18[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積1,647m2[3]
  • (初代)茨木店(茨木市本町3-4、1963年(昭和38年)開店 - ?閉店[要出典]
  • (2代目)茨木店(茨木市元町7-5、1974年(昭和49年)開店 - 1990年(平成2年)12月閉店[要出典]
    売場面積3,334m2[3]
    茨木スーパーマーケットとともに、元町ビルに出店していた。ニチイ閉店後も茨木スーパーマーケットは2001年ごろまで営業を続行していた。跡地は現在マンションになっている[要出典]
    同じ茨木市内に2001年(平成13年)1月1日にマイカル茨木(現・イオンモール茨木)が開業した[65]

兵庫県[編集]

  • 湊川店(神戸市兵庫区荒田町1-1-36[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積249m2[3]
  • 西神戸店(神戸市長田区大橋町6-4-1 スカイビル地階[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積470m2[3]
  • 板宿店(神戸市須磨区飛松町3-4 板宿名店デパート内[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積941m2[3]
  • 杭瀬店(尼崎市杭瀬町1-46[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積466m2[32]
  • 鳴尾店(西宮市笠屋町15-5[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積356m2[32]

京都府[編集]

  • 出町店(京都市上京区河原町今出川寺町東入ル一真町[32]、1967年(昭和42年)開店[59] - ?閉店)
    売場面積172m2[3]
  • 新大宮店(京都市北区紫竹西高縄町2[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積777m2[3]
  • 千本店(京都市上京区千本寺ノ内上ル[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積106m2[3]
  • 三条店(京都市中京区三条通神泉苑角[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積323m2[3]
  • 東山店(京都市東山区東山三条東入ル分木町[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積169m2[3]

奈良県[編集]

  • 郡山店(大和郡山市柳町3-35[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積497m2[3]
  • 天理店 (天理市川原城町75-1[32]、?開店 - ?閉店)
    天理駅前の天理ビル内にあった[66]最盛期の1980年前後には、商店街を挟んだ向かいの建物に天理南店も開業していた。末期は天理教の月次祭の日だけ営業していた[要出典]
    売場面積1,329m2[3]
  • 天理南店 (天理市川原城町本通り8[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積469m2[3]

和歌山県[編集]

中四国[編集]

岡山県[編集]

  • 倉敷店(倉敷市阿知[67]、1993年(平成5年)2月末閉店[67]
  • 津山店(津山市[68]、1971年(昭和46年)11月26日開店[4] - 1996年(平成8年)閉店[69]
    中心商店街の銀天街に出店していた[69]
    店舗面積約3,100m2[4]

広島県[編集]

  • 呉店(呉市中通4-8-20[32]、?開店 - ?閉店)
  • (初代)三原店(三原市港町602-1、[32] ?開店 - ?閉店)
    中国ニチイが運営していた[70]
  • (2代目)三原店(三原市城町608番地、1981年(昭和56年)3月開店[71]-1996年(平成8年)8月閉店[57]
    三原駅前再開発ビル「ペアシティ三原」西館に出店していた[71]
    店舗跡は1階に三原スーパーのパルディ三原駅前店が出店していたものの、2015年9月に閉店。中層階は、三原市と第三セクターが取得して総合保健福祉センター等として活用されている[71]
  • 竹原店(竹原市竹原町字本川465-1[32]、?開店 - ?閉店)
  • 府中店(府中市府中町188-2[72]
    1964年、前身のみとう府中店がオープン[73]。府中市内初の大型店として開業した[74]
    店舗面積約2,506m2[74]
  • (初代)尾道店(尾道市土堂1-11-7[75]、昭和40年開店 - 1979年?閉店)
    1966年11月8日、福山市に本社を置くみとうが尾道店を開店[76]。1969年、みとうがニチイと合併し瀬戸内ニチイ尾道店となる。1972年にはニチイ本体に営業が移管されニチイ尾道店となった。1979年、天満町の東洋繊維尾道工場跡地に新店舗を開店する為に閉店。以降はイオン尾道店を参照。

山口県[編集]

  • ニチイ下関店(1987年4月1日撮影)
    小郡店(小郡町(現・山口市小郡町)大字下郷[32]、?開店 - ?閉店)
  • 下関店(下関市竹崎町169—1[4]、1971年(昭和46年)4月29日開店[4] - 1985年 (昭和60年)3月31日閉店、店舗面積約7,690m2[4]
  • 小野田店(小野田市西公園通5991[4]、1971年(昭和46年)4月26日開店[4] - ?閉店)
  • 岩国店(岩国市[77]、1974年(昭和49年)6月28日開店[77] - 1995年(平成7年)1月16日閉店[77]
  • 萩店(萩市東田町68[32]、?開店 - ?閉店)
    跡地は売却された[78]

愛媛県[編集]

  • (初代)今治店(今治市米屋町一丁目[79]、?開店 - ?閉店)
    今治銀座商店街に裏通りで売場面積約346m2出店していた小規模な衣料品スーパー[55]
  • (2代目)今治店(今治市大正町一丁目2-3[32]、1976年(昭和51年)開店[79][80] - 1999年(平成11年)閉店[55]
    「今治センター(後の今治髙島屋)」の東隣りに[79]新設された中山ビルに[79]売場面積約7.878m2の「今治ショッピングデパート」として移転する形で開店した[80]
    店舗跡地には閉店後に取り壊され[55]、2002年(平成14年)にマルナカが買収して[81]2003年(平成15年)7月に食料品スーパー「マルナカ今治駅前店」(売場面積約1,702m2)が出店した[55]
    中心市街地からしまなみ海道の今治インターチェンジ近くに移転する形で売場面積約12,287m2の今治サティが[55]1999年(平成11年)4月24日に同じ今治市内に開業し[82]、現在はイオン今治店となっている。
  • (初代)松山店 (松山市湊町[83]、1968年(昭和43年)4月開店[84] - ?閉店)
    なにわやから営業を継承した四国ニチイが[59]、湊町に新装開店した[83]
    1973年(昭和48年)11月23日に[42]松山銀天街の商店4店が建設した銀天街ショッピングビル「ラブリープラザ」(地下1、地上5階)の核店舗の(2代目)ニチイ松山店として出店した[84]。1997年(平成9年)に松山サティに転換された後、1999年(平成11年)6月30日に閉店[85]。2000年に銀天街GET!が開業し、現在に至る。
  • 新居浜店 (新居浜市 1976年開店[86] - 1996年?)
    建物は後にはぴねす福祉会の特別養護老人ホーム/短期入所生活介護事業所「若水館」(若水町一丁目9番13号)へとリニューアルされ現存。商品搬入口跡にニチイ時代の面影が残る。

九州[編集]

1986年の店舗網再編以降、ニチイ(マイカル)本体はビブレ店[87]および北九州地区の2店舗を担当していた(1986年まではそれ以外の店舗も一部担当)。

宮崎県[編集]

  • 小林店(小林市大字細野18[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積380m2[3]
    1970年(昭和45年)6月に小林市の「大和」などと「ニュー九州ニチイ」を設立した[59]

長崎県[編集]

  • 島原店(島原市中堀町61[32]、?開店 - ?閉店)
    売場面積990m2[3]
    1970年(昭和45年)6月に島原市の「マルセイ」などと「ニュー九州ニチイ」を設立した[59]

サティに転換した店舗[編集]

2021年5月現在、旧ニチイ店舗のイオンは藻岩・江別・千歳・室蘭・伊達・旭川春光・紋別・釧路・厚岸・根室・帯広・北浦和・新座・せんげん台・西新井・東神奈川・海老名・厚木・石和・津・鴻池・小野・加古川・姫路・五條・防府・高知・大野城・福岡東の29店舗ある。

ビブレに転換した店舗[編集]

2021年5月現在、旧ニチイのビブレ店舗は横浜ビブレのみである。

参考/出店を断念した店舗[編集]

  • 秋田駅前:秋田駅前再開発の一角である金座第1共同ビルへの出店計画だったが、商業調整協議会での事前調整で直営 店舗面積約3,100m2店舗面積6,000m2以下で地元専門店のテナント部分6,000m2を合わせた合計の店舗面積12,000m2以下とされたため、1979年(昭和54年)に出店を断念[88]
  • 鴨宮:1979年(昭和54年)9月に発表された大同毛織工場敷地跡の一部に出店を打ち出すもたが[89]、地元の小売業者などが「西湘地区大型店対策協議会」を結成して「第1種大型店出店の凍結宣言」出ともとに「小田原商工会所」も「大規模小売店舗出店凍結」を出す[90]など反対が強かったことからした[89]。代わりにイトーヨーカドーが出店する形で[89]1993年(平成5年)10月21日にダイドープラザとして開業し[91]2000年(平成12年)9月28日にはロビンソン百貨店[92]が入居するウエストモールが増設され[93]、イトーヨーカドー小田原店が入居する既存のイーストモールと合せて百貨店と総合スーパーの2核を持つショッピングセンターダイナシティとなった[93]
  • 枚方市駅前:枚方丸物(近鉄百貨店枚方店)が開業した「ひらかたサンプラザ」の2号棟に出店を目指したが選考委員会の審査で落選した[62]

脚注[編集]

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  1. ^ “山形ビブレ1月10日に閉店 山形県山形市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年2月7日)
  2. ^ “全国小売流通特集:日食携帯メール速報でたどるスーパー1年の動き”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2011年7月28日)
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba bb bc bd be bf bg 『流通会社年鑑 1981年版』 日本経済新聞社、1980年11月17日。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 『日本商業年鑑 1972年版』 商業界、1972年。
  5. ^ a b “商店街のワクを広げる 八戸ショッピングプラザめでたくオープン”. デーリー東北 (デーリー東北新聞社).. (1971年10月8日)
  6. ^ a b “来年3月で閉店 盛岡南サティ”. 岩手日報 (岩手日報社). (2005年9月13日)
  7. ^ “跡地の利用は未定”. 盛岡タイムズ (盛岡タイムス社). (2005年9月14日)
  8. ^ 『イオン株式会社 2007年2月期 決算補足資料(82期)』イオン(株) (2007年4月6日)
  9. ^ a b c d e “「マイカル東北「ニチイ」店を全廃」”. 日経流通新聞 (日本経済新聞社). (1998年1月27日) 
  10. ^ a b 鈴木実 『火の人 佐々木光男伝』 丸光、1973年。
  11. ^ 『読売年鑑 2003年版』 読売新聞社、2003年2月。ISBN 4643030011
  12. ^ a b 『平成18年度マスターセンター補助事業 岩手県内13市(14地区)の中心市街地活性化に関する調査研究報告書』社団法人 中小企業診断協会岩手県支部. 2007年1月。
  13. ^ a b c d e f g h i 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 2003年版』 東洋経済新報社、2003年。
  14. ^ a b c d e 矢作弘 『都市はよみがえるか 地域商業とまちづくり』 岩波書店、1997年12月19日。ISBN 978-4000233262
  15. ^ a b c “マイカル東北が再生法を申請”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (2001年9月24日)
  16. ^ ファミリーデパートノムラ→サンホーユー原町店→ニチイ原町店→原町サティ(2002年5月31日閉店)
  17. ^ 「オーナー登場 ファミリーデパートノムラ(原町市) 代表取締役社長 野村昭次郎氏 3店目の出店めざす」『福島民報』(福島民報社)1986年12月4日、朝刊7面、ふくしま経済面(福島民報縮刷版昭和61年12月号63頁)。
  18. ^ a b c d e 米沢市史編さん委員会 『米沢市史 第5巻 現代編』 米沢市、1996年3月31日。
  19. ^ 1972年の出店当初は、紅丸商事の「ベニマル」の店名。
  20. ^ 山形市史編さん委員会 『山形市史 現代編 』 山形市、1981年。
  21. ^ a b “山形ビブレ1月10日に閉店 山形県山形市”. タイハン特報 (大量販売新聞社). (2000年2月7日)
  22. ^ “「どうする県都の玄関口」JR山形駅東口 空き地続く旧ビブレ跡地”. 河北新報 (河北新報社). (2005年9月6日)
  23. ^ 「Nマート福島店がオープン」『福島民報』(福島民報社)1978年3月19日、朝刊12面、県北版(福島民報縮刷版昭和53年3月号308頁)。
  24. ^ 商工ニュース「【福島】東北ニチイNマート福島店開店」『福島民報』(福島民報社)1978年3月18日、朝刊16面、県北版(福島民報縮刷版昭和53年3月号288頁)。
  25. ^ 「集金車(東邦銀行)の1900万円奪われる」『福島民報』(福島民報社)1979年3月6日、朝刊1面(福島民報縮刷版昭和54年3月号91頁)。
  26. ^ a b c d e 『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 1996年版』 東洋経済新報社、1996年。
  27. ^ 『福島民報年鑑 昭和58年版』 福島民報社、1982年11月1日。
  28. ^ a b c 『日本商業年鑑 1971年版』 商業界、1971年。
  29. ^ “会津サティ閉店へ 来年6月末”. 河北新報 (河北新報社). (2008年11月14日)
  30. ^ “13日オープンの会津サティ 東北初の生活百貨店 初日から大にぎわい” 福島民報 (福島民報社). (1993年3月15日)
  31. ^ “会津サティ:閉店 最後のセール好調 大半の従業員、再就職先未定”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2009年7月1日)
  32. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as at au av aw ax ay az ba 『流通会社年鑑 1978年版』 日本経済新聞社、1977年10月25日。
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  82. ^ “新店開店情報=マイカル”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1999年4月14日)
  83. ^ a b 『松山商工会議所百年史』 松山商工会議所、1982年。
  84. ^ a b 愛媛県史編さん委員会編 『愛媛県史 地誌2(中予)』 愛媛県、1984年3月
  85. ^ “さよなら『松山サティ』ビルの再生へ模索 きょう閉店”. 朝日新聞 (朝日新聞社). (1999年6月30日)
  86. ^ データベース『えひめの記憶』愛媛県史 地誌Ⅱ(東予東部)(昭和63年2月29日発行) - 愛媛県生涯学習センター
  87. ^ 天神ビブレおよび西新ビブレ(共に福岡市に所在)。
  88. ^ 『秋田市史第5巻近現代 Ⅱ 通史編』 秋田市、2005年3月31日。
  89. ^ a b c 『小田原市史 通史編 近現代』 小田原市、2001年3月28日。
  90. ^ 『小田原地方商工業史 昭和二十年まで』 小田原商工会議所、1986年10月。
  91. ^ “イトーヨーカ堂、小田原店オープン”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1993年10月27日)
  92. ^ ロビンソン百貨店は、2013年3月1日に西武小田原店になったが、2018年2月28日に閉店。
  93. ^ a b “「ロビンソン百貨店小田原」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (2000年10月13日)

関連項目[編集]