過去に存在したマイカルの店舗

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過去に存在したマイカルの店舗(かこにそんざいしたマイカルのてんぽ)では、マイカル(ニチイ時代を含む)によって運営されていたニチイやサティビブレ店舗について記述する。

2011年(平成23年)3月1日、営業中であったサティは全国91店舗が全店(広島サティを除く)で店舗ブランドイオンへ転換し[1]、残る広島サティは2011年(平成23年)7月18日に閉店した[2]

凡例[編集]

  • 無印はマイカルが経営していた店舗
  • ※はイオン九州が経営していた店舗
  • ✩はニチイから転換した店舗
  • ○はイオングループ買収後に設置された店舗
  • ×は建物が解体された店舗

イオンに改称された店舗[編集]

北海道[編集]

北海道では「サティ」店舗で閉店しなかった店舗は2002年に「ポスフール」に改称されているため、「サティ」から直接「イオン」に改称した店舗は存在しない。

東北[編集]

東北エリアの店舗は、店舗ブランドが「イオン」へ変更された後、2020年3月1日に運営がイオン東北へ移管された(イオンモール盛岡南に出店する盛岡南店は食品売場を移管)。

岩手県[編集]

延べ床面積約42,356m2[3]、店舗面積約19,420m2[3](うち直営店舗面積約14,846m2[3])。
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
マイカルの5年9ヶ月ぶりの新店舗としてイオン盛岡南ショッピングセンター(現・イオンモール盛岡南)内に開業[7][6]

秋田県[編集]

延べ床面積約35,055m2[3]、店舗面積約23,060m2[3](うち直営店舗面積約15,746m2[3])。
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
マイカル東北が、2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
敷地面積約79,996m2[9]、地上2階建て[9]・延べ床面積約36,864m2[3]、店舗面積約13,334m2[3](うち直営店舗面積約7,168m2[3])。
マイカルがイオングループの傘下に入ったことにより、隣接するジャスコ横手南店との間でグループ内で競合する状況となっていたため、2004年(平成16年)3月21日にファッションや子供用品に特化する改装を行うと同時に、隣接するジャスコ横手南店を食品や住居用品などを扱うスーパーセンターへ業態転換(イオンスーパーセンター横手南店へ)して一体的な運営を行い、競合を解消した[10]

山形県[編集]

敷地面積約16,336m2[11]、地上3階建て[11]・延べ床面積約27,674m2[11]、店舗面積約18,029m2[12]
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]

福島県[編集]

敷地面積約25,048m2[13]、地上3階建て[13]・延べ床面積約37,201m2[13]、店舗面積約24,223m2[12](うち直営店舗面積約15,810m2[12])。
片倉工業の工場跡地に出店した[13]
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
延べ床面積約34,043m2[3]、店舗面積約21,862m2[3](うち直営店舗面積約12,500m2[3])。
マイカル東北が運営していたが、2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]

関東[編集]

茨城県[編集]

  • 古河サティ(古河市旭町1丁目2−17[15]、1998年(平成10年)9月9日開業[15][16] → イオン古河店)
延べ床面積約28,212m2[12]、店舗面積約20,700m2[12](うち直営店舗面積約16,549m2[12])。
  • 高萩サティ(高萩市安良川231−1、1995年(平成7年)7月21日開業[17] → イオン高萩店)
ホソガネニチイとしては初めてのサティ業態として[18]、ブランドものを低価格で扱う独自の輸入品売場などを備えた生活百貨店として開業した[19]
延べ床面積約16,283m2[12]、店舗面積約10,344m2[12](うち直営店舗面積約8,139m2[12])。

群馬県[編集]

店舗面積約19,240m2[3]
イオン高崎ショッピングセンター(現・イオンモール高崎)内に開業。

埼玉県[編集]

  • 大井サティ(入間郡大井町大字亀久保字東久保326[14]現・ふじみ野市ふじみ野1丁目2−1[要出典])、1998年(平成10年)10月7日開業[14] → イオン大井店)
延べ床面積約61,232m2[12]、店舗面積約24,234m2(うち直営店舗面積約19,446m2[12])。
延べ床面積約79,603m2[3]、店舗面積約24,877m2(うち直営店舗面積約21,803m2)。
  • 北浦和サティ✩(さいたま市浦和区常盤10丁目20−29[24]、1980年(昭和55年)10月31日開業[24]、イオン北浦和店)
店舗面積約15,533m2(うち直営店舗面積約11,621m2)、延べ床面積約33,088m2[3]、売場面積15,552m2[25]
北浦和駅西口商店街の奥にある埼玉工業の開設した建物への出店で、開業時からスポーツクラブのピープルを併設していた[24]
  • 熊谷サティ(熊谷市本石2-135[26]、2000年(平成12年)11月16日開業[26][27] → イオン熊谷店)
店舗面積約21,608m2(うち直営店舗面積約18,589m2)、延べ床面積約64,034m2[12]
片倉フィラチャーの核店舗として出店した[26]
  • 狭山サティ✩×(狭山市入間川3丁目31-5、1979年(昭和54年)11月30日開業[28]、イオン武蔵狭山店)
敷地面積約17,610m2[28]、鉄筋コンクリート造地上4階建て[28]・延べ床面積約26,076m2[29]、店舗面積約16,691m2[29](うち直営店舗面積約14,301m2[29])。
ニチイとして開業した後、1995年(平成7年)10月7日にサティへと業態転換[30]
イオンへと転換した後、2020年(令和2年)2月29日閉店[31]。閉店後の建物は解体され、跡地はイオンリテール運営の「そよら武蔵狭山」が開業[広報 1][32][33]。核店舗はイオンスタイル武蔵狭山[広報 1][32]
延べ床面積約16,728m2[35]、店舗面積約9,602m2[35](うち直営店舗面積約7,445m2[35])。
ニチイとして開業した後、1995年(平成7年)11月17日にサティに業態転換[36]
イオンに転換した後、2021年(令和3年)3月19日に「イオンスタイルせんげん台」へと再度転換した[広報 2]
  • 新座サティ✩(新座市東北2丁目32−12、1979年(昭和54年)11月23日開業、イオン新座店)
延べ床面積約44,952m2[3]、店舗面積約17,561m2[3](うち直営店舗面積約11,659m2[3])。
ニチイ新座ショッピングデパートとして開業[37]した後、サティに業態転換[38]イオン新座店

千葉県[編集]

  • 市川妙典サティ(市川市妙典5丁目3−1[39]、1999年(平成11年)4月1日開業[39][40] → イオン市川妙典店)
敷地面積約26,751m2[39]、地上5階建て[39]・延べ床面積約85,010m2[39]、店舗面積約29,831m2[39](うち直営店舗面積約22,314m2[39])。
9スクリーンのシネマコンプレックスや、関東地区で初めての都市銀行のインストアブランチである富士銀行(現・みずほ銀行)が出店するなど、複合的な機能を持った3棟で構成される商業施設として開業した[41]
敷地面積約16,858.91m2[43]、地下・鉄骨鉄筋コンクリート造・地上・鉄骨造・地下1階・地上7階建て[43]、延べ床面積約63,034.79m2[43]、店舗面積約27,719m2[43](うち直営店舗面積約12,200m2[12])。
ゴルフ練習場・新稲毛ゴルフガーデンの一角を利用して建設された「スリースター稲毛ビル」の地下1階から地上2階までの商業施設部分の南側部分出店した[43]
大型店進出が相次いでいたJR稲毛駅前への開店に対し、地元商店街が大型店のさらなる進出は大きな打撃となるとして地元主導型の運営を条件として出店を容認したため、地元商店などが出資する稲毛商業開発株式会社が中山製鋼所が建設したショッピングセンターを一括して借り上げ、マイカルをテナントとして入居させる形で「サティ稲毛メテオショッピングセンター」として[44]開業した。
地元主導の象徴として商業施設の管理・運営を担っていた稲毛商業開発は開業以来毎年赤字が続いていたところに[45]1999年(平成11年)3月に中山製鋼所がマイカルに敷地と建物を売却してテナントが大家になる状況が生じたため[44]、マイカルと営業権の譲渡を交渉して清算可能な水準の金額を得られることになったことから2000年(平成12年)6月30日に臨時株主総会を開催して同日付で解散し[45]、翌日からマイカルによる管理・運営に移行した[45]
2階に手織りのペルシャ絨毯やパキスタン絨毯を扱う本格的な専門店「セラフィアン絨毯」が入居していたが、2011年(平成23年)1月26日に閉店した[46]
  • 北小金サティ(松戸市小金1、1994年(平成6年)3月1日開業[47] → イオン北小金店)
延べ床面積約35,921m2[3]、店舗面積約11,628m2[3](うち直営店舗面積約10,286m2[3])。
延べ床面積約37,076m2[3]、店舗面積約16,827m2[3](うち直営店舗面積約11,310m2[3])。
1999年(平成11年)3月6日に映画館や飲食店、雑貨大型店などが入る新館2番街(現・ユーカリプラザ)が開業した[50]
2016年(平成28年)6月10日に直線距離で200mほど離れた場所の「イオンタウンユーカリが丘」に「イオンスタイルユーカリが丘」が開業することに伴い、同年6月5日閉店[広報 3][広報 4]。その後改装が行われ、山万が運営、オーケーストアを核店舗とするショッピングセンター、「スカイプラザ・モール」[広報 5] が2017年11月28日に開業した。

東京都[編集]

敷地面積約29,930m2[51]、地下1階地上7階建て[51]、延べ床面積約73,934m2[51]、店舗面積約34,181m2[51](うち直営店舗面積約26,600m2[51])。
大木伸銅工業の創業の地である徳丸工場が周辺の住宅地化や市街地化の進展により生産が困難になってきたため1994年(平成6年)5月に閉鎖され、跡地を東京都と共同で再開発しようとしたが長期化が予想されたためマイカルとの共同開発に転換し、開業した[53]
衣料品の製造小売(SPA)でマイカル版ユニクロにあたるアットウィル1号店など専門店を多く出店させたり、シネマコンプレックスのワーナー・マイカルを併設した店舗であった[54]2018年11月に改装オープンし、イオン板橋ショッピングセンターの核店舗であるイオン板橋店は「イオンスタイル板橋」へと転換した。
延べ床面積約21,288m2[3]、店舗面積約11,484m2[3](うち直営店舗面積約10,133m2[3])。
ニチイとして開業した後、1990年(平成2年)にサティへと業態転換。
イオン日の出ショッピングセンター(現・イオンモール日の出)の核店舗として[57]開業した[56]

神奈川県[編集]

延べ床面積約45,613m2[3]、店舗面積約15,951m2[3](うち直営店舗面積約13,096m2[3])。
ニチイ天王町店として[59]開業した後、1992年(平成4年)2月19日に増床した上で天王町サティに業態転換[59]。また、周辺でマンション開発が進んでニューファミリー増加するなど住民構成が大きく変化したことを受けて2005年(平成17年)3月11日に地域密着型の食品に特化した店舗へと改装した[60]
イオンへ転換した後、2020年(令和2年)2月9日閉店[61]。閉店後の建物は解体され、跡地には「イオンスタイル天王町」を核店舗とする「イオン天王町ショッピングセンター」が2022年(令和4年)10月18日に開業した[広報 6]
  • 東神奈川サティ✩(横浜市神奈川区富家町1[62]、1978年(昭和53年)9月20日開業[62]、イオン東神奈川店)
延べ床面積約41,951m2[62]、店舗面積約16,600m2[62](うち直営店舗面積約11,631m2[62])。
ニチイ東神奈川ショッピングデパートとして開業[62]した後、サティへ業態転換。
東神奈川駅前の東海金属本社工場跡地に建設された「トーカイプラザ」に出店[62]。1駅隣の横浜駅西口に1978年(昭和53年)9月30日に竣工した「芙蓉ビル」にニチイ横浜店(現:横浜ビブレ)も開設している[63]
イオンへ転換した後、2017年(平成29年)7月に「イオンスタイル東神奈川」へ再度転換[64]
延べ床面積約32,324m2[12]、店舗面積約15,691m2[12](うち直営店舗面積約13,649m2[12])。
在日アメリカ軍が接収していた跡地に整備された[65]マイカル本牧の一番街の核店舗として開業[66]。1996年(平成8年)3月20日にマイカル本牧の改装に合せて食品売場を1.5倍に拡張し[67]、1999年(平成11年)3月6日に更に食品売場を約1.4倍に拡張して総菜売場を拡大する[66]など改装のたびに食品関連の強化を図った。
みなとみらい21などとの競合で客を奪われたため、2005年(平成17年)にマイカル本牧は5番街を閉鎖するなど大幅に縮小している[68]
延べ床面積約36,955m2[3]、店舗面積約22,359m2[3](うち直営店舗面積約20,616m2[3])。
延べ床面積約42,043m2[3]、店舗面積約24,709m2[3](うち直営店舗面積約18,198m2[3])。
ニチイ海老名店として[72]開業した後、1993年(平成5年)4月24日に海老名サティに業態転換[72]
延べ床面積約62,390m2[12]、店舗面積約25,000m2[74]
新百合ヶ丘ビブレとして開業した後、2003年(平成15年)11月7日に一部を新百合ヶ丘サティへ業態転換[75]
小田急電鉄新百合ヶ丘駅前に開業した複合商業施設の核店舗として、食品からファッション関連まで幅広く取り揃えると共にシネマコンプレックスのワーナーマイカルシネマズも併設した新百合ヶ丘ビブレとして開業した[76]
マイカルの経営再建策の一環として幅広い客層に対応出来る品揃えによる収益改善を図るため、食品売場を併設していて主婦や家族連れが中心となっているビブレをサティに業態転換することになり、当店もその対象となった[77]
イオンへ転換した後、2018年(平成30年)4月27日に「イオンスタイル新百合ヶ丘」へと再転換された。
  • 茅ヶ崎サティ(茅ヶ崎市茅ヶ崎2丁目7-71[78]、1995年(平成7年)3月1日開業[78] → イオン茅ヶ崎店[79]
敷地面積約25,465.27m2[80]、鉄骨造り地下1階地上4階建て[80]、延べ床面積約61,657.32m2[80]、店舗面積約26,400m2[78](うち直営店舗面積約20,400m2[78]
国道1号神奈川県道404号遠藤茅ヶ崎線に面した日本精麦工場跡地に建設された「ニチバクビル」に出店した[80]
イオンへ転換された後、イオンスタイル湘南茅ヶ崎へ再転換[81]。2023年(令和5年)6月1日には都市型ショッピングセンターである「そよら湘南茅ヶ崎」としてリニューアルオープンし、イオンスタイル湘南茅ヶ崎はそよらの核店舗となった[広報 7]
延べ床面積約85,127m2[35]、店舗面積約31,618m2[35](うち直営店舗面積約23,796m2[26])。
イオンへ転換した後、建て替えのため2018年(平成30年)2月28日閉店[83]。閉店後の建物は解体され、2019年(令和元年)10月12日に「イオンスタイルつきみ野」として再開業。売場規模を縮小し、食料品・日用品・医薬品の日用必需品に絞った小型スーパー業態となった[広報 8]
店舗面積約21,239m2[85]、延べ床面積約103,988m2[85]
JR横浜線相模線京王電鉄相模原線が乗り入れる橋本駅北口の市街地再開発事業の核店舗として2000年(平成12年)3月4日に橋本ビブレとして開業[85]。マイカルの経営再建策の一環として、幅広い客層に対応出来る品揃えによる収益改善を図るため、食品売場を併設していて主婦や家族連れが中心となっているビブレをサティに業態転換することになり[77]、ビブレからの転換店舗第1号として橋本サティへ業態転換した[86]

中部[編集]

新潟県[編集]

  • 県央サティ(燕市井土巻3−65 、1991年(平成3年)4月26日開業[87][56] → イオン県央店)
延べ床面積約43,115m2[3]、店舗面積約17,139m2[3](うち直営店舗面積約10,755m2[3])。
  • 新潟サティ(新潟市小新字梅田3112[88](現・新潟市西区小新南2丁目1-10)、2000年(平成12年)10月20日開業[89] → イオン新潟西店)
鉄骨造り地上4階建て塔屋1階[88]・延べ床面積約104,914m2[88]、店舗面積約42,132m2[88](うち直営店舗面積約35,003m2[88])。

石川県[編集]

延べ床面積約68,233m2[3]、店舗面積約26,512m2[3](うち直営店舗面積約18,978m2[3])。
1.6 km西にある白山市横江町に「イオンモール白山」が2021年(令和3年)7月19日に開業するのに先立ち、2021年(令和3年)5月31日閉店[92][93]。イオンシネマ(旧ワーナー・マイカル・シネマズ)などの一部テナントもイオンモール白山に移転した。
閉店後の建物は解体され、跡地には「アークスクエア御経塚」としてホームセンタームサシヤマダデンキ、イオンスタイル御経塚からなる複合商業施設が開業した[94]
延べ床面積約40,000m2[97]、店舗面積約23,000m2[95](うち直営店舗面積約17,400m2[95])。

山梨県[編集]

店舗面積約9,650m2[98]
地元主導型ショッピングセンター「スコレーショッピングタウン」の核店舗・ニチイ石和店として開業した[98]
1997年(平成9年)4月18日に石和サティに業態転換[56]
2008年(平成20年)5月30日にマイカルのショッピングセンター初のマックスバリュが出店[99]。2015年(平成27年)3月14日にディスカウントストア「ザ・ビッグ」にリニューアルされている[100]この経緯から旧マイカル店舗では唯一、総合スーパー内にディスカウントストアが出店する特殊形態で2022年現在も営業している。[要出典]

長野県[編集]

  • 飯田サティ(飯田市鼎一色456、1995年(平成7年)6月30日開業[101] → イオン飯田アップルロード店)
延べ床面積約19,273m2[12]、店舗面積約12,796m2[12](うち直営店舗面積約11,449m2[12])。
延べ床面積約2,880m2[3]、店舗面積約2,274m2[3](うち直営店舗面積約1,998m2[3])。
サンマートオジマヤとして開業した後、1981年(昭和56年)にアスク木曽福島店へ改称。2003年(平成15年)3月1日、アスク木曽福島から木曽福島サティに改称した。
2006年(平成18年)2月4日に伊那谷と木曽谷を結ぶ権兵衛トンネルが開通してアピタ伊那店などの伊那地区の競合店が木曽地区にチラシを配布するなど競争が生じたため土日を中心に売上が減少するなどの影響を受けている[102]
  • 豊科サティ(安曇野市豊科4272−10[103]、1993年(平成5年)4月15日開業[104] → イオン豊科店)
鉄筋コンクリート造地上3階建て・塔屋2階[103]、延べ床面積約23,559m2[3]、店舗面積約13,000m2[104](うち直営店舗面積約9,961m2[3])。
設置者はニチイグループのアライド信州(当時、後のマイカル信州[105])。店舗のある豊科町(現・安曇野市の一部)の開業当時の人口は約25,000人と少なかったものの周辺地域から需要を吸収して売上を順調に伸ばし、同レベルの人口である辰野町に辰野サティを開業させる誘引となった[106]
なお、豊科町(当時)の商圏人口は2009年(平成21年)には約16万5000人に増加している[107]

愛知県[編集]

延べ床面積約85,359m2[12]、店舗面積約29,735m2[108](うち直営店舗面積約22,300m2[12])。
1999年(平成11年)3月29日にウルトラマン倶楽部や手塚治虫キャラクターショップなどの専門店や直営を中心とする食品売場を充実させた大型商業施設として開業した[109]
延べ床面積約33,708m2[35]、店舗面積約22,966m2[35](うち直営店舗面積約20,024m2[35])。
1998年(平成10年)9月22日にシネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズ豊川やボウリング場やテーマレストランなどを併設した大型商業施設として開業した愛知県内のサティ2号店[110]

三重県[編集]

敷地面積約110,595m2[111]、延べ床面積約153,358m2[111]、店舗面積約59,995m2[111]
マイカル桑名の3つの核店舗の1つとして開業した[112]
2015年(平成27年)4月17日にマイカル桑名はイオンモール桑名として新装開店した[113]
延べ床面積約60,389m2[12]、店舗面積約25,347m2[12](うち直営店舗面積約17,684m2[12])。
衣料品を販売する[115]ニチイ津店として開業[116]。ジャスコと共に核店舗として津ショッピングセンターエルに出店していたニチイ津店を1994年(平成6年)4月23日に増床して津サティに業態転換した[116]

近畿[編集]

滋賀県[編集]

敷地面積約13,953m2[117]、延べ床面積約60,908m2[117]、店舗面積約16,500m2[117] (うち直営店舗面積約12,000m2[117] )。
隣接地に[118]、専門店街やシネマコンプレックスのワーナー・マイカル・シネマズ近江八幡などが入居する2番街「マイカル・アクア21」が2000年(平成12年)10月6日に開業して既存の店舗とあわせた全体をマイカルタウン近江八幡として運営するようになった[119]
イオンモール草津の核店舗として開業[121]。イオンへ転換した後、イオンスタイル草津と改称(時期不詳)。
出店した時点では滋賀県内最大の規模でシネマコンプレックスなども併設されたショッピングセンターのイオンモール草津の核店舗である[121][120]

京都府[編集]

敷地面積約15,335m2[122]、延べ床面積約55,528m2[3]、店舗面積約12,564m2[3](うち直営店舗面積約9,949m2[3])。
イオンモール高の原の核店舗として開業[124]
  • 伏見サティ☆×(京都市伏見区御堂前町616、1978年(昭和53年)11月10日開業[56] → イオン伏見店)
延べ床面積約14,243m2[12]、店舗面積約8,656m2[12]
旧伏見店(1967年開業)を移転し、2代目の[要出典]伏見店として開業[56]
2020年(令和4年)12月31日をもって建て替えのため閉店[125]。なお、建て替え期間中は近隣に仮店舗として「イオン伏見プラザ店」を開設している。
  • 向日町サティ☆×(向日市寺戸町小佃5-1、1970年(昭和45年)9月開業[126]、イオン向日町店)
ニチイ向日町店として開業[126]した後、増築・改装のため一旦営業を休止し、1981年(昭和56年)11月18日に再開業した[56]
1997年(平成9年)4月19日に売場面積を約1.5倍増床して専門店などを導入し、サティに業態転換した[127]
2004年(平成16年)から毎年1回アルバイトを含めた従業員が、使い古しのタオルで作ったぞうきんなどを店舗周辺の福祉施設に寄贈するなどの活動を行っている[128]
鉄骨5階建ての店舗で、2014年(平成26年)12月25日時点で専門店が34店出店していた[129]
2015年(平成27年)5月31日閉店[130]。閉店後の建物は解体され、跡地は分譲マンションが併設された複合施設となり、1階と2階はグループ会社のダイエーが運営する「イオンフードスタイル東向日店」が入居し、2018年(平成30年)4月21日に開業、3階と4階は向日市役所の東向日別館となった[広報 9]
  • 大久保サティ☆(宇治市大久保町井ノ尻45-1[131]、1979年(昭和54年)3月8日開業[56]、イオン大久保店)
ニチイ大久保店(1961年開業、1969年建替の大久保100番館。後に平和堂へ譲渡。宇治市広野町西裏100)として開業。それに代わる2代目の[要出典]ニチイ大久保店として[132]、オークボスポーツレーン[133]の跡地に開業[56]
近鉄大久保駅近くに位置した4階建ての店舗[134]。2015年(平成27年)11月30日時点で専門店が27店出店し、1階が食料品売り場で、2階~4階が衣料品や日用品の売り場となっていた[134]
2016年(平成28年)5月31日閉店[広報 10]

大阪府[編集]

  • 和泉府中サティ(和泉市肥子町2丁目2−1[135]、1990年(平成2年)3月1日開店[135] → イオン和泉府中店)
敷地面積約27,939m2[135]、鉄骨造地下1階・地上5階建て[135]、延べ床面積約68,809m2[135]、店舗面積約20,243m2[135](うち直営店舗面積約10,650m2[135])。
2001年(平成13年)1月1日に開業したマイカル茨木(現・イオンモール茨木)の核店舗の一つとして、ビブレ茨木などと共に開業した[136]なお、茨木ビブレは2015年(平成27年)2月28日をもって閉店している[要出典])。
イオンへ転換した後、2015年(平成27年)4月29日に「イオンスタイル茨木」に再転換している。[要出典]
  • 北千里サティ(吹田市古江台4丁目2−50、1994年(平成6年)4月22日開業[86][56]、イオン北千里店)
延べ床面積約27,854m2[12]、店舗面積約14,000m2[12](うち直営店舗面積約11,178m2[12])。
北千里ビブレとして開業[86][56]したが、店舗周辺の狭商圏を対象として総菜や野菜などの食品を充実させると共に衣料品の商品構成を見直し、2003年(平成15年)2月27日にサティへ業態転換した[86]
  • 鴻池サティ☆(東大阪市鴻池町1丁目1−72、1977年(昭和52年)11月23日開業[56]、イオン鴻池店)
店舗面積約14,160m2(うち直営店舗面積約12,044m2)、延べ床面積約25,322m2[3]
2019年(令和元年)5月19日閉店[137]。閉店後の建物は撤去され、跡地にはイオンリテール運営の「そよら新金岡」が開業した[広報 11]。そよら業態としては、海老江に続く2店舗目の出店[広報 11]
  • 枚方サティ(枚方市岡本町7丁目1−203、1990年(平成2年)4月開業[138]、イオン枚方店)
店舗面積約22,509m2(うち直営店舗面積約10,827m2)、延べ床面積約55,385m2[12]
1990年(平成2年)4月に京阪電鉄枚方市駅前の再開発事業で建設されたショッピングセンター「ビオルネ[139]の核店舗、枚方ビブレとして開業[138]。2008年(平成20年)2月27日にサティへ業態転換した[138]
当店の入居するショッピングセンター「ビオルネ」を管理・運営する枚方市の第三セクターのビオルネは競合店対策の改装費用の負担や競合に伴う売上減少を受けて2010年(平成22年)9月6日に大阪地方裁判所に民事再生法の適用を申請して同日保全命令を受けた[140]
延べ床面積約69,657m2[3]、店舗面積約31,630m2[3](うち直営店舗面積約17,779m2[3])。
協同組合の運営によるニューキャッスルショッピングセンターの核店舗として出店していた[3]
JR東岸和田駅近くに出店しており、1994年(平成6年)にニチイから「東岸和田サティ」に転換して映画館やスポーツ施設なども併設した複合商業施設となった[141]。1999年(平成11年)3月10日には店舗面積を約10,000m2増床して新装開業した[141]
2020年(令和2年)8月31日閉店[広報 12]。閉店後の建物は撤去され、跡地にはイオンリテール運営の「そよら東岸和田」が2023年(令和5年)9月26日に開業した[広報 12][142]
延べ床面積約34,043m2[3]、店舗面積約21,862m2[3](うち直営店舗面積約12,500m2[3])。
1996年(平成8年)3月1日に東大阪市の近鉄奈良線・布施駅前の再開発事業の一環として開発された複合施設ヴェル・ノール布施の核店舗として布施ビブレを開業し[143]、2008年(平成20年)3月28日に改装して布施駅前サティに業態転換した[144]
布施ビブレの開業6日前、1970年(昭和45年)開店[132]の「布施サティ」が閉店しており[145]、実質的な代替店舗となっている。

兵庫県[編集]

敷地面積約47,658m2[146]、延べ床面積約157,056m2[146]、店舗面積約45,088m2[146]。駐車台数約4,000台[146]
JR大久保駅の南側で神戸製鋼所が事業主体として開発が進められたニュータウンである「オーズタウン」の中核施設として[148] 1997年(平成9年)10月23日に開業したマイカル明石の核店舗の1つとして明石ビブレやシネマコンプレックス等と共に開店した[147]
敷地面積約27,000m2[149]、延べ床面積約35,853m2[149]、店舗面積約17,767m2[149](直営店舗面積約11,550m2[149])。
淡路市南部にある人工島の志筑新島に立地する[151]ショッピングセンター「アル・クリオ」の核店舗で[150]、地元の商業者による専門店街が併設されており[152]、マイカルの経営破綻後に専門店街のうちの6店が廃業して本社にサティの店舗存続を求める状況が生じたが閉店を免れた[152]
店舗に隣接する大手総合商社などのリゾート計画がとん挫した跡地で進められた「850人が暮らす日本のフロリダ」を目指した構想の第1弾として2004年(平成16年)春に開業した182室の高齢者住宅の入居率が2005年(平成17年)4月で50%に達せず2期工事着工のめどが立たない等店舗周辺の開発はかつての構想より大幅に遅れている[151]
2005年(平成17年)10月14日から18日まで淡路島の食材にこだわった特産品を製造する業者でつくる「淡路島物産協会」の特設販売コーナーを開設されて特産品の販売が行われた[153]
  • 小野サティ☆(小野市王子町868-1、1982年(昭和57年)9月開業[154]、イオン小野店)
延べ床面積約34,662m2[3]、店舗面積約21,745m2[3](うち直営店舗面積約14,500m2[3])。
神姫バス小野営業所跡に建設された建物を賃借して出店した[155]ニチイ小野店を店舗面積2倍強に増床して1992年(平成4年)11月20日に小野サティへ飲食やサービス部門も増強して業態転換した店舗である[156]
敷地面積約46,816.73m2[157]、延べ床面積約58,748m2[12]、店舗面積約33,286m2(うち直営店舗面積約21,471m2)。
日本製麻兵庫工場跡地の一部を鹿島建設が買収して開発したショッピングセンターに出店していた[159]
一部を加工側商工会議所などが出資して設立した第三セクターの「加古川商工開発」が買い取って地元業者が出店する加古川方式で注目された[159]
国道2号に面しており[160]、開業時は地域唯一の大型店だったためニチイグループ2位の売上高を誇ったこともある有力店舗だったが、マイカルの経営破綻後には商品調達が出来ずに客数が30%近く減少するなど破綻の影響を大きく受けた店舗の一つとなった[152]
2006年(平成18年)11月1日に加古川市の総合窓口業務を行う「東加古川市民総合サービスプラザ」が開設され、各種の証明の交付・申請や届け出書類の受付から公金の収納などの市役所の窓口機能を年末年始と偶数月の第三土曜日を除く当店の営業日は毎日市民が利用できるようになった[160]
  • 三田ウッディタウンサティ(三田市けやき台1丁目6−2[26]、2000年(平成12年)11月1日開業[26][161][162] → イオン三田ウッディタウン店)
延べ床面積約61,625m2[12]、店舗面積約25,298m2[12](うち直営店舗面積約17,716m2[12])。
三田市のニュータウン内に[152] 第三セクターの北摂コミュニティ開発センターが建設した「センチュリーRIVA!」の核店舗として自社直営の物販の売場が中心の一番街とシネマコンプレックスのワーナー・マイカルシネマズやレストラン街が入居する別館の二番街からなる複合型ショッピングセンターとして2000年(平成12年)11月1日に開業した[161]
敷地面積約32,993m2[163]、地上5階建て[163]・延べ床面積約72,646m2[163]、店舗面積約23,578m2[163](うち直営店舗面積約15,000m2[163])。
第2次世界大戦前に外国人居留地として開発された通称ジェームス山と呼ばれる住宅地の小高い山の上に1997年(平成9年)6月6日に開業した店舗で[165]、ボウリング場やスポーツクラブ、レストラン街やフードコートなどサービス施設を充実させると共に[164] 明石漁港も近いため比較的舌の肥えた住民の多い土地柄とされることを考慮した品揃えを行っていた[165]
  • 西神戸サティ(神戸市西区王塚台7丁目131−1、1988年(昭和63年)11月10日開業[56] → イオン西神戸店)
延べ床面積約24,166m2[12]、店舗面積約12,029m2(うち直営店舗面積約9,297m2)。
神戸市西区の住宅街にある神姫バスが保有していたビルに核店舗として出店していた[166]
2014年(平成26年)12月31日閉店[166]
  • 姫路サティ[167]姫路市増位本町2丁目12−10、1979年(昭和54年)9月1日開業[168] → イオン姫路店)
延べ床面積約26,332m2[12]、店舗面積約18,976m2[12](うち直営店舗面積約10,762m2[12])。
東洋紡績工場跡地の再開発事業として姫路市が推進した「北部副都心計画」の核店舗として出店した[169]
鉄骨造2階建て塔屋付[170]・延べ床面積約10,945m2[170]、店舗面積約8,636m2[170]
サティの食品売場のノウハウを集約した食品専門店[171] サティ食品館として[172]1994年(平成6年)5月1日に三木サティ食品館として開業し[171]、周辺の住宅開発の進展など商圏環境の成熟化に対応して食品館の市道を挟んだ[172]向かいの敷地に別棟方式で衣料品・住関連売場を増築して衣食住のフルライン店舗へ改装して[173] 1998年(平成10年)9月3日に三木サティとして開業した[172]

奈良県[編集]

  • 五條サティ☆(五條市今井2−150、1975年(昭和50年)12月5日開業[56]、イオン五條店)
イオンに転換した時点で営業していたサティ店舗では後述の益田店を除いて最古の店舗であった。
延べ床面積約18,933m2[97]、店舗面積約12,909m2[97](うち直営店舗面積約10,040m2[97])。
ニチイ西大和ショッピングデパートとして開業[174]、1993年(平成5年)10月23日に西大和サティに業態転換した。
2000年(平成12年)12月1日にシネマコンプレックス開業[175]
2021年(令和3年)7月31日閉店[176]。隣接のイオンシネマ(旧ワーナー・マイカル・シネマズ)は営業を継続していたが、2022年(令和4年)8月21日に閉館[177]

中国[編集]

鳥取県[編集]

敷地面積約14,286m2[178]、延べ床面積約48,585m2[178]、店舗面積約17,860m2[178](うち直営店舗面積約8,500m2[178])。
米子サティ(初代) → 米子ビブレ(2001年(平成13年)2月25日に閉店[179]) → 米子駅前サティ(2001年(平成13年)3月に再びサティとして開業[179]
1990年(平成2年)6月29日に米子駅前に(株)米子ニチイにより開店[180]。グループ企業再編により、(株)サンインニチイ→(株)マイカルサンインの経営から、1996年(平成8年)3月13日に米子ビブレに業態転換に伴って(株)マイカルに移管されて直営店舗となる[181]。再度サティに業態転換したが、現在のホープタウンが「(2代目)米子サティ」を名乗っていたため店名を「米子駅前サティ」[182] とした。
2003年(平成15年)に経営破たんしたマイカルへの支援と市民の交流の場の提供を兼ねて米子市が4階に「市民交流広場」を開設していたが、2004年(平成16年)~2007年(平成19年)の年間利用日数が98~127日と低迷していた上マイカルがイオンの傘下に入って経営を支援する必要がなくなったとして2008年(平成20年)12月末で廃止とされた[182]
JR米子駅前であるが郊外店舗への対抗策として店舗併設の米子市開発公社が所有する立体駐車場を無料としていたが、買い物客や施設利用者以外も無償で駐車出来て近隣と不公平になっているとして有料化する方針であることが2009年(平成21年)6月10日開かれた米子市の第三セクター米子駅前開発の株主総会で明らかになった[183]
マイカルグループのスポーツクラブであったエグザス米子店(米子駅前サティ内)と松江店(松江サティ内)はコナミによる買収後もホープタウンが2010年(平成22年)までエグザスブランドで運営していたが、現在はコナミブランドに転換している。
2015年(平成27年)10月移転では、店舗の敷地と駐車場棟は一般財団法人「米子市開発公社」が所有し、建物は第三セクターの「米子駅前開発」が所有して全館を賃貸しているが、赤字縮小のためにイオンリテールが約4.81億円で取得した後、米子市に無償で譲渡して再賃貸することを希望している[184]
しかし、この所有形態の変更に伴うリスクとして老朽化の進んだ建物の維持管理費増大や、将来的な珍重収入の見込みが不明朗なことなどの問題点を指摘する批判がなされている[184]

島根県[編集]

イズミが店舗面積33,498m2ゆめタウン出雲を出店することやジャスコ日吉津店が店舗面積36,589m2へ増床する動きに対抗して[186]、既存店舗の北側に繋げてL字形となるように8,584m2の増床を行って店舗面積30,893m2へ拡大すると共に飲食店やフードコートなどの飲食関連の充実や直営の食品売り場拡大を図る計画を2008年(平成20年)2月7日に大規模小売店舗立地法に基づいて島根県に届出を出し[187]、2008年(平成20年)9月27日に増床して専門店を30店舗増やして100店舗とすると共に直営の食品売場などを拡張してリニューアルオープンした[188][189][190]
2020年(令和2年)4月24日に直営売場の改装に伴い、「イオンスタイル松江」へ転換。
延べ床面積約10,251m2[12]、店舗面積約7,593m2[12](うち直営店舗面積約6,628m2[12])。
ひろでん益田店として開業[56]し、建て替えを経て1996年(平成8年)に益田サティへ転換した。

広島県[編集]

延べ床面積約21,929m2[192]、店舗面積約11,806m2[192](うち直営店舗面積約9,180m2[192])。
(2代目)ニチイ尾道店として開業し[193]1994年(平成6年)に尾道サティへ業態転換した[194]
老朽化のため、2019年(平成31年)2月28日閉店[194]。閉店後、建物は解体され、2020年(令和2年)9月18日に「イオンスタイル尾道」として開業[194][195]
延べ床面積約13,865m2[97]、店舗面積約9,180m2[97](うち直営店舗面積約6,400m2[97])。
ニチイ海田ショッピングデパートとして開業[56]1994年(平成6年)9月20日にサティへ業態転換した。
2018年(平成30年)2月28日閉店[197]。閉店後の建物は解体され、マックスバリュ海田店として開業[198]
延べ床面積約20,410m2[12]、店舗面積約8,837m2[12](うち直営店舗面積約5,080m2[12])。
ニチイ廿日市ショッピングデパートとして開業[199]1990年(平成2年)5月23日にサティへ業態転換した。
2014年(平成26年)4月30日閉店[200]
店舗跡は廿日市市が土地建物を約13.1億円で取得し、隣接するJA広島総合病院と合わせて地域医療拠点として整備する計画が進められている[200]

山口県[編集]

JR防府駅前にニチイ防府店として[201] 1982年(昭和57年)4月1日に開業し[56]、宝酒造が防府工場跡地に建設した宝酒造防府ビルを借りて[202]1999年(平成11年)3月2日に店舗面積を約3倍に増床して食品部門などの物販を拡充すると同時にシネマコンプレックスやレストラン街などを導入して大規模化と総合化を図ってサティへ業態転換し[201]、2003年(平成15年)9月20日に寿司や弁当、揚げ物、惣菜などの売場を一箇所に集約してデリカゾーンとするなど生活場面を想定した売場編集の見直しを行って買い回り性の向上を狙った改装を行った[203]
2011年(平成23年)3月1日にイオンリテールとマイカルが経営統合したことに伴ってイオン防府店に名称が変わる際には食品売り場の改装を行った[204]

四国[編集]

香川県[編集]

JR坂出駅前にニチイ坂出店として開業し、1993年(平成5年)2月10日に改装の上サティへと業態転換[56]
店舗面積約22,993m2(うち直営店舗面積約15,147m2)、延べ床面積約58,566m2[3]
2024年(令和6年)閉店予定[207]。閉店後は建物を取り壊した上で、新店舗として出店する計画がある[208]
延べ床面積約83,030m2[12]、店舗面積約26,546m2[12](うち直営店舗面積約20,495m2[12])。
2005年(平成17年)6月に子ども用品を専門とする「キッズプラザ」を開設して家族連れの集客力を高め、2007年(平成19年)2月23日に地場の野菜や果物の産直コーナー、香川県産の魚類を使った干物コーナーを設置すると共に、四国の地酒や焼酎の取り扱いを増やすなど、地場産品の取り扱いを増やすなど食品部門を強化し、有名ブランドのコーナーの拡充やスキンケアなどのカウンセリングを充実させるなどして、化粧品売場の専門性を高めるなどの改装を行った[212]

愛媛県[編集]

延べ床面積約27,512m2[12]、店舗面積約13,619m2[12](うち直営店舗面積約10,928m2[12])。
2003年(平成15年)3月21日に地場商品の食品の取り扱いの強化やファッション衣料でのブランド品の品揃えの充実などを中心とした改装を行ってリニューアルを行った[214]

高知県[編集]

延べ床面積約24,069m2[12]、店舗面積約13,217m2[12](うち直営店舗面積約11,486m2[12])。
ニチイ高知ショッピングデパートとして開業[215][56]、1991年(平成3年)にサティへ業態転換[215]

九州[編集]

福岡県[編集]

ニチイ大野城店として開業[216]、1998年(平成10年)にサティへ転換[216]
2017年(平成29年)8月31日閉店[広報 13]
ダイエー原店の撤退後、改装工事を行った上でサティとして開業[219]
2019年(平成31年)1月31日閉店。店舗は建て替えられ、閉店時の核店舗の名称を引き継いだ「(2代目)イオン原店」として2020年(令和2年)11月19日開業[広報 14]
店舗面積約14,927m2[220]
ニチイ粕屋店として開業、2000年(平成12年)4月23日にサティへ業態転換[221]
  • 戸畑サティ※(北九州市戸畑区汐井町2-2、1999年(平成11年)3月1日開業[56] → イオン戸畑店)
延べ床面積約105,313m2[12]、店舗面積約29,302m2[12](うち直営店舗面積約21,302m2[12])。
2010年(平成22年)4月23日に直営売場を「戸畑サティ」から「イオン戸畑店」に名称変更し、5月28日にイオン戸畑ショッピングセンターとして開業した[222][広報 15]

佐賀県[編集]

1996年(平成8年)9月に九州初のシネマコンプレックスとしてワーナー・マイカル・シネマズ上峰が当店に併設されて開業したが、佐賀市や福岡県久留米市などに相次いで競合するシネマコンプレックスが開業して競争が激化している中で最新技術の3D映像に対応できない上に老朽化しているとして2010年(平成22年)2月28日に閉館となり[224]、イオン上峰店も売り上げの減少や建物の老朽化により2019年(平成31年)2月28日に閉店した[225]

鹿児島県[編集]

サンシティ・リブレとして開業、2000年(平成12年)にサティへ店名変更。
2016年(平成28年)2月14日閉店[広報 16]。同年3月10日に隣接地に建設したイオンタウン姶良の核店舗として「イオン姶良店(2代目)」が開業した[226]
延べ床面積約29,000m2[3]、店舗面積約18,000m2[3](うち直営店舗面積約13,000m2[3])。
隼人町見次地区に国分・隼人地区で2002年(平成14年)10月時点で最大の売り場面積18,000m2を持ち、優良進出企業を擁するテクノポリスの存在するために根強い経済力を誇っていた国分・隼人地区をバックにマイカルの民事再生法適用申請を受けて経営再建に入った後も売上げは順調に推移してマイカル九州の店舗網のなかでも最優良店と位置づけられていた[227]

閉鎖された店舗[編集]

「サティ」から閉店せずに「イオン」に改称した店舗については「イオンに改称された店舗」を参照。

北海道[編集]

すべて旧マイカル北海道(後のポスフール、現イオン北海道)が運営していた。この項ではポスフールに改称する前の閉鎖店舗について述べる。

  • ホクホー標茶店(川上郡標茶町旭2-2-8、開業時期不明 - 閉店時期不明)
  • ホクホー万代店(岩内郡岩内町万代7-11、開業時期不明 - 閉店日不明)
1977年(昭和52年)に「恵庭ファミリーデパート」開業。「ホクホー恵庭店」を経て、1992年(平成4年)に「ニチイ恵庭店」へ改称したが、不採算であること、敷地が狭く増床によるサティ化が不可能なこと、千歳サティと商圏が重なることなどが要因で閉鎖。
店舗跡にはラルズの「ビッグハウス恵庭店」が開業。
  • ニチイ栗山店(栗山町松風3-115、開業時期不明 - 1998年(平成10年)1月閉店[広報 17]
店舗跡には、1998年(平成10年)3月に北雄ラッキーの「ラッキー栗山店」が開業した[228]
店舗面積約11,066m2[232]、延べ床面積約34,625m2[232]
プールやホールを併設したニチイ大谷地ショッピングデパートとして開業[229]。1999年(平成11年)10月8日に増床し、サティへ業態転換した[233]
当店は閉店が決まっていたため、道内他店が「ポスフール」に改称された2002年(平成14年)5月以降も「サティ」ブランドを継続していた。
閉店後、2003年(平成15年)4月16日に札幌東急ストア(現・東光ストア)が1階の核店舗で[234]ツルハが2階の核店舗となる複合商業施設「キャポ大谷地」が開業した[235]
  • 手稲サティ✩×(札幌市手稲区手稲本町2条5-3-1、開店時期不明 - 2000年(平成12年)8月末閉店[236]
閉店後、2005年(平成17年)6月に津司が「卸スーパー」を開店し[237]、同年9月1日にオカモトグループの大型ゲーム施設「ヴァリオス手稲店」が開店した[238]が、後に閉店。その後同グループのジョイフィット札幌手稲が入居したが、2015年(平成27年)12月31日をもって撤退[239]。その後2017年までに建物新築のため解体され[240]、同年12月28日にパチンコホール「KEIZ手稲店」が跡地に開業した。
店舗面積約11,058m2、延べ床面積約18,073m2[232]
  • 新琴似サティ食品館(札幌市北区新琴似8条10-1-22、1996年(平成8年)11月1日開業[241] - 2001年(平成13年)1月21日閉店[242][広報 18]
閉店後の店舗は北雄ラッキーが買収し[243]、2001年(平成13年)3月9日に北雄ラッキー新琴似四番通店が開業[244]
店舗面積約3,265m2[232]
マイカル北海道では初のサティ食品館業態の店舗として開業した食品主体のSSM店舗だった[241]

東北[編集]

マイカル東北の運営店舗のうち、優良店舗7店は2001年(平成13年)9月1日付でマイカル本体に移管。直後にグループは破綻。残りの店舗の内、イオングループの店舗と隣接していた横手サティを除き不採算店舗としてすべて閉鎖し、その後会社清算となった。

青森県[編集]

  • ニチイ佃店(青森市佃1-20-8[247]、開業時期不明 - 1997年(平成9年)3月閉店)
売場面積582m2[247]。旧・武田ストア店舗[248]
閉店後は解体され、長年空き地状態が続いている。[要出典]
  • ニチイ松原店(青森市松原町3-14-27[247]、開業時期不明 - 1997年(平成9年)3月閉店)
売場面積471m2[247]。旧・武田ストア店舗[248]
閉店後は解体され、現在は「武田マンション」。[要出典]
  • ニチイ旭町店(青森市金沢1-3-10[247]、開業時期不明 - 1985年(昭和60年)閉店[249]
売場面積402m2[247]。旧・武田ストア店舗[248]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「亀屋みなみチェーン食彩館旭町」が入居したが、後に閉店。[要出典]
現在は、スーパーマーケット「マエダストア旭町店」が入居している。[要出典]
  • ニチイ黒石店(黒石市大字甲徳兵衛町24[247]1969年(昭和44年)11月開業[250] - 1997年(平成9年)3月閉店)
売場面積3,446m2[250] → 4,610m2[247]。旧・武田ストア店舗。
閉店後は解体され、現在は駐車場。[要出典]
  • ニチイ八戸店(1971年(昭和46年)10月7日開業[251] - 1996年(平成8年)9月1日閉店[252]八戸市六日町25[253]
青森ニチイが運営する八戸ショッピングプラザとして八戸市中心部に出店していた[251]
東北ニチイグループの第一号店として開店し、1977年・78年のピーク時には年間売上高が38億円に上った[252]が、中心街での相次ぐ競合店の開業、景気低迷や郊外型大型店の進出などのあおりを受け、1994年度の売上高は最盛期の約半分である20億円を割り込むまでに悪化した[252]
閉店2年前の1994年(平成6年)には、開店当初から入居し地下食品部門を担当していたユニバースニチイ店が撤退し[254]、同年暮れには三陸はるか沖地震の影響で老朽化した建物が深刻なダメージを受けるなど、店舗としての機能が減退していた[252]
一時期サティへの業態転換に向けて検討が重ねられていたが、現店舗では敷地面積や駐車場の不足などによって増改築が出来ず、店舗展開上の最低条件を満たせないことから断念された[255]
売場面積5,663m2[247]
跡地は現在、コンサートホール八戸店。[要出典]

岩手県[編集]

売場面積2,366m2[250]
1979年(昭和54年)[256]に盛岡市三本柳にあった店舗で[257]、当初は盛岡近郊における店舗面積13,000m2を誇る郊外型大型店の先駆けとして開店した[256]ニチイ都南店(後の盛岡南サティ)があったが、2006年(平成18年)3月31日に閉店した[258]
  • ハロービビ(1998年(平成10年)[259]2月閉店)
マイカル東北が経営していた服飾専門店[259]
  • ニチイ釜石店(釜石市大町1-1-9[260]、1964年(昭和39年)12月20日開業[261] - 2002年(平成14年)5月31日閉店[262]
丸光釜石店として開業し[261]、東北ニチイが営業を継承した[263]また、最後まで残ったニチイ業態の店舗でもあった。[要出典]
店舗面積約3,673m2(うち直営店舗面積約3,493m2[29]、延べ床面積約6,055m2[29]
店舗跡は取り壊されて空地となっていたが2017年に釜石市民ホールが完成[263]
  • 一関ショッピングデパート千葉久(一関市新大町1[264]、1975年(昭和50年)に資本提携して店名変更 - 1997年(平成9年)8月閉店[265]
売場面積3,742m2[266]
駅前通りと大町商店街の交差点角に出店していた地場資本の百貨店千葉久がニチイと資本提携したもの[265]
  • 江刺サティ✩(奥州市江刺豊田町2丁目1−7、1986年(昭和61年)10月25日開業[56] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[267]、 旧・ニチイ江刺店 → 江刺サティ → ジャスコ江刺店 → イオン江刺店)
店舗面積約5,444m2、延べ床面積約7,505m2[232]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
店舗跡には2003年(平成15年)4月に「ジャスコ江刺店」が出店したが、2011年(平成23年)3月1日に「イオン江刺店」に改称後、2019年(令和元年)11月10日をもって閉店。500m程の距離に同年11月29日に開業したイオンタウン江刺の核店舗として「イオンスタイル江刺」が出店したためであり、事実上の移転となる。
  • 宮古サティ✩(宮古市栄町5-1[264]、1980年(昭和55年)11月開業[199]、2002年(平成14年)8月31日に閉店[268]。旧・宮古ファミリーデパート玉木屋 → サンホーユー宮古店 →ニチイ宮古店 → 宮古サティ)
店舗面積約6,155m2[232]、延べ床面積約10,572m2[232]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
店舗跡地はテナントを集めた商業施設として利用することになり[269]、2003年(平成15年)12月12日にキャトル宮古として開業し[270][271]、2004年(平成16年)1月17日に宮古駅側の入口も完成して完全な形で開業した[272]。しかし、キャトル宮古は新型コロナウイルス感染症の拡大による経営不振で2021年12月10日に閉店[273][274]。建物は宮古市が取得し、再開発を行う方針を示している[274]
  • 遠野サティ✩(遠野市新穀町1−11[264]、1989年(平成元年)11月23日開業[56] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[275]
店舗面積約6,902m2[232]、延べ床面積約17,253m2[232]、敷地面積約7,351m2[276]
ニチイが70%・玉木屋が30%を出資して設立した「岩手ファミリーデパート」が「遠野ショッピングセンターとぴあ」の核店舗として開業時の店舗面積約3,527m2で出店した[276]。テナント30のうち岩手県外はわずか3社で地元の遠野市からの業者が22社と地場の店舗が大半を占めており、2階中央の展示などに使われる「とぴあホール」などのコミュニティ施設も併設していた[276]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「キクコーストア」を核店舗とした「遠野ショッピングセンターとぴあ」が2002年(平成14年)12月1日[277] に開業した。
2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、遠野市役所本庁舎が多大な被害を受けたため、当施設の2階部分を改装し、役所機能の一部を「遠野市役所とぴあ庁舎」として移転させた[278]
2017年(平成29年)9月には、当施設の平面駐車場だった場所を含む一帯に遠野市役所本庁舎が落成し、本庁舎との間に連絡通路が設けられた[279]
  • 盛岡南サティ(初代)✩×(盛岡市三本柳5地割字百目木21[280]、1979年(昭和54年)4月開業[281] - 2006年(平成18年)3月31日閉店[258]、ニチイ都南店 → 盛岡南サティ)
閉店時の直営店舗面積約8,275m2[258]
盛岡市三本柳にあった店舗で[257]、1979年(昭和54年)に開店した当初は盛岡近郊における店舗面積13,000m2を誇る郊外型大型店の先駆けとして[256]、盛岡市南部の都南地区の中核的な商業施設だった[282]。そのため、順調に売上を伸ばし[256]、1998年(平成10年)に売上高約70億円を上げていたが競合する大型店の出店などの影響で2003年(平成15年)に売上高約40億円に落ち込んで約1.5億円の赤字となるなど業績が低迷すると共に老朽化に伴う修繕費が毎年6000万円かかるようになったため[256]、業績の回復が困難だとして2006年(平成18年)3月31日に閉店した[257][256][282]
マイカル東北が運営していたが2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]
建物は2009年(平成21年)4月末に解体に着手して秋までに更地にされた[283]。この店舗は、上述のマイカル本体へ移管された店舗であった。跡地にはケーズデンキ新盛岡南店(運営はデンコードー)が[282] 2011年(平成23年)7月28日にオープンした。
旧店舗閉店後の2006年(平成18年)9月15日に開店したイオン盛岡南ショッピングセンター(現:イオンモール盛岡南)内のサティ(現在のイオン盛岡南店)とは別店舗。

宮城県[編集]

  • ニチイ仙台店(仙台市長町1-3-37[284]、開業時期不明 - 閉店時期不明)
売場面積4,620m2[247]。旧・武田ストア店舗。
1964年10月、前身のカネ長武田百貨店仙台店がオープン。[要出典]
閉店後は解体され、現在はパチンコ店「パチンコタイガー長町店」。[要出典]
売場面積1,604m2[266]
売場面積4,628m2[266]
ファミリーデパートゆやす→サンホーユーの業態で出店。[要出典]
1986年(昭和61年)9月1日には、ファミリーデパートノムラ[285]福島県原町市(現在の南相馬市原町区))と対等合併し、有限会社ホーユーの店舗となった[286]
4階建て・延べ床面積11,320m2[287]、店舗面積約7,544m2[232]
古川ショッピングデパートとして開業し、約500台収容の立体駐車場と約400台収容の平面駐車場を併設していた[287]
マイカル東北が運営していた[5]
  • 築館サティ✩×(栗原郡築館町藤木1−48[264](現・栗原市築館藤木1−48)、1979年(昭和54年)3月[232]、築館ファミリーデパート白鳥屋 → サンホーユー築館店 → ニチイ築館店 → 築館サティ → マックスバリュ築館店 → 2008年(平成20年)8月閉店)
延べ床面積約5,487m2[232]、店舗面積約3,812m2[232]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
跡地にはケーズデンキ築館店(運営はデンコードー)が2010年(平成22年)11月3日にオープンした。[要出典]
売場面積4,223m2[199]。『週刊東洋経済 臨時増刊 全国大型小売店総覧 1994年版』 東洋経済新報社、1994年。</ref>
涌谷ファミリーデパートたから屋 → サンホーユー涌谷店[290] → ニチイ涌谷店 → 涌谷サティと変遷

秋田県[編集]

  • ニチイ鷹巣店(1976年(昭和51年)9月開業[29] - 2001年(平成13年)8月末閉店[291])秋田県北秋田郡鷹巣町松葉町6-18
延べ床面積約2,038m2[29]、店舗面積約1,185m2[29]
1966年(昭和41年)にイシヤマ鷹巣店として開業し、アイケーイシヤマ鷹巣店(1976年(昭和51年)9月開業)、サンホーユー鷹巣店(1989年(平成元年)開業)を経て、1994年(平成6年)にニチイ鷹巣店に転換した。[要出典]
    • 閉店後は解体され、現在は「小規模多機能型居宅介護事業所 のぞみ」。[要出典]
  • 能代サティ✩×(能代市南元町2-40[253]、1977年(昭和52年)3月開業[199] - 2002年(平成14年)6月閉店[292]
延べ床面積約26,628m2[232]、店舗面積約13,696m2[232]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
2003年(平成15年)1月17日にTMO能代が専門家を招いて店舗跡地の活用について勉強会を行い[293]、コンサルタントの提案で共同出資会社を設立して[294] 建物を再活用して新たな施設を開業する方向で一旦まとまったが[295]、同年11月に能代商工会議所が建物を再活用する方針を撤回して計画は白紙に戻った[296]
店舗後の再活用の白紙撤回を受けて2004年(平成16年)3月に能代市が再開発案の検討を始め[297]、同年5月には能代商工会議所が再開発の案を提案し[298]、6月には能代市議会で海潮園を店舗跡地に設置する案が出された[299] が実現しなかった。
能代市や能代商工会議所などが主導する再開発が実現しなかったため、2005年(平成17年)12月に民間企業が国や県の補助金を活用して事業化を目指した[300] がこの構想も実現せず、店舗後の建物はそのまま残り続けたため2008年(平成20年)11月に地元企業が買収して解体する方向となった[292]

山形県[編集]

米沢ファミリーデパート→サンホーユーの屋号で出店。地下1階の食品売場はヨークベニマル[303](福島県外1号店)。米沢市の最大の商店街であった平和通りにあった旧米沢市役所本庁舎跡地の敷地面積2,805m2に建設した地上5階建ての店舗で延べ床面積は約11,748m2であった[302]
地場資本の衣料品店「クサカリ」と提携して開業したもので、開業時には5階にボウリング場が入居していたが1974年(昭和49年)に撤退した[302]
1994年(平成6年)3月の米沢サティの開店に伴い閉店した[302]
閉店後は解体され、跡地は「まちの広場」として整備された後、文化複合施設「ナセBA」が2013年10月4日に開業した。[要出典]
ニチイ営業当時、道路を挟んで西隣には「ジャスコ米沢店(ニチイ開業前の1971年10月22日にオープン)」があったが、1991年6月に閉店し、翌年4月に「米沢ポポロ」として再開。2018年4月に閉鎖され、現在は解体済み。[要出典]
売場面積8,359m2[266]
1973年(昭和48年)3月に山形駅前にニチイ山形店として出店。地下の食品売場は、ヤマザワが担当した。
1994年(平成6年)3月1日に、ニチイからダックシティへ営業権が譲渡され、店名も山形ビブレとなったが、2000年(平成12年)1月閉店[306]
店舗跡のビルは2001年(平成13年)までに解体され、幾度もホテル等の建設計画[307]が行われるも、実現することなく空き地の状態が長らく続いている。[要出典]
売場面積2,370m2[308]
新庄駅前に出店していた[309]
新庄ファミリーデパート→サンホーユーの屋号で出店。食品売場はAコープ[要出典]
閉店後は解体され、長年空き地状態が続いたが、現在は「特別養護老人ホーム みどりの大地」。[要出典]
  • ニチイ村山店(村山市楯岡新高田5-1[264]、1980年(昭和55年)4月開業[308] - 1995年(平成7年)8月16日閉店[249]
売場面積4,100m2[308]
村山ファミリーデパートマルシメ→サンホーユーの屋号で出店。[要出典]
閉店後は解体され、現在は住宅地として整備されている。[要出典]

福島県[編集]

売場面積1,642m2[247]。屋号はNマート。
山田Vボウル跡地に開店[311]
開店から1年後の1979年(昭和54年)3月5日午前10時すぎに、駐車場内で東邦銀行の集金車から1,900万円が盗まれる事件が発生した[312]
福島サティの出店に伴い閉店[259]解体後、現在はヤマダ電機[要出典]
  • ニチイ飯坂店(福島市飯坂町東堀切1810[313]、1969年(昭和44年)3月開業[313] - 1995年(平成7年)閉店[249]
当初は、山田百貨店の量販店部門「ハッピー産業」の店舗だったが、八戸店を運営する青森ニチイに営業権を譲渡[248]。後には東北ニチイが運営していた[313]。屋号はNマート。
延べ床面積約1,170m2[313]、店舗面積約927m2[313]
延べ床面積約2,939m2[29]、店舗面積約1,937m2[29]。平屋建て[314]
1980年(昭和55年)12月に、成田屋本宮ファミリーとして開業[314]
成田屋→マイカル福島(赤トリヰ)が運営していた[291]
閉店後、元市長の佐藤嘉重の選挙事務所として使用された後、跡地は2011年(平成23年)12月1日に「ヨークベニマル新本宮舘町店」(現・本宮舘町店)として開業[315]
売場面積3,696m2[247]
1961年(昭和36年)に大善百貨店として開業[317]。1971年(昭和46年)に福島ニチイが営業権を取得し[248]、ニチイダイゼンとなった。福島ニチイは、1975年(昭和50年)に東北ニチイへ吸収されている[249]ニチイ会津若松店として移転後に解体され、現在はコインパーキング『神明フジパーク24』となっている。[要出典]
1982年(昭和57年)7月1日に、東北ニチイ運営のニチイ会津若松店[318]として会津若松駅前に移転後
1993年(平成5年)3月13日に会津サティとなったが[319]、2009年(平成21年)6月30日に閉店した[320]

]

売場面積953m2[247]
当初は、山田百貨店の量販店部門「ハッピー産業」の店舗だったが、八戸店を運営する青森ニチイに営業権を譲渡[248]
鉄筋三階建て延べ1,548m2の店舗であったが、1977年(昭和52年)7月16日に火災で全焼した[321]
店舗面積約6,819m2[232]。地下1階・4階建て(ファミリーデパートノムラ・原町サティ時代)[325]
元々は、1924年(大正13年)に原町市四つ葉通りに野村清助が創業した雑貨店「ノムラ」が起源である[326]。1979年3月に「ファミリーデパートノムラ」として大町に新築移転[323]。1986年(昭和61年)9月1日には、同じニチイ系の「NAC(ニッポンアライドチェーン)」に属していた角田ファミリーデパートゆやす(後のサンホーユー角田店)と合併し、有限会社ホーユーが発足[326]。組織は後にニチイ本体に吸収され、店名もサンホーユー、ニチイと変遷した後、1996年(平成8年)9月27日にサティへ業態転換した[325]
マイカル東北が2001年(平成13年)9月18日に民事再生再生法を申請した時点で引き続き運営していた店舗の1つだった[5]
跡地には南相馬市が管理する大町南災害公営住宅が建設されることになった[327]
ノムラ時代の店名ロゴは独自のものを使っていたが、サンホーユー時代は「ニチイ(nichii)」の文字を「サンホーユー(SUNHOYU)」に差し替えて使っていた。
  • 須賀川サティ×(須賀川市森宿字北向88番1他、1981年(昭和56年)10月27日開業[328])(赤トリヰグリーンモール→須賀川サティ→赤トリヰグリーンモール)
須賀川サティはマイカル東北ではなく、マイカル福島が運営していた店舗[329]
マイカルグループ離脱して2003年(平成15年)3月1日に元の名称の「赤トリヰグリーンモール」に戻し運営していた[329] が、東北地方太平洋沖地震 の影響で、店舗に地盤沈下など甚大な被害を受け2011年(平成23年)4月29日をもって閉店[330]
建物は解体され、跡地には2013年(平成25年)9月20日にフレスポ須賀川グリーンモールが開業した[331]
閉店時の直営店舗面積約7,195m2[334]
東北ニチイ(→マイカル東北)傘下での初めてのサティ店舗。2001年(平成13年)9月にマイカルに営業譲渡されて本体直営店の一つとなった[5]。なお、マイカル本社に店舗譲渡前の旧東北ニチイ(旧マイカル東北)傘下でニチイから業態変更したサティとして最後の店舗であった。
大善デパートとして1961年(昭和36年)に開業[335]。ニチイダイゼンを経て、1982年(昭和57年)7月1日に会津若松駅前へ移転し、ニチイ会津若松店として開業[336]。1993年(平成5年)3月13日にサティへ転換[319]
2009年(平成21年)6月29日にマイカルや隣接した商店などの地権者で構成する「会津若松駅前地区再開発協議会」が発足して後李の利用方法の検討を行い[337]、大型店が撤退後に跡地を売却せずに地元側とまちづくりに乗り出すのは全国的にも珍しい取り組みとして注目を集めていた[338] が、協議が難航したため2012年(平成24年)2月に結論が出ないまま協議会が解散となって跡地利用は宙に浮いた状態となった[339]
現在は暫定でフレンドパーク(コインパーキング)になっているが土地はイオンリテール所有。

関東[編集]

茨城県[編集]

  • 下館サティ(筑西市丙360、1991年(平成3年)5月開業[199][340] - 2002年(平成14年)8月末閉店[341]
売場面積10,000m2[199]
1991年(平成3年)5月に[340]水戸線真岡鐵道関東鉄道常総線のターミナルである[342] 下館駅北口の駅前市街地再開発事業で建設された[343]下館SPICAの核店舗として開業したが[342]、2002年(平成14年)8月末に閉店した[341]
店舗跡には2003年(平成15年)7月にエコスや長崎屋などが出店する下館SPICAが再開業したが[344]、2006年(平成18年)1月16日にエコスが閉店した[342]
2006年(平成18年)1月16日にエコスが閉店したため[342]、エコスの後継店舗として農協を含む食品スーパーの招致を進めたが[344]、売り上げ不振が続いて2007年(平成19年)にサントマト[343]、2008年(平成20年)にエイムと撤退が相次ぎ[343]、2007年(平成19年)に3階と4階を筑西市役所分庁舎として借り上げる状況となり[343]、最盛期に約40店舗あったテナントが2009年(平成21年)4月9日現在で12店舗に減少して核店舗もない状態になった[343]
市役所本庁舎の老朽化などにより、2017年(平成29年)2月に本庁舎機能がSPICAへ移転してきた[345]
  • 境サティ(猿島郡境町松岡町122、1996年(平成8年)11月15日開業 - 2008年(平成20年)1月9日閉店[広報 19]
閉店時の直営店舗面積約6,630m2[広報 19]
2008年(平成20年)4月24日にエコス境SC店[346]などが出店するT-PLACE[347]が開業している。

栃木県[編集]

  • 大田原サティ×(大田原市山の手2丁目15−29、1993年(平成5年)開業 - 2003年(平成15年)10月閉店[348]
1979年(昭和54年)、東野鉄道大田原駅跡地にアイアイタウン・エドヤとして開店。1993年(平成5年)に大田原サティとなり、2003年(平成15年)10月に閉店[348]。その後、2004年(平成16年)6月9日には、スーパーセンター・トライアル大田原店が開店したが[348]、2014年(平成27年)5月に閉店。その後建物は利活用されていなかったが、2019年(令和元年)6月にクスリのアオキ山の手店が解体後の跡地に開店した。

群馬県[編集]

  • ニチイ前橋店(前橋市千代田町4-11[349]、1972年(昭和47年)10月開業[350] - 閉店時期不明)
売場面積8,956m2で、郡部出身者が好んで利用する店舗であった[351]
店舗跡の建物は2000年(平成12年)に解体されて駐車場になった[352]
1993年(平成5年)10月20日に同じ前橋市内に前橋サティが開業したが[56]、2010年(平成22年)10月17日に閉店した[353]
  • ニチイ伊勢崎店(伊勢崎市大手町11[349]、1970年(昭和45年)10月開業[350] - 1984年(昭和59年)2月12日閉店[354]
売場面積6,735m2[350]
群馬県館林市に本拠を置くとりせんと提携して出店していた[354][355]
ショッピングセンター・ラブは店舗面積約18,134m2[232]、延べ床面積約25,368m2[232]
ニチイ太田高林店は店舗面積約8,368m2[281]
ショッピングセンター・ラブの核店舗のニチイとして開店[358]、サティへ転換した後、2002年(平成14年)3月に契約解除の通知を行って閉店[357]。閉店後、フレッセイ等が出店したが[359]2007年(平成19年)5月15日に撤退。後続テナントに丸鮮市場が出店するも、2013年(平成25年)9月25日にSCが閉店[要出典]
跡地にケーズデンキ太田店[要出典]
  • 沼田サティ(沼田市下之町886[360]、1993年(平成5年)4月16日開業[361] - 2002年(平成14年)8月閉店[362]
沼田市の市街地再開発事業に三井生命保険が参画して建設された[340]、再開発ビルグリーンベル21の核店舗として売場面積8,800m2で開業した[361]が、2002年(平成14年)8月に閉店[362]。「グリーンベル21」には当店の他に開業時で専門店46店が入居していたほか、当店の入る商業棟以外に立体駐車場や沼田市立図書館の入るビルがあり、それら各館と空中歩廊を用いて連絡する構造となっていた[363]
閉店後、2002年(平成14年)に沼田の観光宣伝と当施設の運営支援を兼ねて地元の物産販売や観光案内のほか沼田市内の伝統工芸士の作品展示などを行う「沼田ふるさと館」を5階に入居させ[364]、店舗跡に核店舗となる大型店を招致するため改造費の2分の1や賃貸料の2分の1を沼田市が助成する「グリーンベル21出店促進条例」を施行してサンバード長崎屋[365] や2002年(平成14年)11月に開業したAコープ群馬を新たな核店舗とするグリーンベル21としての営業を続けた[366]。しかし、2008年(平成20年)5月にサンバード長崎屋[362]、2010年(平成22年)5月にAコープも撤退し[362][367]、「沼田ふるさと館」も2012年(平成24年)3月31日で閉鎖されるなど他のテナントの撤退も相次いだ[364]。その結果、2012年(平成24年)4月初めの時点で4階は完全に閉鎖、5階は沼田エフエム放送のみ1~3階も大半が空き店舗となった[364]
2014年(平成26年)2月までにすべての小売店が撤退し[368]、2015年(平成27年)1月に沼田市は施設全体を取得したと発表し[369][370]、2015年(平成27年)7月末までに沼田エフエム放送(FM OZE)も移転して全テナントが退去することになった[371]
高崎駅西口前に「ニチイ高崎店」として開店し、1987年(昭和62年)3月に初代高崎サティに業態転換[372][373]、1996年(平成8年)3月に高崎ビブレに業態転換した[372]
当店跡地と周辺敷地と合わせた敷地には高崎オーパが出店された[広報 20][広報 21]
イオンモール高崎にある2代目の高崎サティ(後のイオン高崎店、現イオンスタイル高崎)とは異なる。
店舗面積約7,721m2(うち直営店舗面積約6,430m2)、延べ床面積約14,175m2[12]
閉店時の直営店舗面積約5,600m2[334]
ニチイ渋川店として開業し、1995年(平成7年)10月にサティへ転換[377]
JR渋川駅に近い中心市街地に出店していたが、郊外へのスーパーなどの進出による競争激化や中心市街地の衰退を受けて[378]2009年(平成21年)7月31日に閉店し[376]、パワーセンターうおかつ[376]などが出店する渋川ショッピングプラザとなったが、2016年6月をもって完全閉鎖し、建物は解体されている[377]。跡地には2017年(平成29年)11月22日に食品スーパーベルク渋川店とコインランドリーが開業した[377]
店舗面積約21,707m2(うち直営店舗面積約17,205m2[3]、延べ床面積約63,377m2[3]
地上6階建てで、1階から3階に売り場を持ち、他の階は駐車場という開業時点では群馬県内最大の大型店であった[382]
近隣に競合する大型商業施設の開業が相次いだことなどの影響により、売上高が最盛期の約40%にまで落ち込んだことから閉店となった[383]
閉店時の直営店舗面積約17,500m2[381]
閉店後の店舗跡の活用については大家であるグンゼグループが2011年(平成23年)6月に自社の中期経営計画で改装して商業施設として再生する方針を明記してテナント招致などを進め[384]、2011年(平成23年)12月にスーパーのカスミ(1,709m2[385] やブックオフ[386] などが出店する前橋リリカとして2011年(平成23年)12月8日に新装開業した[387][385]

埼玉県[編集]

旧中山道に面した旧尾張屋の店舗で、尾張屋時代から通算では約70年間営業した[390]
売場面積1,143m2[247]
  • ニチイ蕨店(蕨市中央3-20[391]、1967年(昭和42年)10月20日開業[391] - 1990年代前半閉店)
店舗面積1,089m2[391]
旧・尾張屋[392]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「マルエツ蕨店」が入居している。[要出典]
売場面積1,716m2[247]
旧・尾張屋[393]
  • ニチイ川越店(川越市新富町1-1[349](現川越市新富町1-9-1)、1962年(昭和37年)11月27日開店[394] - ?閉店)
店舗面積4,332m2[395]、駐車場50台[395]
旧尾張屋の店舗[396]
営業当時の建物は現存せず、現在は健康ランドとシティホテルの「川越温泉湯遊ランド・ホテル三光」になっている。[要出典]
  • ニチイ志木店(志木市、1969年(昭和46年)10月開店[397]
尾張屋志木店として志木駅南口に開業した[397]
  • ニチイ熊谷店(熊谷市筑波町2-66[349]、1971年(昭和46年)10月29日開店[260] - 1992年(平成4年)閉店[398]
駅前西側に出店していた[399]
売場面積3,405m2[247]
同じ熊谷市内に2000年(平成12年)11月16日に熊谷サティ(現イオン熊谷店)が開業した[27]
旧・尾張屋[400]
  • ニチイ行田店(行田市中央12-1[349]、1975年(昭和50年)11月開店[401] - 1994年11月末閉店)
売場面積3,741m2[247]
閉店後は解体され、現在は「セレネホール行田」。[要出典]
  • 武蔵浦和サティ食品館×(さいたま市南区沼影1-8、1995年(平成7年)10月6日開店[402] - 2000年(平成12年)閉店)
売場面積1,956m2[199]
  • 春日部サティ✩×(春日部市粕壁富士見町4371[260]、1970年(昭和45年)11月1日開店[260] - 2001年8月19日閉店[広報 18]
旧ニチイ春日部店。旧尾張屋と折半出資で設立した東京エーゼットの春日部ショッピングセンターの核店舗として開業[260]。1996年(平成8年)にサティへと業態転換[広報 22]
店舗面積約5,070m2[232]、延べ床面積約7,885m2[232]
  • 三郷サティ✩(三郷市三郷1丁目6−3、1978年(昭和53年)12月1日開店[56] - 2005年(平成17年)6月30日閉店[広報 23]
閉店時の直営店舗面積約7,991m2[広報 23]
2005年(平成17年)11月23日に食品スーパーのカスミフードスクエア三郷駅前店を核店舗とする[403]「ワオシティ三郷[56]」としてリニューアルしたが、2021年(令和3年)2月21日に閉店し、建物は解体されている。
  • 本庄サティ✩×(本庄市駅南1丁目2-1、1972年(昭和47年)9月開業[281] - 閉店時期不明)
ニチイ本庄店は店舗面積約5,283m2[281]
ニチイ本庄店として開業、1997年(平成9年)6月27日に本庄サティ業態転換[404]
店舗跡には本庄BLALAが出店したが、2016年8月をもって完全閉鎖し、建物は解体されている。
  • 岩槻サティ(さいたま市岩槻区本町3丁目2-5、1996年(平成8年)3月8日開業[405] - 2010年(平成22年)3月7日閉店[381][406]
店舗面積約18,337m2(うち直営店舗面積約13,213m2[232]、延べ床面積約35,140m2[232]
閉店時の直営店舗面積約12,676m2[381]
東武野田線岩槻駅前の再開発ビル「ワッツ東館」[407]の核店舗として1996年(平成8年)3月8日に開店したが[408]、近隣の大型店などとの競争激化で赤字が続いたため2010年(平成22年)3月7日に閉店した[406][407]
2010年(平成22年)6月にマルエツと専門店が開業[407]。住民からの反対運動があったが[407]、2012年(平成24年)1月4日に保健センターや教育相談室などを併設したさいたま市岩槻区役所が3階と4階に移転して開業した[409]

東京都[編集]

  • ニチイ中板橋店(1970年(昭和45年)3月1日開業 - 1981年(昭和56年)閉店[410]板橋区中板橋16-10[349]
売場面積457m2[247]
スーパーマーケット「よしや中板橋店」の2階部分に出店していた。[要出典]
ニチイ閉店後も、1階部分は現在も「よしやセーヌ中板橋本店」として営業しており、ニチイが入居していた2階部分には100円ショップのダイソーが入居している。[要出典]
  • ニチイ仲宿店(1969年(昭和44年)11月開業 - 1981年(昭和56年)[410])板橋区中宿43-6[349]
売場面積371m2[247]
スーパーマーケット「よしや仲宿店」の2階部分に出店していた。[要出典]
ニチイ閉店後も、1階部分は現在も「よしやセーヌ仲宿店」として営業しており、ニチイが入居していた2階部分には100円ショップのキャンドゥが入居している。[要出典]
売場面積570m2[247]
ビブレ4店目となる「原宿ビブレ21」として開業[413]。地下1階・地上5階建てで店舗面積は約3,830m2[413]
開業当時は、4階が当時ニチイ・グループであったピープルが運営する会員制スポーツクラブのエグザスと美容室があり、5階にはテラス・レストランとレコーディング・スタジオを入居させるなど、店舗面積のうち約40%を非物販に当てていた[413]
2000年(平成12年)11月に三菱商事へ売却された[414]。跡地は「エスキス表参道」→「ジャイル」
  • 自由ヶ丘サティ食品館✩×(目黒区緑が丘2丁目17−9、1969年(昭和44年)3月開業 - 2001年(平成13年)8月閉店[広報 22]
ニチイ自由ケ丘店として開業[132]、1996年(平成8年)4月18日にサティ食品館として開業した[広報 22]
店舗面積約1,693m2[232]
店舗面積約9,376m2[199]
ニチイ清瀬店として開業し、1996年(平成8年)3月23日にサティへと業態転換した[415]
清瀬駅南口の一画に出店していた[38]。清瀬サティ時代はマツモト電器が入居。跡地はマンション「アイラシティ」清瀬。

神奈川県[編集]

  • 神奈川Nマート平塚店(平塚市明石町21-12[417]、1978年(昭和53年)10月1日開店[418]
    小田急商事と共同出資で設立した神奈川Nマートの第1号店として出店したもので、小田急OXが食品売り場を約500坪で出店し、ニチイが衣料品売り場を約1,000坪で出店する店舗形態であった[418]
  • 神奈川Nマート秦野店(秦野市今川町1-7[419]、1978年(昭和53年)10月29日開店[418]
店舗面積約10,878m2[199]
ニチイ大船店として開業。1996年(平成8年)10月24日にサティへ業態転換した[420]
閉店後の建物はそのまま、ヤマダ電機LABI大船やライフ等が入居する商業ビル「Oh!Plaza(オー!プラッザ)」が2002年(平成14年)4月23日に開業[421][422]したが、大船駅前の大型再開発事業の進行に伴い、2017年(平成29年)4月16日に閉館した。
Oh!Plaza閉館後の建物は解体され、跡地には大型商業施設「GRAND SHIP(グランシップ)」が2021年(令和3年)2月に開業し、ヤマダ電機やライフが再出店した。
  • 辻堂サティ✩(藤沢市辻堂新町1丁目6−35、1984年(昭和59年)9月19日開業[423] - 2003年(平成15年)2月末閉店[424]
ニチイ辻堂ショッピングデパートとして開業[423]。1995年(平成7年)10月21日に辻堂サティに業態転換し、100店舗目のサティとなった[425]
店舗面積約7,549m2[199]
  • 小田原ビブレ(小田原市栄町2-9−33、1972年(昭和47年)11月開業[426] - 1999年(平成11年)8月31日閉店)
1972年(昭和47年)11月に「小田原ショッピングデパート」として開業[426]したが、1999年(平成11年)8月31日閉店。
店舗跡には、2000年(平成12年)4月27日にアプリ小田原が開店した[427]
  • 相模大塚サティ食品館(大和市上草柳187−2、1996年(平成8年)9月26日開業[428] - 2001年(平成13年)1月閉店[429]
開店のほぼ1週間前の1996年(平成8年)9月19日に隣接地に長崎屋ホームセンターが開店していたため[430]、同店との買いまわりによる相乗効果を狙って食品や実用医療などの生活必需品をそろえた食品スーパーとして開業した[431]
店舗跡には2001年(平成13年)10月19日にいなげや大和相模大塚店が開業した[429]
  • 本牧ビブレ(横浜市中区本牧原19−1)
1989年(平成元年)4月30日に本牧ネビュラとして開業[56]在日米軍が接収していた米軍住宅跡地[65] に建設されたマイカル本牧に出店していた。

甲信越[編集]

山梨県[編集]

延べ床面積約4,111m2[432]、店舗面積約3,658m2[432]

長野県[編集]

店舗面積約11,136m2、延べ床面積約21,618m2[232]
人口約25,000人の豊科町に開業させた豊科サティが周辺地域から需要を吸収して売上を順調に伸ばしたことを受け、独自の商圏で高いシェアを確保することを目指して1998年(平成10年)4月17日に開店した[106]が、マイカルの再建策の一環として2002年(平成14年)に7月24日に閉店が発表され[435]、2003年(平成15年)2月28日に閉店した[433]
店舗跡地は商業施設ときめきの街として営業している[434]
2001年(平成13年)に辰野町が当店を核とする開発計画を当店東側の辰野町開発公社所有の国営林署跡地で計画していたが、当店の閉店により実現しなかった[434]

新潟県[編集]

店舗面積約9,536m2[232]、延べ床面積約15,995m2[232]
1981年(昭和56年)10月29日にファミリーデパート江口屋として開店。ファミリーデパート豊栄店へのリブランドを経て、1991年(平成3年)6月27日[437]サティへ転換。
2002年(平成14年)1月28日に閉店が発表され[435]、2003年(平成15年)2月28日に閉店した[436]
老朽化のため店舗施設を撤去して更地化され、2010年(平成22年)2月20日にウオロク葛塚店が開店[438]
  • 上越サティ☆(新井市栗原字水久保680[439](現:妙高市栗原4-7−11)、2002年(平成14年)8月31日閉店[440]
店舗面積約7,288m2[232]
2002年の閉店までは核テナント「サティ」と専門店「COA」が同じ建物内で営業していた。マイカル破綻後の2002年(平成14年)1月28日、収益改善が見込めないとして閉店が発表され[441]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[440]
閉店した8月末時点で後継店舗の招致が大詰めとされていた[440] が、2008年(平成20年)にようやく新井ショッピングセンターCOAとしての再出発が決まった[442]
  • 糸魚川サティ×(糸魚川市横町5丁目6-77、1985年(昭和60年)3月29日開業[443] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[440]
店舗面積約6,321m2[232]
1985年3月29日に西頚城地域で初の郊外型SC『糸魚川ショッピングセンター アイビス』として開店[443]。店舗名はその後ニチイ→サティと変遷した。新潟ニチイ→マイカル新潟が経営する店舗だったが1999年(平成11年)3月1日にマイカル北陸へ移管されて改装された[444]
マイカルの破綻後の2002年(平成14年)1月28日に収益改善が見込めないとして閉店が発表され[441]、次の核店舗が見つかるまでの営業存続をテナントの専門店の経営者らが要請したが受け入れられず[445]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[440]
閉店後の跡地を糸魚川市が予算を用意して買収する準備を進めていた[440] が、2003年(平成15年)にマイカルが民間企業に売却したため糸魚川市による買収は実現せず[446]、建物解体の上で2009年(平成21年)にスーパーマーケットのイチコが出店することになった[442]
店舗面積約5,874m2[232]、延べ床面積約11,178m2[232]
1980年(昭和55年)3月7日にファミリーデパート中条として開店[447]、1995年(平成7年)3月1日に中条サティに業態転換、2003年(平成15年)6月30日閉店[439]村上市のスーパー「エノモト」が入居したが2010年(平成22年)閉店。建物は2012年解体[要出典]
跡地には、2013年4月11日にケーズデンキ胎内店(北越ケーズ運営)が出店している[448]
店舗面積約4,735m2[449]、鉄骨造り平屋建て・延べ床面積約5,525m2[449]
店舗面積約2,000m2[232]
JR亀田駅前に出店していた[451]
吉田町に本店を置き、西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)や分水町(現:燕市)に店舗を持っていた衣料品店サクライと同じく吉田町中心部で食品スーパーを運営していた主婦の店サイトーが核となったファミリーデパートよしだとして開店。その後吉田ニチイへの店名変更を経てサティにリブランド。2000年閉店。

北陸[編集]

富山県[編集]

  • 黒部サティ×(黒部市[452]前沢1017-4 、1997年(平成9年)8月27日開業[452] - 2003年(平成15年)6月30日閉店[453][454]
店舗面積約13,657m2[232]、延べ床面積約19,869m2[232]。当初は1995年秋のオープンを目指していた[455]
直営店舗面積約8,000m2で1998年(平成10年)度は売上高約36.38億円を上げたが、アピタ魚津店の進出などで2001年(平成13年)度は売上高約27.27億円まで低迷したため閉店した[453]。跡地はユニーが買収して[456] 2004年(平成16年)4月17日にアピタ黒部店を開業[457] するも、2017年(平成29年)8月20日を以て閉店。なお、跡地の入居者は2017年7月21日の時点で2、3社と入居の協議がされていた[458][459] が、2017年10月24日にPLANTが同店舗跡地に出店を検討していることが明らかになった[460] が、最終的に店舗は2019年(平成31年/令和元年)までに解体された[461]。跡地は2022年(令和4年)7月22日アルビス黒部店が[462]、同年9月22日ナフコ黒部店がそれぞれオープンした[463]
なお、これ以前にもニチイ北陸1号店となる見通しであった[464]『黒部マイカルタウン』(仮称)の出店計画が存在していた。前沢地区に敷地面積約50,000m2に建物床面積72,700m2(うち物販26,000m2)の店舗を1991年8月に着工、1992年6月にオープンを目指していたが、一部用地について地権者との同意が得られず、出店を断念すると1990年10月19日までに発表した[465]
  • 砺波サティ食品館×(砺波市三島町11−28、1997年(平成9年)4月28日開業[466] → 2001年(平成13年)4月10日閉店[450]
日本製麻工場跡地にて開店[467]。鉄骨平屋建て延べ4,290m2、店舗面積3,277m2。駐車場は屋上部分の170台を含めて400台分を確保。隣接地には多目的ホール『ニチマ倶楽部 ザ・ホール』もオープンしていた。不況と全国的なスーパー間の競争が激化したため閉店[468]
跡地に、2003年(平成15年)2月14日にヤマダ電機テックランド砺波店が開業[469]
1993年(平成5年)10月に北陸ニチイがワーナー・マイカル・シネマズ高岡を併設した富山県内最大級の売り場面積を誇るショッピングセンターとして開業し[470]、1996年(平成8年)に3階を増床してテナント数を増やして1997年(平成9年)2月期には売上高108億円を上げ[470]、1999年(平成11年)に300メートル離れた場所にあったダイエーを閉店に追い込むほどの影響を高岡の商業界に与えた[472]
2001年(平成13年)3月にマイカル直営店になったものの半年後にマイカルが経営破綻してイオンの傘下に入ったが[470]、そのイオンが2002年(平成14年)9月にわずか1.5キロ南に当店を上回るイオン高岡ショッピングセンター(現イオンモール高岡)を開店するなどして当店の経営を圧迫し[470]、2001年(平成13年)度以降赤字状態が続き[470]、2008年(平成20年)2月期に売上高がピーク時の約3分の1に当たる37億円へ落ち込んで[471] 収益改善の見通しが立たないとして[472] 2009年(平成21年)1月12日に閉店した[471]
店舗跡は2010年(平成22年)末から建物を解体し[473]、2011年(平成23年)11月22日にホームセンタームサシが開業している[474]
当店閉店後に高岡市の中心市街地に生鮮食品を扱う大型店がなくなって周辺住民の生活にも影響が出ていたため[475]、マルワフードの食品スーパー新鮮市場がムサシに併設されて2011年(平成23年)11月21日に開店している[474]

福井県[編集]

  • 春江サティ食品館・おしゃれ生活館(坂井市春江町江留下高道113−3・春江ハロータウン内、1991年(平成3年)11月開業[476] - 2001年(平成13年)4月5日閉店[476]
店舗面積約4,218m2[232]
店舗跡はビッグベリーマーケットながすぎ)春江店、ホリタ文具春江店[独自研究?]
  • 芦原サティ食品館・おしゃれ生活館(あわら市舟津46−30−1・芦原ハロータウン内[232]、2000年(平成12年)8月28日に閉店[477]
芦原ハロータウンの店舗面積約4,294m2[232]、延べ床面積約5,367m2[232]
1976年(昭和51年)に開業した福進チェーン(後に解散)のショッピングセンター「芦原ハロータウン」[478]に出店していた[232]
店舗跡はビッグベリーマーケット(ながすぎ)芦原店、あわらハロータウン(ハローおしゃれ館、100円ショップポピアあわら店)[独自研究?]

東海[編集]

岐阜県[編集]

  • 関サティ食品館(FC) [479]関市市平賀字鹿塚88[480]、1995年(平成7年)9月20日開業[481]
店舗面積約6,081m2[482]、鉄骨造り平屋建て・延べ床面積約8,382m2[482]
2002年(平成14年)3月7日 三起屋関食品館[483] → 2002年(平成14年)3月7日に改装してバロー関ひがし店を開業[483]
店舗面積約8,371m2[232]、延べ床面積約13,685m2[232]
関・土岐の2店舗は、マイカルグループから離脱し、2001年(平成13年)にバローグループ入りした岐東ファミリーデパートが現在も運営[479]
  • 羽島サティ(羽島市小熊町島1-46、1981年(昭和56年)9月1日開業[485] - 2001年(平成13年)1月31日閉店[486][広報 18]
2002年(平成14年)にトミダヤが買収して[487]羽島Wing151として開業。
店舗面積約10,220m2、延べ床面積約16,201m2[232]

静岡県[編集]

  • 神奈川Nマート幸原店(三島市幸原町1-8[419]、1978年(昭和53年)10月19日開店[418][419]
    小田急商事と共同出資で設立した神奈川Nマートとして出店したもので[418]、東海ストアと共同出店していた[419]
  • ニチイ沼津店(沼津市三枚橋上ノ段664-3[349](現沼津市大手町1-1-3)、1970年(昭和46年)12月開店[488] - 1995年(平成7年)2月閉店[488][489]
沼津駅南口前の[489]中心街の一角に出店していた[490]現在は沼津商連会館ビルとなっている。[要出典]
売場面積3,473m2[247]
  • ニチイ富士店(富士市平垣270-10[491]、1971年(昭和46年)5月2日開店[491] - 1990年閉店)
富士ショッピングセンターパピーの核テナントとして2階から5階に出店していた衣料品店[492]。地階の食品売り場は当初、静岡鉄道の関連企業ファミリーストアが担当していたが1979年(昭和54年)に撤退[492]、後継としてシズオカヤが出店したが[492]、ニチイと同じ年に閉店した。
  • ニチイ浜松店(浜松市千歳町91[349]、1969年(昭和44年)9月30日開店[493] - 閉店時期不明)
浜松駅近くのモール街と呼ばれる商店街の一角に出店していた[494]
売場面積5,903m2[247]
  • ニチイ宮竹店(浜松市[495]、1979年(昭和54年)10月開店[496] - 1997年(平成9年)3月31日閉店[495]
売場面積9,322m2[496]
跡地に後継店として宮竹サティを開業[199]
店舗面積約10,878m2[199]
ニチイ宮竹店を1997年(平成9年)3月31日に閉店した[495] ことに伴う後継店として、1979年(昭和54年)10月に開業[199]
店舗跡は改装されて浜松プラザウエストとなったが閉店し、2015年(平成27年)10月に解体されることになった[498]跡地には2017年にユニクロやGUなど複数の店舗が独立した建物で相次ぎオープンした。[独自研究?]

愛知県[編集]

店舗面積約16,020m2[199]
1995年(平成7年)4月26日に名古屋鉄道豊田市駅東地区市街地再開発事業で建設された再開発ビル「GAZA」の核店舗として開店した愛知県下初出店の店舗だった[499]
1970年代から郊外地域にユニーやジャスコ、トヨタ生協が本部店を立地していて既存店舗間による競争があるところに出店したため、売上高は約60億円に留まって豊田市内の総売上高に占めるシェアも約20%に留まった[501]
店舗跡は1階にはトヨタ生協メグリアセントレとして入居[500]2階・3階は専門店街が移転して営業している。残りのフロアはオフィスビル化されている。このフロアへのエスカレーター・エレベータは使用できなくなっている。[独自研究?]

三重県[編集]

ショッビングセンターアイリス(延べ床面積22,244m2、売り場面積12,314m2)の核店舗として衣料品の店舗として出店していた[503]
1998年(平成10年)10月23日に鈴鹿サティが開店したが[504]、2002年(平成14年)8月31日に閉店した[505]
  • ニューフジヤ店(上野市(現・伊賀市)、1971年(昭和46年)3月20日新装開店[260] - ?閉店)
    1971年(昭和46年)に地場資本のスーパーを系列化して出店した[501]
  • 上野店(上野市中町[502]2976−1(現伊賀市上野中町)、1977年(昭和51年)5月開店[507] - 1996年(平成8年)2月閉店[508]
    売場面積4,356m2[502]
    上野市の中心である中町商店街にあった[507]鉄骨造り地上5階建てで店舗面積4,356m2の店舗で隣にあった1971年(昭和46年)開店のジャスコ上野店と共に商店街の核となっていた[509]
    閉店後の建物はそのまま、伊賀市に売却され「上野ふれあいプラザ」として利用されていたが、市内の福祉機能を伊賀市総合福祉会館内に複合化したため、2020年3月末をもって閉鎖された。[要出典]
    閉鎖後も建物が残されており、2021年10月より旧上野ふれあいプラザの売却先の募集を行っている。[要出典]
2004年(平成16年)10月22日にアピタ鈴鹿店(現:MEGAドン・キホーテUNY鈴鹿店)を開業[511]
シネマコンプレックスワーナー・マイカル・シネマズ鈴鹿」(7スクリーン、計1,014席)やボウリング場「パームボウル」を併設していた[512]。ワーナー・マイカル・シネマズはイオンモール鈴鹿へ移転。

近畿[編集]

滋賀県[編集]

マイカルによる地元自治体と組んだ駅周辺の都市開発プロジェクトの先駆けとして[516]JR栗東駅前に駅と2階部分がペデストリアンデッキでつながる建物内に[514] 1998年(平成10年)3月20日に開店した[513] が、イオンの岡田元也社長が会社更生手続きの事業管財人となった後の2002年(平成14年)7月24日に追加の閉鎖店舗の一つとして記者会見で発表され[435]2003年(平成15年)2月末に閉店した[514]
閉店後、店舗を改装した上で2003年(平成15年)4月25日にアル・プラザ栗東が開業[514][517]

京都府[編集]

  • ニチイ四条高倉店(京都市中京区高倉通蛸薬師下ル貝屋町[518]、1965年(昭和40年)4月29日開業[518] - 閉店時期不明)
  • ニチイ西新道店(中京区壬生森ノ前町14-1[519]1969年(昭和44年)6月27日開業[519] - 閉店時期不明)
売場面積606m2[519]
  • ニチイ出町店(京都市上京区河原町今出川寺町東入ル一真町1-73[518]、1967年(昭和42年)9月23日開業[518] - 閉店時期不明)
売場面積172m2[247]
  • ニチイ千本店(京都市上京区千本寺ノ内上ル[349]、1958年(昭和33年)8月開業[518] - 閉店時期不明)
売場面積106m2[247]
  • ニチイ島原店(京都市下京区松屋町花屋長下ル[518]、1953年(昭和28年)4月開業[518] - 閉店時期不明)
  • ニチイ東山店(京都市東山区東山三条東入ル分木町[349]、1959年(昭和34年)4月開業[520] - 閉店時期不明)
古川町商店街に出店していた[520]
売場面積169m2[247]
  • (初代)ニチイ伏見店(伏見区南部町60[520]、1967年(昭和42年)6月1日開店[520] - 閉店日不明)
  • ニチイ洛南店(南区明田町18[519]1969年(昭和44年)5月17日開業[519] - 閉店時期不明)
売場面積400m2[519]
  • 長岡サティ✩×(長岡京市[281]開田2丁目1-1、1971年(昭和46年)7月開業 - 1998年(平成10年)閉店)
店舗面積約2,504m2[281]
閉店後の建物はそのまま、「エピコット長岡」として利用され、衣料品チェーンのオンセンドや、100円ショップのシルク等が入居していたが、2019年7月をもって閉鎖された。[独自研究?]
1階にマツダ系列のディーラー「ユーノス」とイタリアンレストラン「ラ・ヴィータ」、2階に輸入家具などの店舗を設けていた[521]
現在は、結婚式場のアイネスヴィラノッツェ宝ヶ池。[独自研究?]
  • 桂サティ✩×(京都市西京区川島有栖川町13、1970年(昭和45年)6月開店[199] - 2002年(平成14年)4月11日閉店)
店舗面積約2,373m2[199]。(ニチイ桂店時の売場面積1,085m2[524]。)
旧ニチイ桂店。サティ転換後は、ポロロッカ食品館を併設する業態をとっていた。
2001年(平成13年)7月末に契約していた駐車場の一部の閉鎖による収容台数の減少が2001年(平成13年)9月25日の京都市大規模小売店舗立地審議会で認められたが、その際には民事再生法適用申請後であったためそのことの審議への影響について委員から質問が出ている[525]
閉店後の建物はそのまま、「KATSURA Fマートビル」として利用され、スーパーマーケット「Fマート桂店」等が入居していたが、後に閉店。現在は解体され、跡地に「ダックス西京桂駅西口店」が2021年7月22日に開業した。[独自研究?]
  • 京都花園サティ✩×(京都市右京区太秦安井藤ノ木町16[349]、1961年(昭和36年)5月開業[199] - 2001年(平成13年)8月19日閉店[416]
売場面積598m2[199]
1996年(平成8年)9月にはニチイからサティへ業態転換。[要出典]
マイカルナック商事の経営であった。清水ママセンター破綻後出店、閉鎖後は解体。[独自研究?]
  • 八幡サティ✩(八幡市八幡源氏垣外14、1983年(昭和58年)6月開業[199] - 2007年(平成19年)11月12日閉店[広報 19]
店舗面積約5,761m2[199]、閉店時の直営店舗面積約5,940m2[広報 19]
小売市場である「八幡市場」に隣接する八幡ショッピングセンター(売場面積約7,331m2)の核店舗として売場面積約5,761m2で「ニチイ八幡店」として出店した[501]
当地は核店舗として平和堂が出店する計画が進んでいた場所であったが、調整の結果ニチイが選ばれて出店した[501]
店舗跡は商業施設「ファミレ八幡」となり、2008年(平成20年)8月8日に1階にコノミヤ八幡店が出店[526]。その後2023年(令和5年)7月5日にコノミヤ八幡店が閉店[527]、2023年(令和5年)9月28日にコノミヤ八幡店跡地にKOHYO八幡店が出店した[528]
  • 新大宮サティ✩(京都市北区紫竹西高縄町2[349](現:京都市北区紫竹西高縄町8)、1969年(昭和44年)11月1日開業[529] - 2001年(平成13年)閉店)
売場面積777m2[247]
旧ニチイ新大宮店で、衣料品のみの取り扱いであった。[要出典]
上友ビルに出店していた。[要出典]
閉店後の建物はそのまま、100円ショップのキャンドゥや、衣料品チェーンのオンセンドが入居している。[独自研究?]
  • 三条サティ(京都市中京区三条通神泉苑角[349](現:京都市中京区上瓦町53)、1962年(昭和37年)12月開業[530] - 閉店時期不明)
売場面積323m2[247]
  • 河原町ビブレ☆×(1970年(昭和45年)10月開業[531] - 1983年(昭和58年)4月に河原町ビブレ21に業態転換[413] - 2010年(平成22年)7月末閉店[532][533])京都市中京区裏寺町595
ニチイ発祥店舗の1つ「ヤマト小林商店」跡地であり、店舗名としてはニチイ河原町店[413]→河原町ビブレ21[413]→河原町ビブレ[532]という変遷となっている。
地上6階、地下1階で売り場面積は約7,000m2[532][534]。「ニチイ」として開業した当時から衣料品専門の店舗であった[532]
2003年(平成15年)1月29日にロフトを1階から5階までの核店舗として新装開店し[534][535]、閉店時には直営は地下1階の衣料品だけとなっていた[532]。ロフトは市内移転。
店舗跡には1階部分に店舗が入居する地上11階・地下1階建てのマンション建設計画を不動産会社が立て、2015年(平成27年)12月に竣工したが、地元の商店街などは建設に反対していた[533]

大阪府[編集]

大阪市[編集]
  • ニチイ天神橋筋店(北区天神橋筋4-32[349][536]、1950年(昭和25年)3月1日開業[536] - 1994年(平成6年)8月閉店)
旧「セルフハトヤ」創業の地。
閉店後の建物はそのまま、子会社のマックロードへ移管され「マックロード天神橋店」となるも、後に閉店。[要出典]
売場面積1,382m2[537]
  • ニチイ梅田店(北区曾根崎中1-48[538]
売場面積965m2[538]
  • ニチイ千日前店(南区(現中央区)千日前2-10−1、1967年(昭和42年)3月1日開業[536] - 1972年(昭和47年)5月13日閉店[539]
千日デパートビル3〜4階に出店していたが、改装工事中の売り場での火の不始末から燃え広がった火災により閉店となった[539]
売場面積2,640m2[540]
売場面積965m2[247]
  • ニチイ野田店(福島区中江町193[542]、1963年(昭和38年)4月25日開業[542] - ?閉店)
売場面積264m2[542]
  • ニューニチイ十三店(東淀川区十三西之町2-89-4[541]、1960年(昭和35年)9月開店[541]-?閉店)
売場面積1,570m2[541]
  • ニチイ駒川店別館(東淀川区駒川町8-34[536]、1959年(昭和34年)4月10日開店[536] - 閉店時期不明)
売場面積679m2[543]
  • ニチイ駒川店新館(東淀川区駒川町8-47-1[536]、1966年(昭和41年)7月1日開店[536] - 閉店時期不明)
売場面積1,560m2[543]
  • ニチイ生野店(生野区林寺1-5-8[349][544]、1966年(昭和41年)10月21日開店[545] - 2001年(平成13年)閉店)
売場面積1,658m2[247]
1974年(昭和49年)1月29日に火災が発生し、1,187m2を焼失した[544]
閉店後の建物はそのまま、大幅に改装され「大林寺病院」として利用されていたが、後に閉院。[要出典]
現在は解体され、2019年12月に11階建てのマンション「グランデュール林寺」が竣工した。[要出典]
  • ニチイ九条店(西区九条2-7-15[349]、開業時期不明 - 閉店時期不明)
売場面積646m2[247]
  • ニチイ港店(港区八幡屋1-13-16[349][537]、1968年(昭和43年)3月29日開店[537] - 閉店時期不明)
売場面積384m2[247]
  • ニチイ泉尾店(大正区泉尾中町3-28[541]、1965年(昭和40年)9月25日開店[541] - 閉店時期不明)
売場面積439m2[541]
  • ニューニチイ安立店(住之江区安立町7-4[541]、1960年(昭和35年)3月25日開店[541] - 閉店時期不明)
売場面積148m2[541]
  • ニチイ安立店(住之江区安立町3-6-26[349]、開業時期不明 - 閉店時期不明)
売場面積1,110m2[247]
  • ニチイ粉浜店(住之江区粉浜2-13-8[349]、1956年(昭和31年)5月開店[536] - 閉店時期不明)
売場面積277m2[247]
  • ニチイ長居店(住吉区長居町中3-4-3[349]、1966年(昭和41年)開業[546] - 1990年(平成2年)2月17日閉店[546]
売場面積130m2[247]
  • ニチイ今里店(東成区大今里1-32-18[349]、1968年(昭和43年)9月27日開店[541] - ?閉店)
売場面積507m2[247]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「ビス進興 今里店」が入居している。[要出典]
  • 千林サティ✩×(大阪市旭区千林2丁目11−27[547]、1952年(昭和27年)3月開業[281] - 2002年(平成14年)3月閉店[548]
ニチイ千林店は店舗面積約5,502m2[281]
岡本常男が開いた旧「赤のれん」創業店[548]
1996年(平成8年)5月にサティへ業態転換。
店舗の規模が小さかったため、マイカル本体をサティやビブレを中心とした大型店舗の開発に特化するため中小型店をマイカルナック商事へ移管した際に当店も同社へ移管された[549]
  • 十三サティ✩(大阪市淀川区十三本町1-12-1[550]ショウキン第8ビル[232]、1967年(昭和42年)1月開業[232]
店舗面積約2,188m2[232]
ポロロッカ食品館を併設。
店舗の規模が小さかったため、マイカル本体をサティやビブレを中心とした大型店舗の開発に特化するため中小型店をマイカルナック商事へ移管した際に当店も同社へ移管された[549]
  • 四貫島サティ✩×(大阪市此花区四貫島宮居町5[551]、1969年(昭和44年)6月[552] - 2001年(平成13年)4月30日閉店[553]
売場面積1,258m2[524]
ニチイ四貫島店として開業。1996年(平成8年)にサティへ業態転換。
ポロロッカ食品館を併設
店舗の規模が小さかったため、マイカル本体をサティやビブレを中心とした大型店舗の開発に特化するため中小型店をマイカルナック商事へ移管した際に当店も同社へ移管された[549][553]
  • 駒川サティ✩×(大阪市東住吉区駒川5丁目23−9、1976年(昭和51年)4月開業[281] - 2002年(平成14年)閉店[554]
店舗面積約6,808m2[232]
1995年(平成7年)10月にサティへ業態転換。
大阪府南部[編集]
  • ニチイ堺店(堺市(現・堺市堺区)北瓦町1-3-15[555]、1968年(昭和43年)11月23日開店[260] - 1988年(昭和63年)12月閉店)
ニチイ初のショッビングセンターの店舗で[37]、敷地面積1,423m2[260]、延べ床面積6,229m2[260]、店舗面積4,678m2[260]
  • ニチイ鳳店(堺市(現・堺市西区)鳳東町3-265[349]、1971年(昭和46年)4月29日開店[556] - 閉店時期不明)
延べ床面積1,052m2[556]、売場面積約2,841m2[556](直営売場面積約5,692m2[556])。
1974年(昭和49年)2月に偽爆弾電話が掛けられた事件が発生した[557]
ニチイ営業当時、同建物に堺市農業組合(JA堺市)が入居していた。[要出典]
閉店後の建物はそのまま、1階部分にスーパーマーケット「食鮮館パレット」が入居していたが、2021年7月末に閉店した。[要出典]
  • ニチイ綾之町店(堺市桜之町6丁目[558]1960年(昭和35年)4月開業[558] - 閉店時期不明)
売場面積231m2[558]
  • ニチイ岸和田店 (岸和田市宮本町1949[260]、1971年(昭和46年)5月22日開業[260] - 閉店時期不明)
    売場面積5,350m2[247]
    岸和田市内には他に、1979年(昭和54年)11月29日に開業したニチイ東岸和田店があり[56]、その後東岸和田サティを経て[141]、イオン東岸和田店として2020年(令和2年)8月31日まで営業した[広報 12]
  • ニチイ泉大津店(泉大津市、1969年(昭和44年)5月13日開業[317]
地元資本によって開発されたショッピングセンターへ出店していた[317]
  • ニチイ泉佐野店(泉佐野市上町1168-234[558]、1969年(昭和44年)5月30日開店[558] - 閉店時期不明)
売場面積6,320m2[558]
南海本線泉佐野駅前にあった店舗で、1974年(昭和49年)2月17日に泉州銀行の店舗外への現金自動預け払い機第1号機が設置された[559]
  • ニチイ天美店(松原市天美南5-19[349]、1968年(昭和43年)6月1日開店[541] - 閉店時期不明)
    売場面積788m2[247]
    天美ショッピングセンターに出店していた。[要出典]
    閉店後の建物はそのまま、大幅に改装され「天美メディカルセンター」として利用されている。[要出典]
  • 泉南サティ(泉南市信達牧野876-1、1996年(平成8年)11月1日開業[29] - 2003年6月30日閉店[広報 24]
店舗面積約18,327m2、延べ床面積約38,494m2[29]
現在は3階部分に娯楽施設ストライクス、2階部分に娯楽施設100KING、1階部分にはディスカウント食料品スーパーラ・ムー、100円ショップひゃくえんやが入る。[要出典]
延べ床面積約20,455m2[29]、店舗面積約7,453m2[29](うち直営店舗面積約4,449m2[29])。
ニチイ熊取ショッピングデパートとして開業。
じゃんぼスクエア熊取の核店舗であった。2013年(平成25年)5月20日をもって万代が閉店し、解体されたため、この建物は現存しない。[要出典]
大阪府北中部[編集]
  • ニチイ布施店(東大阪市足代1-46[542]、1963年(昭和38年)10月5日開業[542] - 閉店時期不明)
売場面積917m2[560]
  • ニチイ花園店(東大阪市花園本町1-6-7[542]、1968年(昭和43年)9月25日開店[542] - 閉店時期不明)
売場面積607m2[542]
  • ニチイ柏原店(柏原市今町1-2-26[349]、1969年(昭和44年)10月開業[561] - 90年代前半閉店)
売場面積1,532m2[247]
柏原デパートに出店していた[561]
ニチイ営業当時、同建物に和光デンキが入居していた。[要出典]
閉店後の建物はそのまま、1階部分にスーパーマーケット「食鮮市場 栄吉」が入居していたが、後に閉店。現在は大幅に改装され駐輪場となっている。[要出典]
また、2008年(平成20年)には、3・4階部分に「柏原市民交流ひろば」が開業[562]するが、2017年(平成29年)12月28日をもって閉館[563]
  • ニチイ枚方店(枚方市、1968年(昭和43年)3月22日開業[542] - ?閉店)
枚方デパートに出店していた[37][564]
売場面積1,839m2[247]
1974年(昭和49年)6月に火災が発生した[557]
1990年(平成2年)4月に京阪電鉄枚方市駅前の再開発事業で建設されたショッピングセンター「ビオルネ[139]の核店舗として開業した枚方ビブレで[138]、2008年(平成20年)2月27日にサティへ業態転換した[138]現在のイオン枚方店とは別店舗。
  • ニチイ関大前店(吹田市千里山東1-7-18[349]、1976年(昭和51年)3月[565]1日開業 - 閉店時期不明)
売場面積1,647m2[247]
効率運営を目指した小型スーパー業態C.D.Sの1号店で、開業時点では正社員ゼロでパート従業員29名のみで運営していた[565]
阪急関大前駅に程近いボウリング場「フタバボウル」内に出店。屋号はNマート。[要出典]
非食品部門をニチイが、食品部門をニッショーストア(現在の阪急オアシス)が担当していた。[要出典]
ニチイやニッショーストアが撤退した現在も、フタバボウル自体は現在も営業を続けている。[要出典]
  • (初代)ニチイ茨木店(茨木市本町[545]3-4[要出典]、1963年(昭和38年)3月開業[545] - 閉店時期不明)
    茨木本町中央銀座商店街に出店していた[545]
  • (2代目)ニチイ茨木店(茨木市元町[561]7-5(現茨木市元町7−18)[要出典]、1974年(昭和49年)5月開業[561] - 1990年(平成2年)12月閉店[要出典]
売場面積3,334m2[247]
同じ茨木市内に2001年(平成13年)1月1日にマイカル茨木(現・イオンモール茨木)が開業した[136]
  • 豊中サティ✩×(豊中市本町1-9[260]、1968年(昭和43年)12月1日開業[260] - 閉店時期不明)
店舗面積約6,606m2[12]、延べ床面積約10,988m2[12]
ニチイ豊中ショッビングデパートとして開業[260]
1995年(平成7年)に阪神大震災により被害を受けたため、小林敏峯社長を室長とする阪神大震災復興対策室の支援を受けて店舗の再建を行った[566]
  • 高槻サティ✩×(高槻市高槻町17—4[260]、1969年(昭和44年)6月7日開業[260] - 2002年(平成14年)3月閉店)
店舗面積約5,867m2(うち直営店舗面積約4,313m2[29]、延べ床面積約8,290m2[29]
ニチイ高槻ショッビングデパートとして開業[260]。1995年(平成7年)4月にサティへ業態転換。
マイカルナック商事[29]
  • 南高槻サティ✩×(高槻市沢良木町18-3[29]、1985年(昭和60年)5月開業[29] - 2005年(平成17年)5月30日閉店[広報 23]
店舗面積約12,627m2(うち直営店舗面積約11,160m2)、延べ床面積約29,665m2[29]
閉店時の直営店舗面積約11,160m2[広報 23]
1994年(平成6年)にサティへ業態転換。
閉店後、跡地には2004年(平成16年)9月10日にマックスバリュ高槻南店が開業[567]
  • 交野サティ✩(交野市私部西1丁目33-20[29]、1982年(昭和57年)11月30日開業[29]、- 2003年(平成15年)6月30日閉店)
店舗面積約13,557m2(うち直営店舗面積約5,247m2[29]、延べ床面積約16,856m2[29]
1997年(平成9年)4月23日にサティへ業態転換。
ショッピングセンター・ジャンボスクエア交野の核店舗であった。現在は核店舗を「イズミヤ交野店」に変えて営業。
  • 大阪花園サティ✩(東大阪市花園本町1丁目6-7[29]、1968年(昭和43年)9月開業[29]
店舗面積約3,768m2、延べ床面積約3,969m2[29]
ジャンボスクエアの核店舗として開業[29]非食のみの取り扱いだった。[要出典]
  • 八尾サティ✩×(八尾市北本町2丁目10-22、1977年(昭和52年)9月開業[132] - 2007年(平成19年)2月28日閉店[広報 19]
店舗面積約10,092m2(うち直営店舗面積約8,295m2[29]、延べ床面積約17,848m2[29]
閉店時の直営店舗面積約9,373m2[広報 19]
ニチイ八尾ショッピングデパートとして開業[132]
店舗跡の土地の一部に2011年(平成23年)12月に12階建ての大阪経済法科大学八尾駅前キャンパスが完成し、2012年(平成24年)春に正式にキャンパスとなることになった[568]
  • 南木の本サティ✩×(八尾市南木の本4丁目7−1、1982年(昭和57年)2月開業[199] - 閉店時期不明)
売場面積1,401m2[199]
旧・ニチイマート南木の本店。サティ転換後は、ポロロッカ食品館を併設する業態をとっていた。[要出典]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「Fマート南木の本店」が入居していたが、後に閉店。[要出典]
現在は解体され、跡地にはスーパーマーケット「万代南木の本店」[569]が2010年(平成22年)11月1日に開業した。
  • 藤井寺サティ✩×(藤井寺市岡1丁目7-12[232]、1971年(昭和46年)11月5日開業[260] - 閉店時期不明)
店舗面積約10,128m2(うち直営店舗面積約9,039m2[29]、延べ床面積約15,232m2[29]
ニチイ藤井寺ショッビングデパートとして開業[232]
  • 布施サティ✩×(東大阪市長堂3丁目81[555]、1970年(昭和45年)6月28日開業[132] - 2008年(平成20年)3月20日閉店[145]
店舗面積約15,035m2[3]、延べ床面積約26,592m2[3]
閉店時の直営店舗面積約9,391m2[145]
旧ニチイ布施店。近鉄布施駅前にあった地下1階地上7階建ての店舗で約半分を直営売り場とし、約半分が約80店舗の専門店街となっていた[493]
1993年(平成5年)に布施サティに業態転換し、2008年(平成20年)3月20日をもって閉店した。
代替店舗として、1996年(平成8年)3月1日に「ヴェル・ノール布施」の核店舗として開業した「布施ビブレ」を業務転換した「布施駅前サティ」(現・イオン布施駅前店)が、布施サティ閉店の8日後に開業している[144]
  • 枚方北山サティ食品館(枚方市北山1丁目23-1[29]、1998年(平成10年)3月1日開業[570] - 2009年(平成21年)2月1日閉店[145]
閉店時の直営店舗面積約2,267m2[145]
サティ食品館の関西地区2店舗目として1998年(平成10年)3月1日に開店した[570]
大阪府下におけるサティ食品館としては最後の店舗であった。
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「スーパーストアナカガワ北山店」が入居していたが、後に閉店。
現在は解体され、跡地にはドラッグストア「ディスカウントドラッグコスモス北山店」や、スーパーマーケット「産直市場よってって 枚方北山店」が2020年(令和2年)9月に開業し、フィットネスジム「アクトスWILL_G 枚方北山」が翌年10月に開業した。
  • 綾之町サティ✩×(堺市(現:堺市堺区)桜之町東1丁目1-2[349]、1960年(昭和35年)4月開業 - 閉店時期不明)
売場面積158m2[247]
旧ニチイ綾ノ町店。閉店後は解体され、住宅地として整備された。

兵庫県[編集]

売場面積181.5m2[571]
  • (初代)ニチイ西神戸店(神戸市長田区大橋町6-4-1・スカイビル地階[349]、1967年(昭和42年)12月9日開業[571] - 閉店時期不明)
    売場面積470m2[247]
1988年(昭和63年)11月10日に神戸市西区王塚台に2代目「ニチイ西神戸店」が開業したが[56]、西神戸サティを経てイオン西神戸店に転換後、2014年(平成26年)12月31日に閉店した[166]
  • ニチイ板宿店(神戸市須磨区飛松町3-4 板宿名店デパート内[349]、1968年(昭和43年)11月開業[572] - 閉店時期不明)
売場面積941m2[247]
  • ニチイ湊川店(神戸市兵庫区荒田町1-36[573]、1960年(昭和35年)9月開業[573] - 閉店時期不明)
売場面積247m2[573]
  • ニチイ御影店(神戸市東灘区御影町854[573]、1964年(昭和39年)11月3日開業[573] - 閉店時期不明)
売場面積300m2[573]
  • ニチイ杭瀬店(尼崎市杭瀬町1-46[349][571]、1963年(昭和38年)3月29日開業[571] - 閉店時期不明)
売場面積466m2[349]
ニチイ閉店後も、杭瀬市場には「ニチイチェーン 杭瀨店」の看板が残されている。[要出典]
  • ニチイ西宮店(西宮市北口町2-22[573]、1933年(昭和8年)開業[573] - 閉店時期不明)
売場面積825m2[573]
  • ニチイ鳴尾店(西宮市笠屋町15-5[349]、1964年(昭和39年)3月7日開業[571] - 閉店時期不明)
売場面積356m2[349]
1974年(昭和49年)4月に火災が発生した[557]
1983年(昭和58年)夏に内定していた逆瀬川駅前東地区市街地再開発事業(アピア3として完成)への出店を撤回した[575]
  • 本町サティ✩(明石市本町1丁目3-15[349]、1960年(昭和35年)9月開業[199] - 閉店時期不明)
店舗面積約182m2[281]
旧ニチイ明石店。
サティ転換後、しばらくは「明石サティ」の店名であったが、1997年10月23日に「マイカル明石(現・イオン明石ショッピングセンター)」が開業し、店名を「本町サティ」に改称した。
  • 尼崎サティ✩(尼崎市神田北通5-135[555]、1965年(昭和40年)5月30日開業[576] - 1987年(昭和62年)4月29日業態転換(尼崎サティ)→ 1996年(平成8年)9月4日業務転換(尼崎ビブレ)→ 1999年(平成11年)10月31日閉店)
尼崎ビブレの店舗面積約4,998m2[576]
旧・ニチイ尼崎店。1987年4月29日、サティ2号店として「サティ尼崎」に業態転換し、その後「尼崎サティ」に改称。
尼崎サティ時代には食品の取り扱いが無かった為、従業員の名札、看板は青色だった。
1996年9月4日に「尼崎ビブレ」に業務転換し、1999年10月31日をもって閉店。尼崎ビブレ閉店後、「NAC尼崎」に再び業務転換したが、2002年3月に閉店した。
店舗面積約12,889m2[232]、延べ床面積約25,726m2[232]
1973年(昭和48年)に阪急電鉄西宮北口駅の南側にニチイ西宮店として開業。5階建ての総合スーパーで、開店当初は広域から集客して売上を伸ばし、2001年(平成13年)2月期に売上高78億円を上げていたが、同年9月のマイカルの破綻の影響や周辺への競合の大型店の出店などの影響で2004年(平成16年)2月期に売上高43億円にまで落ち込んだ上、建物の一部が西宮市が駅周辺で進めている土地区画整理事業の道路用地になっていたため営業継続には建替えが必要で、資金面から対応が難しいこともあり、2005年(平成17年)1月10日をもって閉店した。店舗周辺にはマイカルイストの飲食店など、グループ企業店舗が何店舗があった[577]
ピープル・エグザス(現:コナミスポーツ)の第1号が存在した。現在コナミスポーツは西宮北口駅前の本店と駅西側の本店アネックスで営業中。
1995年(平成7年)に阪神大震災により被害を受けたため、小林敏峯社長を室長とする阪神大震災復興対策室の支援を受けて再建を行った店舗の1つである[566]
店舗の移転計画が進められていたが業績悪化に伴い2001年(平成13年)に移転計画を断念した[578]
  • 甲南山手サティ(神戸市東灘区森南町1丁目5-1、1992年(平成4年)10月27日開業[579] - 2003年(平成15年)7月末閉店[580]
店舗面積約15,205m2[232]
1992年(平成4年)10月に阪神間で最大規模を誇った旧森市場を再開発したセルバの核店舗として誘致されて「東神戸サティ」として[566]開業[580]
1995年(平成7年)に阪神大震災により被害を受けたため、小林敏峯社長を室長とする阪神大震災復興対策室の支援を受けて再建を行った店舗の1つである[566]
1997年(平成9年)度に売上高73億円を上げていたが、競争の激化により2001年(平成13年)度に売上高46億円に落ち込み[580]、2003年(平成15年)7月末に閉店した[580]
店名変更は店舗裏手の甲南山手駅開業にあわせた対応。
セルバ自体はそのままで、サティ部分の退去跡には2003年(平成15年)11月22日に地下1階に関西スーパーを皮切りに2階のユニクロや4階の100円ショップザ・ダイソーなど全13店が順次開業した[581]
  • 三田サティ✩×(三田市三輪4丁目5-16、1980年(昭和55年)3月開業[582] - 2002年(平成14年)11月30日閉店[582]
店舗面積約9,998m2(うち直営店舗面積約5,629m2)、延べ床面積約15,022m2[35]
1980年(昭和55年)3月に開業し[582]、自社の店舗である三田ウッディタウンサティ(現:イオン三田ウッディタウン店)がニュータウンに立地し、映画館などを備えて顧客の一部流れていた上[152]、店舗に近い三田本町通りセンター街の店舗数が最盛期の約半分の29店にまで減少するなど、中心市街地の衰退が進んだことにより、1991年(平成3年)度に94.2億円だった売り上げが[583]2001年(平成13年)2月期に約55.82億円へ減少、2004年(平成16年)2月期には約28.97億円まで落ち込み、土地と建物の賃貸契約が2005年(平成17年)12月末に満了を迎えるため[584]、その直前の2005年(平成17年)11月30日に閉店した[582]
店舗跡は2006年(平成18年)7月から解体工事が行われ、食品スーパーを核店舗とする商業施設を招致する計画が進められていると、同年11月15日の三田市議会決算特別委員会にて明らかにされた[585]
2007年(平成19年)12月にミスミモールが開業[要出典]
  • 伊丹サティ✩(伊丹市中央1-1、1971年(昭和46年)4月開業[199][132] - 閉店時期不明)
店舗面積約4,201m2[199]
旧ニチイ伊丹店。関西スーパーマーケットと共に「伊丹ショッピングデパート」内に開業した。
ニチイや関西スーパーが開業した1971年(昭和46年)4月には、他にも「ジャスコ伊丹店(1995年閉店)」や「長崎屋伊丹店(後のシャル長崎屋伊丹店、1990年閉店)」が伊丹駅前に開業しており、スーパーマーケット4店が一気に開業した[132]
阪神・淡路大震災で被災し、1995年1月17日にニチイとしての営業を終了。その後、サティに業務転換した。[要出典]
サティ閉店後、関西スーパーは現在も営業を続けている。[要出典]
  • 湊川サティ(神戸市兵庫区荒田町1-20-1、1966年(昭和41年)3月開店 - 閉店時期不明)
湊川パークタウンに出店していた。
売場面積249m2[247]
旧ニチイ湊川店。衣料品のみの取り扱いであった。
サティ閉店後、居抜きで「わくわくショッピング きてや湊川店」が入居している。

奈良県[編集]

  • ニチイ奈良店(奈良市小西町26[586]、1968年(昭和43年)11月開業[587] - 閉店時期不明)
売場面積497m2[247]
  • ニチイ天理店(天理市川原城町75-1[349]、1964年(昭和39年)3月開業[586] - 閉店時期不明)
天理ビル内に出店していた[586][588]
売場面積1,329m2[247]
非食品部門をニチイが、食品部門をスーパーいそかわ(現在のマルヤス)が担当していた。[要出典]
閉店後の建物はそのまま、100円ショップのダイソーや、衣料品チェーンのオンセンドなどが入居している。[要出典]
  • ニチイ天理南店(天理市川原城町本通り8[349]、開業時期不明 - 1994年(平成6年)8月閉店)
売場面積469m2[247]
1967年10月、前身の「もも屋天理店」がオープン。[要出典]
閉店後の建物はそのまま、子会社のマックロードに移管され「マックロード天理店」となるも、後に閉店。[要出典]
現在は「天理駅前第2ビル」として利用されている。[要出典]
  • (初代)ニチイ桜井店×(桜井市本町932[586]、1952年(昭和27年)7月開店[586] - 閉店時期不明)
売場面積871m2[586]
1967年10月、前身の「シンツ桜井店」がオープン。[要出典]
  • + 閉店後の建物はそのまま、再び「シンツ桜井店」として利用されていたが、後に閉店。[要出典]
  • ニチイ五條店(五條市新町1-1-2[586]、1952年(昭和27年)7月開業[586] - 閉店時期不明)
五條デパート内に出店していた[586]
売場面積137m2[586]
  • ニチイ大和王子店(1976年(昭和51年)開業[418] - 閉店時期不明)
  • 学園前サティ×(奈良市中山町西1丁目722−9、1984年(昭和59年)3月15日開業[423]、2001年(平成13年)5月31日閉店[589]
売場面積3,500m2[423]
1984年(昭和59年)3月にサティ1号店として開業[373][590]。開店時は「サティ学園前」と名称が逆表示となっていた。また、食品の取扱いはなく、衣料品のみであった。看板は青色だった。
店舗跡は、閉店翌月の6月29日にLICKS学園店が開業した[591]
跡地は地下構造(駐車場部分)を残して建て替えられ、現在、ならコープ「コープ学園前店」となっている。
  • 生駒サティ✩(生駒市本町2-932[349](現:生駒市元町1丁目8−2)、1963年(昭和38年)11月開業[281] - 1992年(平成4年)5月閉店)
売場面積220m2[281][349]
衣料品のみの取り扱いであった。
  • 桜井サティ✩×(桜井市栗殿1017-9[199]、1978年(昭和53年)4月1日開業 - 2002年(平成14年)閉店)
売場面積約7,674m2[199]
それまで桜井駅南側にあった旧ニチイ桜井店を桜井市街北部の粟殿(おおどの)へ移転し2代目ニチイ桜井店として開店。
1990年(平成2年)4月にサティへと業態転換[199]
閉店後の建物はそのまま、スーパーマーケット「ヤマトー桜井ショッピングセンター」が入居していたが、2012年(平成24年)10月31日をもって閉店した。
店舗は解体され、跡地にはスーパーマーケット「スーパーセンタートライアル桜井粟殿店」が2020年(令和2年)2月5日に開業した。
  • 香芝サティ✩(香芝市磯壁3丁目40-1、1989年(平成元年)4月1日開業 - 2001年(平成13年)4月30日閉店[592]
店舗面積約8,382m2[232]
現在、サティ跡には2階に「エディオン」(旧:ミドリ電化)香芝店、1階には「近商ストア」が入居している。現在の施設名はじゃんぼスクエア香芝であるが、かつてはこの名称の最後に香芝サティが付いて、じゃんぼスクエア香芝サティという名称であった。
  • 八木サティ✩×(橿原市八木町1丁目8−15[232]、1970年(昭和46年)7月開業[281] - 閉店時期不明)
売場面積5,489m2[281][524]
衣料品のみの取り扱いであった。
店舗跡は建物再利用で総合スーパー「ヤマトー八木店」となったが、建物の老朽化や郊外型量販店との競合激化で2009年(平成21年)1月末で閉店した[593]。その跡地に「ヤマトー」が食品スーパーで再出店を計画している[593]
  • 結崎サティ✩(磯城郡川西町結崎598−3、1984年(昭和59年)1月10日開業[423] - 2009年(平成21年)5月31日閉店[594]
閉店時の直営店舗面積約5,833m2[334]
2010年(平成22年)に居抜きで「スーパーおくやま結崎店」が入居している[595]
  • 高田サティ✩(大和高田市片塩町12−23、1976年(昭和51年)5月28日開業[56] - 2010年(平成22年)6月30日閉店[596][597]
近鉄高田市駅前の一角にある[596]片塩町の国道168号沿いに1976年(昭和51年)5月28日に2代目高田店として開業[56]。地上4階建ての専門店も入居した総合スーパー[598]で、大和高田市の中核的な商業施設となり[596]、1991年(平成3年)度に売上高134億円を上げており、1992年(平成4年)4月22日に増床した上でサティへ業態転換[599]を行った際には、初年度売上高目標として160億円を見込むほど売上を伸ばしていた[599] が、当地でも1977年(昭和52年)にユニチカが工場を閉鎖するなど繊維産業の衰退と生産拠点の海外移転が進み、大和高田市の人口がピークの1997年から約8000人減少して約6万8000人となり[596]、また近隣に競合するスーパーが出店するなどして[598]店舗周辺の人通りも減るなど[596]商環境が変化したため、2004年(平成16年)9月10日に熟年層をターゲットに改装を行った[600]。しかし、それでも売上が伸び悩み、建物の老朽化で修繕費などが嵩むようになったことも重なり[598]2010年(平成22年)6月30日をもって閉店した[597]
敷地面積15,233m2に地上4階建て延床面積37,913m2で、売場面積20,199m2(うち直営13,950m2)の店舗だった[599]
閉店直後の2010年(平成22年)7月に行われた毎年恒例の大和高田商工会議所による商店街の通行量調査で、サンサン中通りが平日で前年度比42.34%減で休日が57.66%減となり、片塩コスモス通りも合計で23.26%減となるなど店舗に近い商店街ほど大きく落ち込むなど、店舗閉鎖は周辺商店街の集客に大きなマイナスの影響を与える結果となった[601]
店舗跡は2011年(平成23年)9月に地元大和高田商工会議所会頭が経営する[602]大和ガスが取得して食品スーパーの招致に乗り出し[603]、「近商ストア」大和高田店が2013年(平成25年)4月4日に開店した[604][605]
初代高田店(大和高田市本郷町2−20)だった建物は2022年現在も現存しており、南河生鮮市場高田店が入居している。

和歌山県[編集]

  • ニチイ橋本店(橋本市古佐田2-128[349]、1963年(昭和38年)9月開業[606] - 閉店時期不明)
売場面積1,017m2[247]
映画館「橋本東映」跡に開業した[要出典]「橋本トーエイ」の核店舗として出店していた[606]
閉店後の建物はそのまま、1階部分が改装され、ガレージや倉庫として利用されている。[要出典]
売場面積661m2[247]
  • 橋本サティ[607]橋本市市脇4-9、1985年(昭和60年)11月開業[281] - 閉店時期不明)
売場面積3,300m2[281]
  • 箕島サティ✩(有田市新堂10−3、1981年(昭和56年)1月開業[281] - 2002年(平成14年)閉店)
売場面積3,960m2[281]
店舗跡は2002年(平成14年)11月8日にオークワ箕島店が開業[608]。なお、かつてのオークワ箕島店は「プライスカット有田店」に業態変更。
  • 高野口サティ✩:(伊都郡高野口町伏原140(現:橋本市高野口町伏原139−1)、1978年(昭和53年)6月開業[199] - 2001年(平成13年)1月10日閉店[609]
店舗跡は2001年(平成13年)10月31日付でオークワが買収し[609]、2002年(平成14年)3月8日にオークワ高野口店が開業[610]
JR和歌山線紀伊山田駅から約1キロ離れた国道24号沿いに立地していた[610]
  • 岩出サティ✩(那賀郡岩出町中迫147(現:岩出市中迫147)、1980年(昭和55年)12月開業[281] - 2000年(平成12年)閉店)
売場面積4,935m2[281]
2000年(平成12年)11月29日にオークワミレニアシティ岩出店が開業[611]
和歌山県からすべてのサティが撤退。和歌山ビブレも2001年5月に撤退し、和歌山県内からマイカル系列の店舗が消滅した。
  • 和歌山ビブレ☆×(和歌山市元寺町1-73、1973年(昭和48年)3月30日開業[612] - 2001年(平成13年)5月閉店[613]
ぶらくり丁商店街の一角に出店していた[613]
店舗跡は総合卸売問屋ワボック → 現在は建て替えられパチンコ店マルハン

中国[編集]

鳥取県[編集]

当初、「米子ホープタウン」として開業し[614]、同グループだった出雲ファミリーデパート、浜田ファミリーデパートと合併し、「サンメルトホープタウン店」となった。1993年(平成5年)3月に、米子駅前に出店した「米子サティ」を経営する米子ニチイ(ニチイ100%出資子会社)などと合併して、「サンインニチイ」が発足[576]。店名は「ホープタウンサティ」となった[576]。なお、サンインニチイは後にマイカルサンインに社名変更を行っている。
その後、同エリア内でのサティ2店舗による自社競合を避けるため、米子サティは百貨店業態に転換し「米子ビブレ」となる(運営もマイカル本体に移管)。この後、ホープタウンサティは「(2代目)米子サティ」にリニューアル。
マイカル破綻後、マイカルサンインはマイカルグループから独立。「ホープタウン」と社名変更し、米子サティも店名を再び「ホープタウンサティ」に変更した。その後、リニューアルを繰り返す中で徐々にマイカル色を払拭し、サティの店名も外し「ホープタウン」となる[615]。2008年(平成20年)にはマルイと提携し、マルイが食品部門に入居する形態となり、食品部門のみ「ホープタウンマルイ」となった[616]
2022年(令和4年)1月31日閉店[617][618]

島根県[編集]

  • 出雲サティ✩(出雲市今市町259-1[619]、1980年(昭和55年)9月12日開業[620] - 2002年(平成14年)8月31日閉店[621]
敷地面積約20,035m2[619]、延べ床面積約26,527m2[619]、店舗面積約15,419m2[619]。駐車台数約960台[619]
商業施設「パラオ」[622] と共に開業するが、2002年(平成14年)8月31日に閉店[621]
ジャスコ閉店後、2009年(平成21年)4月22日にトライアル出雲店が開業[623][624]するも、2016年(平成28年)2月14日に閉店。
店舗跡にはサティよりも食品や下着、子供関連の売場を強化すると共に化粧品や医薬品などを扱うヘルス&ビューティーケア売場の導入し、ヤングファミリー層をメーンターゲットとした「ジャスコ出雲パラオ店」として2002年(平成14年)10月6日に開店した[625]が、2008年(平成20年)6月に[188]ゆめタウン出雲(イズミ)が出店、同年9月27日に松江サティが対抗して増床[188]、また同年10月に[188]ジャスコ日吉津店も増床する[186]など大型ショッピングセンターの競争が激化したため[188]売上が伸び悩み、2009年(平成21年)1月20日にジャスコ出雲パラオ店は閉店となった[626]。その後、2009年(平成21年)4月22日にトライアルが出店した[623][624]が、2016年(平成28年)2月14日に閉店。
併設された専門店街の「パラオ」は競合するショッピングセンターの開業に伴う競争激化で、売上高も1993年(平成5年)度の64億円が2011年(平成23年)3月期に約10億円に落ち込み、店舗数もピーク時の70から減少し続けて45にまで減少するなど業績が低迷したため、専門店街を運営していた協同組合「出雲ショッピングセンター」が2012年(平成24年)2月29日に松江地方裁判所に自己破産を申し立てて倒産し、営業停止となった[622]
延べ床面積約7,832m2[232]、店舗面積約5,854m2[232]
浜田ファミリーデパートとして開業[627]
店舗跡はシティパルク浜田 → ゆめマート浜田

岡山県[編集]

  • ニチイ倉敷店[629]倉敷市阿知2-600-36[630]、1963年(昭和38年)5月1日開業[630] - 1993年(平成5年)2月末閉店[325]
売場面積800m2[630]
  • ニチイ玉島店(倉敷市玉島通り町450[630]、1963年(昭和33年)9月1日開業[630] - 閉店時期不明)
売場面積840m2[630]
  • 水島サティ✩(倉敷市連島町亀島新田1427[349](現:倉敷市神田町2丁目1-40)、1975年(昭和50年)7月2日開業[631] - 2002年(平成14年)1月20日閉店[広報 18]
ニチイ水島店として開業[631][広報 18]。1995年(平成7年)にサティへ業態転換した[広報 18]
岡山エステートビル[232]。店舗面積約8,945m2[232]、延べ床面積約14,660m2[232]
  • 新倉敷サティ✩(倉敷市玉島1962-3[632]、1979年(昭和54年)3月16日開業[633] - 2002年(平成14年)7月28日閉店[634]
地元主導型ショッピングセンター「パオ」内に[635]ニチイ新倉敷ショッピングデパートとして1979年(昭和54年)3月16日に開店[633]
1990年(平成2年)10月24日に[632]サティに業界転換[636]
店舗面積約16,111m2[232]
店舗跡はトライアル倉敷店[637]が居抜き出店したが、2020年(令和2年)5月17日に閉店[638]解体後、2021年10月にハローズ玉島店が出店。[要出典]
  • 児島サティ✩(倉敷市児島下の町1丁目12−3、1981年(昭和56年)3月開業[639] - 2001年(平成13年)3月5日閉店[640]
店舗面積約11,754m2[232]、延べ床面積約17,295m2[232]
ニチイ児島店として開業[639]。1992年(平成4年)9月23日にサティへ業態転換[639]するが、競争激化による売り上げ不振を理由に2001年(平成13年)3月5日閉店[640]
  • ニチイ津山店(津山市[641]戸川町26、1971年(昭和46年)11月26日開業[260] - 1996年(平成8年)閉店[642]
中心商店街の銀天街に出店していた[642]
店舗面積約3,100m2[260]
  • 笠岡サティ☆(笠岡市笠岡2388[643]、1979年(昭和54年)11月開業[199] - 2002年(平成14年)5月末閉店[644]
店舗面積約13,820m2[232]
笠岡シーサイドモールのテナントとして開業。
店舗跡は2002年(平成14年)7月に山陽マルナカが開業[645]
鉄骨造り平屋建て[646]・店舗面積3,936m2[646]
店舗跡は2003年2月1日にハローズ[647] 庭瀬店が開業[648]

広島県[編集]

  • ニチイ呉店(呉市中通4-8-20[349]、1968年(昭和43年)4月開店[649] - 閉店時期不明)
店舗面積5,306m2[649]
  • (初代)ニチイ三原店(三原市港町602-1[349][650]、 1954年(昭和29年)開店[650] - 閉店時期不明)
店舗面積約1,518m2[651]
  • 婦人洋品雑貨店として開業し、1960年(昭和35年)にスーパーに業態転換した「みとう」の創業店・本店だった[650]
    中国ニチイが運営していた[652]
  • (2代目)三原店(三原市城町608番地[653](現:三原市城町1-2−1)、1981年(昭和56年)3月21日開店[654] - 1996年(平成8年)8月閉店[508]
三原駅前再開発ビル「ペアシティ三原」西館に出店していた[655]
店舗跡は1階に三原スーパーのパルディ三原駅前店が出店していたものの、2015年9月に閉店。中層階は、三原市と第三セクターが取得して総合保健福祉センター等として活用されている[655]
  • ニチイ竹原店(竹原市竹原町字本川465-1[349]、開業時期不明 - 1979年(昭和54年)閉店[193]
店舗面積約1,625m2[656]
国鉄竹原駅前の竹原ショッピングセンターに出店。同じ建物内には三原スーパーも出店していた。[要出典]
1964年、前身のみとう府中店がオープン[658]。府中市内初の大型店として開業した[659]
店舗面積約2,506m2[659]
  • (初代)ニチイ尾道店(尾道市土堂1-11-7[660]、1965年(昭和40年)開店 - 1979年(昭和54年)4月閉店[193]
1966年11月8日、福山市に本社を置くみとうが尾道店を開店[661]1969年、みとうがニチイと合併し瀬戸内ニチイ尾道店となる。1972年にはニチイ本体に営業が移管されニチイ尾道店となった。1979年、天満町の東洋繊維尾道工場跡地に新店舗を開店する為に閉店。以降はイオン尾道店を参照。[要出典]
  • ニチイチェーンみとう鞆店[662](福山市鞆町石井403[663]
店舗面積約677m2[663]
  • ニチイチェーンみとう沖野上店 (福山市沖野上町3[663]
店舗面積約560m2[663]
  • ニチイチェーンみとう手条店 (福山市手条町1丁目南116-1[663]
店舗面積約495m2[663]
  • 駅家サティ✩×(福山市駅家町大字近田258-1、1980年(昭和55年)1月[193]10日開業 - 2001年1月20日閉店[要出典]
店舗面積約6,698m2[199]
ニチイ駅家店として開業[199]。1994年にサティへ業態転換した。
店舗跡は2005年(平成17年)3月にハローズしまむら等の「駅家モール」が開業[664]
  • 神辺サティ✩(福山市神辺町湯野378−1、1980年(昭和55年)6月開業[199] - 1999年(平成11年)9月30日閉店[665]
店舗面積約3,575m2[199]
店舗跡はホームセンターユーホーとなるが、同店の新築移転後、パチンコ店(マンハッタン)となった。2022年10月31日から11月3日にかけてエブリイウォンツなどのアクロスプラザ神辺となっている。[独自研究?]
  • 三吉サティ食品館(福山市三吉町4丁目10−22、2001年(平成13年)5月20日閉店[666]
店舗跡は2001年(平成13年)7月21日にフレスタ三吉店が開業した[667]
  • 因島サティ✩×(因島市土生町塩浜南区1899-3[349](現:尾道市因島土生町1899-3)、1972年(昭和47年)11月開業[668] - 2008年(平成20年)11月30日閉店[668]
ニチイ因島店は店舗面積約2,796m2[281]
閉店時の直営店舗面積約2,293m2[145]
1972年(昭和47年)11月に因島土生町の土生商店街に開店、因島南部と愛媛県上島町を商圏として1983年(昭和58年)2月期は売上高約26億円を上げていたが、2008年(平成20年)2月期には売上高10億円弱に落ち込んで営業損益が数千万円の赤字となり、店舗の老朽化も進んでいたことも相俟って2008年(平成20年)11月30日に閉店して36年の歴史に幕を下ろした[668]
店舗跡は2009年(平成21年)1月8日から解体工事が行われ[669]更地になり、地権者が因島の島外資本を含めた集客力のある食品スーパーの出店交渉を行って最終的に日立造船因島生活協同組合が出店することになり[670]、同年10月26日に地鎮祭を行って建設工事に入り[671]、2010年(平成22年)4月16日に日立造船因島生活協同組合「コープ・フレニール」が開店した[672]
  • 広サティ☆(呉市広本町3-12−1、1978年(昭和53年)4月開業[193] - 1999年(平成11年)4月閉店)
店舗面積約4,824m2[199]
1996年(平成8年)5月31日にサティへ業態転換。[要出典]
店舗跡はナフコ広店)[要出典]
  • 福山ビブレ☆(福山市東桜町1-41[260]、元ニチイ福山店:1970年(昭和45年)10月2日開店[260] - 1993年福山ビブレに転換 - 1999年(平成11年)8月末閉店[673]福山市東桜町1−41
    跡地は建物を改装しビジネスホテルとテナントビルになった。[要出典]
広島初の7スクリーンのシネマコンプレックスであったワーナー・マイカル・シネマズ広島[675] を併設して1997年(平成9年)10月に開店し[674]、中四国最大の11スクリーンを持つシネマコンプレックスの「広島バルト11」を併設するダイヤモンドシティ・ソレイユ(現在のイオンモール広島府中)が2004年(平成16年)3月に開業し[675]、8スクリーンのシネマコンプレックスの「TOHOシネマズ緑井」を併設するフジグラン緑井が2004年(平成16年)9月30日に開業した[676] のに対抗して2004年(平成16年)9月18日にリニューアルを行った[677]が、ショッピングセンター間の競争激化の影響を受けて[674]2011年(平成23年)7月18日閉店した[2]
サティからイオンへのブランド変更が発表された時点で閉店が決まっていたため、2011年3月以降も「サティ」ブランドは継続していた。
サティ直営の売場の閉店後の各テナントの営業継続は各々との協議に委ねられて一律に閉鎖しなかったため[674]、ワーナー・マイカル・シネマズなどの専門店は継続営業を行っていた。
サティの直営店の店舗跡のうち1階部分が2011年(平成23年)9月21日にマックスバリュ段原店となり[678]、翌月には残りの階も整備しイオンモールが運営する「広島段原ショッピングセンター」として開店。5階部分は移転に伴ってマックスバリュ西日本の本社とイオンリテール中四国カンパニーが入居する事務所フロアとなった[679] 以外のフロアは大型専門店や雑貨、サービス、飲食など店舗が入り、広島段原ショッピングセンターとして開業した[680]

山口県[編集]

  • ニチイます屋唐戸店 (下関市赤間町[681]
売場面積990m2[681]
店舗面積約475m2[683]
  • ニチイ下関店(下関市竹崎町169—1[260]、1971年(昭和46年)4月29日開業[260] - 1985年(昭和60年)3月31日閉店)
店舗面積約7,690m2[260]
  • ニチイ小野田店(小野田市西公園通5991[260]、1971年(昭和46年)4月26日開店[260] - 閉店時期不明)
店舗面積2,728m2[684]
  • ニチイ岩国店(岩国市麻里布町[685]2-6−25、1974年(昭和49年)6月28日開業[685] - 1995年(平成7年)1月16日閉店[685]
店舗面積7,610m2[684]
  • ニチイ萩店(萩市東田町68[349]、1954年(昭和29年)11月開店[686] - 閉店時期不明)
店舗面積約1,360m2[683]
「セルフちちぶや」として開店した[686]
跡地は売却された[687]
ニチイ徳山ショッピングデパートとして開業[260]
店舗跡は1999年(平成11年)7月21日にダイソーが開業(1階・地下1階部分のみ)[690] → コインパーキング
開業時の店舗面積は5,880m2[260]。徳山サティ閉店後は空き店舗対策として1999年(平成11年)7月21日にダイソーが暫定的に1階・地下1階に入居[690]。スペースGが営業していた[691] が、その後建物は解体されてコインパーキングになった。[独自研究?]
  • 山口サティ✩(山口市道場門前2丁目3−6[349]、1960年(昭和35年)開業[692] - 1998年(平成10年)5月31日閉店[693]
延べ床面積約3,089m2[232]、店舗面積約2,218m2[232]
ダイエー山口店とともに道場門前商店街に出店[694]。1978年(昭和53年)度に売上高約13.4億円を上げ[692]、3階建てで売り場面積は2,218m2と小規模だったため1994年(平成6年)度からは衣料品とベーカリーを組み合わせた業態に転換し、売上の回復を目指したが、1997年(平成9年)度に売上高約3.18億円に落ち込むなど業績が好転しなかったため、1998年(平成10年)5月末をもって閉店した[692]。ダイエー山口店も翌月6月末に閉店し[694]、ダイエー跡地には生活協同組合コープやまぐちどうもん店が出店した[695]
  • 山の田サティ✩×(下関市山の田本町20−2、1979年(昭和54年)10月[696]27日開業[56] - 2009年(平成21年)2月28日閉店[696][697]
SC名称:山の田ショッピングデパート[3]
ニチイ山の田店は店舗面積約3,792m2[281]
延べ床面積約18,040m2[3]、店舗面積約6,112m2[3](うち直営店舗面積約5,323m2[3])。
売り場面積は約9,000m2[696]。4階建ての店舗で2、3階が売り場だった[696]
1995年(平成7年)にサティへ業態転換した[696]
ニチイ時代の1985年(昭和60年)度には売上高約35億円を上げたが、競合店の度重なる出店などによる商環境の変化の影響を受けて2007年(平成19年)度に売上高が約10億円にまで落ち込み、そのうえ建物も老朽化していて将来の収益の目処が立たないとして2009年(平成21年)2月28日に閉店[696]。山の田サティの閉店により、山口県内のサティは防府サティ(現:イオン防府店)1店舗を残すのみとなっていた。建物は暫くの間廃墟として放置されていたが後に解体され、跡地にはマンションが建築された[698]

四国[編集]

徳島県[編集]

店舗面積約4,178m2[199]
1996年(平成8年)3月1日にサティへ業態転換した[700]
店舗跡はキョーエイ小松島店(2002年(平成14年)開店[699]
延べ床面積約16,157m2[12]、店舗面積約9,465m2[12](うち直営店舗面積約7,997m2[12])。
閉店時の直営店舗面積約7,659m2[145]
1995年(平成7年)3月にサティへ業態転換[703]
店舗跡は田岡病院が2008年(平成20年)12月に店舗跡地を取得する契約を締結して2009年(平成21年)6月23日付で売買を成立させた[704]。(2011年(平成23年)3月1日開院)
店舗跡は2002年(平成14年)9月14日にサンシャインとして再開業[705]
これにより、徳島県から全てのサティが消滅。同県では、過去に徳島市中心部に徳島ビブレが1999年(平成11年)4月に閉店したことから、県内からマイカルグループの店舗が完全に消滅した。[要出典]
  • 徳島ビブレ×(1987年(昭和62年)開店[706][707] - 1999年(平成11年)4月11日閉店[708])徳島市元町1-10[706][707]
地場百貨店のつぼ美屋の新館として1974年に建設された地上13階・地下1階建て延べ約8,400m2のビルに出店していた[707]
コムサイズムを核店舗とする「ラスタ徳島」(複合商業ビル)が[709] 2001年(平成13年)10月12日に開業したが[710]、2003年(平成15年)1月27日閉店した[709]
跡地は2005年(平成17年)にノヴィルが取得したが、地震などによる損壊の危険性を避けるため2012年(平成24年)9月から解体された[707]

香川県[編集]

  • 高松勅使サティ✩×(高松市勅使町599−3[要出典]、1984年(昭和59年)6月1日開業[711] - 1999年(平成11年)12月31日閉店[712]
ニチイ高松勅使店は店舗面積約3,400m2[281]
店舗面積約4,134m2[199]
SC名称:高松勅使ショッピングデパート[713]
当初はニチイ勅使店として開店。1995年(平成7年)の高松サティ(現:イオン高松東店)開店後、1996年(平成8年)に改称。[要出典]
郊外の立地だったが、1997年(平成9年)に約1.1km東にあるウインズ高松来場者の不法駐車対策で駐車場を有料化したこと、1998年(平成10年)10月にゆめタウン高松(約2.6km先)が開店したことで客離れを引き起こし、閉店。[要出典]
2003年(平成15年)5月解体。[要出典]
延べ床面積約35,380m2[35]、店舗面積約12,491m2[35]
閉店時の直営店舗面積約11,000m2[334]
ニチイ観音寺ショッピングデパートとして開店[714]、1994年(平成6年)3月にサティへ業態転換。観音寺市唯一の大型店舗として営業していたが、1994年(平成6年)をピークに売り上げが下降線をたどり、閉店前の数年は採算ラインを割り込んでいた。2008年(平成20年)11月5日に同じイオングループのマックスバリュ観音寺駅南店が先行オープンして同月12日に同店を核店舗とするイオンタウン観音寺ショッピングセンターが開業[716]し、観音寺市内における小売店競争が激化したために客離れを引き起こし、2009年(平成21年)2月27日に9月30日をもって閉店した[715]
2011年(平成23年)6月23日にビッグ・エスが運営する家電量販店ケーズデンキ観音寺店がオープン[717]店舗西側の平面駐車場にはサティの駐車場入場標識が残っていたが、2021年現在宅地開発によりそれも失われている。[独自研究?]
  • 高松ビブレ☆(高松市丸亀町[718]14-8、1965年(昭和40年)開業 - 1999年(平成11年)8月閉店[718]
    元は広島県福山市に本社を置いた衣料品スーパー「みとう」が1966年(昭和41年)7月8日に開店した店舗である[719]。みとうのニチイとの合併を経て1972年にニチイ高松店へと業態変更、1982年には高松ビブレとなった[広報 26]。1991年9月、高松ビブレパートⅡ(別館)がオープン[720]。ビブレ閉店後のビルには2000年(平成12年)11月17日にイトキンがファッション専門店「MAXY高松店」を開店した[718]

愛媛県[編集]

  • (初代)ニチイ今治店(今治市米屋町一丁目[721]、開業時期不明 - 閉店時期不明)
今治銀座商店街に裏通りで売場面積約346m2出店していた小規模な衣料品スーパー[501]
  • (2代目)ニチイ今治店(今治市大正町1-2-3[349](現今治市大正町1-2-5)、1976年(昭和51年)4月開店[722] - 1999年(平成11年)閉店[501]
「今治センター(後の今治髙島屋)」の東隣りに[721]新設された中山ビルに[721]売場面積約7.878m2の「今治ショッピングデパート」として移転する形で開店した[723]
店舗跡地には閉店後に取り壊され[501]、2002年(平成14年)にマルナカが買収して[724]2003年(平成15年)7月に食料品スーパー「マルナカ今治駅前店」(売場面積約1,702m2)が出店した[501]
中心市街地からしまなみ海道の今治インターチェンジ近くに移転する形で売場面積約12,287m2の今治サティが[501]1999年(平成11年)4月24日に同じ今治市内に開業し[213]、現在はイオン今治店となっている。
  • (初代)ニチイ松山店(松山市湊町[725]、1968年(昭和43年)4月開店[726] - 閉店時期不明)
なにわやから営業を継承した四国ニチイが[37]、湊町に新装開店した[725]
1973年(昭和48年)11月23日に[56]松山銀天街の商店4店が建設した銀天街ショッピングビル「ラブリープラザ」(地下1、地上5階)の核店舗の(2代目)ニチイ松山店として出店した[726]。1997年(平成9年)に松山サティに転換された後、1999年(平成11年)6月30日に閉店[727]
閉店後の建物はそのまま、翌年に「松山銀天街GET!」が開業したが、2020年(令和2年)9月30日をもって閉館した。[要出典]
  • ニチイ新居浜店(新居浜市若水町1-9-13、1976年(昭和51年)4月開店[722] - 1996年?)
建物は後にはぴねす福祉会の特別養護老人ホーム/短期入所生活介護事業所「若水館」とリニューアルされ現存。店舗裏手に「ニチイ 荷受所」と書かれたビルが2012年頃まで残っていたが後に解体されている。また駐車スペースに関してもコインパーキング「パーキングドーム」に姿を変えて現存している。[要出典]
銀天街ショッピングビルは、店舗面積約10,635m2[192]、延べ床面積約16,878m2[192]
松山銀天街の商店4店が建設した銀天街ショッピングビル「ラブリープラザ」(地下1、地上5階)の核店舗の(2代目)ニチイ松山店として開業した[726]
1995年(平成7年)、周辺用地(パチンコホームラン跡地)を買収し、ビブレ化を画策するも、地元商店の反対(地権者の土地売却不同意)にあい頓挫。1997年(平成9年)には、近隣のダイエー千舟町店も閉店しており、松山中央商店街で残った唯一の総合スーパーとなったが、1999年(平成11年)閉店[727]
その後、建物は(協)銀天街ショッピングビルが運営し、ショッピングセンタGETとなっている[56]

高知県[編集]

2002年(平成14年)6月29日にショッピングプラザ四万十として新装開店[728][729]
  • サティ食品館クリハラ(宿毛市長田町2-7、1994年(平成6年)4月開店- 閉店時期不明)
1973年 (昭和48年)にニチイが主宰していた日本アライドチェーンに加盟した株式会社くりはら[広報 27]が、サティ食品館のフランチャイズ1号店として開店した店舗であった。

九州[編集]

福岡県[編集]

ニューます屋売場面積1,380m2[730] → ニチイ門司店店舗面積約2,015m2[281]
閉店時の直営店舗面積約1,442m2[145]
ニューます屋として開業[730]。門司サティの閉店により、九州地区のサティは全てイオン九州の運営となった。建物は閉店後改修され、2009年(平成21年)1月にサンキュードラッグが1階と2階に入居した[732]
店舗面積約9,934m2[733]
福岡市内で寝具店を展開するてんぐ屋産業所有のビルに福岡ニチイ西新店(西新ショッピングデパート)として開店[738][広報 28]
1990年(平成2年)4月25日にビブレにリニューアル後[733]、1999年4月4日に閉店した。
  • 解体後、てんぐ屋産業による住居・商業複合施設SAVOY 西新テングッドシティ(現:TenGoodCity SAVOY)が開業。[要出典]

イオン九州運営店舗[編集]

※は旧マイカル九州時代の閉鎖店舗

福岡県[編集]

サンマートとして開業した[739]
閉店後、3月1日にサニーに営業を譲渡し[740]、同年5月19日にサニー福重店として新装開店した[741]
  • ※月隈サティ食品館(福岡市博多区月隈2-5−7、開業時期不明 - 2001年(平成13年)2月18日閉店[広報 18]
3月1日にサニーに営業を譲渡し[740]、同年5月19日にサニー月隈店として新装開店した[741]
敷地面積約18,100m2[743]、店舗面積約10,765m2(うち直営店舗面積約7,986m2[29]、鉄筋コンクリート造地下1階・地上3階建て[743]、延べ床面積約20,736m2[29]
  • ニチイます屋店 (北九州市門司区栄町9-10[730]
売場面積693m2[730]

長崎県[編集]

  • ニチイかほう店 (長崎市浜町14-16[744]、1967年(昭和42年)10月開店[744] - )
売場面積778m2[744]
  • ニチイマルセイ店 (島原市中堀町61[745]、1949年(昭和24年)開店[745] - )
  • ニチイ島原店(島原市中堀町61[349]、開業時期不明 - 閉店時期不明)
売場面積990m2[247]
1970年(昭和45年)6月に島原市の「マルセイ」などと「ニュー九州ニチイ」を設立した[37]
  • ※長崎サティ(長崎市浜町2−32[349]、開業時期不明 - 2001年(平成13年)8月19日に閉店[746]
店舗面積約1,394m2[349]
閉店後、2001年(平成13年)10月12日にデオデオ長崎店(現・エディオン長崎本店)が開業[747] 
  • ※諫早サティ(諫早市本町24[349]、1972年(昭和47年)開店 - 2005年(平成17年)6月10日に閉店[748]
店舗面積約2,757m2[349]
SC名:諌早ショッピングデパート[749]
  • ※福江サティ(五島市吉久木町731、1998年(平成10年)9月開業 - 2003年(平成15年)閉店) → 福江シティモール → 五島シティモール
延べ床面積約17,476m2[232]、店舗面積約9,991m2[232]

熊本県[編集]

  • ※ニチイ水俣店(水俣市、1970年(昭和45年)10月28日開業[750] - 1983年(昭和58年)2月27日閉店[751]
延床面積4,223m2[750]、売場面積3,960m2[750]
鉄筋コンクリート造3階建てで[750]、水俣市中心部の国道3号沿いに出店していた[752]
1872年明治元年)に創業した「衣屋」が[752]、「ショッピングデパート衣屋」として開業させた[752]水俣市初のスーパー[750]
1978年(昭和53年)にニチイの傘下となって「水俣ファミリーデパート」となったが、営業不振で閉店することになった[752]
  • ※ニチイ本渡店(本渡市本渡中央商店街[753]、開業時期不明 - 1999年(平成11年)2月19日閉店[753]
SC名:八代ショッピングデパート[749]
敷地面積約2,964m2[757]、地下1階地上6階建て延床面積約15,813m2[757]、店舗面積は約10,267m2[757](直営店舗面積約9,029m2[757])
2001年(平成13年)に閉店した壽屋と共に同じ八代市の中心商店街に出店していた[756]
1974年(昭和49年)5月に本町商店街のアーケードに隣接して開店し、店舗を改装した1992年(平成4年)度に売上高約48億円を上げていたが、2004年(平成16年)度に前年度比15.5%減の売上高約24億円で経常損益は500万円の赤字に落ち込み、2004年(平成16年)秋から2005年(平成17年)夏にかけて競合相手となる複合商業施設が相次いで出店したことなども影響して2006年(平成18年)1月31日に閉店した[755]
1992年(平成4年)3月1日にサティへ業態転換[757]
跡地に2007年(平成19年)9月1日0時にマックスバリュ八代店を核テナントとして2F建ての複合商業施設が開業した[758]

大分県[編集]

  • ※中津サティ✩×(中津市大字島田字手渡232番(現:中津市東本町1-1)、1977年(昭和52年)1月開業[759] - 2000年(平成12年)8月20日閉店[760] 
延べ床面積約14,876m2[232]、店舗面積約10,879m2[232]
1977年(昭和52年)1月に「丸吉百貨店」開業[759]。1981年(昭和56年)にニチイグループ入りし、ニチイ中津店[761]へ、1993年(平成5年)3月18日にサティへ業態転換した[761]が、2000年(平成12年)8月20日に閉店[760]
店舗の入居していた中津大交ビルは2004年(平成16年)に解体されて駐車場として利用されていたが、大分交通が8,413m2の敷地に鉄骨2階建て延べ床面積4,063m2の建物を建設して2012年(平成24年)3月にサンレーが経営する結婚式場VILLA LUCE(ヴィラ・ルーチェ)として開業することになった[762]
ニチイ大分ショッピングデパートとして開業[763]
大分市に本社を置く地元の不動産会社の西原パーキングがイオン九州と2009年(平成21年)11月30日に土地・建物の譲渡契約を締結し[766]、同年12月10日に地元の百貨店トキハの子会社でスーパーを運営するトキハインダストリーがテナントとして出店することが明らかになり[767]、地下に約1,000台が収容できる駐輪場として整備する設備などの工事費を一般会計補正予算案として2010年(平成22年)6月7日に開会する定例議会に大分市が提案する[768] など地元政財界の支援を受けて改装が進められ、同年10月25日にトキハインダストリー若草公園店や大分市営の地下駐輪場などがオープンした[769]
4-8階・屋上を解体後、地階は駐輪場、1階はトキハインダストリー若草公園店、2階は専門街店、3階は店舗駐車場という構成の「セントポルタビル」として2010年(平成22年)10月に開業した[764]

宮崎県[編集]

  • ニチイ小林店(小林市大字細野18[349]、開業時期不明 - 閉店時期不明)
売場面積380m2[247]
1970年(昭和45年)6月に小林市の「大和」などと「ニュー九州ニチイ」を設立した[37]
  • ※くしまサティ(串間市西方5590、1997年(平成9年)11月開業 ー 2002年(平成14年)2月閉店)
店舗面積約8,165m2[232]
宮崎唯一の店舗。マイカルと地元出資の株式会社武田が運営していた店舗。地元テナント5社でサティ存続のために「有限会社あきんど」を設立し、マイカルナック商事と交渉を行っていた。店舗跡は、2002年(平成14年)4月にニシムタが「N's CITY串間店」を開業。

店舗の一例[編集]

参考/出店を断念した店舗[編集]

ニチイ[編集]

  • 秋田駅前:秋田駅前再開発の一角である金座第1共同ビルへの出店計画だったが、商業調整協議会での事前調整で直営 店舗面積約3,100m2店舗面積6,000m2以下で地元専門店のテナント部分6,000m2を合わせた合計の店舗面積12,000m2以下とされたため、1979年(昭和54年)に出店を断念[770]
  • 鴨宮:1979年(昭和54年)9月に発表された大同毛織工場敷地跡の一部に出店を打ち出すもたが[426]、地元の小売業者などが「西湘地区大型店対策協議会」を結成して「第1種大型店出店の凍結宣言」出ともとに「小田原商工会所」も「大規模小売店舗出店凍結」を出す[771]など反対が強かったことからした[426]。代わりにイトーヨーカドーが出店する形で[426]1993年(平成5年)10月21日にダイドープラザとして開業し[772]2000年(平成12年)9月28日にはロビンソン百貨店[773]が入居するウエストモールが増設され[774]、イトーヨーカドー小田原店が入居する既存のイーストモールと合せて百貨店と総合スーパーの2核を持つショッピングセンターダイナシティとなった[774]
名古屋鉄道名古屋本線有松駅前のウインハート有松に2000年(平成12年)4月に出店を目指し[775]、100%出資の子会社のマイカル総合開発が1999年(平成11年)4月17日に名古屋市と契約を交わして、総額76.3億円のうち土地代金相当額約37億6607万円を支払ったが[776]、2002年(平成14年)1月21日にマイカル総合開発が会社更生法第103条1項を根拠に有松駅前第1種市街地再開発事業に関する事業参画契約の解除を申し入れて出店の中止を目指し[777]、最終的にはイオンが出店を肩代わりしてイオン有松ショッピングセンター(現:イオンタウン有松)として開業した。
近鉄グループひらかた丸物が開業したが、枚方近鉄百貨店、近鉄百貨店枚方店を経て2012年(平成24年)2月29日に閉店。建て替えの上、2016年(平成28年)5月16日枚方T-SITEが開業した[広報 29]
1990年、駅北口側のビオルネに枚方サティが開業し。ビブレへの改称とサティへの再改称を経て、現在はイオン枚方店。
  • 名張ショッピングデパート本館(名張市夏見字下河原299-1[779]

:鉄筋コンクリート造4階建て[779]・延べ床面積約20,011m2[779]、売場面積約14,843m2[779](直営売場面積約10,025m2[779])。1989年(平成元年)8月3日の開業を目指していた[779]

  • 名張ショッピングデパート別館(名張市夏見字下河原273-1[779]

:鉄筋コンクリート造2階建て[779]・延べ床面積約4,134m2[779]、売場面積約2,000m2[779]1989年(平成元年)8月3日の開業を目指していた[779]

  • 天理ショッピングデパート(天理市田部町字三十三89番1[780]

:鉄筋コンクリート造地下1階3階建て[780]・延べ床面積約21,001m2[780]、売場面積約13,499m2[780]1991年(平成3年)3月2日の開業を目指していた[780]

サティ[編集]

  • 盛岡サティ:岩手県盛岡市前潟で2003年(平成15年)の開業を目指していたが[781]、業績悪化に伴い2001年(平成13年)に出店を断念した[782]。予定地に、2003年(平成15年)8月[783] 9日にイオンモールがイオン盛岡ショッピングセンター(現・イオンモール盛岡)を開業。
  • 仙台サティ:仙台市太白区のセイコーインスツルメント工場跡地に2000年(平成12年)12月の開業を目指して1999年(平成11年)の着工を計画していたが[784]、業績悪化に伴い2000年(平成12年)に出店を断念した[785]
  • 新庄サティ:山形県新庄市で出店を目指していたが業績悪化に伴い出店を断念した[786]
  • 富山サティ:富山県富山市で出店を目指して用地選定していたが業績悪化に伴い出店を断念した[787]
  • 大垣サティ:1997年(平成9年)8月7日に岐阜県大垣市のオーミケンシ大垣工場跡地に出店する計画を発表していたが[788]、業績悪化に伴い2001年(平成13年)に出店を断念した[789]。予定地に、2007年(平成19年)10月27日にユニーがアクアウォーク大垣を開業[790]
  • 稲沢サティ:稲沢市大塚五丁目の兼松トップ跡地に1999年(平成11年)の出店を目指していたが[791]、業績悪化に伴い出店を断念した。
  • 天理ショッピングデパート:天理市田部町字三十三89番1[780]。鉄筋コンクリート造地下1階・地上3階建て[780]。延べ床面積約21,001m2[780]、店舗面積約13,499m2[780](うち直営店舗面積約9,500m2[780]
  • 橿原サティ:奈良県橿原市で出店を目指していたが業績悪化に伴い2001年(平成13年)に出店を断念した[792]
イオン伊丹昆陽ショッピングセンターの核店舗として出店する予定だったが、開業延期[793]とマイカルのイオンリテールへの吸収合併による店舗ブランド統一の時期[1]が被ったことにより「イオン伊丹昆陽店」として開業した。
2017年(平成29年)、イオンスタイル伊丹昆陽へと転換[広報 30]
  • 緑井サティ:広島市安佐南区の緑井駅前再開発への出店を目指していたもので[794]、2000年(平成12年)3月4日に再開発ビルの管理会社を設立した時点や[794]、再開発工事の着手時点までは商業棟にはマイカルが出店予定だったが[795]、マイカルが破たんした影響を受けて2003年(平成15年)にフジに変更され[796]、2004年(平成16年)10月2日に「フジグラン緑井」として開業した[797][798]
  • 周南サティ:山口県下松市で出店を目指していたが業績悪化に伴い出店を断念した[799]
  • 北島サティ:1998年(平成10年)2月20日に、徳島県板野郡北島町の日清紡徳島工場社宅跡地の区画整理事業予定地に出店を発表、2000年(平成12年)3月の開店を目指していたが[800] 申請した売場面積から22.4%削減された[801] ため、そのことを理由として1999年(平成11年)11月に出店を正式に断念した[802]。予定地には、2001年(平成13年)11月2日にフジがフジグラン北島を開業[800]

このほか、沖縄県那覇新都心地区おもろまち4丁目の大型店舗計画でサティとしてダイエー、ジャスコ(現:イオン)とともに入札したがダイエーに敗れた。そのダイエーも経営が苦しくなり出店断念、再入札でサンエーが取得し現在はサンエー那覇メインプレイスとなる。


脚注[編集]

出典[編集]

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  2. ^ a b c “広島サティ:閉店 SC競争激化直撃 営業14年“感謝””. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2011年7月19日)
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  7. ^ “マイカル、6年ぶり「サティ」開業”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2006年4月27日)
  8. ^ “秋田市に大型SC サティ船出 1800台収容駐車場も満杯”. 秋田魁新報 (秋田魁新報社). (1995年4月29日)
  9. ^ a b c d “SC INFORMATION 横手サティ”. ショッピングセンター 1997年7月号 (日本ショッピングセンター協会) (1997年7月1日).pp95
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  11. ^ a b c d e “SC NEWS 米沢サティ”. ショッピングセンター 1994年5月号 (日本ショッピングセンター協会) (1994年5月1日).pp76
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  13. ^ a b c d e f “SC INFORMATION 横手サティ”. ショッピングセンター 1995年11月号 (日本ショッピングセンター協会) (1995年11月1日).pp76
  14. ^ a b c d e f g h “’98年開店SC一覧(1998年1月~12月)”. ショッピングセンター 1999年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年1月1日).pp13
  15. ^ a b “’98年開店SC一覧(1998年1月~12月)”. ショッピングセンター 1999年1月号 (日本ショッピングセンター協会) (1999年1月1日).pp12
  16. ^ “マイカル「古河サティ」9月9日開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1998年8月31日)
  17. ^ “ホソガネニチイ、「高萩サティ」オープン“生活百貨店”地元も期待”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年7月31日)
  18. ^ “ホソガネニチイ、「高萩サティ」開店 年商50億円目指す”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1995年7月17日)
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