遍歴

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遍歴』(Pilgrimage)は、英国の作家ドロシー・リチャードソンの、20世紀前半からの長編小説の連作である。これは、死後出版の最終巻をふくむ13巻からなる。[1]これはいまや、モダニズム文学の重要な作品と見なされている。リチャードソン自身は、巻を「章」と言っている。[2]

概観[編集]

『遍歴』の中心人物であるミリアム・ヘンダーソン (Miriam Henderson) は、1891年から1915年までの著者自身の人生に基づいている。[3]『遍歴』は、フィクション作品として読まれ、そして「批評家はその内容がドロシー・ミラー・リチャードソン自身の経験の作り直しであろうとはと思わなかった」[† 1]し、これが「実話小説」(roman à clef) であろうとは思わなかった。[4]

ミリアムは、リチャードソンとおなじく、「親が男児を望み、彼女がその期待を満たすかのように遇した4人姉妹の三女」[† 2][5]である。この生い立ちは、ミリアムの、「女性としての自分の役割にたいする強いアンビバレンス」[† 3]に反映されている。[6]ドロシー・リチャードソン自身も同じアンビバレンスを抱いていた。[7]

内容[編集]

最初の長編小説『ポインテッド・ルーフス』(Pointed Roofs)(1915年)は、1893年に設定されている。[8]17歳で、ミリアム・ヘンダーソンは、リチャードソン自身がしたように、ドイツ、ハノーヴァーの教養学校で英語を教えている。著者も登場人物も、父親の経済的問題のために、このことをしている。[9]翌1916年、リチャードソンは、『バックウォーター』(Backwater) を刊行したが、そのなかで、ミリアムは、「北ロンドンの中流階級の娘たちが通う学校の住み込みの女性家庭教師として働いている」[† 4][10]

『ハニーコーム』(Honeycomb) は、1917年に刊行された。『サタデー・レヴュー』( Saturday Review) は、「ミス・リチャードソンは、才能がないわけでなく、それは、神経衰弱症の才能である」[† 5]と評した。しかも「この本の中で唯一生きているもの」[† 6]は「[ヒロインの]病的な、自意識過剰な心」[† 7]である。この長編小説の中で、ミリアムは、1895年のあいだコリー (Corrie) 家の2人の子供の家庭教師として働いている。ミスター・コリーは、成功した法律家である。『ハニーコーム』は、ミリアムの母の自殺で終わっている。この長編小説の中の出来事は、ドロシー・リチャードソン自身の生活と平行している。彼女の母親は1895年に自殺を遂げた。

第4部『トンネル』(The Tunnel) は、1919年に現れた。そのなかで、ミリアムは、まず、より独立した生活を送り始め、21歳で中央ロンドンのブルームズベリーで部屋を取り、歯科外科医の受付係として働いている。これらは、また、ドロシー・リチャードソンの人生と平行な出来事である。オリーヴ・ヘーゼルタイン (Olive Heseltine) は、この長編小説を評した「人生そのものだ。形が無い、取るに足らない、要領を得ない、退屈だ、美しい、好奇心をそそる、深遠だ。そして何よりも、夢中にさせる」[† 8][11]他方で、『スペクテーター英語版』の「初老の男性書評者」は、「ミス・リチャードソンが平均的読者の満足に関心を持っていない」[† 9]ことが、気がかりであると思った。[12]

1920年に刊行された『インタラム』(Interim) は、リチャードソンの5つめの長編小説であり、1919年のジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』とともに、『リトル・レヴュー』(Little Review) で連載された。[13]ニューヨーク・タイムズ・ブック・レヴュー』は、リチャードソンは「才能」を持っていることを認める一方で、彼女のヒロインは「特に興味深いというわけではない」[† 10]し、この長編小説は、彼女の連作を以前から「親しく知っている」[† 11]人々以外にとっては「十中八九...ほとんど理解しがたい」[† 12]であろう。[14]『遍歴』のこの章の中の行動の多くは、ミリアムの下宿屋で起きている。

『遍歴』の第6部、『デッドロック』(Deadlock) は1921年に現れた。ウーナ・ハント (Una Hunt) は、『ニュー・リパブリック英語版』の中の書評の中で、彼女の「この長編小説を読むときの激しい興奮」[† 13]に言及し、そして『デッドロック』を「書物ではなく経験」[† 14]と呼んでいる。[15]「存在の、そして現実の、本性に関する形而上的な疑問が『遍歴』全体にみなぎっている」[† 15]けれども、リチャードソンの、哲学的理論および思想に対する関心は、『デッドロック』の中心であった。しかしながら、『デッドロック』の中で、「リチャードソンは、まず、哲学的な思想と探究が、ミリアムの成熟しつつある思考のなかで、頑固な組織化された形をとっているのを示す」[† 16]、そのとき彼女は、同じ下宿人マイケル・シャトフ (Michael Shatov)とともに「英国の観念論哲学者ジョン・マクタガートによる入門的講義のコースに出ている」[† 17]。彼女は、シャトフと、数ある中で、「ハーバート・スペンサーラルフ・ワルド・エマーソンバールーフ・デ・スピノザ、そしてフリードリヒ・ニーチェの思想」[† 18]について議論している。[16]シャトフは、ロシアにいるユダヤ人の法律家の息子ベンジャミン・グラッド (Benjamin Grad) に基づいているが、彼は1896年に、ロンドン、ブルームズベリー、エンドスレート・ストリート (Endesleigh Street) のリチャードソンと同じ下宿に住んでいた。グラッドは、リチャードソンに結婚してくれと求めたが、しかし彼女は、彼をはねつけた。[17]

『リヴォルヴィング・ライツ』(Revolving Lights) は1923年に刊行され、そのなかでミリアムは結婚を断っているけれども、マイケル・シャトフとの交友は続いている。ミリアムはまた、ハイポとアルマ・ウィルソン (Hypo and Alma Wilson) の浜辺の家で長い休暇を過ごしているが、彼らは、ハーバート・ジョージ・ウェルズとその妻エーミー (Amy) に基づいている。1925年、第8巻『トラップ』(The Trap) が、現れた。ミリアムは、或るフラットに移っているが、そこを彼女はミス・ホーランド (Miss Holland) という人物と共用している。題名は、これが成功した冒険ではないということを反映している。

『オーバーランド』(Oberland) は、1928年に刊行され、ミリアムがスイス・アルプスのベルナー・オーバーラント (Bernese Oberland) で過ごした14日間を描いているが、これは1904年のリチャードソンのそこでの休暇に基づいている。これは「強烈な驚きの状態 - 『外国にいることの奇妙な幸せ』を祝っている、旅行と新たな環境の経験と影響に焦点を合わせている」[18][19]『遍歴』の第10部、『ドーンズ・レフト・ハンド』(Dawn's Left Hand)は1931年に刊行された。 この長編小説の中で、ミリアムは、ハイポ・ウィルソン (Hypo Wilson) と関係を持ち、妊娠と流産に至ったが、これは1907年頃のリチャードソンの、ハーバート・ジョージ・ウェルズとの情事に基づいている。セックスは、この作品の主要な関心事である。ミリアムの女友達アマベル (Amabel) は、ミリアムの鏡に一片の石鹸で「あなたを愛してる」と書いており、ミリアムに、自分に返礼できるかしらと思わせている。アマベルは、ヴェロニカ・レスリー=ジョーンズ (Veronica Leslie-Jones) に基づいていたが、彼女は活動家で女性参政権論者で、ベンジャミン・グラッドと結婚した。

さらに4年間が経過してのち、『遍歴』の第11部『クリアー・ホライズン』(Clear Horizon)が1935年に刊行された。そのなかで、ミリアムの、アマベルとの関係は続いている。 『ディンプル・ヒル』(Dimple Hill) は、全4巻の選集の一部として1938年に刊行された。これは、ドロシー・リチャードソンの生前に刊行された『遍歴』の最後の巻であった。 この版は、刊行者によって全12部で完結した作品として広告された。[20]

1946年に、リチャードソンは、「進行中の作品」からの3章分を、『ライフ・アンド・レターズ』(Life and Letters) のなかで、刊行したが、死亡したときに、『マーチ・ムーンライト』(March Moonlight) という『遍歴』の第13「章」の不完全な原稿を遺したが、これは1967年に新たな完結した作品とともに刊行された。 ミリアムがミスター・ノーブル (Mr Noble) という人物に会う短い描写があるが、これはドロシー・リチャードソンが1915年にアラン・オードル (Alan Odle) に会ったことに基づき、彼はある銀行経営者の息子で、1917年に彼女の夫になった。二人は、1915年に、ともに、ロンドンのセント・ジョンズ・ウッド (St John's Wood) の同じ下宿屋に住んだ。

文体[編集]

1918年の書評で、メー・シンクレア (May Sinclair) は、リチャードソンの、語りにおける自由間接話法の特徴的な使用を指摘した。[21]『遍歴』の初期から、彼女は、意識の流れにそれを採用した。[22]リチャードソンの文体は、ジェームス・ジョイスおよびヴァージニア・ウルフと作られる、より普通な平行よりもむしろ、ヘンリー・ジェームズのそれと、より適切に比較されるということは、主張されてきた。[23]

脚注[編集]

原文[編集]

  1. ^ "its critics did not suspect that its content was a reshaping of DMR's own experience"
  2. ^ "is the third of four daughters [whose] parents had longed for a boy and had treated her as if she fulfilled that expectation"
  3. ^ "strong ambivalence toward her role as a woman"
  4. ^ "works as resident governess in a school frequented by the daughters of the North London middle class"
  5. ^ "Miss Richardson is not without talent but it is the talent of neurasthenia"
  6. ^ "only living thing in the book"
  7. ^ "the morbid and self-conscious mind [of the heroine]"
  8. ^ "simply life.Shapeless, trivial, pointless, boring, beautiful, curious, profound.And above all, absorbing."
  9. ^ "Miss Richardson is not concerned with the satisfaction of the average reader"
  10. ^ ("is not particularly interesting"
  11. ^ "close acquaintance"
  12. ^ "probably ... almost unintelligible"
  13. ^ "intense excitement in reading this novel,"
  14. ^ "an experience rather than a book"
  15. ^ "metaphysical questions about the nature of being and of reality pervade Pilgrimage as a whole"
  16. ^ "Richardson first shows philosophical ideas and inquiry taking persistent and organized shape in Miriam’s maturing thought"
  17. ^ "attends a course of introductory lectures by the British Idealist philosopher John Ellis McTaggart"
  18. ^ "the ideas of Herbert Spencer, Ralph Waldo Emerson, Benedict de Spinoza and Friedrich Nietzsche"

注釈[編集]

  1. ^ Windows on Modernism, p. xxxiii.
  2. ^ Rabaté, Jean-Michel (2013-02-26). A Handbook of Modernism Studies. John Wiley & Sons. p. 68. ISBN 9781118488676. http://books.google.com/books?id=O98oGydTgE0C&pg=PT68 2017年6月1日閲覧。. 
  3. ^ Doris B Wallace, Howard E Gruber //.Creative People at Work. Oxford University Press, 1992, 162
  4. ^ Jane Fouli, "Introduction". The Letters of John Cowper Powys and Dorothy Richardson, ed. Jane Fouli, London: Cecil Woolf, p. 11.
  5. ^ Sydney Janet Kaplan, Feminine Consciousness in the Modern British Novel. University of Chicago Press, 1975, p. 17.
  6. ^ Sydney Janet Kaplan, Feminine Consciousness in the Modern British Novel, p. 16.
  7. ^ Doris B Wallace, & Howard E Gruber. Creative People at Work, pp. 149-50.
  8. ^ Janik, Vicki K.; Janik, Del Ivan; Nelson, Emmanuel Sampath (2002). Modern British Women Writers: An A-to-Z Guide. Greenwood Publishing Group. p. 275. ISBN 9780313310300. http://books.google.com/books?id=RKkxuhw7kowC&pg=PA275 2017年6月1日閲覧。. 
  9. ^ Rebecca Bowler, "Dorothy M Richardson deserves the recognition she is finally receiving", The Guardian, 15 May 2015 [1]
  10. ^ "Notes on New Fiction," Dial, [N.Y.] 62, 31 May 1917, 483.
  11. ^ "Life. The Tunnel." Everyman [London], 22 Mar. 1919: 562, 565.
  12. ^ "Fiction." Spectator, 15 Mar. 1919, pp. 330-331.
  13. ^ [2]
  14. ^ "Latest Works of Fiction." New York Times Book Review, (20 June 1920): 320.
  15. ^ "Deadlock", New Republic, 29 (8 Feb. 1922): 313-314
  16. ^ Deborah Longworth, "Subject, Object and the Nature of Reality: Metaphysics in Dorothy Richardson's Deadlock. The Journal of Dorothy Richardson Studies, no. 2 (2009), p. 8. [3]
  17. ^ M. C. Rintoul, Dictionary of Real People and Places in Fiction, London: Routledge, 2014. p. 454.
  18. ^ "focuses on the experience and influence of travel and new surroundings, celebrating a state of intense wonder—'the strange happiness of being abroad.'"
  19. ^ Mhairi Pooler, "'The Strange Happiness of Being Abroad': Dorothy Richardson's Oberland". Journeys; New York16.1 (Summer 2015): 75-97.
  20. ^ Kristin Bluemel, Experimenting on the Borders of Modernism: Dorothy Richardson's Pilgrimage. Athens, Georgia: University of Georgia Press, 1997, p. 15.
  21. ^ Parsons, Deborah (2014-08-07). Theorists of the Modernist Novel: James Joyce, Dorothy Richardson and Virginia Woolf. Routledge. p. 31. ISBN 9781134451333. http://books.google.com/books?id=-nqCAgAAQBAJ&pg=PA31 2017年6月1日閲覧。. 
  22. ^ Herman, David; Jahn, Manfred; Ryan, Marie-Laure (2010-06-10). Routledge Encyclopedia of Narrative Theory. Routledge. p. 317. ISBN 9781134458400. http://books.google.com/books?id=oX8hmVw_yXYC&pg=PA317 2017年6月1日閲覧。. 
  23. ^ Bluemel, Kristin (1997). Experimenting on the Borders of Modernism: Dorothy Richardson's Pilgrimage. University of Georgia Press. p. 180. ISBN 9780820318721. http://books.google.com/books?id=85oSvxzdcycC&pg=PA180 2017年6月1日閲覧。.