進藤津る

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進藤 津る(しんどうつる)は、山梨県の幼児教育の先駆者で、県内最初の私立幼稚園を設立した。

略歴[編集]

明治9年東京女子師範学校に入学し、明治14年の卒業と同時に山梨県立師範学校(現山梨大学)で教鞭を振るう。当時の幼児教育の必要性を訴え、あらゆる困難を克服し1898年(明治31年)に県内最初の私立幼稚園「進徳幼稚園」を設立する。幼児完全育成のためには、母親の自覚と積極的協力がなくてはならないことを強調し、家庭婦人の地位向上の面にも情熱を注いだ。山梨県婦人会の設立や各地域の婦人会総会などの講師として奔走し、今日の婦人活動基礎づくりに貢献した[1]

山梨における幼児教育[編集]

文部省は1872年(明治5年)に学制を頒布した。その中の小学校の項目の中で6歳までの小学校前の教育(幼稚小学)について規定している。これを受けて1876年(明治9年)官立の幼稚園を東京女子師範学校(お茶の水女子大学の前身)に設置した。また、1878年(明治11年)には、同師範学校にて幼稚園教諭の養成を行うようになり、日本全国に幼児教育を普及させることとなった[2]

この動きを受けて、山梨県では1887年(明治20年)山梨尋常師範学校が幼稚保育科を設置した。これが山梨県における最初の幼稚園である。ここで行われた保育内容は東京女子師範学校附属幼稚園を模範として、談話、手技、計方、唱歌、遊戯というフレーベル幼稚園教育の内容に行儀の科目が加えられていて小学校のように教授的に行われていた。しかしながら財政難から長くは続かず1898年(明治31年)に廃園となった[2]

進徳幼稚園[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『郷土史にかがやく人びと』社団法人青少年育成山梨県民会議、1997年、235-252頁。
  2. ^ a b 山梨県立女子短期大学幼児教育科 山梨県保育史研究会『見る山梨県保育史』山梨ふるさと文庫、1988年、8-9頁。

参考文献[編集]

  • 青少年育成山梨県民会議『郷土史にかがやく人びと 集合編(IV)』(1997年)
  • 山梨県立女子短期大学幼児教育科 山梨県保育史研究会『見る山梨県保育史』(1998年、山梨ふるさと文庫)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]