退行的左翼

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退行的左翼 (Regressive left、時々退行的リベラルとしても言及される) は、政治的に左翼層に属しながら、リベラル的な価値観に反する判断基準、イデオロギーに対する寛容の精神によってリベラル的な価値観から退行した主張を持つ人物を否定的に分類するときに用いられる政治的形容語句である。特に多文化主義文化相対主義の観念により、イスラム主義への寛容を主張する人物に使用される。

多文化主義の特定の文脈内では、英国の反イスラム主義活動家であるMaajid Nawaz英語版が、2012年にこの語句を、自身の回顧録『急進主義: イスラム主義者の過激主義から離れた私の遍歴英語版』において[note 1]英国における、イスラム主義者に対して予備的知識を持たず「知らないで迎合」し、イスラム主義者のイデオロギーへの容認が広まることを助けた「善意のリベラル、およびイデオロギーに駆り立てられた左翼主義者」を説明する為に使用した。インターネットフォーラムのBig Think英語版における、2015年のビデオプレゼンテーションにおいて、Nawazはこの語句の意味について説き、この語句は、(彼の意見では)「政治的公正性のために、寛容のために、彼らが信じるものは、異なった文化と異なったライフスタイルの尊重であり ... 少数派コミュニティーにおいて起こりうる幾らかの偏見に異議を唱えるための生まれつきの躊躇」を持っている「左翼層」を説明するものである、と彼は述べた[2]

有名な政治社会評論家の中で、コメディアンのビル・マー、インターネットベースのトークショーのホストのデイブ・ルービン英語版新無神論英語版主義者の作家のサム・ハリスジェリー・コイン英語版[3]リチャード・ドーキンスは、このコンセプトを何度も議論した[4][5]

注釈[編集]

  1. ^ On p. 210 of Radical英語版 (2012), Nawazは以下のように書いた: "Is not winning the war more important than truth? This maxim, I knew, was also subscribed to by some on the left, the regressive left. For them, winning against capitalism was far more important than it was to their allies. I watched as our ideology gained acceptance and we were granted airtime as Muslim political commentators. I watched as we were ignorantly pandered to by well-meaning liberals and ideologically driven leftists. How we Islamists laughed at their naïveté".[1]

出典[編集]