近藤正道

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日本の旗 日本の政治家
近藤 正道
こんどう まさみち
生年月日 (1947-01-25) 1947年1月25日(70歳)
出生地 新潟県三島郡出雲崎町
出身校 中央大学法学部
前職 新潟県議会議員
所属政党 無所属→)
社会民主党
称号 法学士
弁護士

選挙区 新潟県選挙区
当選回数 1回
在任期間 2004年7月26日 - 2010年7月25日
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近藤 正道(こんどう まさみち、1947年1月25日 - )は、日本政治家弁護士(登録番号:15594)。

参議院議員(1期)を務めた。

来歴[編集]

新潟県三島郡出雲崎町生まれ。新潟県立柏崎高等学校中央大学法学部法律学科卒業。1977年新潟市で法律事務所を開業した。

1987年日本社会党公認で新潟県議会議員選挙に出馬し、初当選。県議を5期務めた後、2004年第20回参議院議員通常選挙新潟県選挙区から無所属で出馬し、初当選。当選後、社会民主党・護憲連合(参議院院内会派)入りした。なお近藤は1997年には社民党新潟県連代表に就任しており、2004年の参院選に出馬した時も党籍はあったが、民主党からの選挙協力を受けるため無所属で出馬し、民主・社民両党が推薦する形が採られた(新潟方式)。

普天間基地移設問題において沖縄県外移設を断念した鳩山由紀夫内閣の方針に対し、社会民主党は連立政権離脱を選択したが、近藤は最後まで離脱に反対した。その後2010年7月11日第22回参議院議員通常選挙に再び党籍を残したまま無所属で出馬する[1]が、田中直紀中原八一の後塵を拝し、次点で落選。

県議時代から環境問題や原子力行政の問題に取り組んできた。なお新潟県は柏崎刈羽原子力発電所を有する。

活動[編集]

政策[編集]

  • 選択的夫婦別姓制度導入に賛成[4]。「人権大国として胸を張っていくためにも必要」と述べる。

議員連盟[編集]

脚注[編集]

  1. ^ “社民現職・近藤氏、無所属出馬を正式表明” ((日本語)). 読売新聞. (2010年6月17日). http://www.yomiuri.co.jp/election/sangiin/2010/news1/20100617-OYT1T00498.htm 2010年6月17日閲覧。 
  2. ^ 「共謀罪」反対で、超党派国会議員と市民の緊急集会
  3. ^ フォーラム平和・人権・環境『永住外国人の地方参政権法案の早期立法化を求める緊急院内集会』[1]
  4. ^ 第170回国会 参議院 法務委員会 - 4号 平成20年11月25日
  5. ^ 「共謀罪」に反対する超党派国会議員と市民の集い