近藤新八

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
近藤 新八
生誕 1893年10月15日
日本の旗 日本 香川県
死没 (1947-10-31) 1947年10月31日(54歳没)
所属組織 日本陸軍
軍歴 1916 - 1945
最終階級  陸軍中将
テンプレートを表示

近藤 新八(こんどう しんぱち、1893年10月15日 - 1947年10月31日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将香川県出身。陸士28期、陸大41期。

経歴[編集]

歩兵第224連隊長、第37師団参謀長として中国大陸に駐屯し、続いて台湾軍参謀長を努めた。その後独立混成第19旅団長から新設された第130師団長に補され、広東にて連合軍の中国南部上陸に備えた。戦後戦犯に指名され、昭和22年10月広東で死刑(銃殺)に処された。

辞世の句[編集]

空蝉の 身は広東に 葬るとも
天翔りなむ 我が荒魂は

年譜[編集]