近藤徹志

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近藤 徹志 Football pictogram.svg
名前
カタカナ コンドウ テツシ
ラテン文字 KONDO Tetsushi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1986-11-04) 1986年11月4日(30歳)
出身地 福岡県福岡市
身長 187cm
体重 77kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 ファジアーノ岡山
ポジション DF (CB)
背番号 4
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2005-2009 浦和レッドダイヤモンズ 0 (0)
2007 愛媛FC (loan) 40 (3)
2010- ファジアーノ岡山 105 (3)
1. 国内リーグ戦に限る。2016年1月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

近藤 徹志(こんどう てつし、1986年11月4日 - )は、福岡県出身のサッカー選手。ポジションはディフェンダー(DF)Jリーグファジアーノ岡山所属。

来歴[編集]

筑紫丘中学校在籍中、中学校にサッカー部がなく、クラブのわかばFCで活躍。その後東福岡高校ではキャプテンとして活躍した。長友佑都は高校時代の同級生である。

2005年浦和レッズに入団。2005年6月4日ナビスコカップ、対大宮アルディージャ戦でデビューしたが、開始5分で左膝前十字靭帯断裂の重傷を負った。2006年、怪我から復帰したものの、ブッフバルト監督の信頼を得られず公式戦出場機会はなかった。2007年、出場機会を求めて愛媛FC期限付き移籍した。愛媛FCでは開幕時こそサブだったがすぐにレギュラーに定着、DF陣の要として活躍し、天皇杯4回戦で古巣浦和を破る原動力となった。

愛媛での活躍が認められて2008年、浦和へと復帰。2008年は公式戦の出場は無かったが、2009年10月11日天皇杯2回戦、対松本山雅FC戦で浦和復帰後初の公式戦出場を果たした。

2010年からはファジアーノ岡山へ完全移籍。この年は33試合出場した。2012年は、右膝前十字靭帯断裂によって、6〜8ヶ月を背負った[1]

所属クラブ[編集]

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2005 浦和 24 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2006 0 0 0 0 0 0 0 0
2007 愛媛 3 J2 40 3 - 3 0 43 3
2008 浦和 25 J1 0 0 0 0 0 0 0 0
2009 0 0 0 0 1 0 1 0
2010 岡山 4 J2 33 0 - 1 0 34 0
2011 21 0 - 1 0 22 0
2012 4 0 - 0 0 4 0
2013 23 3 - 2 1 25 4
2014 17 0 - 1 0 18 0
2015 7 0 - 0 0 7 0
通算 日本 J1 0 0 1 0 1 0 2 0
日本 J2 145 6 - 8 1 153 7
総通算 145 6 1 0 9 1 155 7

脚注[編集]

  1. ^ 近藤徹志選手怪我について ファジアーノ岡山 2012.04.11

関連項目[編集]

外部リンク[編集]