辺真一
ピョン・ジンイル 辺 真一 | |
|---|---|
| 生誕 |
1947年4月12日(71歳) |
| 教育 | 明治学院大学文学部英文学科 |
| 職業 | ジャーナリスト |
| 辺真一 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| ハングル: | 변진일 |
| 漢字: | 邊眞一 |
| 発音: |
ピョン・ジニル ピョン・ジンイル(通例) |
| ローマ字: |
Byeon Jin-il(2000年式) Pyŏn Chin-il(MR式) |
辺 真一(ピョン・ジンイル、へん・しんいち、朝鮮語:변진일、朝鮮語漢字表記:邊眞一、1947年4月12日[1] - )は、東京都生まれの在日コリアンジャーナリスト。『コリア・レポート』創刊者、編集長。コリアエンタープライズ代表。父親が韓国人で母親が日本人のハーフである。
経歴[編集]
- 実の母親は在日韓国人ではなく日本人であることを50代後半になって知った[2]。
- 明治学院大学文学部英文学科卒業。在学中は演劇部に所属し、当時は奥田瑛二も部員として在籍していた[3]。朝鮮半島問題に関わらなければ、英国のシェイクスピアを研究したかったと語っている[4]。
- 北朝鮮系の朝鮮新報記者、PEOPLE'S KOREA記者を経て、1982年に独立。朝鮮半島専門誌『コリア・レポート』を創刊し、現在にいたるまで編集長を務めている。
- 現代財閥創業者の鄭周永の妻である邊仲錫(鄭も妻も現在の北朝鮮の江原道通川郡出身である)は父方の親戚であり、北朝鮮や現代財閥とのコネクションを持っている。
人物[編集]
1997年に日本政府が北朝鮮に米支援を行うことを決め、国内で賛否両論が起きた際に、支援に慎重であるべきとする西村眞悟氏を批判し、北への支援を熱烈に訴えた。
2002年の日朝首脳会談以前には、日本のメディアが韓国に亡命した北朝鮮工作員の証言をもとに横田めぐみ拉致事件について報道したことに対して、正体不明者の発言の伝聞なので、証言ではなく「未確認情報」と呼ぶべきなどと主張していた[5]。
金正日後継問題では、金正哲有力説が出てからも金正男有力説を強弁していた。
韓国への取材渡航は数十回に及ぶが、北朝鮮へは1980年に一度渡航したのみである。のちにアントニオ猪木との対談で明らかにしたところでは、名古屋=平壌間のチャーター便就航事業に協力したところ、これに関われなかった朝鮮総聯から疎まれ、北朝鮮への渡航申請をしても許可が下りない状況に陥ったという[6]。
『JPニュース』への寄稿で、「ザイニチ社会には、ザイニチだけが持っている水面下の人脈がある。日本芸能界およびスポーツ界、時には甲子園の出場選手まで北海道出身でも九州出身でもどこの誰でも情報が回覧板のように伝えられてくる」と在日コリアンが、日本の著名人を根拠なく在日コリアンやコリアン系の同胞であると主張する在日認定行為が頻繁に在日社会で行われていることを証言している(在日認定参照)[7]。
日テレ系「太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。」で、拉致問題の解決を訴える主張に「日本が拉致のことを言うなら、北朝鮮に対し歴史を精算すべきだ」「歴史の精算が先だ」と主張した。
主要な活動[編集]
テレビ番組[編集]
主要著書[編集]
- 一触即発の三八度線
- 表裏の朝鮮半島
- 朝鮮半島Xデー
- 北朝鮮亡命730日ドキュメント
- 北朝鮮100の新常識
- 韓国人と上手につきあう法
- 大統領を殺す国韓国
- 在日の涙ー間違いだらけの日韓関係
主要訳書[編集]
- 潜航指令