辰野事件

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辰野事件(たつのじけん)は、1952年長野県上伊那地域で発生した長野県警察による冤罪事件。

概要[編集]

同年4月29日の深夜から翌早朝にかけて、辰野警察署本署及び辰野駅派出所辰野町)、伊那警察署東箕輪村駐在所箕輪町)及び美和村非持駐在所、伊那税務署伊那市)が、何者かによってダイナマイト火炎瓶で襲撃される事件が起きた。

警察容疑者として日本共産党員13名を逮捕し、取調べ中に10人が自白したため、13人が爆罰物取締罰則違反、放火未遂罪などで起訴された。起訴後は13名の被告は全員が犯行を否認し、党も「日本共産党に対する攻撃であり、でっちあげである」と抗議の声明を発表した。

1960年長野地方裁判所飯田支部は10名を実刑判決(首謀者とされた男は懲役7年)、3名を執行猶予付きの懲役刑と13名全員を有罪としたが、1972年東京高等裁判所で証拠不十分として無罪判決を得、検察側も上告を断念した。

評価[編集]

ジャーナリストの新藤健一は、辰野事件を「当局による現場改変の危険性」があった事件との認識を示した[1]

参考文献[編集]

  • 辰野事件元被告団『辰野事件裁判闘争の20年』1972年
  • 田中二郎、佐藤功、野村二郎「戦後政治裁判史録2」1981年

脚注[編集]

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  1. ^ 新藤健一 『映像のトリック』 株式会社講談社、1986年2月20日、204頁。ISBN 406148804X。「「警察がいう危険回避や現場保存の名目で、取材規制を許すと辰野事件(交番爆破)のように当局による現場改変の危険性さえ、はらんでくる。」」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]