車折神社
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車折神社 | |
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所在地 | 京都府京都市右京区嵯峨朝日町23 |
位置 |
北緯35度00分57秒 東経135度41分21秒座標: 北緯35度00分57秒 東経135度41分21秒 |
主祭神 |
清原頼業(寶壽院殿、車折明神) アメノウズメ |
社格等 | 村社 |
創建 | 文治5年(1189年) |
別名 |
寶壽院(宝寿院) 車折大明神 車裂神社 車前神社 |
札所等 | 神佛霊場会(神仏霊場巡拝の道) |
例祭 | 5月14日 |
主な神事 | 三船祭 |
地図 |
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車折神社(くるまざきじんじゃ)は、京都市右京区嵯峨朝日町にある神社である。 社名は「車裂」「車前」とも書いた。 旧社格は村社で、現在は単立神社。
祭神[編集]
祭神は清原頼業(きよはらのよりなり)である。頼業は、学問で有名な清原氏の出であり、自身も平安時代後期の著名な漢学者・儒学者であった。大外記の職を長年務め、晩年には九条兼実より政治の諮問を受け、兼実から「その才、神といふべく尊ぶべし」と評された。
歴史[編集]
頼業が文治5年(1189年)に亡くなると、清原家の領地であった現在の鎮座地に廟が設けられた。後に、頼業の法名にちなんだ「宝寿院」という寺が建立され、後に天龍寺の末寺となった。
社名の「車折」については、ある人が牛車に乗ったまま社前を通った所、突然車が裂けてしまったためとも、後嵯峨天皇の大堰川遊幸の際、社前で突然車が前に進まなくなったので、不思議に思って社の者に問うた所、頼業公を祀ると答えがあったので、還御の後に「車折大明神」の神号と正一位の神階を贈ったためともいう。
境内社[編集]
祭事[編集]
例祭は5月14日で、その延長神事として5月第3日曜日に「三船祭」が行われる。昭和天皇即位を記念して1928年(昭和3年)より催行されているもので、嵐山の大堰川にて平安時代の船遊びが再現される。
文化財[編集]
頼業の筆によると伝えられる「三略」が重要美術品に認定されている。
画家・富岡鉄斎が一時当社の宮司を務めていた関係から、鉄斎の作品が多数伝わっており、「車軒文庫」として管理されている。また、社名標や本殿の扁額は鉄斎の筆によるものである。
時代劇ロケ[編集]
車折神社は、東映や松竹の撮影所が近くにあることから、映画やドラマのロケによく使用されている。以下は、車折神社で撮影を行った主な時代劇のタイトル。
交通[編集]
- 京福電鉄嵐山本線(嵐電)「車折神社駅」下車すぐ南側
- JR西日本嵯峨野線(山陰本線)「嵯峨嵐山駅」下車 徒歩約10分
- 阪急電鉄嵐山線「嵐山駅」下車 徒歩約15分
- 京都市営バス「車折神社前」下車 徒歩3分
- 京都バス「車折神社前(嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学前)」下車 徒歩約3分
外部リンク[編集]
- 車折神社(公式サイト)
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