趙 樾(ちょう えつ、1115年? - 1131年)は、北宋の徽宗の第17皇子(夭逝を除いて第14皇子)。
貴妃喬氏の五男として生まれた。同母兄に趙杞、趙栩、趙材、趙朴がいる。
政和5年7月20日(1115年8月11日)、瀛国公の位を授けられた。
靖康の変後、金に連行された。金の天会9年(1131年)に自殺した。