越前王朝
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越前王朝(えちぜんおうちょう)は、岡田英弘の提唱した日本古代史の学説。河内王朝、播磨王朝に続く倭国の王朝。継体天皇を初代とし、今上天皇まで至る現皇室の直接の祖とされる。
ただし、『日本書紀』が推古天皇の治世(摂政聖徳太子)とする時期を描写する中国資料『隋書』は、倭国を訪問した隋使裴世清が、「オホキミと号し、妃や太子がいる男王と会見した」と記録している。そこで、推古天皇、聖徳太子の実在に疑念を持ち、「推古天皇と舒明天皇の間に、もうひとつ皇統の断絶があるのではないか」と岡田は指摘している[1]。
注釈[編集]
- ^ 岡田,1977,第4章(pp.106-146)・第5章(pp.147-183)
参考文献[編集]
- 岡田英弘『倭国』中央公論社,1977
- 岡田英弘『日本史の誕生』筑摩書房,2008