超選択的気管支動脈塞栓術

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超選択的気管支動脈塞栓術(ちょうせんたくてききかんしどうみゃくそくせんじゅつ)もしくは気管支動脈塞栓術(きかんしどうみゃくそくせんじゅつ)は、BAE (Bronchial artery embolization) と略称される、喀血に対する治療法である。カテーテルを用いて出血源である気管支動脈などを塞栓(ゼラチンスポンジGS・polyvinyl alcohol(PVA)などの粒子状塞栓物質、NBCAなどの液状塞栓物質、金属コイル等によって詰める)することにより止血するカテーテルインターベンション(カテーテル治療)の1種である。

基本原理[編集]

気管支動脈が肺動脈に異常吻合(気管支動脈ー肺動脈シャント)を形成していることにより喀血が起こるとされており、出血源である気管支動脈を詰めてしまえば喀血は起きなくなるというのがこの治療法の基本コンセプトである。緊急止血目的の場合と、大量喀血後の再発予防や慢性反復性喀血のに対する待機的治療とがある。気管支動脈塞栓術という名称であるが、特発性喀血症以外の疾患は、気管支動脈以外の動脈 (non-bronchial systemic artery) も、肺動脈とシャントを形成して出血責任血管となっていることが多く、これらをすべて塞栓対象とすることが一般的であり、気管支動脈塞栓術という治療名称と乖離が生じてきてはいるが、動脈塞栓術というより普遍的表現よりも気管支動脈塞栓術BAEという表現が慣用的に使用されていることが通例である。こうした気管支動脈以外への動脈に治療対象を広げていることや、MDCTの出現による3DCTアンギオ(CTBA)の発達、コイルやマイクロカテーテルなど使用デバイスの進歩、治療戦略の進化などの複合的背景により、治療成績が飛躍的に向上している。基礎疾患により成績が大きく左右されるが、一部の high volume centerでは治療後1年間で90.4%程度、治療後2年間でも85.9%の止血率を報告している[1]。いわゆる終末動脈によって栄養されている 脳、心臓や腎臓においては血管が詰まると脳梗塞、心筋梗塞や腎梗塞を発症することになるが、気管支動脈を塞栓しても気管支粘膜壊死や肺梗塞を起こさない理由は、肺循環が気管支動脈と肺動脈の二重支配になっており、気管支動脈の血流がなくなっても肺動脈からわずかな血流が保たれるためであると考えられている。そのほかの喀血関連血管(non-bronchial arteries)についても、何らかの側副血行路が発達してくることが経験的にわかっている。なお、肺動脈から直接出血する場合もまれ(5 %以下)にあり、これに対してはこの治療法は無効であり肺動脈の塞栓が必要である。喀血が(気管支)動脈ー肺動脈シャント機序によって説明できるのはおよそ95 %程度とされている。これは言い換えると喀血の95 %にはBAEが有効である、ということになる。

治療対象[編集]

気管支拡張症・非結核性抗酸菌症・特発性喀血症・肺アスペルギルス症・肺結核後遺症など、ほとんどの疾患の喀血治療に有効である。489例の喀血患者を対象としたBAEの長期治療成績を報告した岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センターの Ryugeらによるとそれぞれの比率は、34.0%、23.5%、18.4%、13.3%、6.8%である[1]。BAEが有効なその他の疾患としては、肺膿瘍や肺放線菌症[2]などの報告もある。

肺癌については、気管支動脈-肺動脈シャント機序による喀血ではなく、腫瘍自体からのoozing的な(滲むような)出血であることがほとんどであり、栄養血管の塞栓により腫瘍の梗塞壊死が生じて逆に大喀血をきたすリスクがあり、また完全に栄養血管を閉塞させるとその後の化学療法や血管内治療ができない(抗がん剤が到達するルートがなくなる)などの問題もあり、通常のBAEとは違う戦略が必要となる。元 岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センターの国定[3]が肺癌の血管内治療について、また元 岸和田リハビリテーション病院 がんのカテーテル治療センター(現 吹田徳洲会病院 腫瘍内科)のSeki[4]らが、肺癌の喀血に対する血管内治療の有用性を報告している。2019年には韓国のKichang Hらが、84例の肺癌の喀血患者に対するBAEのretrtospectiveな解析を報告しており、大喀血例と有空洞例が生命予後不良因子で有ること、追跡期間中の再喀血率は23.8%であることを示した[5]

現在は喀血治療のゴールドスタンダードとされる治療法にもかかわらず、Ishikawaらによると我が国において2010年から2018年に喀血で入院した患者約10万人のうち、9065名(8.4%)しかBAEが実施されていない[6]。Ishikawaらによれば入院するほどの喀血患者は基本的に全てBAEの適応であり、にもかかわらずBAEがこれほど一部の患者にしか実施されていないのは、未だ実施できる施設が少ないことが原因であるが、さらにBAEを実施した660施設においても,

このうち半数の334施設においては年間1例未満の経験数に過ぎず[6]石川らが2014年から提唱しているように[7]喀血治療施設のセンター化が、標準治療であるBAEの喀血患者への実施率を高めるためにも、各施設の BAEの質を高めるためにも必要であろう。

治療手技詳細[編集]

2ミリ弱の太さのカテーテルを、足の付け根(大腿動脈)または手首の動脈(橈骨動脈)から挿入し、気管支動脈(正常であれば1mm未満であるが、喀血患者では1mm~3mm程度に拡張蛇行していることがほとんどである)やその他の喀血関連血管にその先端を挿入する。造影剤を注入し、喀血に関与した血管である所見(拡張・蛇行・肺動脈へのシャントなど、特発性喀血症においては毛細血管増生のみが多い)が確認されれば、カテーテルの中に、さらに細いマイクロカテーテル(0.8mm程度)を通し、喀血関連血管の中に進め、適切な部位で塞栓物質を注入・留置し塞栓する。出血の原因となっている血管を塞栓し、高圧系である体循環から低圧系である肺循環へのシャント(異常吻合)にかかる圧を減圧することにより止血をする方法である。

局所麻酔で実施され、所要時間は1時間から3時間程度である。

使用カテーテルは、Ishikawaらの喀血・肺循環センターでは、以下の通りである:大動脈領域は、オリジナルカテーテルであるISHIKAWAカテ(MERIT MEDICAL Modified ISH、FUKUDA RYM50LR35-14 5F Ishikawa )や左冠動脈用のAL1・AL0.75・AL1.5などを、鎖骨下動脈領域は一般的内胸動脈用カテーテルに加え、急角度で分岐する内胸動脈についてはISHIKAWA6(MERIT MEDICAL ISH6、FUKUDA RYM50ITA1-19 4F Ishikawa6)やISHIKAWA mild6(FUKUDA RYM40ITA1-27 5F Ishikawa mild 6)を用いる[1]

治療手技の詳細については英語論文では岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センター Ishikawa/Ryuge/Haraらの長期成績論文 (BMJopen)[1]または、一般向けには日本語でメディカルノート(気管支動脈塞栓術)に詳細に記載されている[8]。さらに、2019年5月には「呼吸器領域IVR実践マニュアル」(文光堂)が出版され、国立病院機構 東京病院 肺循環・喀血センターの益田が、第1章に10頁にわたり、医師向けにわかりやすく具体的な記述をしている[9]

有効性[編集]

かつては再喀血率が高いと考えられていたが、治療技術や治療デバイスの向上により、一時的止血のみならず永久的な止血が可能となってきている。

実施可能施設が少なく、また症例数や治療成績などについての施設間格差が大きい。放射線科のIVR医が実施している施設[10]がほとんどであるが、近年呼吸器内科医がBAEを実施する専門施設・high volume centerが出現してきている[1][11]。特発性喀血症とは特に有効性が高い。東京病院のAndo/Masudaらの研究においても、止血率は20ヶ月で97%と下記の岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センターの成績と同等である[12]。同論文においてAndoらは、特発性喀血症の22.9%に置いては微小気管支動脈瘤が関与していると述べている。

肺アスペルギルス症は超選択的気管支動脈塞栓術の有効性が低く、かつてはこの治療法の対象外(適応外)とも考えられていたが、近年止血率が向上している。肺アスペルギルス症のBAE後再喀血については、東京病院のAndo/Masudaらは、疾患の増悪例において再喀血率が有意に高いことを示した[11]

以下にIshikawaらの長期成績論文の、基礎疾患別止血率を示す。この論文では、再喀血と死亡をcomposite endpointとしており、このうち再喀血だけを示したのが以下の表である。本来3年間の長期成績データであるが、特発性喀血症以外については3年目はいわゆる number at riskが少なく、言い換えると95%信頼区間が広すぎるため、統計的に信頼できない数値としてここでは掲示しなかったが、3年止血率のうち唯一信頼性の高い特発性喀血症については97.8%と非常に高い数値であることが印象的である[1]。2年後止血率の一番低いのが、非結核性抗酸菌症であるが、東京病院のOkuda/Masudaらの報告でも73.8%と同程度の成績であり[11]、これは非結核性抗酸菌症が進行性の疾患であることを反映しているものと考えられる。

基礎疾患別止血率[1]
基礎疾患 1年間止血率 2年間止血率
全疾患 90.4% 85.9%
気管支拡張症 87.6% 85.1%
非結核性抗酸菌症 89.0% 75.9%
特発性喀血症 97.8% 97.8%
肺アスペルギルス症 86.4% 82.1%
肺結核後遺症 91.3% 85.3%

以下に、我が国の代表的 high volume centerである岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センターと、国立病院機構 東京病院 肺循環・喀血センター2施設からpublishされている査読英語論文に基づく基礎疾患別の治療成績(非再喀血率=止血率)を示す。

特発性喀血症[1][12]
1年 2年 3年 症例数 対象期間
国立病院機構 東京病院 97.0% 35例 3年
岸和田リハビリテーション病院 97.8% 97.8% 97.8% 90例 5.7年
非結核性抗酸菌症[1][13]
1年 2年 3年 症例数 対象期間
国立病院機機構 東京病院 79.1% 73.8% 63.3% 43例 5年
岸和田リハビリテーション病院 89.0% 75.9% N.A. 115例 5.7年
肺アスペルギルス症[1][11]
1年 2年 3年 症例数 対象期間
国立病院機構 東京病院 65.8% 約50% 47.9% 41例 5年
岸和田リハビリテーション病院 86.4% 82.1% N.A. 65例 5.7年

再喀血があれば基本的には何度でも再施行が可能である。

なお副次的効果として、岸和田リハビリテーション病院のIshikawaらは、BAEにより喀痰が70%の患者において減少することを2009年ごろより主張しているが、定量化が難しいことに加え、喀痰減少自体は超soft endpointにすぎないということで、臨床研究は計画されていない。QOL改善に大きな好影響を与える場合がある。


さらに東京病院のTakeda らは、非結核性抗酸菌症や肺アスペルギルス症を合併しない気管支拡張症の1, 2, 3, 5 年止血率が、 それぞれ91.3, 84.2, 81.5, 78.9% と高いことを示した。5年という長期成績を示している点においてもこの論文は貴重である[14]

塞栓物質[編集]

PVA、NBCA、ゼラチンスポンジ、金属コイルなどがある。

PVA[編集]

ソウル大学のWooらは、PVA293例、NBCA113例、計406例のBAE長期成績を報告している[15]。海外では頻用されるが、我が国では保険適用になっておらず使用できない。

NBCA[編集]

医療用瞬間接着剤の一種である。一般的には、ターゲットでない血管の誤塞栓やカテーテルの血管壁接着など合併症が多く、訴訟も多いことで知られる塞栓物質であるが、上記のソウル大学のWooらは報告では合併症は非常に少ない[15]

安価であること、瞬時に固まること、患者の血栓形成に依存しないため再開通が非常に少ないことなど利点も多い。我が国では、動脈内投与が保険で認められていないが、IVR学会が詳細なガイドラインを出版しており、各施設の倫理委員会で保険適応外使用の許可を得て使用されているのが現状である。外傷性の出血のコントロールにはもっとも良い適応であると思われる。また、BAEにおいてもマイクロカテーテルが到達しない末梢型気管支動脈瘤については、非常に良い適応であり、東海大学八王子病院のMine/Hasebeらがバルーンを併用したB-glueという技術を報告している[10]

ゼラチンスポンジ( GS; Gelatin Sponge)[編集]

基本的には一過性塞栓物質であり、1 - 2週間で溶解し血流が再開してしまうことがほとんどである。このため、BAEのかつてのような位置付けである、手術までの姑息的治療という緊急止血目的であれば意味があるが、大喀血の再発予防や慢性反復性喀血に対する待機的BAEに使用するのは、永久止血を目指す意図とそぐわないと考えられる。BAEに関しては、明らかにエビデンスの乏しい塞栓物質であるが、我が国では未だ頻用されている。2019年8月には、WadaらがGSによるBAE33例の報告をし、再喀血率は24% (追跡期間中央値 15ヶ月)であることを示した[16]

金属コイル[編集]

プラチナ性の血管塞栓用コイルであり、廉価であるがその構造上押し出すことしかできず、やり直し効かない pushable coilと、比較的廉価でやり直し留置が可能な機械式 detachable coilと、高価だが安全かつより精緻なコントロールが可能な電気離脱式コイルの3種類がある。岸和田リハビリテーション病院喀血・肺循環センターのIshikawa/Ryuge/Haraらは、金属コイルによるBAEをssBACE(エスエスベイス)と命名し、世界最多症例数のBAE長期成績論文を2017年に発表している[1]。下記のように、同センターにおいてはもっとも重篤な合併症である脊髄梗塞を、世界最多の累計3700例(手技)でありながら一例も起こしていないという。

なお、金属コイルでBAEを一回実施すると再治療ができないというエビデンスを伴わない風説が一部に流布しているが、Ryugeらは、2018年に出版した再喀血機序を論ずるEuropean Radiologyの論文の中で、再喀血に対する再BAEにおける手技的成功率が97.7%に達していることを示している[17]

また後述のように、Ishikawaらは、ゼラチンスポンジ(GS)とNBCAとを比較してコイルによるBAEは有意に脊髄梗塞の発症が少ないこと、また、比較的高価なコイルによるBAEも、総入院コストとしては、コイル 17042ドル、GS 11458ドル、NBCA 15708ドルと、NBCAとは大きな差がないことが示された[6]

再喀血メカニズム[編集]

再喀血機序の比率

岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センターのRyugeらは、金属コイルによるssBACE後の再喀血メカニズムを以下のように、4つに分類し、それぞれの比率を示し、今後ssBACEの長期成績をさらに向上させるには再開通を抑制することが課題であることを示した[17]

なお、以下の再開通45.2%という数値を、使用したコイルの45%が再開通するものと大きく誤解する向きがあるが、これはあくまで再喀血患者における再喀血メカニズムの比率であって、そもそも1年後再喀血が9.6%で、2年後再喀血が14.1%なのであるから、その10%内外の再喀血患者について複数の再喀血関連血管の再喀血機序を下記の4つに分類したという趣旨であることを理解する必要がある。

再開通が再喀血の最大の原因であり、2番目の原因である新規血管の抑制はBAE手技自体では制御できないため、今後治療成績を向上させるためには塞栓部の再開通を減少させることが最も重要であることが示された。

再喀血メカニズムの分類[17]
機序 英語 比率 説明
再開通 recanalization 45.2% コイル塞栓部の、血栓溶解などによる血流再開
新規血管 new HRA 38.5% 全く新規の喀血関連血管出現
同一血管からの側副結構路 bridging collateral 14.7% 同一血管のコイル塞栓近位部からの側副結構路
他血管からの側副結構路 conventional collateral 1.7% 他の血管からのコイル塞栓部遠位部への側副結構路


再喀血メカニズム[17]

合併症[編集]

かつては前脊髄動脈を誤まって塞栓してしまうことによる脊髄虚血に起因する下半身麻痺が稀だが重大な合併症として知られていたが、これはマイクロカテーテルを使用せずに造影カテーテルから直接塞栓物質を留置する旧来の方法によるものと考えられ、同軸マイクロカテーテルを使用した方法が普及することにより激減しているとされている。

しかし現在でも、脊髄梗塞による下半身麻痺の合併症は散見され、Ishikawaらによるとその発生率は0.19%(16/8563)である[6]

塞栓物質別にみると、脊髄梗塞の発症率は、コイル 0.06%(1/1577) GS 0.18%(12/6561) NBCA 0.71%(3/425)と、コイルにおいて有意に(p=0,04)少なかった。


岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センター Ishikawaらの報告によるmajorな合併症を以下に提示する。

BAE合併症(489例中)[1]
合併症 例数(例) 発症率(%)
大動脈解離 1 0.2
症候性小脳梗塞 2 0.4
脊髄虚血 0 0
縦隔血腫 5 1.0
死亡 0 0

これは、上記論文中の対象症例489例の合併症内訳であるが、Ishikawaらによると過去約20年間の通算3100手技において、脳梗塞が6例(小脳梗塞4例、前頭葉の無症候性脳梗塞1例、後頭葉梗塞による視野狭窄1例)、一過性脳虚血1例、大動脈解離4例(うち3例は安静こ降圧のみの保存的加療後に再度BAEを実施し止血、1例のみ上腸間膜動脈再建の準緊急手術)、穿刺部血腫6例、脊髄虚血は皆無と述べている(未発表データ)https://www.eishinkai.hospital/lung/

縦隔血腫は主にマイクロワイアによる血管穿孔、ガイディングカテーテル先端による血管入口部穿孔、造影時の圧損傷による穿孔、稀に強力に圧をかけたコイル留置などによって発生する。比較的頻度の高い合併症ではあるが、入口部 just proximalの穿孔でさえなければ近位部の塞栓により容易にbail outできる。小脳梗塞は、鎖骨下動脈領域の治療時あるいは稀に治療後に椎骨動脈への塞栓によって発生すると考えられる。小脳梗塞だけでなく、後頭葉や脳幹の梗塞を起こす可能性もある。

コイルを使用したBAEのもう一つのhigh volume centerであるMasudaらの国立病院機構東京病院においても、脊髄虚血は皆無であり、こうした経験や他施設の状況を踏まえ、Ishikawaらは下記のように述べており(呼吸器血管内治療研究会における発言)、Radiologyにおける脊髄梗塞論文でのdiscussionにおいても同様の考察を展開している[6]

「金属コイルでの脊髄虚血の報告は現在までのところ皆無であり、本邦での脊髄虚血は知りうる限り全例ゼラチンスポンジによるBAEで発症している。NBCAやゼラチンスポンジなどの、液状塞栓物質は、喀血関連血管末梢まで到達するが、これが前脊髄動脈末梢に誤まって流入してしまった場合、脊髄そのものに到達してしまう可能性が高い。この場合、側副血行路が流入してくる余地がないので、脊髄梗塞に至る。一方金属コイルによるBAEは喀血関連血管の近位部を塞栓するのみであり、気管支動脈・肺動脈シャント部分の圧を下げて止血するというコンセプトであるが、それゆえに前脊髄動脈の誤塞栓が万が一あっても、コイルが脊髄に到達するわけではないので、他の前脊髄動脈から側副結構路が流入する余地がある。いわゆるアダムキュービッツ以外にも微細な複数の前脊髄動脈が存在するとされている。我が国ではBAEはGS,NBCA,コイルが使用されているが、前脊髄動脈塞栓症を起こすリスクが圧倒的に少ないという一点だけでも、コイルの優位性が大きいと言えよう。」

この他に軽微な合併症として一過性胸痛、造影剤内膜注入、橈骨動脈閉塞などがある。

極めて稀な合併症として、Ishikawaらによる気管支動脈内に留置したコイルが気管支内に逸脱し、コイルを口から喀出した2例の報告がある[18]

死亡率とQOLの改善[編集]

BAEの効果については単施設のrestospectiveな観察研究が大半で、わずかにフランスの医療ビッグデータを用いた記述疫学的研究[19]があったのみであるが、2020年秋から2021年初頭にかけて、東京大学の康永研究室を中心とした共同研究により我が国のDPCデータベースを活用した画期的な論文が2本出版された[20][6]。その一つが東大呼吸器内科のAndoらの研究であり[20]、BAEによって、人工呼吸器装着重症喀血患者の院内死亡率(30日)が早期BAE群 7.5% vs 非早期BAE群16.8%と、早期(気管内挿管後3日以内)のBAEにより有意に院内死亡が減少することを世界で初めて実証した( odds ratio, 0.45; 95% CI, 0.28-0.73; p = 0.001) 。

また岸和田リハビリテーション病院 喀血・肺循環センターのOmachiらは、コイルでの待機的BAEにより喀血患者のQOL(生活の質)が有意に改善することを世界で初めて実証した[21](単施設前向き観察研究)。これは同センターの術者が、喀血患者においては時に喀血神経症と呼ぶべきほどの精神的ストレス状態にあること、これがBAEによって非常に改善され、大変強く術後患者が感謝の念を示されることを長年経験し、このclinical questionを論文化したかったと述べている。この研究では身体面と精神面の双方のQOLがBAE後に有意に改善しているが、特に後者において改善が強くみられ、彼らの臨床的観察と一致する。

引用文献[編集]

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参考文献[編集]

査読英語論文

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日本語文献

  • 喀血を伴う疾患の発生メカニズムとその対処(解説/特集)

Author:石川秀雄(岸和田盈進会病院), 長坂行雄

Source:THE LUNG-perspectives(0919-5742)19巻4号 Page466-471(2011.11

  • 喀血に対するカテーテル治療 -気管支動脈塞栓術-

Author:石川秀雄(岸和田盈進会病院), 蛇澤晶

Source:日本気管食道科学会 専門医通信 第43号 Page1-11(2011.12)

  • 呼吸器救急 大量喀血の治療戦略(解説)

Author:石川秀雄(岸和田盈進会病院 喀血・肺循環センター),中谷幸造,北口和志,林正幸

Source:呼吸(0286-9314)33巻3号 Page252-258(2014.03)

  • 肺MAC症と喀血治療

Source:肺MAC症診療 Up to Date 非結核性抗酸菌症のすべて(南江堂) ISBN 978-4-524-26833-7 2013年7月

Author: 石川秀雄(岸和田盈進会病院 喀血・肺循環センター)

  • 気管支動脈塞栓術におけるIDC(Interlocking Detachable Coil)導入の有用性(原著論文)

Author:石川秀雄(国立病院機構近畿中央胸部疾患センター 循環器科),木村剛,大家晃子,神谷敦,井上義一,鈴木克洋,審良正則,林清二,河原正明,岡田全司,木村謙太郎,井内敬二,坂谷光則

Source:日本呼吸器学会雑誌 (1343-3490)42巻8号 Page730-736(2004.08)

  • 気管支動脈塞栓術

Author:益田公彦(国立病院機構 東京病院 肺循環・喀血センター)

Source:呼吸器領域IVR実践マニュアル(文光堂)ISBN 978-4-8306-3757-5 2019年5月

関連項目[編集]

外部リンク[編集]