賈午

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賈 午(か ご、260年 - 300年)は、西晋の人物。太尉の賈充と郭槐の末娘で、恵帝の皇后賈南風の同母妹、韓壽の妻、賈謐の母。

姉とは違い、美人であり、初めは司馬衷の妃に採り立てられた。しかし子供のように小柄な体格のため、姉は妹の身代わりとして司馬衷に輿入れした。

父の賈充は武帝(司馬炎)の信任を得て、特別な香を下賜されていた。あるとき賈充は韓壽の身体から、その香の匂いがすることに気付き、賈午と密通していたことをつきとめ、2人を結婚させた。

母の郭槐は賈充の死後、その後継に孫の賈謐をつけた。さらに孫娘を恵帝の皇太子司馬遹の皇太子妃に望んだ。司馬遹も結婚して自分の地位を万全にしたかった。しかし、郭槐が亡くなると賈午と賈皇后は許可しなかった。

300年4月、賈皇后の廃后の際に賈謐と共に殺された。