賀炳炎

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賀炳炎

賀 炳炎(が へいえん、1913年2月5日1960年7月1日)は、中国人民解放軍の軍人。最終階級は上将。

経歴[編集]

別名向従炎賀明炎。1913年、湖北省宜都市に生まれる。1929年、中国工農紅軍に参加し、同年に中国共産党へ入党。革命の生活の中で、紅軍連長や大隊長、団長、師団長を歴任。八路軍120師716団長、第120師独立第3支隊司令官、358旅団副旅長、江漢軍区司令官、晋北野戦軍副司令官、西北野戦軍第1縦隊司令官、第1軍軍長。世界的に有名な二万五千里の長征抗日戦争解放戦争での従軍を経て、第二次国共内戦にも従軍。11回にわたって負傷し、体には16ヵ所もの傷があり、右腕を失っていたため「片腕の将軍」と呼ばれた。

中華人民共和国樹立後、中国人民解放軍第1軍軍団長兼青海軍区司令官、西南軍区副司令官兼四川省軍区司令官、成都軍区司令官を歴任。1955年、上将に任命された。

1960年7月1日死去した。

家庭[編集]