賀多神社

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
賀多神社
賀多神社
所在地 三重県鳥羽市鳥羽二丁目9-1
位置 北緯34度29分0秒
東経136度50分23秒
座標: 北緯34度29分0秒 東経136度50分23秒
主祭神 正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命ほか
社格 郷社
創建 伝・神亀元年(724年
本殿の様式 神明造
例祭 4月第一または第二の土曜・日曜
地図
賀多神社の位置(三重県内)
賀多神社
賀多神社
テンプレートを表示

賀多神社(かたじんじゃ)は、三重県鳥羽市にある神社

概要[編集]

所在地は三重県鳥羽市鳥羽2丁目。神紋は花菱。

九鬼嘉隆が戦勝祈願に訪れたといわれ、竜灯松(りゅうとうまつ)と呼ばれていた神木を刈り、軍船日本丸の船床に用いたという。嘉隆はのちに杉を1,000本植えたと伝えられており、九鬼の千本杉と呼ばれたという。2006年現在、そのうちの1本だけが境内に残存している。嘉隆以後の歴代鳥羽城主からも崇敬された。

20年毎の遷宮にあたり、伊勢神宮外宮の別宮である多賀宮月夜見宮の古材を用いる。

歴史[編集]

神亀元年(724年)に創建されたと伝えられる。

正徳3年(1713年)の『志陽略志』における八皇子社が当社であるとされる。

明治4年(1871年)に賀多神社と名称を変更するとともに、郷社となる。明治40年(1907年)1月21日に境外の大杉社(無格社)を合祀した。同年10月4日に境内社の岩崎神社・八幡社・子安神社・山之神社2社と、境外社の岩崎ノ上日吉社(無格社)・秋葉社・山之神社・稲荷社4社(いずれも無格社)・琴平社(無格社)を合祀した。

祭神[編集]

祭事[編集]

例祭で舞われる楽は、元禄4年(1691年)、この地に流行した悪疫を払うために神事能が行われたのが最初である。宝永4年(1707年)、鳥羽藩主の松平乗邑以来、代々藩主の代理により毎年観覧されることとなった。正徳2年(1712年)には、暴風で倒れた境内の松や杉を利用して、組み立て式の能舞台が作られた[1]

社殿[編集]

木造の拝殿を持つ、木造(ヒノキ)の神明造享保18年(1733年)より、外宮別宮の多賀宮・月夜見宮の式年遷宮の古材を譲り受け、神明造の社殿に造り替えられた。明治43年(1910年)には多賀宮・月夜見宮に加え、内宮伊雑宮の古材を譲り受けたという。

文化財[編集]

  • 能面・能衣装・能舞台:県有形文化財(昭和33年)

境内社[編集]

明治31年(1898年)に鳥羽城跡に創建されたドック稲荷昭和33年(1958年)10月3日に賀多神社境内に移転し、豊栄稲荷神社(とよさかいなりじんじゃ)と改称した。

日清戦争日露戦争太平洋戦争で戦死した氏子を祀る祖霊殿(それいでん)が境内にある。

その他[編集]

映画『ゴジラ』の作中で神楽のシーンがあるが、これは賀多神社のを撮影したものである。劇中では、大戸島(架空の島)で島民がゴジラ出現の前兆といわれる不漁の退散を祈願するという設定(音楽部分は伊福部昭が作曲)。

画像[編集]

交通[編集]

JR東海近鉄が乗り入れる鳥羽駅JR側出入口より約700m、徒歩約10分。

関連項目[編集]

参考資料[編集]

  • 『日本の神々 第6巻 伊勢・志摩・伊賀・紀伊≪新装復刊≫』(2000年7月5日発行、編者:谷川健一、発行:白水社)
  • 『鳥羽市史 下巻』(平成3年3月25日発行、編纂:鳥羽市史編さん室、発行:鳥羽市役所)

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 賀多神社の由緒や組み立て式能舞台 氏子衆の言い伝え裏付け 江戸時代中期の古文書解読 鳥羽 /三重 2016年8月23日 - 『毎日新聞

外部リンク[編集]