貴源治賢

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貴源治 賢 Sumo pictogram.svg
Takagenji Jan 2018.png
両国国技館での土俵入り
基礎情報
四股名 貴源治 賢
本名 上山 賢
愛称 貴ツインズ[1]
生年月日 (1997-05-13) 1997年5月13日(22歳)
出身 栃木県小山市
身長 191cm
体重 170kg
BMI 46.60
所属部屋 貴乃花部屋千賀ノ浦部屋
得意技 突き押し
成績
現在の番付 西前頭10枚目
最高位 西前頭10枚目
生涯戦歴 201勝161敗(39場所)
幕内戦歴 4勝11敗(1場所)
優勝 十両優勝1回
データ
初土俵 2013年3月場所
入幕 2019年7月場所
備考
元・初切担当力士
2019年7月21日現在

貴源治 賢(たかげんじ さとし、1997年5月13日 - )は、栃木県小山市出身[2]で、千賀ノ浦部屋(入門時は貴乃花部屋)所属の現役大相撲力士。本名は上山[3](かみやま さとし)。身長191cm、体重170kg、血液型はO型[4]。好きな音楽はヒップホップ。趣味はトレーニング[5]。最高位は西前頭10枚目(2019年7月場所)。得意手は突き押し。

同じ部屋の貴ノ富士は双子の兄であり、2016年の夏巡業から[6]2017年春巡業まで[7]、兄弟で初切を担当していた。貴ノ富士が貴公俊の四股名だった2018年3月場所で新十両に昇進したため、先に関取となっていた自身と合わせて、史上19組目の兄弟関取となった。その中で、双子は初の事例である[8]

来歴[編集]

父が日本人、母がフィリピン人という家庭に一卵性双生児の弟として栃木県小山市に生まれ、茨城県猿島郡境町で育った[9]。大相撲入門後に公称出身地を茨城県から栃木県へ変更したのも、小山は父親の出身地であり、自らの出生地でもあるという理由だった[10]

少年時代より空手やキックボクシングなどに親しんできたが[11]、境町立境第一中学校在学中には特にバスケットボールに打ち込み、茨城県選抜の主力選手として全国3位になっている[12]。延岡学園高等学校、土浦日本大学高等学校、福岡第一高等学校など、バスケットボールの強豪高校からスカウトも来たが、両親の勧めもあり、相撲未経験ではあったが中学卒業と同時に大相撲の貴乃花部屋へ入門した[9][13]

当時は貴月芳(2014年5月場所限りで引退)と貴斗志(2014年11月場所限りで引退)の兄弟も所属しており、複数の双子が同じ部屋に同時に所属する初の事例となった[14]

本人は「バスケでは金にならない。体を使うことが好きだったので、体を使って親孝行したかった」と入門の動機について後に語っている[9]。また、中学3年生の8月に貴乃花部屋に体験入門しており、当時貴乃花部屋に関取がいなかったことから、上山兄弟が小学4年生の頃から相撲を取るように勧めていた父から「貴乃花親方を助けてやれ」と後押しされたことも、双子兄弟揃っての入門に関係している[9]

入門後[編集]

2013年3月場所で初土俵を踏むと、この場所に取った前相撲は二番出世だった。師匠の貴乃花からは突っ張る相撲を指導されて[15]順調に番付を上がっていった。

三段目3場所目の2014年7月場所では、11日目の6番目で元学生横綱で入門以来負けなしの正代と対戦し、正代にプロ初黒星を付けて周囲を驚かせた[16]。この白星で自身は無傷の6連勝となったが、13日目の7番目でに土俵際の巻き替えから寄り切りで敗れて全勝はならなかった[17]

2015年3月場所では、初土俵から2年の速さで兄と同時に新幕下に昇進したが、これについては「時間がかかりすぎた」と、悔しさを露わにしている[18]。その新幕下の場所は緊張もあって白星が遠く[19]、壁に跳ね返されて3勝4敗と負け越して1場所で三段目へ転落した。

その後はスランプ状態となってしまい[20]、幕下では勝ち越せない時期が1年ほど続いたが、3度目の幕下昇進となった2016年1月場所では6勝1敗の好成績を挙げて幕下の優勝決定戦に進出し[21]、これ以降の貴源治は幕下の地位に定着した。

幕下に定着した貴源治に対し、日本相撲協会の業務では巡業部長を務めている師匠の貴乃花は、巡業にて初切を兄の貴公俊と共に務めることを命じた[22]。同じく初切の担当である篠原高三郷の指導を受けて2016年の夏巡業で初切デビューを果たした[23]。双子のコンビで務めるのは異例の事であり、初切では一卵性双生児ならではの「顔が似すぎて分からない」などのネタが取り入れられている[24]。番付のほうも上昇し、同年11月場所では初めて、成績次第では関取昇進の可能性が出てくる幕下15枚目以内に入った。東幕下7枚目で迎えたこの場所は14日目の7番目で元関脇の豊ノ島を一方的に押し出す相撲もあり[25]、最終的に5勝2敗の勝ち越しで終わった。

2017年3月場所は、関取目前の西幕下筆頭の地位で迎えた。初日の1番相撲では対戦相手の豊ノ島が休場したことで不戦勝となり、2日目の2番相撲では十両の照強を突き出して、この場所最初の自力勝利。11日目に4勝目を挙げて勝ち越したことで、場所後の番付編成会議にて5月場所での新十両昇進が決定した。10代での関取昇進[26]は、部屋の弟弟子の貴景勝(十両昇進当時の四股名は佐藤)以来であり[27]、栃木県出身の関取は日出ノ国以来14年ぶりの誕生だった[28]

昇進に際して、18歳までの昇進が目標だったため「遅かった」と不満を口にしたが、一方で「十両は1、2場所で抜けたい」と番付を駆け上がる決意を表明した。[5]また、初切経験者が関取り昇進を果たしたのは初めてである。初切については新十両決定直後でまだ幕下力士として参加していた春巡業を最後に役目を終えた[7]

7月場所は十両尻の西14枚目で新十両として迎えた。初日の明生戦に勝利して幸先の良いスタートを切ったが、そこから5連敗。12日目に負け越しが決まった残りも全敗するなど4勝11敗に終わり、十両の壁に跳ね返される結果となった。7月場所は西幕下5枚目で迎え、5勝2敗と再十両が伺える星を上げたが、十両からの陥落者が少なく再十両とはならなかった。

9月場所は東幕下筆頭の地位で4勝3敗と勝ち越し、11月場所で十両に復帰した。東十両14枚目となったこの場所は、14日目を終わった時点で7勝7敗の成績であり、千秋楽には幕下力士と事実上の入れ替え戦が組まれたが、勝利して8勝7敗となり、関取として初めての勝ち越しを決めた。

その後、2018年の1月場所と3月場所も、千秋楽に8勝目を挙げており、3場所連続で千秋楽に勝ち越しを決める形となっている。9月場所は持ち前のしぶとさが影をひそめる場所であったが、千秋楽に勝ち越しを決めている[29]

2018年10月1日の理事会で、千賀ノ浦部屋(小結・隆三杉)への移籍が承認された[30]

2018年12月の貴ノ岩の付き人への暴行事件に対しては師匠の貴乃花が暴力根絶に尽力していただけに「言い訳なし」「これが貴ノ岩関の人生」と失望感を露わにするコメントを残した[31][32]

2019年5月場所は自身初の十両での中日勝ち越しを記録。直近6場所の最高成績が8勝であるだけに、この見違えるほどの好調はNHK大相撲中継でも触れられ、21代音羽山から期待を寄せられた。9日目終了時点では兄の貴ノ富士と共に全勝をキープしており、報道でも兄弟による同時各段優勝が期待された[33]。14日目の5月25日、大翔丸を寄り切って13勝1敗として十両優勝を決め、前日に幕下優勝を決めた貴ノ富士と双子同場所優勝となった[34]。この成績によって新入幕が決まり、西前頭10枚目として7月場所を迎えた[35]が4勝11敗と負け越した。

力士として・取り口など[編集]

兄の貴ノ富士が左四つを得意とするのに対して、貴源治は突き押し相撲を得意とする。元々は右でも左でも取れる四つ力士であったが、2015年に三段目と幕下を行ったり来たりしたことから、予てより勧められていた突き押しに転向。以降、成績が伸び、関取昇進に至った。そこに至るまでについて後に貴源治は「稽古場で言われたことが素直に出来なかった。突けと言われても自分で廻しを引いて負けた。自分の情けなさ、ふがいなさ、やりきれない気持ちでいっぱいだった。苦しかった」と振り返っている[9]。貴源治の突き押しは長身とリーチの長さを活かした突っ張りが中心であり、突き切れない時は頭から当たって崩す。幕下に上がったばかりの頃は白鵬の真似をして前褌を狙う立合いを導入していたが、貴乃花から突き押しに徹するように言われてこれは次第に行わなくなった。一方で突き押しを行っている際に腰高になりがちであり、もろ差しのうまい力士には差されてそのまま負けることもある。

稽古熱心な力士として知られており、2016年10月の秋巡業徳島場所ではぶつかり稽古の最中に右ひざを脱臼したものの、しばらくして脱臼した膝の関節を入れ直してぶつかり稽古をやり遂げたことなどはその好例である[9]

2017年11月場所前の二子山(元大関・雅山)のコラムでは現状について、突っ張ることを忘れて差しに行っていると指摘されている[36]

2019年5月場所のNHK大相撲中継では解説の21代音羽山が「幕内で取ってもおかしくない体」と稽古で鍛えた体について評した。

エピソード[編集]

  • かつて所属した貴乃花部屋の方針を守り、よほどのことがない限りテーピングやサポーターはつけずに土俵に上がる[37]
  • 新十両昇進を決めた際、関取になって初めて給料を手にするだけに、貴乃花からは財布をプレゼントされた[37]
  • 野州相撲甚句会は2017年7月4日、小山市役所で郷土の貴源治、貴公俊を激励する相撲甚句を披露した[38]
  • 2017年7月場所前の二子山のコラムでは「次代を担う期待感があるのが貴源治ぐらいですよね」と語られている[39]

主な成績[編集]

2019年7月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:201勝161敗(39場所)
  • 幕内成績:4勝11敗(1場所)
  • 十両成績:87勝78敗(11場所)

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:1回(2019年5月場所)

場所別成績[編集]

    
貴源治 賢
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2013年
(平成25年)
x (前相撲) 西序ノ口14枚目
6–1 
西序二段29枚目
2–5 
東序二段64枚目
4–3 
東序二段41枚目
4–3 
2014年
(平成26年)
東序二段19枚目
5–2 
東三段目83枚目
4–3 
西三段目65枚目
3–4 
西三段目78枚目
6–1 
東三段目21枚目
4–3 
東三段目10枚目
3–4 
2015年
(平成27年)
西三段目23枚目
5–2 
西幕下58枚目
3–4 
西三段目11枚目
6–1 
西幕下35枚目
2–5 
西幕下50枚目
2–5 
西三段目11枚目
4–3 
2016年
(平成28年)
西幕下60枚目
6–1[40] 
西幕下28枚目
3–4 
西幕下36枚目
5–2 
西幕下25枚目
4–3 
東幕下20枚目
6–1 
東幕下7枚目
5–2 
2017年
(平成29年)
西幕下4枚目
5–2 
西幕下筆頭
4–3 
西十両14枚目
4–11 
西幕下5枚目
5–2 
東幕下筆頭
4–3 
東十両14枚目
8–7 
2018年
(平成30年)
西十両11枚目
8–7 
東十両10枚目
8–7 
西十両8枚目
10–5 
西十両2枚目
6–9 
西十両5枚目
8–7 
東十両4枚目
8–7 
2019年
(平成31年
/令和元年)
東十両2枚目
6–9 
東十両4枚目
8–7 
東十両2枚目
優勝
13–2 
西前頭10枚目
4–11 
x x
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

改名歴[編集]

  • 貴源治 賢(たかげんじ さとし)2013年3月場所 -
2017年4月17日 靖国神社奉納大相撲 初切

脚注[編集]

  1. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号p101などでこの愛称が確認される。
  2. ^ 2015年3月場所までの公称出身地は茨城県猿島郡境町
  3. ^ 『相撲』誌では2019年6月号まで「染谷」と記載されていた(同号では略歴一覧表は染谷、十両以下各段優勝者紹介は上山とページによって表記が異なっていた)
  4. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年5月号(夏場所展望号)別冊付録 平成28年度版 最新部屋別 全相撲人写真名鑑 32頁
  5. ^ a b 「未来の横綱」貴源治、十両昇進!バスケから転身相撲歴5年目「今年中に幕内に」 2017年3月30日6時0分 スポーツ報知
  6. ^ “貴公俊&貴源治が双子「初っ切り」デビュー”. 日刊スポーツ. (2016年8月14日). http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1694622.html 2016年11月29日閲覧。 
  7. ^ a b “双子力士の貴公俊&貴源治、最後の初っ切り披露”. 日刊スポーツ. (2017年4月30日). http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1815904.html 2017年4月30日閲覧。 
  8. ^ “初の双子関取貴公俊、炎鵬は最速出世/春場所新番付”. 日刊スポーツ. (2018年2月26日). https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201802250000957.html 2018年2月26日閲覧。 
  9. ^ a b c d e f 『大相撲ジャーナル』2017年6月号28-29頁
  10. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年6月号(夏場所総決算号) 98頁
  11. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年10月号(秋場所総決算号) 91頁
  12. ^ “【新風力士】兄・貴公俊、弟・貴源治 バスケ逸材が初の双子関取へ”. スポニチアネックス. (2015年3月14日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/03/14/kiji/K20150314009976650.html 2016年11月29日閲覧。 
  13. ^ “18歳の「双子力士」今後の活躍誓う 実家の小山訪問”. 東京新聞. (2016年1月29日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/tochigi/list/201601/CK2016012902000174.html 2016年11月29日閲覧。 
  14. ^ “貴乃花部屋に2組目双子 バスケ、空手など経験の上山ツインズ”. 日刊スポーツ. (2013年3月2日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/03/02/kiji/K20130302005307680.html 2016年11月29日閲覧。 
  15. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年2月号(初場所総決算号) 90頁
  16. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年9月号(秋場所展望号) 78頁
  17. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2014年8月号(名古屋場所総決算号) 75頁
  18. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年3月号(春場所展望号) 77頁
  19. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2015年7月号(名古屋場所展望号) 79頁
  20. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年3月号(春場所展望号) 77頁
  21. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年2月号(初場所総決算号) 76頁
  22. ^ “貴乃花部屋の双子力士が「初っ切り」デビュー”. 日刊スポーツ. (2016年8月13日). http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1694334.html 2016年11月29日閲覧。 
  23. ^ ベースボール・マガジン社刊 『相撲』 2016年9月号(秋場所展望号) 78頁
  24. ^ “大相撲夏巡業で異例の双子による「初っ切り」が実現”. スポーツ報知. (2016年8月13日). http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20160813-OHT1T50175.html 2016年11月29日閲覧。 
  25. ^ “豊ノ島「最低ライン」復帰場所は収穫の4勝3敗”. 日刊スポーツ. (2016年11月26日). http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1743593.html 2016年11月29日閲覧。 
  26. ^ 番付発表日である5月1日の時点では19歳であるが、初日である5月14日の前日が20歳の誕生日であるため、10代の関取として本場所の土俵に立つことは無い
  27. ^ “新十両に貴源治=大相撲”. 時事ドットコム. (2017年3月29日). http://www.jiji.com/jc/article?k=2017032900452&g=spo 2017年3月29日閲覧。 
  28. ^ “貴源治が新十両 貴乃花親方が育てた3人目の関取”. 日刊スポーツ. (2017年3月29日). http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1799324.html 2017年3月29日閲覧。 
  29. ^ 『相撲』2018年10月号 p.64
  30. ^ “貴乃花親方、角界去る 力士らの移籍承認で貴乃花部屋は消滅”. SANSPO.COM. (2018年10月1日). https://www.sanspo.com/sports/news/20181001/sum18100114100005-n1.html 2018年10月1日閲覧。 
  31. ^ 貴ノ岩暴行に元貴部屋力士ショック 貴源治「これが貴ノ岩関の人生なんだな」 貴景勝は… Sponichi Annex 2018年12月7日 07:32(スポーツニッポン新聞社、2019年1月25日閲覧)
  32. ^ 貴景勝「歯がゆい」 貴源治は失望感 貴ノ岩の暴行問題を受け デイリースポーツ 2018.12.07.(株式会社デイリースポーツ、2019年1月25日閲覧)
  33. ^ 双子の十両・貴源治と幕下・貴ノ富士 同時優勝へ前進 Sponichi Annex 2019年5月20日 17:29(スポーツニッポン新聞社、2019年5月21日閲覧)
  34. ^ 珍しい双子同場所V 貴源治初の十両優勝 兄・貴ノ富士も前日幕下優勝” (日本語). 毎日新聞(2019年5月25日). 2019年7月26日閲覧。
  35. ^ 貴源治が新入幕 入門6年半での昇進に「長かった。遅かった」/デイリースポーツ online” (日本語). デイリースポーツ online(2019年6月24日). 2019年7月26日閲覧。
  36. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p32
  37. ^ a b 『大相撲ジャーナル』2017年7月号 p59
  38. ^ 下野新聞 2017年7月7日 朝刊
  39. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年8月号p24-25
  40. ^ 8人による幕下優勝決定戦に進出(トーナメント形式の1回戦敗退)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]