豊國神社 (大阪市)

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  • 豊国神社(新字体、大阪市が使用)
  • 豐國神社(旧字体、歴史的表記)
  • 豊國神社(新旧混用、豊國神社が使用)
豊國神社
豐國神社・大阪.jpg
拝殿と本殿
所在地 大阪市中央区大阪城2番1号
位置 北緯34度41分3.3秒
東経135度31分36.8秒
座標: 北緯34度41分3.3秒 東経135度31分36.8秒
主祭神 豊臣秀吉
豊臣秀頼
豊臣秀長
社格 府社
創建 明治12年(1879年
例祭 8月18日(太閤祭)
地図
豊國神社の位置(大阪市内)
豊國神社
豊國神社
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豊國神社(ほうこくじんじゃ、新字体:豊国神社、旧字体:豐國神社)は、大阪府大阪市中央区大阪城に鎮座する神社

概要[編集]

京都府京都市東山区に鎮座する豊国神社の大阪別社として創建された。のちに京都・豊国神社から独立して豊國神社に改称。京都・豊国神社が訓読み(とよくに)で、豊臣秀吉のみを主祭神とするのに対して、当社は音読み(ほうこく)で、豊臣秀頼豊臣秀長も配祀する。

現在の鎮座地である大坂城二の丸は陸軍省の所管だったため、現在の大阪市北区中之島においての創建となったが、のちに城内(現・大阪城公園)へ遷座された。

沿革[編集]

  • 明治元年閏4月(1868年5月)明治天皇により、大阪裁判所(大阪府の前身)に建立の御沙汰がある。
  • 明治12年(1879年)11月 京都・豊国神社大阪別社として創建。当初は大阪府北区中之島字山崎の鼻(現在、大阪市中央公会堂がある地点)に鎮座した[1]
  • 大正元年(1912年) 中之島内で移動、現在の大阪府立中之島図書館西側へ遷座。
  • 大正10年(1921年) 京都・豊国神社から独立、府社に列格する。
  • 昭和36年(1961年) 現在地の大坂城二の丸へ遷座。遷座前の社殿は豊中市服部住吉神社に移築されている。
  • 平成19年(2007年)4月17日、秀吉像を復元(彫刻家中村晋也作。昭和18年(1943年)に鉄材供出されて以来64年ぶり)。

主な神事[編集]

豊國神社の鳥居と秀吉像
  • 太閤祭(8月18日) 慶長3年(1592年)の旧暦8月18日に薨去した豊臣秀吉を慰霊する祭。

境内社[編集]

  • 白玉神社 -- 宇迦御魂神稲荷神)を祀る。江戸時代には白玉稲荷神社と呼ばれて中之島に祀られ、のち船場の淡路町へ遷座されたものを、明治12年(1879年)に当社境内へ再遷座し改称した。
  • 若永神社 -- 宇迦御魂神を祀る。大阪市東区大川町(現・中央区北浜)に鎮座していたのを、御堂筋拡張に伴い、昭和2年(1927年)当社境内へ遷座した。

交通アクセス[編集]

補注[編集]

  1. ^ 神社敷地買収当時の字山崎の鼻は「中之島通1丁目(現在の中之島1丁目)」となり、当時は中之島通1丁目2番、3番を買収した後に、官有地第1種として国に上地され、下記大正時代まで無番地のままだった。下記の移転時に、現在の大阪市役所の東半分に該当する部分と交換するためこの無番地は「29番3」と再び登記がおこされることになる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]