谷山–志村予想
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谷山・志村予想(たにやましむらよそう、Taniyama–Shimura conjecture)は、「すべての有理数体上に定義された楕円曲線はモジュラーであろう」という数学の予想。
証明されて定理となったので、モジュラー性定理またはモジュラリティ定理 (modularity theorem) と呼ばれることもある。(本記事では、この三つの用語を区別することなく使用する)
アンドリュー・ワイルズ (Andrew Wiles) は、半安定楕円曲線の谷山・志村予想を証明し、それによってフェルマーの最終定理を証明した。後に、クリストフ・ブロイル(Christophe Breuil)、ブライアン・コンラッド(Brian Conrad)、フレッド・ダイアモンド(Fred Diamond)、リチャード・テイラー(Richard Taylor)は、ワイルズのテクニックを拡張し、2001年にモジュラリティ定理を完全に証明した。
モジュラリティ定理は、ロバート・ラングランズ(Robert Langlands)によるより一般的な予想の特別な場合である。ラングランズ・プログラムは、保型形式、あるいは保型表現(automorphic representation)(適切なモジュラ形式の一般化)を、例えば数体上の任意の楕円曲線のような、より一般的な数論幾何の対象へ関連付ける方法を探している。これらの拡張された予想の場合は、現在のところほぼ証明されていない。
谷山・志村予想の内容[編集]
谷山・志村予想とは、任意の Q 上の楕円曲線は、ある整数 N に対する古典的モジュラー曲線(classical modular curve)
からの整数係数を持つ有理写像(rational map)を通して得ることができる。この曲線は整数係数を持ち、明確に表すことができる。レベル N のモジュラパラメータと呼ばれる。N がそのようなパラメータの中の最小の整数(モジュラリティ定理自体により、導手として呼んでいる数値であることが知られている)であれば、ウェイト 2 とレベル N の特別な場合のモジュラ形式で、楕円曲線の同種に従い正規化された q-展開をもつ新形式(newform)の生成する写像として、この写像が定義される。
モジュラリティ定理は、次の解析的なステートメントと密接に関連する。Q 上の楕円曲線 E に楕円曲線のL-函数を対応させる。このL-函数は、ディリクレ級数であり、
と表すことができる。
従って、係数 の母函数は、
である。
を代入すると、複素変数 τ の函数 のフーリエ展開の形に書くことができ、従って、q-展開の係数は のフーリエと考えることができる。この方法で得られた函数は、注目すべきことに、ウェイト 2 でレベル N のカスプ形式であり、(モジュラ形式でもあるので)ヘッケ作用素の固有ベクトルとなっている。これがハッセ・ヴェイユ予想(Hasse–Weil conjecture)であり、モジュラリティ定理より従うこととなる。
逆に、ウェイト 2 のモジュラ形式は、楕円曲線の正則微分(holomorphic differential)に対応する。モジュラ曲線のヤコビ多様体は、同種を同一視すると、ウェイト 2 のヘッケ固有形式に対応する既約アーベル多様体の積として書くことができる。1-次元要素は楕円曲線である。(高次元要素も存在し、すべてではないが、ヘッケ固有形式が有理楕円曲線へ対応する。)曲線は、対応するカスプ形式より得られるので、この方法で構成された曲線は、元々の曲線と同種である(一般には同型にはならない)。
モジュラーな楕円曲線[編集]
以下のような手続きでから作られる楕円曲線のことをモジュラーな楕円曲線と呼ぶ。ただし、は、モジュラー曲線[1]にカスプ(cusp、尖点)を加えてコンパクト化したリーマン面[2]、 (ここでは任意の整数であることを表す)、 は上半平面、 [3][2]である。
ヤコビアン[編集]
モジュラーな楕円曲線の説明のためには、まずリーマン面のヤコビアン(Jacobian、ヤコビ多様体(Jacobian variety)とも言う。)の定義から始める必要がある。 リーマン面 のヤコビアン を以下のように定義する。
ただし、 を 上で定義された正則な1形式の集合。 は、その双対空間、 は、 上の1次のホモロジー群である。 の要素は、具体的には、
で与えられる[4]。ただし、は実数、、はそれぞれ、の -ループ、-ループ、は の種数である。 または、アーベルの定理を適用して、
と考えてもよい[5]。ただし、は上のパスである。また、の要素は
で与えられる[4]。は整数環を表す。 このような定義は、リーマン面 上の経路積分が、途中に任意のループ上の積分を含んでも結果が不変であることを要求することで自然に現れる。
特に がコンパクト化されたモジュラー曲線の場合は、この定義を別の等価な定義に書き換えることができる。 この場合、 の要素は、 ウェイト 2 のカスプ形式 と強く結びついていることがわかる。ただし、 は ウェイト のカスプ形式の集合を表している。
与えられた から作られる 1形式 は一意であり (本質的に、 に等しい[6]。 ここで、である。)、 したがって、写像
は同相写像である。よって、その双対写像
もまた同相写像である。 このことを用いて、 がコンパクト化されたモジュラー曲線である場合、以下のように等価なヤコビアンの定義を 導くことが出来る。 を の合同部分群、 を に対応するモジュラー曲線(コンパクト化された)とする。 この時、 のヤコビアンを
によって定義する[7]。 ここで、は、
のことである[8]。 また、 、 を略記したものである[9]。
モジュラー曲線を直接扱わずヤコビアンを扱うことには以下のような理由があることを留意すべきである。 1つは、モジュラー曲線にカスプを加えてコンパクト化したリーマン面は一般に種数 であり、 の場合、群構造を持たなくなるのに対して、ヤコビアンの方はその場合でも 群構造を持っているので扱いやすい点[10]と、 もう1つはモジュラー曲線をヤコビアンに埋め込むことができる[11]点である。
アーベル多様体[編集]
さらに、新形式(new form) に対して、 アーベル多様体 を
によって定義する[12]。ただし、は、
は、整数係数のヘッケ環である。
ここで、は整数環、はヘッケ作用素、はダイアモンド作用素である[13]。 (アーベル多様体の次元はである。 ただし、は の数体である [14]) [15]。
ヘッケ作用素のヤコビアンへの作用は、次のように定義される。 今、ヘッケ作用素とダイアモンド作用素をまとめてと書き、 このもヘッケ作用素と呼ぶことにする。 この時、ヘッケ作用素のヤコビアンへの作用は次のようになることが わかる[16]。
これは、double coset operatorの定義と、ヘッケ作用素がdouble coset operatorの特殊な場合であることから導かれる [16]。なお、記号は同値類の意味である。
ヤコビアンの分解[編集]
この時、ヤコビアンは、ヘッケ作用素によって次のように分解される[17]。
ここで、に関する和は、新形式に 入れたある同値関係によって分類される同値類の代表元についての和 [18]、 はの約数、はの約数の数である[19]、。 また、 写像は、同種(isogeny, 2つのトーラス間に成立する正則な準同型写像のこと。ここで、トーラスは必ずしも 種数でなくてよい。)の意味である[20]。
は次元アーベル多様体であるから複素トーラスに同相、したがって楕円曲線に同相である。 このようにして構成された楕円曲線(に同種な楕円曲線)をモジュラーな楕円曲線と言う [21]。
与えられた、有理数係数を持ったからモジュラーな楕円曲線の方程式を構成するアルゴリズムについては 文献 [22]を参照せよ。
経緯[編集]
谷山・志村予想は、1955年9月に日光の国際シンポジウムで谷山豊が提出した2つの「問題」(問題12と問題13)を原型とする[23]。これらの問題が互いに関連しているらしいことは谷山も気付いていたが、実は同じ命題の言い換えであることが後に判明した。谷山自身は若くして自殺したため、1960年代に谷山の盟友である志村五郎によって、代数幾何学的な解釈によって正確に定式化された[24]。その後、1967年のヴェイユによる研究によって広く知られるようになった[25]。
内容的に「ゼータの統一」というテーマを扱う豪快な予想であり、数論の中心に位置するものの一つと目されるまでにいたったが、攻略自体は絶望視されていた。1984年秋、この予想からフェルマーの最終定理が出るというアイディアがゲルハルト・フライにより提示され、セールによる定式化を経て(フライ・セールのイプシロン予想)、1986年夏にケン・リベットによって証明されたことにより俄然注目を集めたが、アンドリュー・ワイルズを除いては、まともに挑もうとする数学者は依然として現れなかった。
アンドリュー・ワイルズ(Andrew Wiles、プリンストン大学教授)により、この予想はまず半安定な場合について解決された(1993~1995年)。ワイルズが1993年に発表した証明には一箇所致命的なギャップが存在したため、その修正に当ってはリチャード・テイラー(Richard Taylor)も貢献した。1994年9月、ワイルズはギャップを回避することに成功し、修正された証明は翌1995年に2編の論文として出版された Wiles (1995a) Wiles (1995b)。このことにより、ワイルズは谷山・志村予想の系であるフェルマー予想をも解決した。
一般の場合については2001年にリチャード・テイラー(Richard Taylor, ハーバード大学教授)、ブライアン・コンラッド(Brian Conrad, ミシガン大学教授)、フレッド・ダイアモンド(Fred Diamond, ブランダイス大学教授)、クリストフ・ブレイユ(Christophe Breuil, IHES長期研究員)の4人による共著論文On the modularity of elliptic curves over Qにより肯定的に解決されたDiamond (1996), Conrad, Diamond & Taylor (1999), Breuil et al. (2001)。
呼称に関する議論[編集]
ヨーロッパの数学界にこの予想を最初に持ち込んだのが当時の数学界の権威であったアンドレ・ヴェイユであったため、欧米ではこの予想の呼称は「谷山=志村=ヴェイユ予想」「谷山=ヴェイユ予想」「ヴェイユ予想」と呼ばれることもある。しかし、数学者のサージ・ラングは谷山・志村予想の調査・研究を進めた上で、ヴェイユはこの予想には何の貢献もしていないことを明らかにした[26][27]。ちなみに普通ヴェイユ予想といえば非特異代数多様体上の合同ゼータ関数に関する定理のことをさす。
また志村は『記憶の切繪図』(筑摩書房、2008年)のなかで「有理数体上の楕円曲線はモジュラー関数で一意化される」という命題を「私の予想」と呼んでおり、谷山が1955年に提案した問題とは無関係だとしている。志村は
- 私はこの問題に関する限り谷山と議論したことはない。
- 私は私流の理論をひとりで構築していたから、彼のこの言明には全く重きをおいていなかった。
- 私は谷山と共著の本があるが、それは全く無関係である。
- これについて何か言ったり書いたりしようとする人は、これだけのことを知って私の仕事をしらべた上での事にしていただきたい。
と述べている[28]。
出典[編集]
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course in Modular Forms, Springer Verlag, 2005, ISBN 978-1441920058, p. 38.
- ^ a b F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 58.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 13.
- ^ a b F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 213.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 215.
- ^ F. Diamond and J. Shurman, A First Course, p. 227.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 227.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 227.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 227.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 211.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 215.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 246.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 241.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 234.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First course. p. 359.
- ^ a b F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 229.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 246.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, pp. 244, 246.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 244.
- ^ F. Diamond and J. Schurman, A First Course, p. 246.
- ^ 黒川・斎藤・栗原共著『数論II:岩澤理論と保型形式』、岩波書店、2005、ISBN 978-4000055284、p. 590.
- ^ J.E. Cremona, Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition), Cambridge University Press, 1997, ISBN 978-0521598200.
- ^ 足立恒雄『フェルマーの大定理:整数論の源流』、ちくま学芸文庫、2006年、ISBN 4-480-09012-6、pp. 312–313.
- ^ 黒川重信・栗原将人・斎藤毅共著『数論II:岩澤理論と保型形式』岩波書店、2005年、ISBN 4-00005528-3、pp. 589, 591.
- ^ 黒川他著『数論II』p. 589,
- ^ 足立 1995, pp. 189–191
- ^ ラング・ファイル
- ^ 志村 2008, pp. 250–251
参考文献[編集]
導手について
- 平方因子を持たない場合 ワイルズ 1995
- Andrew Wiles (May 1995). “Modular elliptic curves and Fermat's Last Theorem (モジュラー楕円曲線とフェルマーの最終定理)”. Annals of Mathematics 141 (3): pp. 443-551.
- Richard Taylor and Andrew Wiles (May 1995). “Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras (ある種のヘッケ環の理論的性質)”. Annals of Mathematics 141 (3): pp. 553-572.
- 27で割れない場合 リチャード・テイラー他 1999
- Conrad, B.; Diamond, F.; Taylor, R. (1999). “Modularity of Certain Potentially Barsotti-Tate Galois Representations” (PDF). J. Amer. Math. Soc. 12: pp. 521-567.
- 一般の場合
- 足立恒雄 『フェルマーの大定理が解けた! オイラーからワイルズの証明まで』 講談社〈ブルーバックス〉、1995年6月20日。ISBN 4-06-257074-2。
- 志村五郎 『記憶の切繪図』 筑摩書房、2008年6月。ISBN 978-4-480-86069-9。
- Lang, Serge (1995). “Some history of the Shimura-Taniyama conjecture” (PDF). Notices of the American Mathematical Society (AMS) 42 (11): pp. 1301-1307.
- Breuil, Christophe; Conrad, Brian; Diamond, Fred; Taylor, Richard (2001), “On the modularity of elliptic curves over Q: wild 3-adic exercises”, Journal of the American Mathematical Society 14 (4): 843–939, doi:10.1090/S0894-0347-01-00370-8, ISSN 0894-0347, MR 1839918
- Conrad, Brian; Diamond, Fred; Taylor, Richard (1999), “Modularity of certain potentially Barsotti-Tate Galois representations”, Journal of the American Mathematical Society 12 (2): 521–567, doi:10.1090/S0894-0347-99-00287-8, ISSN 0894-0347, MR 1639612
- Darmon, Henri (1999), “A proof of the full Shimura-Taniyama-Weil conjecture is announced”, Notices of the American Mathematical Society 46 (11): 1397–1401, ISSN 0002-9920, MR 1723249Contains a gentle introduction to the theorem and an outline of the proof.
- Diamond, Fred (1996), “On deformation rings and Hecke rings”, Annals of Mathematics. Second Series 144 (1): 137–166, doi:10.2307/2118586, ISSN 0003-486X, MR 1405946
- Taylor, Richard; Wiles, Andrew (1995), “Ring-theoretic properties of certain Hecke algebras”, Annals of Mathematics. Second Series 141 (3): 553–572, doi:10.2307/2118560, ISSN 0003-486X, MR 1333036
- Weil, André (1967), “Über die Bestimmung Dirichletscher Reihen durch Funktionalgleichungen”, Mathematische Annalen 168: 149–156, doi:10.1007/BF01361551, ISSN 0025-5831, MR 0207658
- Wiles, Andrew (1995a), “Modular elliptic curves and Fermat's last theorem”, Annals of Mathematics. Second Series 141 (3): 443–551, ISSN 0003-486X, JSTOR 2118559, MR 1333035
- Wiles, Andrew (1995b), “Modular forms, elliptic curves, and Fermat's last theorem”, Proceedings of the International Congress of Mathematicians, Vol. 1, 2 (Zürich, 1994), Basel, Boston, Berlin: Birkhäuser, pp. 243–245, MR 1403925
外部リンク[編集]
- J.E. Cremona, Algorithms for Modular Elliptic Curves(second edition) -- 著者が全文をネット上で公開している。
- 谷山・志村予想について: MATHEMATICS.PDF
- (第35回)近世日本人数学者列伝~志村五郎~(前編)|オリジナル|東洋経済オンライン|新世代リーダーのためのビジネスサイト - ウェイバックマシン(2013年3月4日アーカイブ分)