許黄玉

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許黄玉
各種表記
ハングル 허황옥
漢字 許黄玉
2000年式
MR式
Heo Hwang-ok
Hŏ Hwang'ok
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許 黄玉(きょ こうぎょく、허황옥)は、金官伽倻の始祖首露王の妃。金官伽倻の第2代の王居登王を生む。

許黄玉はインドのサータヴァーハナ朝の王女で、インドから船に乗って48年伽耶に渡来し、首露王と出会い、その時にインドから持って来た石塔と鉄物を奉納した。許氏は首露王との間に10人の息子をもうけたが、そのうち2人に許姓を与え、それが金海許氏の起源とされる[1]

2004年に、許氏の「インド渡来説」を立証する科学的証拠が示された[1]ソウル大学医学部の徐廷ソン教授と翰林大学医学部のキム・ジョンイル教授は、韓国遺伝体学会で、「許氏の子孫と推定される金海にある古墳の遺骨を分析した結果、韓民族のルーツであるモンゴル北方系とは異なり、インド南方系だった」と報告した[1]ミトコンドリアDNAを保持しており、遺骨からミトコンドリアDNAを抽出して全体の塩基配列を分析した[1]。「インド渡来説」が事実なら、子孫は母方の許氏のDNA形態を受け継いで、インドなど南方系のミトコンドリアDNAを持っている[1]。これについて「4つの遺骨のうち、1つからこのような結果を得た」とし「『インド渡来説』の立証を確固たるものにするには、もう少し綿密な研究を要する」と説明した[1]

家族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 中央日報 2004

参考文献[編集]