親指シフト

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2010年に登場した、NICOLA規格準拠のPC用コンパクト親指シフトキーボード。ホームポジションに両手を添えれば、親指は自然と2つのシフトキーを触る。これらは変換/無変換キーとしても動作する。
2001年に登場した、NICOLA規格準拠のPC用コンパクト親指シフトキーボード。ホームポジションに両手を添えれば、親指は自然と2つのシフトキーを触る。その下に変換/無変換キーが位置するものの、これらは(USBの制限に合わせるために)真上のキーと同じ働きしかしない。

親指シフト(おやゆびシフト)とは、日本語の「かな」を入力するため、1979年昭和54年)に、富士通が考案したキー配列規格の一種である。ほぼ同時期に確立したQWERTYローマ字入力や、それ以前から存在したJISかな入力などと同様に、親指シフト規格は「かな漢字変換」のためのかな入力手段(日本語入力)として使用される。

NICOLA(ニコラ)は、日本語入力コンソーシアム親指シフト規格のうち一部仕様を変更した規格である。

親指シフトキーボード(おやゆびシフトキーボード)は、親指シフト規格またはNICOLA規格に準拠するキーボードのことである。

概要[編集]

親指シフト規格は、日本語の文章を入力する上で『効率』と『使いやすさ』のバランスを再設計するために、いくつかの検討と実験を行ったうえで「一つのアクションが、一つのかなに対応する」方法にたどり着いた。

  1. 「自然な動作で入力できること」
    • 当初は一つの『音』を一気に入力しようと試み、両手全指の組み合わせを使って、10個のみのボタンを使って「同時打鍵」により入力するキーボードを実際に製作・評価打鍵し[1]、『効率』よく入力することだけは可能であることを確認した。また、実際には同時押しをやりにくい組み合わせが多数あり、『使いやすさ』を実現するには同時押しを「親指+他の指」のみに絞って採用するほうが良い[2][3]ことも、この実験を通じて確認した。組み合わせパターンが減るため『音』を入力するどころか、10個のキーでは『カナ』さえも入力できない。
  2. 「難しい知識が必要ないこと」
    • コンピュータ自体がまだ高価であった1970年代当時、コンピュータで日本語を入力するのはまだまだ少数のキーパンチャーに限られていた。数少ない高価な機材を効率よく使うためには、『習得難易度が高いかわりに、手書き速度比数倍以上で使える』方法が有利であるため、当時は漢字直接入力法(ペンタブレット法)などを含む、主にプロ向けの方法が多数考案されていた。しかし富士通は、時代が下ればワードプロセッサが1,000万台規模でオフィスに普及すると考えていた。富士通は当時からこうした時代を見据え、将来広く普及するワードプロセッサには『手書き速度比2倍程度の速度を、低い習得難易度で使える』方法が適していると結論付け、難しい知識なしに使いはじめることが出来る「かなキーボード+かな漢字変換」を採用した。
  3. 「入力効率が悪くないこと」
    • 富士通が目指したのは「英文タイプライタと同等の操作性で日本語入力を可能とすること」であった。先に発見した『親指との同時押し』は、英文タイプライタと同様のキーボードに組み込んで使えば、数字がある段を使わずとも「かな」を収められる。そのため、この方法でキーボード上に文字配列を詰め込んだ。ハードウェアの検討としては、TRONキーボードの登場よりも以前に「エルゴノミクス親指シフトキーボード」[4]さえも製造したが、奇異なもの扱いされることを嫌って実際にはこれを採用せず、あくまでも英文タイプライタと同様の形状を尊重することとした経緯がある。

1980年を目前に控えた当時はまさに、入力法についてじっくり検討する時間などない『ワープロ専用機の、熾烈な開発競争』にさらされていたため、親指シフト規格については入力方式の設計・評価段階に大半を費やし、実際の文字配列に対して設計評価する時間はあまりなかった。それにもかかわらず、基本設計について検討・実験を重ねてきた親指シフト規格は、ワープロ専用機の普及初期において、商業的に確かな成功を収めた。また、こうしたハードウェア&配列に関する検討の成果は、後の日本語入力用キーボードに対して強烈な影響を与えつづけている。キーボード上で文字配列を本格的に設計評価する試みとしては、後に「多人数の運指時間を徹底測定する」ことによって入力速度の徹底追求を目指した、新JISかな (JIS X6004) が登場した。また、指の動作範囲を徹底的に研究して、その研究結果を元にエルゴノミクスキーボードを本格採用した、TRON配列も登場している。 21世紀以降では、JISキーボードのシェアが日本語入力用のハードウェアとして圧倒的であり、それに大きく差をつけられている。ただし、入力法の選択肢が「お抱え入力法」に限られていたワープロ専用機の時代は、既に過去のものである。

ハードウェア面で言えば、パソコンを利用する親指シフトユーザーには「親指シフト規格に向くJISキーボードで」親指シフト規格の配列を使うという選択肢があり、専門店の一部はそれを「親指シフト規格に向くJISキーボード」と紹介する例がある。またソフトウェア面では、JISキーボードでも親指シフト規格の配列を実現する「ソフトウェア」(特にフリーウェア)が多様な環境で動作するようになり、コンピュータからの見かけ上はJISキーボードとなっている「USB接続の、本物の親指シフトキーボード」の活躍の場が広がった経緯もある。

「ハードウェアシェアの低さ」とは対照的に「親指シフト規格が実現可能な環境のシェアは非常に高い」という状態が、パソコンの普及以来続いている。そのため、親指シフトキーボードというハードウェアのシェアから、親指シフト規格のシェアやユーザー数を推定することは、事実上不可能である。

パソコン用の親指シフトキーボードは富士通コンポーネントによって、2013年3月現在も供給され続けている。また、サードパーティ製のキーボードが発売されることもあった。

採用機種[編集]

富士通のワープロ専用機OASYS」はJIS配列を採用するモデルはあったものの、一貫して親指シフトを中心に採用されたほか、パソコンのFMRシリーズ、FM TOWNSシリーズ、ビジネス用ワークステーションFACOM 9450シリーズPFUブランドでは「Cシリーズ」)向けのキーボードも発売されてきた。また富士通専門店「アクセス」では外付けキーボードの他、自社のノートPCのキーボードを親指シフト仕様に変更したカスタム品も取り扱っている。

かつては複数のサードパーティーから外付けキーボードが販売されていたものの、現在ではエスリル株式会社の「エスリル ニューキーボード[5]」など、受注生産モデルを残し市場から姿を消した。

上記のような専用品や特殊なキーボードでなくても、キー配置の特性(親指の位置に左右に分かれたキーがあるなど)とスキャンコードを変更するソフトを利用して代用品とすることが出来る。例としては、KinesisのContouredは、親指で押せる位置にページアップなどのキーが複数あり、Truly Ergonomic社[6]の「TECK209」やオープンソースハードウェアErgodoxは、親指で押せる位置にあるキーのスキャンコードを変更できる。

上記のように専用キーボードの選択肢は極めて少なく、ハードウェアでの対応は制限があるが、近年ではソフトウェアエミュレーションによる実装が複数のOSで行われており、環境構築や設定の微調整が可能となっている。またスマートフォンタブレット向けのアプリも存在する。

パソコン以外では、キングジムのデジタルメモ機「ポメラ」の一部モデルに親指シフトが採用されている。

NICOLAという名称について[編集]

NICOLAの名称は「NIHONGO-NYURYOKU CONSORTIUM LAYOUT(日本語入力コンソーシアム配列)」の頭文字に由来する。NICOLA規格と親指シフト規格のどちらのキーボードでも、大抵は「親指シフトキーボード」と称されており、「NICOLAキーボード」とはあまり呼ばれない。また、ワープロ専用機のブランド名からOASYSキーボード(オアシスキーボード)と呼ばれることもある。

NICOLA規格と親指シフト規格は、規格の面で半濁音の入力法に相違がある。しかし実装としては、NICOLA規格と親指シフト規格の両方に対応するよう上位互換動作をする例が多く、親指シフト規格とNICOLA規格の差を意識する必要はほとんどない。現在発売されている親指シフトキーボードはすべてNICOLA規格と親指シフト規格の両方に準拠している。

操作方式[編集]

親指シフトキーボードの見た目における最大の特徴は、キーボード最下段中央に位置する親指左/親指右の、各々親指シフトキーである。

操作面の特徴には、次の点が挙げられる。

  • 親指の活用 : 英文入力ではスペースの打鍵に多用するのに対し、和文入力では使用する機会が少ない親指を、シフト機能用として使う。無理なく積極的に活用するものと主張されている。
  • 同時打鍵 : 親指シフトキーは、通常のシフトキーの働きと異なり、前後関係なく一定の時間内に打鍵されれば同時と扱われ、シフト入力となる。打鍵する順番を気にせずに規則的なテンポで打鍵できると主張されている。

ホームポジションに手を置くと、親指左/親指右キーは、左右の親指の真下に位置するため、これらのキーはホームポジションを崩さずに打鍵できる。英字モードでの配列と入力方式は、一般のQWERTY配列のキーボードと変わらず、親指左/親指右キーはスペースキーとして機能する。一方、かなモードでは、これらのキーを下表のように操作して、キートップに印刷してある複数の文字を打ち分けながら、漢字かな交じり文の文章を入力する。

文字キーのキートップ
文字入力とキー操作
入力したい文字 キー操作
文字キーの下側に刻印されている読み (A) 文字キーを単独で打鍵
文字キーの上側に刻印されている読み (B) 文字キーと、文字キーを打つ手の親指シフトキーを同時に打鍵(同時打鍵
Aの文字の濁音 文字キーと、文字キーを打つ手とは反対側の親指シフトキーとを同時に打鍵(濁音がある文字のキーのみ有効)(クロスシフト+同時打鍵
Aの文字の半濁音 (親指シフト規格のみ)左右いずれかの小指シフトキー(半濁音キー)を押しながら、文字キーを打鍵(半濁音がある文字のキーのみ有効)
文字キーに刻印されている半濁音 (D) (NICOLA規格のみ)半濁音は濁音のない文字のキー(「ら」「,」「め」「ね」「い」)に刻印されており、クロスシフトで打鍵すると「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」が入力される
英字 (C) 英字モードにて、文字キーを単独打鍵(一般のQWERTY配列キーボードと同じ)


一見すると複雑に見える入力方式であるが、「かな一文字を一回の操作で入力すること」という要求を満たそうとする場合、きわめてシンプルな解決方法であるといえる。

解剖学的なの構造を見れば明らかな通り、親指は人差し指・中指・薬指・小指とは異なり中節骨がなく、他の指と比べて明らかに短い。また他の指との近づき具合を自由に変えることができる。親指シフト規格はが持つこの特性を利用している。

片手による文字キーと親指シフトキーとの同時打鍵(濁音になり得ないかなの打鍵)については「文字キーと親指シフトキーを同時に押せるように指を構え、そのまま掌全体を軽く下ろして同時打鍵する」スタイルを取っている。

この操作は他の入力方法では用いないものであり、もちろん練習をすることによってしか習得できない。初期練習時には「2つのキーを同時に打鍵する」ことよりも、「2つのキーを同時に押せるように手を形作る」ことを意識して練習する方が、より実際の打鍵に近い打鍵感覚で練習できる可能性がある。

親指シフト規格では、一つのシフトキーに一つの機能を割り当てるのではなく、「手の形・文字キーと親指シフトキーとの位置関係」に応じてシフトの意味合いを変えることにより、「片手で打てば濁音になり得ない清音かな」「両手で打てば濁音かな」というルールを、ほぼ規則的に実現している。

他のシフト方式と比べての親指シフト方式の特徴については、シフトキーの項目を参照。

キー配列[編集]

親指シフト規格のキー配列は、かつて時代と共に変遷してきたが、基本的な仕様は変わっていない。ここでは親指シフト規格を採用した最初の製品であるOASYS100の配列と、現在用いられているPC向けのNICOLA規格配列を紹介する。なお、OASYS100とその後のOASYSとでは記号類の配置に若干の違いがあるものの、英字入力時の配列は一般的なQWERTY配列キーボードとほぼ同一であるため、日本語入力時の配列についてのみ紹介する。

親指シフト規格[編集]

OASYS100の日本語入力時の配列 刻印された文字の打ち分けの仕方は#操作方式の項目を参照。

親指シフト規格準拠となるOASYS100のキー配列の特徴として、以下の点を挙げることができる。

  • 出現頻度の高い読みをホームポジションに配置しているため、日本語自然文の読みについては、ホームポジションがある中段のみで6割強を入力できる[7]
  • 拗音促音濁音半濁音長音句読点などを含む、その他のすべての読みを、数字段を除く3段の範囲に収容
    • 数字や記号を入力しないかぎり最上段を使用することはないため、ホームポジションが崩れにくい
  • 連接する頻度の高い読みは、左右の手をなるべく交互に使いつつ入力する様に設計されている
  • 漢字音の二音節目に現れる音である「き・く・つ・ち・い・う・ん」は、特に入力しやすい位置に配置している
  • 最も器用な人指し指の負担を重く、逆に不器用な小指の負担は軽くなるように設定
  • 入力した文字の訂正のために頻繁に使用する後退キーをホームポジション隣に配置
    • なお、この「後退キー」は文字を消すために用いるキーではなく、左カーソルと同じ挙動をするキーである。OASYSシリーズは上書きモードで文章を記述していたため、入力中の文章から末尾のみを修正する場合、文字を消す必要がない。OASYSシリーズは紙に文章を書くのと同じ感覚で電子文書を作成できる「日本語電子タイプライタ」を目指していたため、このような仕様となった。(ちなみにOASYS100のカタログでは「日本語ワードプロセッサ」ではなく「日本語電子タイプライタ」と表記していたが、その後の機種では他社に合わせて「日本語ワードプロセッサ」に変更した)

このように、初期の親指シフトキーボードは、OASYSの設計思想と密接に結びついていたものであったと言える。

NICOLA規格[編集]

NICOLA規格には、オリジナルのNICOLA配列規格書に示された配列のほかにJIS化案の形で、OASYS100以降の親指シフトキーボードの仕様を継承したF型と、ANSI仕様の英文キーボードとの互換性に配慮したA型と、JISキーボードとの互換性に配慮したJ型のバリエーションがある。ここではJIS化案のJ型配列を元に、NICOLA配列規格書について紹介する。

日本語入力時の配列 (NICOLA)

上図の白色部分は、NICOLA規格では未定義とされ、実装者に任されている箇所である。エスケープ、バックスペース、エンター、半角/全角、英数、タブ、スペース、Ctrl、Altなどのキーをこの領域に配置する。

OASYS100配列と比較して、以下のような特徴がある。

  • 濁音になり得ない文字が割り当てられた「ら」「,」「め」「ね」「い」のキーと左親指シフトキーとの同時打鍵に「ぱ」「ぴ」「ぷ」「ぺ」「ぽ」をそれぞれ割り当て、小指シフトキーを用いなくても半濁音を入力できるようにした。
    小指シフトキーはNICOLA配列規格書において未定義となっているため、NICOLA配列規格書のみを参照した場合は小指による半濁音の入力を行うことはできない。しかし実装上は、NICOLA規格と親指シフト規格それぞれの上位互換となるよう設計しても矛盾はないため、半濁音入力が二通り可能となるように配列定義が設定されている場合もある。
  • 後退キーをホームポジション付近から外した。
    • JISキーボードから移行したり、JISキーボードと併用するユーザーが混乱しないための措置である。
  • 右手小指で打鍵する領域にキーを追加した。
    • JISキーボードにあって親指シフトキーボードになかったキーを追加したものである。追加されたキーは英字入力用であり、日本語入力には使用しない。上の図では日本語入力時の配置のみを示しているため、空白になっている。
  • 親指シフトキーの下にあった、変換/無変換キーがオプション扱いになった。
    • ノートパソコンなどでは変換/無変換キーの設置スペースを確保することが難しい。
    • 親指シフトキーボード専用のハードウェアやデバイスドライバを作成したくない。
    といった理由から、独立した変換/無変換キーを設置せず、親指シフトキーと兼用することを認めている。
    親指左キーを単独打鍵すると無変換キー、親指右キーを単独打鍵すると変換キーの動作となる。
    実際の製品の中には、物理的には独立した変換/無変換キーがあるものの、変換/無変換キーと親指シフトキーが同一のキーコードを発生するため、ソフトウェアからは兼用されているものと同じように処理する必要がある、というものもかつては存在していた。

なお、日本語入力コンソーシアムが提案しているJIS化提案[8]では、親指キーの配置については「位置」ではなく「領域」で指定されている。富士通が販売しているデスクトップ用親指シフトキーボードや本格的な親指シフト規格ノートPCでは、親指左キーと親指右キーを隣接配置し、その右側に空白キーを置くのが通例である。

一方、JIS X 4064:2002の附属書2付図2では、JIS化提案要件を満たしたうえで「キーボード中央に空白キーを配置」したNICOLAキーボードが提示されている(同附属書は規定の一部ではない)。

製品としては「快速親指シフト」キーボードを搭載するノートPCが一時期生産されたものの、大手の専門販売店がこれを推奨せず[9]、この仕様は商業的価値を失った。

のちに 勝間和代は「自宅では専用キーボードを接続するものの、外出先では Panasonic の Let's note が持つJISキーボードをそのまま使って親指シフト規格での入力を行う」という趣旨の利用方法を紹介した[10]ように、非商業的な親指シフト規格の利用法としては、一定の支持を得て使われ続けている。


快適さ[編集]

快適さについては個人の感覚や好みに負うところが大きいので客観的な記述は難しいが、親指シフト規格の支持者たちは、親指シフト規格の快適さを以下のように説明している。

  • 親指シフト規格での入力に習熟すると思考を中断しないタイピングが実現し、文章入力にほとんどストレスを感じなくなる。すると頭の中に浮かんだことが即座に画面上の文章になる、いわば「指がしゃべる」ような感覚を得られる。
  • この「指がしゃべる」という感覚は、親指シフト規格のように、すべての読みを1打鍵で入力できる方式でのみ得られるものである。なぜなら、我々が日本語でものを考えているときは、頭の中に「が」という音を浮かべているのであって、「か」+「゛」でもなければ「g」+「a」でもない。頭の中に浮かぶ音をそのまま打鍵できる方式でなければ、「指がしゃべる」という快適さは得られない。

また、親指シフト規格やJISかな入力の支持者たちから、ローマ字入力での、かなをローマ字に変換するストレスを嫌う意見が出ることがあるが、これに対してローマ字入力の支持者たちから、慣れれば読みとローマ字の入力パターンは頭の中で一対一で対応するようになり、ストレスはなくなるという意見が出ることもある。

もっとも、誰しも「今慣れ親しんでいるものをそのまま使うのが一番快適」という点は紛れもなく事実であり、これらの意見はしばしば論議を生む原因となる。また、ここに挙げた意見が「全ての」各配列ユーザが抱く総意かどうかという点については統計が無く、詳細は不明である。

親指シフトユーザの動向がこの「快適さ」を裏付ける例もある。ローマ字入力でも不自由しないため「他人と共有するパソコンではローマ字入力」を使う一方で、親指シフト規格の快適さをできるだけ享受するために「自分のパソコンでは親指シフト規格の入力法」を使う、という両刀使いの利用者も多い。

こういったローマ字入力との併用は「JISかな入力ユーザー」などにも見られる現象ではあるが、ほとんどのパソコンで使える「JISかな入力」とは異なり、親指シフト規格の入力法は共有パソコンで使える可能性がほとんどないため、ほぼ必然的に両刀使いとなる。

かつて親指シフト規格の入力法を経験したユーザの中には、時代の流れと共にローマ字入力やJISかな入力へと移行した者もいる。そういったユーザですら「親指シフト規格の入力法が嫌になって使用を取りやめた」という発言をすることは比較的少なく、親指シフト規格に対し好意的であり続けている例や、エミュレータの存在を知って親指シフト規格の入力法へと「出戻る」例さえも見受けられる。

多数の親指シフトエミュレータや親指シフトコミュニティも親指シフトユーザの想いの表れである。

タッチタイピングへの適合性[編集]

キーを見ないで入力する「タッチタイピング」の習得には、一般的に以下の要件を必要とする。

  • 正しい指使いを守る
  • 練習段階から、キートップのNICOLA規格刻印を一切アテにしない(別途用意したキー配列表を見るか、もしくは専用の練習コンテンツを利用する)

親指シフト規格では、以下のようになるため、タッチタイピング習得のための原則を自然と守る結果になる。

  • 親指シフトキーの上に親指を構えると、教科書などで覚えなくとも正しいホームポジションが自然ととれる。
  • 左手側で打つキーと右手側で打つキーとでは、シフト側文字と濁音の入力に使用する親指シフトキーが逆になるため、左右の手の分担を間違えるとすぐに間違いに気づく。
  • 親指シフトキーを頻繁に打つためキーの刻印を盗み見るために手をどけるのが面倒であり、そのような悪癖がつきにくい。
    • NICOLA規格の刻印がない「JISキーボード」を用いて練習すれば、盗み見をしても意味がないため、タッチタイピングをより確実に習得できる可能性が高くなる。
  • 親指と人差し指にだけで打とうとすると、手首を大きく捻らねばならぬ場面があり、苦痛である。

そのため、親指シフト規格ではタッチタイピングを自然に覚えられる、あるいはタッチタイピングを強制的に覚えさせられるという側面がある。

これらの操作ルールは、裏を返せばいわゆる「一本指打法」がしにくいということでもある。手指に障害をもつ場合に限らず、一時的でも両手でキーボードを扱えない場合、指を負傷した場合ですら、親指シフト規格は他の入力法以上に扱いにくいと考えられるが、一方でNICOLA 配列規格書[11]では「一本指打法」に対応する必要性について言及し、実際に「一本指打法」を可能とする親指シフトエミュレータも、まだ少数ではあるが既に存在している。

入力速度[編集]

ひらがなの入力速度は配列よりも個人の適性に大きく左右され、高速入力の得意な人と不得意な人の差に比べれば、配列による差は比較的小さい。むしろ練習量や気合に大きく左右されやすい。そのため、入力速度の定量的な比較には難しいものがある。

ただ、以下に掲げるデータや他の配列と併用する者の実感から、親指シフト規格は高速入力に比較的向いた配列と考えられる。あくまでも「比較的」なので、高速入力の得意な人がローマ字入力した場合と高速入力の不得意な人が親指シフト規格で入力した場合を比べれば前者のほうが速い。

打鍵数は多いより少ないほうが高速入力に有利だと考えられる。日本語の文章(天声人語4日分:3735文字)を入力したときの打鍵数を他の入力方式と比較した資料[12]によると、以下の通りである。

打鍵数と内訳(変換・無変換は除く)
総打鍵数 比率 備考
親指シフト 3735 1.0 シフトキー自体を押した数は、カウントしない。
JIS配列かな 4110 1.1 シフトキー自体を押した数は、カウントしない。
ローマ字 6474 1.7

同じかな入力方式でありながら親指シフト規格とJISかな入力法とで打鍵数に開きがあるのは、親指シフト規格ではすべての読みを1打鍵(シフトキーとの同時打鍵を含む)で入力するのに対し、JISかな入力では文字と濁点半濁点を別々に入力するため、濁音と半濁音の入力では2打鍵(ほぼ交互打鍵)になるためである。

さらに、親指シフト規格はホームポジション付近に頻出文字を集中配置しているため、運指距離と運指時間はローマ字入力JIS配列かな入力よりも少なく済む。

ただし、親指シフト規格では親指シフトキーの操作があるので、打鍵数にそのまま反比例する速度は出ない。つまり、ローマ字入力の1.7倍までの速度は出ない。JISかなとは打鍵数の違いが少ないものの、親指シフト規格による入力のほうが運指距離を短くすることができる。

一方で、「同じ程度の適性を持った者がある文字入力速度を出すために必要な労力」は入力手法の出来(打鍵数・運指距離・運指時間・交互打鍵率など)に依存する。そのため、同時打鍵に対するストレスを感じない人にとってのみ、ローマ字入力JIS配列かな入力よりも少ない労力で文字入力をすることが出来るものと思われる。

学習の容易さ[編集]

学習の容易さは、配列そのものの覚えやすさの他に学習者の適性や意欲にも大きく左右されるので、定量的な比較が難しい。同じ配列を練習してもすぐに覚えられる人となかなか覚えられない人がおり、さらには覚えられずに諦めてしまう人もいる。また、覚えやすい配列でも嫌々練習していてはなかなか覚えられないし、覚えにくい配列でも(よほど極端に覚えにくいものでないかぎり)一生懸命練習すれば覚えられるだろう。

親指シフト規格の覚えやすさについては諸説ある。他の配列より覚えやすいとする意見もあれば、覚えにくいとする意見もある。ただ、親指シフト規格を打てる者が一定数いるため、少なくとも他の配列に比べて極端に覚えにくくはないものと思われる。

諸説を列記すれば以下の通りである:

  • 1つのキーにかな2~3音を割り当てるためにシフト操作が必要であることと、覚えるべきキーの数がローマ字入力よりも多いため、習熟にはローマ字入力より時間がかかる。
  • ローマ字入力で滑らかにタッチタイピングをするには、例えば「か」という音が「右手中指 (k) →左手小指 (a)」という手順に無意識に関連付けられなくてはならない。覚えるべき手順の数はローマ字入力で「1文字だけを出すつづりの数」と同じであるため、取りかかりはローマ字入力よりも難しいものの、いったんキーのポジションを覚えた後は早く上達する。
  • 日本能率協会1983年に行った調査では[12][13]、キーボード未経験者にJISカナ、ローマ字、親指シフト規格の入力をそれぞれ練習させ、練習時間に対する入力速度の統計を取ったところ、入力速度の向上は親指シフト規格が一番速く、ローマ字入力が一番遅いという結果が得られている。これは、ローマ字入力では覚えるべきキーの数が少ないため取りかかりは容易であるが、習熟して頭の中で読みからローマ字に変換するプロセスが消えるまでに長く時間がかかるため、上達は遅いと説明されている。

現状では親指シフト規格の利用者は少数派である以上、ローマ字入力と併用する人が多い。ローマ字入力のみを覚える負荷と、親指シフト規格とローマ字入力の両方を覚える負荷を比べれば、当然ながら後者のほうが大きい。仮に親指シフト規格の利用者が多数派になっても、英字の入力のために英字配列は覚える必要がある。

親指シフトユーザの中には「親指シフト規格は英字タイプと似た操作性・似た打鍵範囲を持っているのだから、まず英字タイプをマスターしてから親指シフト規格を習得する方が有利だ」という主張もある。そもそも親指シフト規格の基本的な操作性は英文タイプのそれと似通っている。ゆえに、シフト操作がシンプルな「英文タイプ」を先にマスターすればキーの位置は確実に覚えることができるので、あとは同じ打鍵範囲+親指シフトキーの操作でかな文字を打てる「親指シフト規格」を覚えることとすれば、学習に要する障壁を分割し難易度を下げることができるためである。

歴史[編集]

開発の背景[編集]

かつてコンピュータは英字のみか、せいぜいカタカナが扱える程度であった。コンピュータで漢字かな交じり文を表示・印刷するには活字の役目を果たすフォントを必要とするが、補助記憶装置にフォントを搭載しても低速すぎて実用にならず、主記憶装置またはそれに類する専用の記憶装置、主に漢字ROMを必要とする。当時フォントを記憶させるために必要な主記憶装置は非常に高価であり、それに漢字のフォントを載せるという事は、資源の無駄遣いと見なされる節があった。

しかし1970年代後半になると、コンピュータの普及に伴って日本語の漢字かな交じり文の情報を処理したいという需要が高まっていた。富士通の神田泰典が率いる開発チームでは、メインフレーム/汎用機で日本語の情報処理を可能にする拡張システムJEFを開発した。

JEFは当初、富士通社内からも否定的な意見が続出するほどの期待薄な状況でリリースされた。しかし、世間の見方は全く異なっていた。富士通がメインだと考えていたFACOM-Mシリーズそのものよりも、富士通がただの拡張システムと考えていた「漢字かな交じり文処理の機能追加」のほうが、より大々的に新聞紙上で取り上げられた[14][15][16]。これは後に、当時は漢字処理に対して積極的ではなかったIBMとのシェア差を逆転させるほどの、無視できない効果をもたらした[17]

一方、コンピュータはJEFによって日本語を処理できるようになったが、人間がコンピュータに日本語の情報を入力するための手段はまだ確立されていなかった。当時のコンピュータには、英文タイプライタを模した英文キーボードが接続されていた。コンピュータに日本語を入力するためには、日本語電子タイプライタとでも呼ぶべき装置の開発が必要であると思われた。

各コンピュータメーカーは、タブレット上に並んだ漢字をペンで選択する漢字タブレット方式や、キーボードからコードを入力して漢字を選択する漢字直接入力方式などを研究していた。しかし神田らのチームでは、このような方式は熟練した専門のオペレータでないと扱うことができず、タイプライタのように一般のユーザーが考えながら文章を入力するには向いていないと結論づけた。代わって採用したのが、キーボードから読みを入力しながら漢字かな交じり文に変換するかな漢字変換方式である。同様の方式は東芝の森健一らの開発チームでも採用し、1979年に発売された最初の日本語ワープロJW-10として結実することとなる。

かな漢字変換方式による日本語入力システムを構築する上で問題となったのが、キーボード上のキー配列である。JIS規格の日本語入力用キーボード1972年に標準化されていたが、これは神田が望む条件とは異なる以下の仕様であった[18][19]

  • 1モーラを一気に(打鍵順序を考慮することなくワンアクションで)入力できることが望ましい。
    • 親指シフト規格では、開発時の実験結果を重視し、「拗音を含めた1モーラ」ではなく「1カナ」を1アクション入力することとした。
  • かな配列部分は英字配列部分に比べてキーの割り当て範囲が広い。
  • ローマ字入力では多数の打鍵を要し、かつ配列がローマ字入力を前提とした設計ではない。
  • ローマ字入力では、かな文字の出現頻度を考慮して一文字ずつ調節するような文字配列は設計できない。

既存のキー配列によるかな漢字変換方式に満足できなかった神田は、当時新入社員であった池上良己に、日本語入力用キーボードの改良を命じた。池上が最初に研究した方式は、ローマ字入力を応用することでキーの数を削減した方式であった。この方式ではキーが一段のみに配列されており、指の移動がなく高速入力が可能と思われた。しかし、複数のキーを同時打鍵する必要があり、うまく入力できなかった。

この方式を研究しているうちに、すべてのパターンで同時打鍵しづらいというわけではなく「親指と他の指との同時打鍵に限れば、ストレスなく入力できる」ことを発見した。同時打鍵を親指に限るとすると、組み合わせが減るので必要なキーの数は増えるものの、英文タイプライタと同じように3段にキーを配置すれば、十分にタッチタイピングができるようになると思われた。

次の課題はキー配列の定義であった。これはDvorak配列の設計手法を手本とした。キー配列の決定には出現頻度のデータが必要であったが、これは池上の母校である早稲田大学で音声認識の研究のために収集していたものを借用した。空いている最上段には数字と、日本語の文章でよく使う記号を入れることで、モード切り換えすることなく数字と記号を入力できるようにした。

こうして親指シフトキーボードが完成した。完成した親指シフトキーボードは、見慣れた英文タイプライタのキーボードと大きく異なる形にならずに済んだので、市場にも受け入れられるものと思われた。

OASYSの発展と衰退[編集]

当初、日本語ワープロは非常に高価な製品であった。初の日本語ワープロである東芝JW-10の価格は630万円であった。その後を追って1980年に発売されたOASYS100の価格は270万円であった。いずれにせよこの価格では企業の専門のオペレータが使う製品という位置付けにならざるを得なかった。そのような専門のオペレータだけがワープロを使っていた時代には、親指シフト規格による高い生産性が市場の支持を受けてOASYSはシェアを拡大し、後発にもかかわらずビジネスワープロのトップブランドの地位を確立した。

しかしOASYSの開発者たちは、そのような立場に満足してはいなかった。専門のオペレータが使用するのならば、漢字タブレット入力方式や漢字直接入力方式の方が優れている。かな漢字変換というわかりやすい方式を採用し、業界標準に逆らってまでそのためのキーボードをわざわざ開発したのは、日本語の文章を書く人すべてにとって必要となる、日本語のためのタイプライタを目指していたからである。「電卓戦争の再現」とも言われたほどの苛烈な技術革新と価格破壊を彼らが積極的に続けたのは、他社との競争に勝つためというよりも、むしろパーソナルユースに売り込むことを目指していたためであった。「いずれ1000万台売れる商品になる」というのが神田の口癖であった。

そのため、パーソナルユースを睨んだ機種として、1982年には100万円を切ったMy OASYS(75万円)を、1984年にはOASYS Lite(22万円)を投入し、家庭用ワープロの先鞭を切った。業務用の100シリーズでは公的規格であるJISキーボードを無視できず1号機から一貫してJISキーボード仕様を用意していたが、家庭用OASYSでは、親指シフト規格の普及を狙って、JISキーボード仕様を用意せず親指シフト規格仕様のみにするという戦略に出た。

1980年代半ばには、10万円を切る価格帯のパーソナルワープロも登場し、OASYSの開発者たちが夢見ていた家電製品として普及する時代となった。すると市場は、彼らにとって皮肉な反応を見せ始めた。当時、家電製品としてワープロを購入するユーザーの使用目的は「年に一度の年賀状の作成」か「一度作って保存した文章の使いまわし」にあり、効率よく快適な文章の創作を日常的に行いたいという需要などなかったのである。そのため、以下のような理由から、市場は親指シフト規格に冷淡な反応を示し始めた。

  • 当初は他社からは親指シフト規格の製品が発売されなかった。
  • 後には他社からも発売されるようになったが、それほど多くなかった。
    • そのため富士通の独自規格という印象があり、将来性に不安を持たれた
  • 当時は複数のキー配列を覚えるという発想が一般的でなく、「親指シフト規格を覚えると他社のワープロが使えなくなる」という誤解があった。親指シフト規格の支持者がよく行なった「他の配列が打てなくなる」との発言がこの誤解に拍車をかけた。発言は実際には「一度でも最高のお茶を飲んだら、他のお茶が飲めなくなる」と同様のレトリックにすぎず、#快適さにて前述したとおりに使い分けは可能なのだが、親指シフト規格を知らない者には文字通りに解釈され、誤解を生んだ。
  • 当時のワープロはもっぱら「清書機」として利用されていて、神田が想定していた「文章の創作[18]」に対する要求が薄かった。多くの人が電子メールブログ電子掲示板FacebookTwittermixiウェブページの記述をするといった『作家などではない個人でも文章の創作を必要とする時代』が来るのは、これよりだいぶ後、21世紀2000年代)に入ってからである。
  • 当時から存在しているかな入力と比べて、見た目での文字探しが困難であった。ゆえに「たまにしか使わない」ユーザーにとってはかえって不便そうに見えた。

1986年頃からは家庭用OASYSでもJISキーボード仕様が用意されるようになった。それでもカタログの写真には親指シフト規格仕様を使うなど、富士通は「親指シフト規格仕様が基本。JISキーボード仕様も一応用意しています」という姿勢を崩さなかったが、後期には実際の出荷はJISキーボード仕様が主体になっていった。

シリーズ別に見る出荷形態の変遷
業務用(100シリーズ) 家庭用(30/Liteシリーズ他)
戦略 1号機から一貫して親指シフト規格・JIS配列を用意
50音配列、新JIS配列を用意した時期もある
初期には親指シフト規格のみ、後にJIS配列を追加
初期 親指シフト規格が主体 親指シフト規格のみ(ただし、50音順ゴムカバー同梱機もあった)
中期 親指シフト規格が主体 親指シフト規格が主体
後期 親指シフト規格が主体 JIS配列が主体

1990年代に入ると、パソコンの価格低下と性能向上が目立つようになり、ワープロ専用機は徐々に市場を失い始めた。新たな主役はNECのPC-9801であり、無論そこには親指シフトキーボードの姿はなかった。OASYSで親指シフト規格に慣れたユーザーは、ソフトウェアエミュレータの「親指ぴゅん」や、アスキーから発売されていたPC-9801用親指シフトキーボード「ASKeyboard」でしのぐこととなった。1996年になるとリュウドがOASYS300シリーズのキー金型を使用するなどして製造した高品質のNICOLA配列キーボード「RBoard PRO for PC」や「RBoard PRO for Mac」「RBoard PRO for 9801」も発売された。

ワープロ専用機としてのOASYSシリーズの開発は1995年に終了し、その"遺伝子"はWindows用ワープロソフトのOASYS 2002と、Windows用IMEJapanistに引き継がれている。

新JISキーボード化の失敗[編集]

富士通は当初から親指シフトだけでなく、JISキーボードや50音配列を採用したモデルを併売していた。その理由について神田は「特定企業が権利を保持し、かつJIS規格ではない親指シフトは、その性能とはまったく関係の無い理由により官公庁関連からの受けが悪い[20]」という事情があったと説明している。また、「親指シフトは独占的に使用すると決めたわけではないが、逆に他社に対して積極的に採用を働きかける行動もとっていなかった。今後は他社に対しても積極的に親指シフトの採用を提案していきたい[21][20]」との意見も表明している。実際、NECなどライバルメーカーはM式などの自社が推す規格を販売しても親指シフトを採用することはなかった。一方で、ソニーが発売していたNEWSの一部モデルに採用されるなど、OASYSと競合関係にないメーカーが親指シフトを採用した例がある。

神田を含めて富士通自身が認識しているとおり「JIS規格として採用されていないという事実が法人・官公庁への営業にとっての足かせとなっている」こと「他社が採用しないので個人ユーザーへの普及に限界がある」という事実は否めず、また当時から既存のかな入力でもローマ字入力でもない「より効率的に日本語入力が出来る規格」を要求する声自体は存在していたことなども重なり、業界を巻き込んだ「新JISキーボード」の制定作業へとつながっていくことになった。

「新JISキーボード」の制定作業において、富士通は新規配列の作成ではなく「すでに販売実績があり、かつ使用者から好評を得ている」として親指シフトを提案したが、通商産業省とメーカー各社による審議の結果、1986年に制定された新JIS配列は、既存のJISキーボードのかな配列を改良した規格が採用された。

神田によれば、新JIS配列の決定過程は

新JISキーボードの審議委員会は、通商産業省の工業技術院電子技術総合研究所の研究室長でもある委員長のリードで進められた。彼はキーボードの研究をしており、新JISキーボードの規格はその成果に基づいて定められた[22]

という。

新JIS配列はハードウェア的にはJISキーボードと同一、もしくは最下段に小変更を加えただけであるが、かなの配列に関しては新たに調査された日本語文の統計データなどが使われているため、既存のJISキーボードとも親指シフトとも異なる配列であった。

当初は新たなJIS規格であることや物理的な配列が同一なため金型が流用できるという利点もあり、規格制定直後から富士通を含む各メーカーよりワープロ専用機のオプションとして採用された。しかし、既に普及していたJISキーボードの規格は廃止されなかったこと、シフトキーの位置はキーボード最下段の中央に設置し親指で操作するセンターシフトも規格書で認めていたが、コスト面から既存のJISキーボードを流用するメーカーが多くほとんど採用例はなかった。各メーカーも積極的に広める姿勢を見せなかったことから、顧客にとっては親指シフトや50音配列と同じく選択肢の一つとして認知されており、当然ながら慣れない配列をあえて選択するユーザーも少なかった。このため出荷台数が伸び悩む悪循環に陥り各社はほどなく採用を中止、1999年には利用実態がないという理由で規格上から廃止され、結局JISキーボードが残ることとなった。

これ以降、新たなJISキーボードの策定は行われておらず、2002年にJIS X4064[23]において、物理キーボードの実装例として「NICOLA規格」が僅かに提示されたにとどまっている。

日本語入力コンソーシアムの誕生と、NICOLA規格の制定[編集]

新JIS化に挫折した後、富士通は親指シフト規格の権利を1989年に発足した業界団体「日本語入力コンソーシアム」に譲渡した。日本語入力コンソーシアムには、富士通のほか、過去に親指シフトキーボードを発売したことがあるアスキー、ソニー、リュウドなどの企業が名を連ねている。

日本語入力コンソーシアムでは、親指シフト規格の一部仕様を変更した、NICOLA規格のキーボードを普及させてデファクトスタンダードとすることと、新々JISキーボード化による公式標準化を目指している。しかし、JISキーボードによるローマ字入力の使用者がコンピュータで日本語を入力する者の大多数を占めるに至った現在では、これから親指シフト規格に移行するユーザーが急激に増えるとは考えにくく、以前からの支持者が使用を続けるに止まるものと思われる。このことは、日本語入力コンソーシアムの発足からすでに相当経過しているにもかかわらず、これといった成果が得られていないことからも明らかであろう。

富士通製品の64bitOSへの対応の遅れ[編集]

WindowsXP以降のWindows系OSでは、64bitバージョンがリリースされているが、これらに対する富士通側の対応は遅れた。

また、キーボードドライバが付属しているなどの都合、親指シフトキーボードとは事実上表裏一体の関係であるJapanistも2003年2月に発売された「Japanist2003」が長らく最終バージョンとなっており、windows7発売により64bit環境が大幅に普及した後も64bit環境への対応が未公表の状態が続いた。このため、親指シフトキーボードでは64bitOSの環境では本来の使用感とは大幅に異なる状況を余儀なくされ、富士通製品を利用してきた親指シフトキーボードのユーザーにとっては、64bit環境への移行に際して、キーボードドライバが無いことが大きなネックとなり続けた。

2010年には富士通が新型の「携帯型親指シフトキーボード」であるFKB7628シリーズを開発・発売したものの、これにしても当初はドライバが対応するOSは従来のキーボードと同じく32bitバージョンのみであり、「Japanist2003」のエミュレーション機能を使用することを前提としたものであったため、64bitOSには対応できない状況であった[24]

そのため、64bitOSで親指シフト規格を使うためには、有志により作成された「親指シフトエミュレータ」を使う以外に、有効な選択肢が無いという状態が長らく続いた。

2011年7月、富士通が「Japanist 2003 体験版 (64bit)」を公開。これにより「Windows® 7 の64bit版、日本語版」で親指シフトの利用が可能になり、状況は大幅に改善された。しかし、正式なドライバとソフトウェアのアップデートはさらに翌2012年3月まで待つこととなった。

日本語以外への応用[編集]

親指シフトの特徴である「親指と他の指の同時打鍵により一つのキーを3通りに活用する」という考え方は、日本語以外にも応用の可能性がある。

世界で使用されている言語の表記方法はさまざまで、例えば文字の数も英語と同じ程度から漢字のように数千〜数万に及ぶようなものまで多様である。このため、もともと英語の入力のために作られているQWERTYキーボードを英語以外の言語の入力に使おうとすると何らかの工夫が必要となる。例えば、(1) 日本語におけるローマ字入力のように発音のアルファベット表記に沿った形で入力する方法や、(2) 日本語におけるかな入力のように文字あるいは文字の構成要素を適宜キーの上に配置する方法等がある。

いずれの場合もある意味で「間に合わせ」のやり方にならざるを得ないところがあり、特に (1) については、アルファベットの出現の頻度や続き具合がさまざまで、QWERTY配列が適切なものになることは保証されない。また、(2) については、文字の数がアルファベットに比べて多いためにタッチタイプがし易いホームポジションとその上下を含む計30のキーに納まりきらない場合が多いこと等の問題が起きることがある。

親指シフトはこうした問題の解決に役立つ可能性がある。すなわち、(1) タッチタイプがし易い30キーに小指シフトによる活用を加えても60文字なのが90文字にまで拡大する、(2) 親指によるシフトに例えば声調など、言語固有の特徴を付与することにより習得が容易になる、等の利点が考えられる。

親指シフトは当初、日本語のワープロ専用機という他への移植がしにくいプラットフォームに採用されたこともあり、日本語以外への実装は行われていない。理論的なモデルについては、いくつかの例がある。富士通の菅野じん等による特許が、中国語、ハングル、ベトナム語、ビルマ語、チベット語、イ語についてある。また、横浜国立大学の村田忠禧は中国語について別の提案をしている。

これらのモデルには、すでに述べた利点が織り込まれていることが分かる。例えば、ベトナム語やイ語においては、親指によるシフトが母音の声調を区別するのに使用されている。また、村田案の中国語においてはクロスシフト(文字キーと反対側の親指によるシフト)に特別な漢字を割り当てている。

これらに加え、親指シフトに限ったことではないが、ソフトウェア的制御の活用により、こうした言語における入力方法を容易にすることが可能になる。例えばハングルの入力においてはホームポジションのキーに子音と母音を共通して割り当てているが、これは入力の順番でどちらを入力しているかをコンピューターが判断するというやり方を採用している。また、チベット語では、入力に対する結果をユーザーが選択するやり方を採用している。

ソフトウェアエミュレーション[編集]

親指シフト専用のキーボードを使用できない、あるいは使用したくない場合は、配列をソフトウェアで変更する配列エミュレータにより、キーボードを親指シフト化することができる。

キー配列を変更するためのソフトウェアをエミュレータと呼ぶことに違和感を覚える人もいるかもしれないが、次のような理由から伝統的にエミュレータと呼ばれている。

  • 単に文字入力を置き換えるのではなく、親指シフトキーと文字キーの同時打鍵判定が必要である
  • 本来はキーボード側で同時打鍵などの処理をする必要があり、これをソフトウェアで代替しているという認識がある
    • エミュレータ黎明期にはユーザの多くがOASYSやパソコン用の専用の親指シフトキーボードからの移行であった

今日では専用の親指シフトキーボードに触れたことがないユーザも増えたが、上記のような理由からエミュレータという呼び名が残っている。

エミュレータと実機の違い[編集]

専用の親指シフトキーボードによる親指シフト規格の文字入力と、エミュレータによる親指シフト規格の文字入力には、以下のような違いがある。

親指シフトキーの機能[編集]

PS/2接続の親指シフト専用キーボードには、親指シフトキーのためのキーコードを出力する専用の親指シフトキーが備わっている。

これに対し、USB接続の親指シフトキーボードや一般のJISキーボードには、左右の親指シフトキーに対応するキーコードを割り振ることが可能な独立したキーは備わっていない。そのため、親指シフトキーの機能を実現するためには、既存のキーのいずれかに、そのキーの本来の機能に重複して、親指シフトキーの機能を割り当てる場合がある。その割り当てが行なわれると、親指シフトキーの機能を割り当てられたキー(代替キー)は、文字キーと同時打鍵された場合に親指シフトキーの機能を発揮し、単独で打鍵された場合のみ本来の動作を行なう、という代替キーの動作切り替えが行なわれる。

ちなみに、この動作切り替えに対しては、親指シフト専用キーボードから移行したユーザーにとっても習熟が必要となることがある。つまり、親指シフト規格に習熟していても動作切り替えに未習熟であると、代替キーを親指シフトキーとして打ったつもりであるのに、代替キーの本来の機能として働いてしまったり、その逆といった使用者の意図と動作結果との間に齟齬を生じさせる。もっとも、動作切り替えに習熟すれば、実際の使用感は専用キーボードと変わらなくなってくると感じるユーザーも多い。もともと片手打ちなど正規の指使いでない使用者にとっても、専用キーボードの方が融通がきくことが多い。なお例外的に、無変換キーをEnterキーで・変換キーをSpaceキーで代替する方法に慣れていれば、動作切り替えへの未習熟が実質的な影響を及ぼさないこともある。「無変換キーを左親指シフト専用キー」とし、「変換キーを右親指シフト専用キー」として使うことにすれば、動作切り替えが行なわれないためである。JISキーボードを使用する場合は、変換/無変換キーまたはスペースキーを親指シフトキーとして使用することが多い。

実際の製品としては1991年のオアシスポケットから採用され始めた。2008年以降の機種では、デスクトップ・モバイル・ノートの種別を問わず、PS/2接続のキーボードを除いて全てこの仕様でリリースされている。(#NICOLA規格参照)

ちなみに、専用の親指シフトキーボードでも、変換/無変換キーに親指シフトキーの機能を重複割り当てすることを、NICOLA規格では認めている。

親指シフトキーの位置[編集]

親指シフトキーボードを使う場合を除くと、既存のキーを親指シフトキーとして使わなければならないため、親指シフトキーとして使用するキーが親指の直下になるとは限らず、操作にストレスを感じる結果となることがある。

そのため、ソフトウェアエミュレーションで快適に親指シフト規格での入力を行うには、同じJISキーボードでも親指シフトキーとして使用するキーが親指の直下に位置する、USB接続の親指シフトキーボードに似た形態のものを用いることが好ましいとされ、こういったキーボードが親指シフト規格の愛好家から「親指シフト規格向けのJISキーボード」として語られることがある。

同時打鍵の判定[編集]

環境によっては他のキーに親指シフトキーの機能を重複割り当てする場合、誤判定が発生することがある。

OASYSの親指シフトキーボードでは、親指キーを先に押した場合はどんなにタイミングがずれても許容された(前置シフト)。文字キーのほうが一瞬早かった場合は数百ミリ秒のズレを許容する。エミュレータ(後述)では親指キー・文字キーのどちらが一瞬早かった場合でも数百ミリ秒のズレを許容する。

多くのエミュレータはこのタイミングを細かく調整したり、前置シフトの有無を設定できる。

タイミングのズレの許容範囲
OASYS エミュレータ パソコン用専用キーボード
親指キーが先行 無制限 数百ミリ秒 実装により異なる
文字キーが先行 数百ミリ秒 数百ミリ秒 数百ミリ秒

刻印の有無[編集]

実機ではキートップに親指シフト規格の仮名が刻印されているが、エミュレータではキートップに親指シフト規格の仮名が刻印もしくは表示されていないキーボード(いわゆるJISキーボードなど)を親指シフト規格化して使用することが多い。この場合、ステッカーなどを貼り付けてNICOLA規格刻印を再現しないかぎりキーボードの刻印を見ながら文字入力を行うことが不可能であり、タッチタイプでの入力が前提となる。この事はサイトメソッド(いわゆる一本指打法)が使えないという欠点にうるが、一方では盤面を見る悪習がつかないという利点とも言える。

エミュレータ一覧[編集]

かつては「OASYSの挙動を真似る(エミュレートする)」ために、NICOLA規格と親指シフト規格のみをサポートするエミュレータが多かった。その一方で、NICOLA規格とは異なる入力法を再現するために設計されてきた「自作定義対応」のエミュレータも開発されてきた。現在では後者ほど活発にアップデートされている。

エミュレータを内蔵した日本語IME[編集]

単体エミュレータ[編集]

個人が作成し、フリーウェアまたはシェアウェアとして配布しているものが多い。

  • Windows (32bit/64bit) 用
    • em1keypc(多配列サポートを前提に製作され、その一環として別途提供のoyayubiwmによりNICOLA規格にも対応)
    • やまぶき(多配列サポートを前提に製作され、その一環としてNICOLA規格用の配列定義を同梱。USB接続の親指シフトキーボード用定義も同梱)
    • やまぶきR やまぶきの派生エミュレータ。かな入力用の配列が使えない代わりに、キー入力の取りこぼしの軽減と文字の出の高速化を行っている。
    • DvorakJ(多配列サポートを前提に製作され、親指シフトやそこから派生した各種配列の定義も同梱。)
    • 姫踊子草2(多配列サポートを前提に製作され、その一環としてNICOLA規格と親指シフト規格に対応する配列定義を同梱。USB接続の親指シフトキーボード用定義も同梱)
  • Windows (32bit) 用
    • 親指ひゅんQ(2010/05/13より公開休止中、NICOLA規格+親指シフト規格の両方に対応する配列定義を同梱)
    • Q's Nicolatter
  • Windows CE
  • Windows Mobile
    • em1key(多配列サポートを前提に製作され、その一環として別途提供のoyayubiwmによりNICOLA規格にも対応)
  • Mac OS(OS9以前)用
    • ニコラアシスト
    • Nickey
  • Mac OS X
  • Unix(Linuxなど)用
  • Emacs
  • MS-DOS

参考文献[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]