見延和靖

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見延 和靖
Kazuyasu Minobe Challenge SNCF Reseau 2016 t103833.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1987-07-15) 1987年7月15日(34歳)
出身地 福井県 越前市
身長 177cm[1]
体重 74kg[2]
獲得メダル
日本の旗 日本
男子 フェンシング
オリンピック
2020 東京 エペ団体
ワールドカップ
2015 エストニア エペ個人
2016 フランス エペ団体
2017 スイス エペ個人
2018 ドイツ エペ個人
2019 アルゼンチン エペ団体
アジア競技大会
2018 ジャカルタ エペ団体
2014 仁川 エペ団体
2010 広州 エペ団体
フェンシングアジア選手権
2016 中国 エペ団体
2016 中国 エペ個人
グランプリ
2017 ハンガリー エペ個人
2019 ハンガリー エペ個人

見延 和靖(みのべ かずやす、1987年7月15日 - )は、現役の日本フェンシング選手。福井県越前市出身。種目はエペ武生商業高等学校を経て、法政大学を卒業。Nexus所属。左利き。全個人種目を通じて日本選手として初めて年間ランキングで世界1位を獲得した。[3]

来歴[編集]

最初に熱中していたスポーツはバレーボールだったが、父親のアドバイスにて高校でフェンシングを手にする。2008年に国際大会のデビューを果たし、日本のナショナルチームへ加入。

2021年に開催された東京オリンピックのフェンシング男子エペ個人では3回戦まで進んだが、韓国の朴相永に6-15で敗れ準々決勝進出を逃した[4]。同年7月30日には男子エペ団体にキャプテンとして出場し、1回戦のアメリカ戦の第8ピリオドでリザーブメンバーの宇山賢と交代する。東京オリンピック特別ルールでは、リザーブ選手と交代した時点でそれ以降の試合には一切出場できなくなるために2回戦以降はずっとベンチからの応援となったが、見延はジャージに着替えることなくユニフォーム姿のまま応援を続けた。その後、勝ち進んだ日本チームは決勝戦でロシアオリンピック委員会(ROC)に勝利して優勝。フェンシング競技で日本初の金メダリストとなった[5][6]。同年、紫綬褒章受章[7]

脚注[編集]

  1. ^ 見延 和靖(みのべ かずやす)/エペ”. Fencing Fan. 株式会社シー・エヌ・シー. 2019年8月6日閲覧。
  2. ^ 見延 和靖(みのべ かずやす)/エペ”. Fencing Fan. 株式会社シー・エヌ・シー. 2019年8月6日閲覧。
  3. ^ 見延が日本選手初の年間1位 フェンシング”. 朝日新聞. 2019年8月6日閲覧。
  4. ^ “フェンシング見延和靖は3回戦で敗れる 東京五輪男子エペ個人、韓国のパク・サンヨンに6―15”. 福井新聞. https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1364088 2021年7月25日閲覧。 
  5. ^ フェンシングで日本初の金メダル! 男子エペ団体が歴史的快進撃 日本勢金17個は新記録! - スポニチ Sponichi Annex スポーツ” (日本語). スポニチ Sponichi Annex. 2021年7月30日閲覧。
  6. ^ 五輪金の見延さん一日署長、赤羽でパレード タレント竹内夢さんも痴漢注意訴え ”. 産経ニュース (2021年12月15日). 2021年12月15日閲覧。
  7. ^ 『官報』第250号、令和3年11月4日

外部リンク[編集]