西英太郎

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西英太郎

西 英太郎(にし えいたろう、元治元年9月3日[1]1864年10月3日) - 1930年昭和5年)8月5日[2])は、日本の衆議院議員立憲同志会憲政会立憲民政党)、実業家

経歴[編集]

肥前国小城郡多久村(現在の佐賀県多久市)に、佐賀藩士西雅広の長男として生まれる[3]。儒学者岡松甕谷漢学を学んだ後、 東京に出て中村正直同人社英学を学んだ[3]

小城郡会議員、佐賀県議会議員を経て、1914年大正3年)の衆議院補欠選挙に出馬し、当選[1]。以後、当選回数は6回を数えた。

その他、佐賀県農工銀行頭取、唐津鉄道取締役、肥前電気鉄道取締役、唐津製鋼所取締役、佐賀毎日新聞社社長などを歴任した[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 故勲三等西英太郎位記追賜ノ件
  2. ^ 『官報』第1091号、昭和5年8月18日
  3. ^ a b 『現代日本の政治家』

参考文献[編集]