西田和昭

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西田 和昭
本名 西田 和晃
ニックネーム ぼんちゃん
別名義 異母栗 ぼん
生年月日 (1958-07-16) 1958年7月16日(58歳)
出身地 大分県佐伯市
最終学歴 第一経済大学
師匠 ゆーとぴあ(ホープ)
コンビ名 コント・ぼん&正月
相方 美和けんじ → 田口 → 伊藤忠
作品 シベリア超特急
他の活動 俳優
映画評論家
アクターズステーション代表

西田 和昭(にしだ かずあき、本名並びに旧芸名:西田 和晃ぼん西田1958年7月16日 - )は、大分県佐伯市出身の俳優映画評論家ゆーとぴあ・ホープ門下のお笑い芸人。愛称は永らく「ぼんちゃん」。2010年7月以降『異母栗 ぼん』(いぼぐり ぼん)の異名も持つ。

人物と芸風[編集]

中学時代に見た、ジャン=ルイ・バローの「天井桟敷の人々」を見てパントマイムにあこがれ、学園祭などで披露していた。第一経済大学在学中は、宮﨑重明(飛鳥涼)、柴田秀之(Chage)らと同窓。チャゲ&飛鳥は7名を加えたバンドで、そのメンバーらと共に活動していた。メジャーデビューにあたり2人だけが売り出される事になり、他の創立メンバーはチャゲ&飛鳥から放逐された(西田はバンドメンバーではないので直接の関係はない)。

その後、欧州放浪の旅へ。ドイツのケルンで発話障がいの人が演じるパントマイムを見て衝撃を受ける。

帰国後、お笑いに目覚め、コメディアンを志して上京、ポール牧主宰の『田端グループ』入り。ゆーとぴあ・ホープの一番弟子。『ホープ軍団』(チャンプ企画)に籍を置く。ポール牧の孫弟子にあたる。

『コント・ぼん&正月』(愛称「ぼんちゃん」の由来)を結成、坊主コントを売りにした。初代正月は美和けんじ、二代目正月はレオナルド熊門下で、コント山口君と竹田君の山口君の元相方田口(元チャゲ&飛鳥バンドのベース担当)、三代目正月は、元ミスターポテトの伊藤忠。

お笑いスター誕生』(日本テレビ)のオープントーナメント・サバイバルシリーズ出場時、審査員に水野晴郎がいた。映画が好きなことを水野が知り、アルバイトで事務所に誘われる。西田曰く「これが愛の始まり」。

以降、水野の片腕として重用され、映画情報番組『映画百科』などに出演。水野が行くことができなかった、ハリウッド、メキシコ、香港九龍などのロケ地を精力的に訪問、映画の知識を深める。平行してタレント活動も継続。

その後、水野が「金曜ロードショー」の出演を終了。「シベリア超特急」を監督するにあたり、サポートとして参加。『シベリア超特急シリーズ』では準主役級の扱いでレギュラー出演した(役名は出身地の佐伯に因み「佐伯大尉」、読みは「さえき」)。

また水野が助教授を務めていた倉敷芸術科学大学に招聘され、同学の臨時講師にもなった。この当時テレビなどでも水野との共演が多かったことから、水野とのホモセクシャル疑惑を持たれていた(これは現在トークのネタにしている)。

2005年2月『シベリア超特急5』封切りイベントにて『コント・ぼん&正月』を一夜限りで復活させた。水野の没後も、著述業の他、タレントや喜劇役者としても活動中。

2010年7月18日阿佐谷ロフトAにて、フォークシンガーなぎら健壱が扮するイタコによって口寄せされた水野の霊により『異母栗ぼん』と命名され、即時に襲名披露(トークイベントなどでは異母栗名を使っている)。

2013年、芸能養成所「アクターズステーション」を開設。代表に就任。

2014年、水野が立ち上げた日本映画批評家大賞を運営する新組織「日本映画批評家大賞機構」を設立、代表理事に就任。

2015年現在、「シベリア超特急 EPISODE1」を製作中。

婚姻歴あり。元妻は、元宝塚歌劇団星組の匠鴻(たくみ こう)で、間に2子、他に1子。

主な出演[編集]

バラエティ番組[編集]

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

など

ラジオ[編集]

ライブ[編集]

  • ぼんちゃん大いに語る! 〜EPISODE1〜(2013年4月14日、阿佐ヶ谷ロフトA)ゲスト:千葉真一、青筋辰蔵、なぎら健壱
  • ぼんちゃん大いに語る! 〜EPISODE2〜(2014年5月24日、阿佐ヶ谷ロフトA)
  • ゆーとぴあホープ 奇跡の生還LIVE(2014年6月27日、新宿ゴールデン街劇場)
  • ぼんちゃん大いに語る! 〜EPISODE3〜(2013年7月26日、阿佐ヶ谷ロフトA)

外部リンク[編集]