西浜町停留場

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西浜町停留場
2か所に分かれる乗り場。下がアーケード入口側
2か所に分かれる乗り場。下がアーケード入口側
にしはまのまち
NISHIHAMANO-MACHI
所在地 長崎県長崎市銅座町4番1号先
(アーケード入口側は長崎市浜町
所属事業者 長崎電気軌道
駅構造 地上駅
ホーム 計4面4線
乗降人員
-統計年度-
5,300人/日
-2015年-
開業年月日 1920年(大正9年)12月25日
乗入路線 2 路線
所属路線 本線(1号系統・□2号系統5号系統
駅番号 32
キロ程 6.6km(*赤迫起点)
築町 (0.1km)
(0.2km) 観光通
所属路線 蛍茶屋支線(□2号系統4号系統5号系統
駅番号 36
キロ程 0.0km(西浜町起点)
(0.4km) 賑橋
備考 * 路線の起点は住吉停留場
乗降人員は2か所の乗り場を合算
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西浜町停留場(にしはまのまちていりゅうじょう、西浜町電停)は、長崎県長崎市にある長崎電気軌道路面電車停留場である。本線と蛍茶屋支線が接続する停留場で、1号系統2号系統4号系統5号系統が停車する。

長崎市中心部、浜町アーケード近くの西浜町交差点にあり、多数の電車が行き来する交通の要衝[1][2]。乗り場は交差点を挟んで同市浜町と銅座町の2か所に分かれ、浜町にある乗り場は「アーケード入口」と括弧書きの別名が与えられる[2]。停留場に停車する系統のうち4号系統はアーケード入口側のみ、1号系統はもう一方の銅座町側のみに停車し、2号系統と5号系統は両方の乗り場に停車する[2]

歴史[編集]

西浜町停留場は1920年(大正9年)の開業[3]築町 - 古町(廃止)間の開通と同日のことで[4][5]、乗り場は当初銅座町側のみだった[2]。翌年には西浜町から思案橋までの区間が開通する[2][4]。アーケード入口側の乗り場が設けられた時期は不詳だが、長崎電軌によると1921年から1933年ごろとされる[2]。ただ当時設定されていた系統[7]で両方の乗り場を経由するものは存在しなかったという[2]

1945年(昭和20年)8月9日には原爆投下を経験、西浜町交差点は戦災に見舞われなかったが[8]、長崎電軌の路線は全線不通となる[9]。当停留場を含む長崎駅前 - 西浜町 - 蛍茶屋間は被爆から最初に復旧した区間であり、同年11月に運行を再開[8][10]。このとき電車は当停留場の両方の乗り場を経由し運行されたとみられる[2]。残る西浜町 - 思案橋間は軌道上に闇市が立ってしまったために再開が遅れ、1953年(昭和28年)7月に復旧した[8]。復旧までの一時期は当停留場を起終点として大橋までを結ぶ、1号系統の代役を担うような系統が設定されていた[6][8]

構造[編集]

デルタ線越しに見るアーケード入口側の乗り場。電車は築町方面行きホームに停まっている

西浜町停留場は併用軌道区間にあり[15]、本線と蛍茶屋支線の軌道は西浜町交差点の上で分岐する。交差点から築町方面(本線上り)、正覚寺下方面(本線下り)、蛍茶屋方面(蛍茶屋支線)に路線が通じ、3方向の軌道は相互に接続して3方分岐のデルタ線を形成する[15][16]

乗り場は交差点の築町寄り(銅座町側)と蛍茶屋寄り(アーケード入口側)の2か所に分かれ[2][17]、100メートルほど離れている[3]。互いの乗り場の間も1区間として扱われるため、一方の乗り場からもう一方の乗り場まで乗車した場合も運賃を支払わねばならない[2]ホームは各乗り場2面ずつ設けられ、2本の線路を挟みこむように配される[15][16]。このうちアーケード入口側の2面は斜向かいにずれて位置していて、交差点側から見て手前に蛍茶屋方面行き、奥に築町方面行きのホームがある[16][18]。蛍茶屋方面行きは中島川に面し、築町方面行きはホーム長が1両分しかない[18]。一方銅座町側の2面は向かい合って位置している(相対式ホーム[16]。2009年(平成21年)には中央橋の架け替えに合わせて、デルタ線の軌道と停留場のかさ上げがなされた[19]

デルタ線のポイントは一定時間ごとに自動で切り替わる方式で、運転士は車両の進行方向にポイントが切り替わったことを信号で確認し電車を出発させる[17][20]。これに加えて交差点の一角に操車室があり、精霊流しで西浜町 - 正覚寺下間が運休する際にはポイントを手動で切り替えることが可能[17]。この精霊流しに伴う運休の際、4号系統は当停留場で蛍茶屋方面へ折り返し、1号系統は当停留場に乗り入れず築町で折り返す。

利用状況[編集]

長崎電軌の調査によると1日の乗降客数は以下の通り。

  • 1998年 - 9,362人[3]
  • 2015年 - 銅座町側 1,500人、アーケード入口側 3,800人[21]

周辺[編集]

中央橋から西浜町交差点を望む。奥が思案橋・正覚寺下方面

西浜町交差点界隈は長崎市有数の繁華街(浜町)で、買い物や観光の中心地として活気がある[8][22]。アーケード入口側の乗り場は浜町アーケードの入口にあり、停留場を利用する買い物客も多い[23]。その乗り場横を流れる中島川には銕橋が架かり、たもとにはかつての親柱を用いたモニュメントが立つ[1]

また西浜町交差点は交通の要衝でもあり、交差点から中島川に架かる中央橋大波止県庁前方面と思案橋方面を結び、長崎の主要な幹線道路とみなされている[1][19]。ただ停留場がある中島川の南岸一帯は戦争の被害を受けなかったため、交差点から蛍茶屋方面に伸びる軌道沿いなどは道幅が狭く[8][24]、一方通行で交通量もそう多くない[23]

「西浜町」という町名は現存せず、当停留場は旧町名を留める唯一の停留場である[2]

隣の停留場[編集]

長崎電気軌道
本線(1号系統・□2号系統・5号系統)
築町停留場 - 西浜町停留場 - 観光通停留場
蛍茶屋支線(□2号系統・4号系統・5号系統)
西浜町停留場(アーケード入口) - 賑橋停留場

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 田栗 2005, p. 24.
  2. ^ a b c d e f g h i j k 岡田将平 (2016年1月27日). “路面電車の電停 西浜町なぜ二つ? /長崎”. 朝日新聞 (朝日新聞社): p. 30 
  3. ^ a b c 田栗 & 宮川 2000, p. 61.
  4. ^ a b c d e f 100年史, p. 129.
  5. ^ a b c 今尾 2009, p. 57.
  6. ^ a b 100年史, p. 63.
  7. ^ 1・2・3・5号系統の4つ。2号系統は馬町 - 思案橋間を結ぶ現在の4号系統に相当するルートで、5号系統は当停留場より手前の千馬町(廃止)を起終点としていた[6]
  8. ^ a b c d e f 田栗 2005, p. 23.
  9. ^ 田栗 & 宮川 2000, p. 96.
  10. ^ 田栗 & 宮川 2000, p. 97.
  11. ^ a b 田栗 2005, p. 157.
  12. ^ 田栗 2005, p. 156.
  13. ^ 100年史, p. 201.
  14. ^ 100年史, p. 202.
  15. ^ a b c 100年史, p. 130.
  16. ^ a b c d 川島 2013, p. 49.
  17. ^ a b c 川島 2007, p. 120.
  18. ^ a b 川島 2007, p. 123.
  19. ^ a b 100年史, p. 119.
  20. ^ 川島 2013, p. 51.
  21. ^ 100年史, p. 125.
  22. ^ 田栗 2005, p. 25.
  23. ^ a b 田栗 & 宮川 2000, p. 72.
  24. ^ 川島 2013, p. 52.

参考文献[編集]

関連項目[編集]