西枇杷島駅
| 西枇杷島駅 | |
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駅舎 | |
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にしびわじま NISHI BIWAJIMA | |
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◄(枇杷島分岐点*) (0.3km) (0.6km) 二ツ杁 NH40► | |
| 所在地 | 愛知県清須市西枇杷島町川口37-2 |
| 駅番号 | NH 39 |
| 所属事業者 | 名古屋鉄道 |
| 所属路線 | 名古屋本線 |
| キロ程 | 71.6km(豊橋起点) |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
830人/日 -2013年[1]- |
| 開業年月日 | 1914年(大正3年)1月23日 |
| 備考 |
無人駅(駅集中管理システム導入駅、ただし安全のため係員常駐) *東枇杷島 (NH38) まで0.9km |
西枇杷島駅(にしびわじまえき)は、愛知県清須市西枇杷島町川口にある、名古屋鉄道名古屋本線の駅である。駅番号はNH39。
普通列車のみが停車する。かつては急行、準急の特別停車があった。
歴史[編集]
かつて駅舎は現状より須ヶ口駅寄りに位置したが、戦後になって現在地へ移設された[2]。
- 1914年(大正3年)1月23日 - 開業。
- 1920年(大正9年)以前 - 一宮線の枇杷島橋駅 - 下小田井駅間に下砂杁信号場を設置して当駅との間のデルタ線を形成[3]。
- 1940年(昭和15年)頃 - 戦時貨物輸送強化のためデルタ線上に貨物線を増設[3]。
- 1944年(昭和19年) - 戦時中のため旅客営業を休止し貨物駅となる[3]。
- 1949年(昭和24年)8月1日 - 枇杷島橋駅廃止の代替として旅客営業再開。待避線を新設し、下砂杁信号場を統合しデルタ線を駅構内とする[4]。
- 1966年(昭和41年)2月10日 - 貨物営業廃止[5]。
- 1970年(昭和45年)12月25日 - 準急停車駅に昇格[6]。
- 1987年(昭和62年)11月27日 - 二ツ杁駅が準急停車になり当駅は準急通過となり、普通のみの停車駅となる[7]。
- 2004年(平成16年)
- 2011年(平成23年)2月11日 - ICカード「manaca」の利用が可能となる。
- 2012年(平成24年)2月29日 - トランパスの使用を終了。
- 2019年
駅構造[編集]
島式2面4線ホームを持つ地上駅で、有効長は4両。駅舎に隣接して券売機小屋が設けられている。
全長80m、全幅4mほどの狭小なプラットホームには駅名標と非常通報ボタンしかなく、安全上の理由から停車列車の発着時以外はホーム上に立ち入ることができず、列車到着直前時のみ係員の誘導に従ってホームに入ることができる[10][9]。なお、ここで誘導を行う係員は運転担当の要員であり、駅出改札業務を行う「駅員」ではない。駅業務上は駅集中管理システムが導入された無人駅(管理元は神宮前駅)という扱いである[11]。
利用者や停車本数は少ないものの、安全運行上は非常に重要な駅である。この駅のすぐ東にある信号場の枇杷島分岐点は超高密度運行区間の平面交差であるため、完全に機械任せにすることができない。そのため必要に応じて分岐点手前で停止させたり、減速させて交差電車をやり過ごすといった操作が常時必要になっており、それらの管理を担当しているのが当駅だからである。枇杷島分岐点自体が当駅の構内という扱いになっており、場内・出発信号機の称番が関連しているのはそのためである。
名鉄岐阜方面をJR東海道本線と東海道新幹線の跨線橋、名鉄名古屋方面を愛知県道67号名古屋祖父江線(美濃街道、岐阜街道、鮎鮨街道、国道22号の旧道)の踏切に挟まれており、ホームの拡張余地はほとんどない。そのため1987年に隣の二ツ杁駅に待避線が増設されると、当駅で待避を行う列車は減少した[3]。列車待避は2019年3月改正で全て廃止されており、今後は待避線を撤去してホーム拡張し、相対式2面2線の駅となる予定である[9]。
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| (南側2線) | NH 名古屋本線 | 下り | 名鉄一宮・名鉄岐阜・津島方面[12] |
| (北側2線) | 上り | 名鉄名古屋・金山方面[12] |
※ のりば番号は未設定。また、ホームに行き先を示す看板は設置されていない。
配線図[編集]
| ↑ 名古屋本線 名古屋・豊橋・空港方面 |
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| → 名古屋本線 一宮・岐阜・津島方面 |
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| ↓ 犬山線 岩倉・犬山方面 |
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| 凡例 出典:[13] 左上:庄内川橋梁と枇杷島分岐点、左下:旧下砂杁信号場 右端岐阜方向の渡り線付近でJR東海道本線と東海道新幹線がオーバークロスしている。 |
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利用状況[編集]
- 『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると2013年度当時の1日平均乗降人員は830人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中240位、名古屋本線(60駅)中53位であった[1]。
- 『名古屋鉄道百年史』によると1992年度当時の1日平均乗降人員は1,830人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中179位、 名古屋本線(61駅)中43位であった[14]。
- 愛知県の統計によれば、1日平均の乗車人員は、平成19年度411人、平成20年度423人、平成21年度410人である。愛知県内の名古屋本線の駅では、55駅中50位。1980年代は現在の10倍ほどの利用者数があった[注釈 1]。
この駅は名古屋本線と津島線が通っているので昼間でも毎時上下14本の列車が走るものの、停車するのは普通列車のみのため上下毎時各2本と少ない(普通列車も一宮方面には行かず津島線へ直通する)。駅周辺に重要な施設やバス路線がなく、準急停車駅の二ツ杁駅が600m先と徒歩10分ほどと近く、犬山線の下小田井駅にも近い場所であり、どちらも毎時4本程度が停車する。付近にあるJR東海道本線枇杷島駅にも普通列車しか止まらないものの毎時4本程度が停車しており、隣の駅であることもあってJR名古屋駅まで3 - 4分の距離である。
駅周辺[編集]
- 駅のすぐ西側をJR東海道本線・東海道新幹線のガードが横切っている。
- 東側の陸橋は、東枇杷島駅付近では高架で跨いだ愛知県道67号名古屋祖父江線(美濃街道、岐阜街道、鮎鮨街道、国道22号の旧道)である。
- 西枇杷島小学校
- メイエレック西枇杷島事業所
- 名鉄犬山線 下小田井駅
- JR東海道本線・東海交通事業城北線 枇杷島駅
- ナカモ本社工場
隣の駅[編集]
- 名古屋鉄道
- NH 名古屋本線
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 『愛知県統計年鑑 昭和58年度刊』と『愛知県統計年鑑 平成22年度刊』の統計より比較。
出典[編集]
- ^ a b 名鉄120年史編纂委員会事務局(編)『名鉄120年:近20年のあゆみ』名古屋鉄道、2014年、160-162頁。
- ^ 名古屋鉄道株式会社(編)『この駅この町 沿線散歩・名鉄100駅』名古屋鉄道広報宣伝部、1986年、5頁。
- ^ a b c d 澤田幸雄 「名鉄の駅,構内設備の思い出」(『鉄道ピクトリアル No.816 2009年3月号臨時増刊』電気車研究会、2009年)p.146
- ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、982頁。
- ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、1018頁。
- ^ 岸義則「読者短信」『鉄道ピクトリアル』第248巻、電気車研究会、1971年3月、 90頁。
- ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、1064頁。
- ^ 寺田裕一『改訂新版 データブック日本の私鉄』ネコ・パブリッシング、2013年、255頁。ISBN 978-4777013364。
- ^ a b c d 榊原智康「幅4メートル「待てないホーム」改修 名鉄・西枇杷島駅」夕刊1面、『中日新聞』、2019年5月17日。2019年5月17日閲覧。, オリジナルの2019-05-17時点によるアーカイブ。
- ^ 鉄道ジャーナル 2016年4月号 p.112 より
- ^ 徳田耕一『名古屋鉄道 今昔―不死鳥「パノラマカー」の功績』交通新聞社〈交通新聞社新書〉、2017年8月、71頁。ISBN 978-4330819174。
- ^ a b 駅時刻表:名古屋鉄道・名鉄バス、2019年3月24日閲覧
- ^ 電気車研究会、『鉄道ピクトリアル』通巻第816号 2009年3月 臨時増刊号 「特集 - 名古屋鉄道」、巻末折込「名古屋鉄道 配線略図」
- ^ 名古屋鉄道広報宣伝部(編)『名古屋鉄道百年史』名古屋鉄道、1994年、651-653頁。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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