西村卓朗
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|---|---|---|---|---|---|---|
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| 名前 | ||||||
| 愛称 | タクロー | |||||
| カタカナ | ニシムラ タクロウ | |||||
| ラテン文字 | NISHIMURA Takuro | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1977年8月15日(41歳) | |||||
| 出身地 | 東京都新宿区[1] | |||||
| 身長 | 176cm[1] | |||||
| 体重 | 68kg[1] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | DF | |||||
| ユース | ||||||
| 1997-2000 | 国士舘大学 | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2001-2004 | 浦和レッドダイヤモンズ | 0 | (0) | |||
| 2004-2008 | 大宮アルディージャ | 82 | (1) | |||
| 2009 | ポートランド・ティンバーズ | 13 | (0) | |||
| 2010 | クリスタル・パレス・ボルチモア | 19 | (0) | |||
| 2011 | コンサドーレ札幌 | 1 | (0) | |||
| 監督歴 | ||||||
| 2013-2015 | VONDS市原FC | |||||
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1. 国内リーグ戦に限る。2015年12月29日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
西村 卓朗(にしむら たくろう、1977年8月15日 - )は、東京都新宿区出身の元サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはDF。英文学者西村孝次の孫。
来歴[編集]
国士舘大学卒業後、浦和レッドダイヤモンズに入団。2004年7月、浦和から大宮アルディージャに期限付き移籍し[2]、J1昇格に貢献した。2005年より大宮に完全移籍した[1]。
トリッキーなドリブルでサイドを突破する自他共に認める健康オタク。徹底した健康管理がチームメイトの共感を集めた。永井雄一郎に肉体改造のすすめを説いたのも西村である。また、埼玉県朝霞市のコミュニティFMである「すまいるエフエム」にて、『西村卓朗の玄米生活』というレギュラー番組を持ち、パーソナリティーを務めていた。2008年シーズン終了後、大宮を退団し渡米。USL1部リーグのポートランド・ティンバーズに加入した。
2009年12月に帰国し、湘南ベルマーレフットサルクラブに加入[3]。フットサル選手としてプレーしていたが、2010年2月9日にUSSFディビジョン2プロフェッショナルリーグのクリスタルパレス・ボルチモアへの移籍が発表された。シーズン終了後退団、シンガポール、ドイツなどでテストを受け、2011年、練習参加していたコンサドーレ札幌に加入するが同年12月に戦力外通告を受け、1年限りで退団、後に引退を発表[4]。
2012年には浦和のスクールコーチを務めた。
2013年、関東サッカーリーグのVONDS市原FCの監督に就任(GMと兼任)。2015年5月に監督を退任し、GM兼コーチとなる。
2016年より水戸ホーリーホックの強化部長に就任した[5]。
所属クラブ[編集]
- 三菱養和SS
- 1997年 - 2000年 国士舘大学
- 2001年 - 2004年途中
浦和レッドダイヤモンズ
- 2004年途中 - 同年12月
大宮アルディージャ(期限付き移籍)
- 2004年途中 - 同年12月
- 2005年 - 2008年
大宮アルディージャ - 2009年4月 - 同年12月
ポートランド・ティンバーズ - 2009年12月 - 2010年2月
湘南ベルマーレフットサルクラブ - 2010年3月 - 同年10月
クリスタル・パレス・ボルチモア - 2011年2月 - 同年12月
コンサドーレ札幌
個人成績[編集]
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1998 | 国士大 | 旧JFL | - | 2 | 0 | ||||||
| 1999 | 2 | JFL | 5 | 0 | - | 2 | 0 | 7 | 0 | ||
| 2000 | 2 | 3 | 0 | - | 0 | 0 | 3 | 0 | |||
| 2001 | 浦和 | 30 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2002 | 18 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ||
| 2003 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 2004 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | 0 | 0 | ||||
| 大宮 | 35 | J2 | 15 | 0 | - | 3 | 0 | 18 | 0 | ||
| 2005 | 18 | J1 | 31 | 1 | 8 | 1 | 4 | 0 | 43 | 2 | |
| 2006 | 12 | 0 | 4 | 0 | 1 | 0 | 17 | 0 | |||
| 2007 | 24 | 0 | 5 | 0 | 0 | 0 | 29 | 0 | |||
| 2008 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | |||
| アメリカ | リーグ戦 | リーグ杯 | USオープン杯 | 期間通算 | |||||||
| 2009 | ポートランド | 20 | USL1部 | 13 | 0 | - | 0 | 0 | 13 | 0 | |
| 2010 | ボルチモア | 16 | USSF D2 | 19 | 0 | - | 1 | 0 | 20 | 0 | |
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2011 | 札幌 | 29 | J2 | 1 | 0 | - | 1 | 0 | 2 | 0 | |
| 通算 | 日本 | J1 | 67 | 1 | 18 | 1 | 5 | 0 | 90 | 2 | |
| 日本 | J2 | 16 | 0 | - | 4 | 0 | 20 | 0 | |||
| 日本 | JFL | 8 | 0 | - | 2 | 0 | 10 | 0 | |||
| 日本 | 旧JFL | - | 2 | 0 | |||||||
| アメリカ | USL1部 | 13 | 0 | - | 0 | 0 | 13 | 0 | |||
| アメリカ | USSF D2 | 19 | 0 | - | 1 | 0 | 20 | 0 | |||
| 総通算 | 18 | 1 | 14 | 0 | |||||||
指導歴[編集]
- 2012年 浦和レッドダイヤモンズ スクールコーチ
- 2013年 - 2015年 VONDS市原FC
- 2013年 - 2015年4月 監督兼GM
- 2015年4月 - 同年12月 GM
- 2016年 - 水戸ホーリーホック 強化部長
出典[編集]
- ^ a b c d “西村卓朗選手、完全移籍のお知らせ” (プレスリリース), 浦和レッズ, (2004年12月29日) 2015年12月29日閲覧。
- ^ “西村卓朗選手 大宮へ期限付き移籍のお知らせ” (プレスリリース), 浦和レッドダイヤモンズ, (2004年7月26日) 2017年10月26日閲覧。
- ^ “湘南ベルマーレフットサルクラブ 西村卓朗選手 新加入のお知らせ” (プレスリリース), 湘南ベルマーレ, (2009年12月17日) 2017年10月26日閲覧。
- ^ “コンサドーレ札幌 西村卓朗 選手 現役引退 および 浦和レッドダイヤモンズ サッカースクール コーチ 就任のお知らせ” (プレスリリース), コンサドーレ札幌, (2012年1月14日) 2017年10月26日閲覧。
- ^ “西村 卓朗氏 強化部長 就任のお知らせ” (プレスリリース), 水戸ホーリーホック, (2015年12月29日), オリジナルの2016年1月2日時点によるアーカイブ。 2015年12月29日閲覧。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 卓朗日記 (ブログ)
- 西村卓朗 - J. League Data Siteによる選手データ (日本語)

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