西成村

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にしなりむら
西成村
廃止日 1940年(昭和15年)9月20日
廃止理由 編入
現在の自治体 一宮市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
丹羽郡
総人口 8,202
(1935年10月1日)
隣接自治体 愛知県一宮市、丹羽郡古知野町布袋町千秋村丹陽村葉栗郡浅井町
西成村役場
所在地 愛知県
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西成村(にしなりむら)は、愛知県丹羽郡にかつてあったである。

現在の一宮市東部に該当する。西成とは、「丹羽郡の西部に成る村」という意味であるという。

歴史[編集]

  • 江戸時代末期、この地域の大部分は尾張藩領であった。
  • 1878年明治11年)12月28日 - 下奈良村と下奈良酉新田が合併し、春明村となる。
  • 1889年明治22年)10月1日 -
    • 浅野村、南小淵村、北小淵村が合併し、浅淵村となる。
    • 小赤見村、大赤見村、柚木颪村、丹羽村が合併し、赤羽村となる。
    • 定水寺村、春明村、西大海道村が合併し、穂波村となる。
    • 吾鬘村、森本村、多加木村、猿海道村、馬見塚村が合併し、多加森村となる。
  • 1906年(明治39年)7月1日 - 浅淵村赤羽村穂波村時ノ島村瀬部村、及び多加森村の一部[1]が合併し、西成村となる。
  • 1940年昭和15年)9月20日 - 一宮市に編入され消滅。西成(村)の名前は中学校名などにしか残っていなが、1906年まで存在した歴史ある村名の中には「大字」として残ったものもある。

交通機関[編集]

名所など[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 旧・馬見塚村。多加森村の大部分は合併により丹陽村の一部となる。

関連項目[編集]