西川祐尹

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「男舞図」(部分) 祐尹筆、東京国立博物館所蔵。

西川 祐尹(にしかわ すけただ、生年不明 - 宝暦8年12月17日1759年1月15日〉)とは、江戸時代の京都の浮世絵師

来歴[編集]

京都の人、西川祐信の長男で幼名は大助または伊織、通称は西川主税。得祐斎、文生堂と号す。父祐信と同じく公家西園寺家に仕え、また祐信の跡を継ぎ絵師として活動し、版本の挿絵と肉筆美人画を描いた。『増訂浮世絵』は祐信と比べて「その伎倆は及ばないけれども相当な手腕をもつて居る」と評している。

祐尹の没年については『名人忌辰録』や『続平安名家墓所一覧』に、宝暦12年(1762年)8月25日に享年57で没したとするが、林美一の調査によれば子孫の西川家に系図と過去帳が伝わっており、それらには祐尹の没年が宝暦8年12月17日であると記されている。享年は不明。法名は徳本院積善浄運居士、墓所は京都三条大宮の妙泉寺。弟に祐肖がおり、これも絵師だったが延享元年(1744年)に33歳で没している。また西川家は祐尹の孫の代で家業を医者とし、絵師としての系譜は絶えた。

作品[編集]

  • 『絵本八重桜』 宝暦2年(1752年)刊行
  • 『絵本鏡百首』前後篇六冊 前篇宝暦2年、後編宝暦3年刊行
  • 絵本勇士艸』上下二冊 宝暦3年刊行
  • 絵本響の瀧』三冊 水本深蔵撰、宝暦3年刊行
  • 『絵本みつの友』 宝暦3年刊行
  • 『絵本面美花』(かおよはな) 宝暦4年刊行
  • 男舞図」 絹本着色 東京国立博物館所蔵 ※「文華堂祐信嫡男西川主税祐尹筆」の落款、「西川弐代」の白文方印と「祐尹」の朱文方印あり
  • 「立姿美人図」 絹本着色 ニューオータニ美術館所蔵 ※「西川祐尹筆」の落款、「西川弐代」の白文方印と「祐尹」の朱文方印あり。この絵は『絵本常盤草』(享保16年〈1731年〉刊行)の上巻にある人物の図様を利用して描かれたことが指摘されている。
  • 「春画帖」 着色 個人所蔵 ※「西川祐尹筆」の落款あり

参考文献[編集]

  • 宮武外骨編 『西村祐信画譜』〈『浮世絵鑑』第三巻〉 雅俗文庫、1911年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。
  • 藤懸静也 『増訂浮世絵』 雄山閣、1946年 ※国立国会図書館デジタルコレクションに本文あり。75頁、73コマ目。
  • 小林忠編 『肉筆浮世絵大観(8) ニューオータニ美術館』 講談社、1995年 ※204 - 205頁
  • 林美一 『江戸艶本集成第一巻 菱川師宣・西川祐信』 河出書房新社、2013年 ※「西川祐信の生涯」(137頁)

関連項目[編集]