西島義則

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
西島義則
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 島根県鹿足郡柿木村
(現・吉賀町
生年月日 (1961-10-30) 1961年10月30日(57歳)
身長 166cm
体重 57kg
血液型 AB型
競艇選手情報
所属 広島支部
登録番号 3024
登録期 49期
級別 A1級
特徴 自在
選手実績
デビュー日 1981年11月
主要獲得タイトル
テンプレートを表示

西島 義則(にしじま よしのり、1961年10月30日[1] - )は日本の競艇選手

49期で、選手登録番号は3024。同期には大嶋一也らがいる。

身長166cm、血液型はAB型。島根県鹿足郡柿木村(現在の吉賀町)出身。現在は福岡県在住であるが、所属は広島支部所属。

来歴[編集]

島根県立益田農林高等学校卒業後、広島市に出てガソリンスタンドなどで働いた後、競艇選手となった。1997・1998年の総理大臣杯競走をともにイン逃げで連覇。

2000年には、体重を5kg以上落とし、6月グランドチャンピオン決定戦競走・7月オーシャンカップ競走・8月モーターボート記念とSG3連覇の偉業を達成した(SG3連覇は1974年野中和夫以来、26年ぶり史上2人目)。同年の全日本選手権にも出場し、前人未到のSG4連覇を期待されたが、西島は予選落ちとなり、池上裕次が優勝した。しかし、この年の最優秀選手 (MVP) に選出された。

2011年前期まではA1級をほぼ維持していたが、当期に事故率オーバーとなり同年後期には一気にB2級に降格となった。しかし2012年前期には再びA1級に復帰している。

2012年6月、江戸川競艇場のGI江戸川大賞初日第11レースを勝利し、通算2,000勝を達成。[2]

戦法[編集]

  • イン逃げの西島」「インの鬼」の異名を持ち、たとえ6号艇でも、どんなにピット離れが遅れようと、前付けで内よりを狙うイン屋の選手として知られる。エンジンを出アシ型に仕上げ、助走距離のない起こし位置からでもスタートを合わせ、1M全速のインモンキーで逃げるのが勝ちパターンである。
  • また西島のインモンキーは頭が水面に突っ込みそうな程の深い前傾姿勢であり、それをペリカンになぞらえて「ペリカンモンキー(ターン)」と呼ばれており、「ペリ(カン)」が西島のニックネームにもなっている。

人物・エピソード[編集]

  • 叔父に競艇選手がおり、また元競馬騎手の田原成貴とは、従兄弟の関係に当たる。田原の父と、西島の母が兄妹で、西島はSG優勝の度に「柿木村のジィちゃん」にメッセージを送っていた。
  • 2002年、地元である宮島競艇場で開催されたグランドチャンピオン決定戦の優勝戦で熊谷直樹と共にフライングし、2012年現在、1レース当たり最高額となる24億3513万3800円の返還(返還率92.8%)の原因となった。
  • 2006年全日本選手権競走の初日ドリーム戦を制した西島は、ゴールと同時にガッツポーズをした。これはレース前に山室展弘に「1等取ったらガッツポーズしろ」と唆されてやったものである。
  • 2010年競艇名人戦競走を1年目=48歳で初出場、初優勝。

獲得タイトル[編集]

SG[編集]

GI[編集]

  • 第3回新鋭王座決定戦
  • 宮島36周年記念
  • 蒲郡37周年記念
  • 蒲郡1996年施設改善記念
  • 津41周年記念
  • 徳山41周年記念
  • 芦屋45周年記念
  • 津47周年記念
  • 蒲郡2000年ダイヤモンドカップ
  • 三国47周年記念
  • 丸亀49周年記念
  • 宮島47周年記念
  • 三国48周年記念
  • 戸田50周年記念
  • 第11回競艇名人戦(名人戦1年目=48歳)
  • 住之江第9回GI 賞金王シリーズ戦

GII[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 蛭子能収『競艇入門』、ポケットブック社、1992年11月、P162。
  2. ^ 登録番号3024号 西島義則選手(福岡) 2,000勝達成 - BOAT RACE OFFICIAL WEBSITE

関連項目[編集]

外部リンク[編集]