西山正行

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西山 正行(にしやま まさゆき、1921年-2004年1月18日)とは、日本実業家馬主、競走馬生産者である。西山興業グループ及び西山牧場創業者。福岡県出身。

西山茂行は正行の実の息子。

一個人としては大馬主の部類に入り、「ニシノ」「シロー」「マルサ」「チヨノ」「アマノ」「セイウン」「セント」「ブランド」等と言った冠名を持つ競走馬を多数所有していた。

略歴[編集]

1955年6月、自らの手により会社を創立。1968年10月、西山興業株式会社に社名を変更した。

西山の運営する西山興業は多角経営であり、1960年代前半当時でも不動産業、ゴルフ場経営(埼玉県さいたま市西区大宮国際カントリークラブ他)、レストランリゾートホテル千葉県館山市館山グランドホテル他)、高級クラブ「シロー」(現在閉店)等を経営していた。

1966年10月に自身の手により西山牧場を創業。牧場面積は約400haと当時としては日本最大の面積を誇る牧場であった。創業直後から現在に至るまで日本の競馬界へ多数の競走馬、種牡馬繁殖牝馬を送り出した。

西山は一時期には繁殖牝馬だけでも250頭前後に達する数を所有し、生産競走馬も最盛期には年間約200頭にまで達していた。これは当時社台グループメジロ商事(現在会社解散)に次ぐ勢力であった。

1990年代に入ると西山は少数精鋭で行く事に方針を転換し、繁殖牝馬を大幅に削減していった(ただしこの頃になると、後述する病気の問題もあり、牧場の実務は息子の茂行が事実上取り仕切っていた)[1]

自身はオーナーブリーダーでもあり、1973年に初めて中央競馬リーディングブリーダーになった実績を持っている。これは1963年から続いていた社台ファームの11年連続リーディング・ブリーダーを阻止した事で注目を浴びた。地方競馬でも1982年から1986年まで5年連続リーディング・ブリーダーの実績を残している。

1994年9月には西山牧場と共に税務調査の申告漏れもあったが、西山は修正に応じていた。その後東京馬主協会相談役も歴任した。一方で1992年よりパーキンソン病を患っており、セイウンスカイでクラシック二冠を制した1998年には既に自力で歩行することが困難なほど衰弱していた[1]

2004年1月18日、パーキンソン病から来る心不全により死去[2]。死去時の満年齢は82歳。

主な所有馬[編集]

特記事項[編集]

競走馬の冠名「シロー」は前述の閉店した高級クラブの店名が由来である。尚「シロー」の名は西山興業が運営する千葉県船橋市に位置するホテル「船橋ホテルシロー」に残っている。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 別冊宝島1005『競馬裏事件史 これが真相だ!』(宝島社2004年)pp.52 - 61。なおこの項は息子の茂行が執筆している。
  2. ^ 西山正行氏(西山牧場創業者)が心不全のため死去(日刊スポーツ.com)

参考文献・出典[編集]